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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第十一章・人間の王1
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地下神殿の礼拝堂。
祭壇に上げられた私は目の前に迫った事態に愕然としていました。
胎動する巨大な肉塊。肉塊には血管のような管が張り巡って、神経のような筋がピクピクと蠢いています。
それは地下最深部で目にした赤ん坊よりもずっと巨大なもの。でも、同じものです。
「っ、こんな事が……」
声が震えました。
団子のような肉塊に顔面が埋もれていたのです。目は一つ、顔の半分ほどもある大きさ。口は小さく、口内は黒。二つの小さな穴は鼻でしょうか。胴体だと思われる場所から細い手足が伸びて地面を這います。
瞼が無いので閉じられない一つ目が、ぎょろりぎょろりと周囲を見渡していました。
でも瞳も、地を這う手足の形も、元々は人の形のもの。死産したたくさんの赤ん坊の塊なのです。
「ヒキ、ヒキヒキッ……」
巨大な赤ん坊は声にならない声をあげ、大きな瞳がぎょろりと私を捕らえました。
それは酷く醜くて恐ろしい形の赤ん坊。でも目を逸らせません。私は赤ん坊の瞳を見つめ返す。
しかし、私を祭壇に連行した二人の警備兵は恐怖のあまり腰を抜かしていました。
「ば、化け物……!」
「うっ、なんて姿だ!!」
警備兵は悲鳴をあげると赤ん坊に剣を向けます。
その様子に焦りました。警備兵は恐怖で混乱しているのです。
「駄目です! 攻撃してはいけません!!」
「こっちへ来るなああ!!」
「死ねえええぇぇ!!」
警備兵が剣で切りかかりました。
咄嗟に警備兵を止めようとするも間に合わない。
ビシャアアァッ……!!
祭壇に血飛沫が飛びました。
視界が赤く染まって、私は腰を抜かして崩れ落ちてしまう。
「あ、あっ……」
悲鳴すら上げられませんでした。
クチャクチャ、クチャ。
赤ん坊の口がモグモグと動いています。
赤ん坊の口端からはみ出ていた人間の腕がモグモグと口の中に入っていく。そう、それは咀嚼。
警備兵が襲い掛かった瞬間、赤ん坊の手が伸びて警備兵を鷲掴みました。そして小さかった口が大きく裂けて、二人の警備兵を真っ黒な口内に放り込んでしまったのです。
クチャクチャ、グチャグチャ。咀嚼の音が響いて、ごくりっと飲み込んでしまう。
私の心臓がドクドクと鳴る。
震える私の前で、肉塊のようだった赤ん坊の体が変化を始めます。
――――ゴキッ、ゴキゴキッ……!
肉塊から骨と肉が軋む音がして、みるみる巨大化を始めました。
細かった手足も太くなって巨大化し、肉塊に埋もれていた顔面が浮き出てくる。先ほどよりも赤ん坊の形に近づいたのです。まるで胎児が赤ん坊に近づくかのように成長しているようでした。
「ヒキ、ヒキッ……」
一つ目の赤ん坊がぎょろりと私を見ました。
四つん這いで私に近づいてきます。
逃げなければと思うのに恐怖で体が動かない。崩れ落ちたまま這って逃げる事しかできません。
でもすぐに祭壇の端まで追い詰められてしまう。
しかもそうしている間にも、赤ん坊が目をぎょろぎょろさせて顔を近づけてきました。
「あ、うっ……」
逃げることも出来ず、祭壇の端で硬直して身を縮こまらせます。
赤ん坊の大きな目がぎょろりと私を見て、小さい口が裂けてクワッと開きました。
「ッ……」
食べられる!
大きく裂けた口が私に襲い掛かりましたが。
「……え?」
いつまでも衝撃が襲ってきません。でも至近距離で呼吸音がします。
おそるおそる目を開けると、私の匂いを嗅ぐように顔の二つの穴をヒクヒクさせていました。
まるで何かを思い出そうとしているかのように、何度も匂いを嗅いで、でも本能のままに私を食べようと口を開いて、しかし寸前で思いとどまってまた匂いを嗅いでいます。
その動作に、私は困惑しながらも問いかけます。
「……あなた、私を、知っているのですか?」
言葉が通じているのか分かりません。
でも、問いかけずにはいられませんでした。
だって匂いを嗅いで何かを思い出そうとする姿。それがとても、とても切ないものに見えて。
「…………あなた、可愛いですね」
そう話しかけて、躊躇いながらも両手を伸ばしました。
そっと触れると、ぶよぶよした皮膚の感触。手の平に血管のドクドクした動きが伝わってきます。
でも次の瞬間。
「――――この醜悪な怪物め!!!!」
ドスドスドスッ!!!!
