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第五章 天の川を一緒に歩こ!
ミルキーウェイ
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バスが山道を登るにつれ、少しずつ、陽が落ち始める。
山の中腹にある、登山リフト乗り場の駐車場が目的地だ。
到着したのは、まだ陽が残っている内であった。
子供達がバスを降りる際に、佑夏と翠と斎藤ミユちゃんは、一人ずつ虫除けスプレーをしてあげたり、肌の弱そうな女の子には、腰に携帯用の蚊取り線香をつけてあげたりしている。
夏とはいえ、夜になれば、山の高原は冷える為、それぞれ、長袖の上着は用意して来ていた。
ちょうど、全員が地面に降り立つあたりで、夕陽が雄大な山脈の向こうに隠れていき、雲を赤く染める。
みんな、この美しい光景に放心状態となっている。
振り向けば、太平洋まで見渡せて、水平線が広がり、こちらも絶景である。
夕焼けに染まった空が東の方から、少しずつ夜の青い闇に覆われていく。
本当に美しい。
今さらながら、大自然の美には、感動させられてしまう。
ここには、都市の光害も届かない。
やがて、星々が一つ、また一つと、夜空に輝きを放ってくる。
「あれが、゛夏の大三角形“だよ~!その中にある、光の帯が、天の川で~す!」
東の空から登ってきた、一際大きな三つの恒星を、佑夏が「紹介」する。
わー!キレー!キレー!
ワイワイと騒ぎ始める子供達に、佑夏は早速、七夕伝説のお伽噺をしてあげる。
「あっちの星は、わし座のアルタイル、彦星様っていう、王子様が住んでま~す♪
反対側の星は、こと座のベガ、織姫様という名前の、お姫様の星よ。」
「佑夏、住んでるんじゃなくて、彦星は星そのものなんじゃないのか?」
翠のツッコミ。
言われてみれば、そんな氣もする。
「アハハ、そーだね!
それでね、二人はご夫婦なの。今から、一緒になるんだよ。
さー!姿を探してみよー!彦星様と織姫様はどこにいるのかな?」
佑夏は、「彦星と織姫が会えるのは、一年に一度、今夜だけ」とは言わない。
子供達が悲しむのを配慮しているのだろう。
優しい彼女らしい。
だが、そんな佑夏の心を知ってか知らずか、若葉寮の児童生徒は口々に「あ!あそこだ!見つけたー!」と天の川を見ながら、騒ぎ立てている。
晴れ渡った星空に輝く、銀河の光の帯。
これ以上、ロマンチックなものがあるというなら、教えて欲しい。
うう、こんな最高の時、佑夏の隣に行って、手を握りたい!
だが、我慢だ!耐えろ、仁助!ここは彼女の信頼を勝ち取るんだ!
バスから離れて行ってしまう子供らに、
「あんまり、遠くに行っちゃダメだよ~!迷子になったら、帰れないよ~!」と声をかけつつ、僕は彼らを呼び集める。
佑夏のお父さんも、散り散りに走り回る子供達が氣になったようで、やはり彼も「ほれ~、遠ぐまで行ぐなよ~!」と、僕と同じことをしていた。
「天の川は、英語では、゛ミルキーウェイ“って呼ばれてま~す!カワイイお名前ですね~!」
斎藤ミユちゃん。
話し方がどんどん、師匠の佑夏に似てくるな。
そりゃ、そうか。彼女も佑夏と同じ大学の教育大生。教師を目指しているのだから。
「姉ちゃん、いつものアレ、やらないの?」
隼君が、姉に何やら、提案している。
何のことだろう?
「ああ、そーだね。それじゃ、やろーか!
は~い!皆さ~ん!手を繋いで、輪になろ~う!」
佑夏の声が、夜の静寂に響き渡り、ここにいる全員が手を繋いで輪を作る。
「みんな、いいかな~!?お空を見上げて、お星様に願い事を言ってみようね~!
今日は、きっと聞いてくれるよ~♪」
姫の、この一言を合図に、僕達は夜空を見上げ、手を繋いだまま、グルグルと周りだす。
夜空に向かって一斉に、子供達は、願い事を唱え始め、あっという間に山の駐車場は大にぎわいだ。
三人の女子大生と、僕と、佑夏のお父さんが着けている熊鈴が、一層、チリンチリンと音を大きくする。
この静寂の中だ、かなり遠くまで届く音だろう。
佑夏は、ただ回るだけでなく、色んな国のフォークダンスの音楽を、それもオリジナルの言語で口ずさみながら、曲に合わせてステップを変えていく。
星空に負けないくらい、心地好く、美しい歌声。
それも、本当に自国人が歌っているようにしか聞こえない、完璧な外国語だ。
そうかと思えば、今度は「花笠音頭」を歌い出して、笑いを取るのも忘れないのは、実に彼女らしい。
かけ声のところは、翠と斎藤ミユちゃんが二人同時に入れる。
三人で、これをやるのは、初めてではないようだ。
子供達は、真似して、大喜びである。
隼君の言動から、姫は家族や子供会なんかでも、このパフォーマンスをしていると想像される、いかにも彼女、って感じではあるけど。
それにしても、僕は、故意に佑夏の隣に行ったのではない。
しかし、翠や、ここにいる子供達さえ、僕の背中を押して、姫の隣に連れて行ってくれた。
そうして、僕は佑夏の温かく柔らかな手を握りしめ、この「星空フォークダンス」を存分に満喫することができたのである。
今回だけは容認してくれたのか、さすがの斎藤ミユちゃんも、輪の反対側で微笑んでいる。
大人と子供の位置のバランスを取る為だろう。
親のいない施設の子供達。
その不幸が幸福に変わり、何倍にも増幅され、繋いだ手と手を伝わって流れ込んでくる。
もし、仮に佑夏と恋仲だったとして、彼女の誕生日に二人きりで、高級ホテルで一夜を過ごしたとしても、これ程の充実感と幸福感を感じることは出来なかったに違いない。
決して負け惜しみでなく。
それほどの一体感と、大宇宙の美である。
ありがとう、佑夏ちゃん。
愛してる..........、心から。
ミルキーウェイの淡い光は、僕達と、佑夏の髪の白い貝殻を照らし続けている。
第五章・完 第六章「幸福は義務」に続く
山の中腹にある、登山リフト乗り場の駐車場が目的地だ。
到着したのは、まだ陽が残っている内であった。
子供達がバスを降りる際に、佑夏と翠と斎藤ミユちゃんは、一人ずつ虫除けスプレーをしてあげたり、肌の弱そうな女の子には、腰に携帯用の蚊取り線香をつけてあげたりしている。
夏とはいえ、夜になれば、山の高原は冷える為、それぞれ、長袖の上着は用意して来ていた。
ちょうど、全員が地面に降り立つあたりで、夕陽が雄大な山脈の向こうに隠れていき、雲を赤く染める。
みんな、この美しい光景に放心状態となっている。
振り向けば、太平洋まで見渡せて、水平線が広がり、こちらも絶景である。
夕焼けに染まった空が東の方から、少しずつ夜の青い闇に覆われていく。
本当に美しい。
今さらながら、大自然の美には、感動させられてしまう。
ここには、都市の光害も届かない。
やがて、星々が一つ、また一つと、夜空に輝きを放ってくる。
「あれが、゛夏の大三角形“だよ~!その中にある、光の帯が、天の川で~す!」
東の空から登ってきた、一際大きな三つの恒星を、佑夏が「紹介」する。
わー!キレー!キレー!
ワイワイと騒ぎ始める子供達に、佑夏は早速、七夕伝説のお伽噺をしてあげる。
「あっちの星は、わし座のアルタイル、彦星様っていう、王子様が住んでま~す♪
反対側の星は、こと座のベガ、織姫様という名前の、お姫様の星よ。」
「佑夏、住んでるんじゃなくて、彦星は星そのものなんじゃないのか?」
翠のツッコミ。
言われてみれば、そんな氣もする。
「アハハ、そーだね!