赤ん坊の胴体に何本もの矢が突き刺さりました。
ドスンッ……! 目の前で巨大な赤ん坊が倒れます。
「ぅッ……」
目の前で起こった惨劇に息を飲みました。
祭壇の下には弓を構えた警備兵の隊列。ルメニヒの信仰者たちです。
ルメニヒは怒りに震えながら祭壇の赤ん坊を睨みつけました。
「この醜さ! またしても駄作か!! 勇者の力を使ったのに、今度こそ生まれてくると思ったのにっ……! なぜだっ、なぜ成功しない?!」
ルメニヒは悔しげに声を荒げました。
禁術はまたしても失敗だったのです。
私は訳が分かりませんでした。
この赤ん坊は禁術で生まれた呪われた赤ん坊。きっと正しい生物ではないのでしょうね。
でも今、巨大な胴体には何本もの矢が刺さって血を流しています。
目の前の光景に胸が痛い。この呪われた赤ん坊は人間を食べて成長しました。人間を傷付ける怪物なのかもしれません。でも今、目の前の光景はあまりにも凄惨で。
「っ、ルメニヒ、あなたは何をしているか分かっているのですか! あなたの発動した禁術で生まれてきたのにっ!!」
「それは私の欲しいものではありませんっ。ただの怪物、処分するまで!! 構えろ!!」
ルメニヒの命令に警備兵たちが弓を構えます。
私は咄嗟に前へ出ようとしましたが。
「えっ?」
突然、巨大な赤ん坊が全身を使って跳躍しました。
祭壇から飛び降りた赤ん坊は下にいた警備兵を踏み潰し、次から次へと警備兵を掴まえて口の中に放り込んでいきます。
「ギャアアア!!」
「クソッ、包囲しろ!!」
警備兵の悲鳴と怒号があがりました。
警備兵は剣や弓を構えて応戦します。しかし赤ん坊は巨体を振り動かし、巨大な足で警備兵を押し潰して咀嚼していく。
赤ん坊の体はみるみる大きくなり、やがてその外皮は分厚くなって、剣や弓では傷付けられなくなりました。
「あ、ぅっ……」
あまりの惨状に私は声を漏らしてしまう。
今、礼拝堂で繰り広げられている惨状の悍ましさ。
礼拝堂の床は血飛沫で赤く染まり、逃げ惑う信仰者や戦う警備兵が入り混じります。混乱の坩堝と化して、礼拝堂に響く悲鳴は地獄のそれ。
でも不意に、赤ん坊がルメニヒに近づいていることに気が付きました。
ルメニヒに襲いかかって、警備兵に妨害されて、その警備兵を咀嚼してまたルメニヒに襲い掛かろうとしている。赤ん坊の狙いはルメニヒなのです。
私はハッとしてルメニヒを見ましたが彼女が怯えている様子はありません。それどころか口元に酷薄な笑みを刻んで赤ん坊を見据えていました。
「ダ、ダメですっ。行ってはいけません!」
嫌な予感がします。
咄嗟に声を上げましたがここからではどこにも届かない。
祭壇を降りようと立ち上がって、懐からキラリとした物が転がり落ちました。
ハッとして拾って、手中のそれを見つめる。それはガラスケースに入れた冥界の花。ゼロスと同じ瞳の色の花びらでした。
この混乱と極限の状態にあって、それは束の間でも私の気持ちを落ち着けるもの。でも、ふと気付く。
「ゼロス、まさかっ……」
冥界の花びらを見つめました。
だってそれは……。じわじわと確信が込み上げます。
しかしそうしている間にも、ルメニヒと赤ん坊が対峙しました。
ルメニヒは人を食べて成長した赤ん坊を見上げて笑います。
「私を殺すつもりか、この怪物め」
「グアアアアアアアアアアッ!!!!」
赤ん坊が大きく口を開けてルメニヒに襲い掛かりました。
その刹那、ルメニヒの黒い短剣が一閃したかと思うと、ピタリッ! 赤ん坊の鼻先で止まる。
「あ、ううっ、あ……」
赤ん坊の動きが停止して、呻き声が聞こえました。
黒い短剣を突きつけられて硬直し、恐怖のあまり声を出すこともできない。そう、赤ん坊は怯えていたのです。
「醜悪な怪物も自分を殺せる道具を判別したか。少しは使えるのかしら」
「うぅっ……」
赤ん坊は呻くと、大人しくなってルメニヒの前に伏せてしまいました。
人を食らったことで成長して巨大化しながらも、怯える子どものように身を丸めて震えています。
私はルメニヒを睨み据えて震えそうになる指先を握りしめました。
それに気付いたルメニヒが祭壇にいる私を愉快そうに見上げます。