それでね、二人はご夫婦なの。今から、一緒になるんだよ。
さー!姿を探してみよー!彦星様と織姫様はどこにいるのかな?」
佑夏は、「彦星と織姫が会えるのは、一年に一度、今夜だけ」とは言わない。
子供達が悲しむのを配慮しているのだろう。
優しい彼女らしい。
だが、そんな佑夏の心を知ってか知らずか、若葉寮の児童生徒は口々に「あ!あそこだ!見つけたー!」と天の川を見ながら、騒ぎ立てている。
晴れ渡った星空に輝く、銀河の光の帯。
これ以上、ロマンチックなものがあるというなら、教えて欲しい。
うう、こんな最高の時、佑夏の隣に行って、手を握りたい!
だが、我慢だ!耐えろ、仁助!ここは彼女の信頼を勝ち取るんだ!
バスから離れて行ってしまう子供らに、
「あんまり、遠くに行っちゃダメだよ~!迷子になったら、帰れないよ~!」と声をかけつつ、僕は彼らを呼び集める。
佑夏のお父さんも、散り散りに走り回る子供達が氣になったようで、やはり彼も「ほれ~、遠ぐまで行ぐなよ~!」と、僕と同じことをしていた。
「天の川は、英語では、゛ミルキーウェイ“って呼ばれてま~す!カワイイお名前ですね~!」
斎藤ミユちゃん。
話し方がどんどん、師匠の佑夏に似てくるな。
そりゃ、そうか。彼女も佑夏と同じ大学の教育大生。教師を目指しているのだから。
「姉ちゃん、いつものアレ、やらないの?」
隼君が、姉に何やら、提案している。
何のことだろう?
「ああ、そーだね。それじゃ、やろーか!
は~い!皆さ~ん!手を繋いで、輪になろ~う!」
佑夏の声が、夜の静寂に響き渡り、ここにいる全員が手を繋いで輪を作る。
「みんな、いいかな~!?お空を見上げて、お星様に願い事を言ってみようね~!
今日は、きっと聞いてくれるよ~♪」
姫の、この一言を合図に、僕達は夜空を見上げ、手を繋いだまま、グルグルと周りだす。
夜空に向かって一斉に、子供達は、願い事を唱え始め、あっという間に山の駐車場は大にぎわいだ。
三人の女子大生と、僕と、佑夏のお父さんが着けている熊鈴が、一層、チリンチリンと音を大きくする。
この静寂の中だ、かなり遠くまで届く音だろう。
佑夏は、ただ回るだけでなく、色んな国のフォークダンスの音楽を、それもオリジナルの言語で口ずさみながら、曲に合わせてステップを変えていく。
星空に負けないくらい、心地好く、美しい歌声。
それも、本当に自国人が歌っているようにしか聞こえない、完璧な外国語だ。
そうかと思えば、今度は「花笠音頭」を歌い出して、笑いを取るのも忘れないのは、実に彼女らしい。
かけ声のところは、翠と斎藤ミユちゃんが二人同時に入れる。
三人で、これをやるのは、初めてではないようだ。
子供達は、真似して、大喜びである。
隼君の言動から、姫は家族や子供会なんかでも、このパフォーマンスをしていると想像される、いかにも彼女、って感じではあるけど。
それにしても、僕は、故意に佑夏の隣に行ったのではない。
しかし、翠や、ここにいる子供達さえ、僕の背中を押して、姫の隣に連れて行ってくれた。
そうして、僕は佑夏の温かく柔らかな手を握りしめ、この「星空フォークダンス」を存分に満喫することができたのである。
今回だけは容認してくれたのか、さすがの斎藤ミユちゃんも、輪の反対側で微笑んでいる。
大人と子供の位置のバランスを取る為だろう。
親のいない施設の子供達。
その不幸が幸福に変わり、何倍にも増幅され、繋いだ手と手を伝わって流れ込んでくる。
もし、仮に佑夏と恋仲だったとして、彼女の誕生日に二人きりで、高級ホテルで一夜を過ごしたとしても、これ程の充実感と幸福感を感じることは出来なかったに違いない。
決して負け惜しみでなく。
それほどの一体感と、大宇宙の美である。
ありがとう、佑夏ちゃん。
愛してる..........、心から。
ミルキーウェイの淡い光は、僕達と、佑夏の髪の白い貝殻を照らし続けている。
第五章・完 第六章「幸福は義務」に続く
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