祭壇に上げられた私は目の前に迫った事態に愕然としていました。
胎動する巨大な肉塊。肉塊には血管のような管が張り巡って、神経のような筋がピクピクと蠢いています。
それは地下最深部で目にした赤ん坊よりもずっと巨大なもの。でも、同じものです。
「っ、こんな事が……」
声が震えました。
団子のような肉塊に顔面が埋もれていたのです。目は一つ、顔の半分ほどもある大きさ。口は小さく、口内は黒。二つの小さな穴は鼻でしょうか。胴体だと思われる場所から細い手足が伸びて地面を這います。
瞼が無いので閉じられない一つ目が、ぎょろりぎょろりと周囲を見渡していました。
でも瞳も、地を這う手足の形も、元々は人の形のもの。死産したたくさんの赤ん坊の塊なのです。
「ヒキ、ヒキヒキッ……」
巨大な赤ん坊は声にならない声をあげ、大きな瞳がぎょろりと私を捕らえました。
それは酷く醜くて恐ろしい形の赤ん坊。でも目を逸らせません。私は赤ん坊の瞳を見つめ返す。
しかし、私を祭壇に連行した二人の警備兵は恐怖のあまり腰を抜かしていました。
「ば、化け物……!」
「うっ、なんて姿だ!!」
警備兵は悲鳴をあげると赤ん坊に剣を向けます。
その様子に焦りました。警備兵は恐怖で混乱しているのです。
「駄目です! 攻撃してはいけません!!」
「こっちへ来るなああ!!」
「死ねえええぇぇ!!」
警備兵が剣で切りかかりました。
咄嗟に警備兵を止めようとするも間に合わない。
ビシャアアァッ……!!
祭壇に血飛沫が飛びました。
視界が赤く染まって、私は腰を抜かして崩れ落ちてしまう。
「あ、あっ……」
悲鳴すら上げられませんでした。
クチャクチャ、クチャ。
赤ん坊の口がモグモグと動いています。
赤ん坊の口端からはみ出ていた人間の腕がモグモグと口の中に入っていく。そう、それは咀嚼。
警備兵が襲い掛かった瞬間、赤ん坊の手が伸びて警備兵を鷲掴みました。そして小さかった口が大きく裂けて、二人の警備兵を真っ黒な口内に放り込んでしまったのです。
クチャクチャ、グチャグチャ。咀嚼の音が響いて、ごくりっと飲み込んでしまう。
私の心臓がドクドクと鳴る。
震える私の前で、肉塊のようだった赤ん坊の体が変化を始めます。
――――ゴキッ、ゴキゴキッ……!
肉塊から骨と肉が軋む音がして、みるみる巨大化を始めました。
細かった手足も太くなって巨大化し、肉塊に埋もれていた顔面が浮き出てくる。先ほどよりも赤ん坊の形に近づいたのです。まるで胎児が赤ん坊に近づくかのように成長しているようでした。
「ヒキ、ヒキッ……」
一つ目の赤ん坊がぎょろりと私を見ました。
四つん這いで私に近づいてきます。
逃げなければと思うのに恐怖で体が動かない。崩れ落ちたまま這って逃げる事しかできません。
でもすぐに祭壇の端まで追い詰められてしまう。
しかもそうしている間にも、赤ん坊が目をぎょろぎょろさせて顔を近づけてきました。
「あ、うっ……」
逃げることも出来ず、祭壇の端で硬直して身を縮こまらせます。
赤ん坊の大きな目がぎょろりと私を見て、小さい口が裂けてクワッと開きました。
「ッ……」
食べられる!
大きく裂けた口が私に襲い掛かりましたが。
「……え?」
いつまでも衝撃が襲ってきません。でも至近距離で呼吸音がします。
おそるおそる目を開けると、私の匂いを嗅ぐように顔の二つの穴をヒクヒクさせていました。
まるで何かを思い出そうとしているかのように、何度も匂いを嗅いで、でも本能のままに私を食べようと口を開いて、しかし寸前で思いとどまってまた匂いを嗅いでいます。
その動作に、私は困惑しながらも問いかけます。
「……あなた、私を、知っているのですか?」
言葉が通じているのか分かりません。
でも、問いかけずにはいられませんでした。
だって匂いを嗅いで何かを思い出そうとする姿。それがとても、とても切ないものに見えて。
「…………あなた、可愛いですね」
そう話しかけて、躊躇いながらも両手を伸ばしました。
そっと触れると、ぶよぶよした皮膚の感触。手の平に血管のドクドクした動きが伝わってきます。
でも次の瞬間。
「――――この醜悪な怪物め!!!!」
ドスドスドスッ!!!!
赤ん坊の胴体に何本もの矢が突き刺さりました。
ドスンッ……! 目の前で巨大な赤ん坊が倒れます。
「ぅッ……」
目の前で起こった惨劇に息を飲みました。
祭壇の下には弓を構えた警備兵の隊列。ルメニヒの信仰者たちです。
ルメニヒは怒りに震えながら祭壇の赤ん坊を睨みつけました。
「この醜さ! またしても駄作か!! 勇者の力を使ったのに、今度こそ生まれてくると思ったのにっ……! なぜだっ、なぜ成功しない?!」
ルメニヒは悔しげに声を荒げました。
禁術はまたしても失敗だったのです。
私は訳が分かりませんでした。
この赤ん坊は禁術で生まれた呪われた赤ん坊。きっと正しい生物ではないのでしょうね。
でも今、巨大な胴体には何本もの矢が刺さって血を流しています。
目の前の光景に胸が痛い。この呪われた赤ん坊は人間を食べて成長しました。人間を傷付ける怪物なのかもしれません。でも今、目の前の光景はあまりにも凄惨で。
「っ、ルメニヒ、あなたは何をしているか分かっているのですか! あなたの発動した禁術で生まれてきたのにっ!!」
「それは私の欲しいものではありませんっ。ただの怪物、処分するまで!! 構えろ!!」
ルメニヒの命令に警備兵たちが弓を構えます。
私は咄嗟に前へ出ようとしましたが。
「えっ?」
突然、巨大な赤ん坊が全身を使って跳躍しました。
祭壇から飛び降りた赤ん坊は下にいた警備兵を踏み潰し、次から次へと警備兵を掴まえて口の中に放り込んでいきます。
「ギャアアア!!」
「クソッ、包囲しろ!!」
警備兵の悲鳴と怒号があがりました。
警備兵は剣や弓を構えて応戦します。しかし赤ん坊は巨体を振り動かし、巨大な足で警備兵を押し潰して咀嚼していく。
赤ん坊の体はみるみる大きくなり、やがてその外皮は分厚くなって、剣や弓では傷付けられなくなりました。
「あ、ぅっ……」
あまりの惨状に私は声を漏らしてしまう。
今、礼拝堂で繰り広げられている惨状の悍ましさ。
礼拝堂の床は血飛沫で赤く染まり、逃げ惑う信仰者や戦う警備兵が入り混じります。混乱の坩堝と化して、礼拝堂に響く悲鳴は地獄のそれ。
でも不意に、赤ん坊がルメニヒに近づいていることに気が付きました。
ルメニヒに襲いかかって、警備兵に妨害されて、その警備兵を咀嚼してまたルメニヒに襲い掛かろうとしている。赤ん坊の狙いはルメニヒなのです。
私はハッとしてルメニヒを見ましたが彼女が怯えている様子はありません。それどころか口元に酷薄な笑みを刻んで赤ん坊を見据えていました。
「ダ、ダメですっ。行ってはいけません!」
嫌な予感がします。
咄嗟に声を上げましたがここからではどこにも届かない。
祭壇を降りようと立ち上がって、懐からキラリとした物が転がり落ちました。
ハッとして拾って、手中のそれを見つめる。それはガラスケースに入れた冥界の花。ゼロスと同じ瞳の色の花びらでした。
この混乱と極限の状態にあって、それは束の間でも私の気持ちを落ち着けるもの。でも、ふと気付く。
「ゼロス、まさかっ……」
冥界の花びらを見つめました。
だってそれは……。じわじわと確信が込み上げます。
しかしそうしている間にも、ルメニヒと赤ん坊が対峙しました。
ルメニヒは人を食べて成長した赤ん坊を見上げて笑います。
「私を殺すつもりか、この怪物め」
「グアアアアアアアアアアッ!!!!」
赤ん坊が大きく口を開けてルメニヒに襲い掛かりました。
その刹那、ルメニヒの黒い短剣が一閃したかと思うと、ピタリッ! 赤ん坊の鼻先で止まる。
「あ、ううっ、あ……」
赤ん坊の動きが停止して、呻き声が聞こえました。
黒い短剣を突きつけられて硬直し、恐怖のあまり声を出すこともできない。そう、赤ん坊は怯えていたのです。
「醜悪な怪物も自分を殺せる道具を判別したか。少しは使えるのかしら」
「うぅっ……」
赤ん坊は呻くと、大人しくなってルメニヒの前に伏せてしまいました。
人を食らったことで成長して巨大化しながらも、怯える子どものように身を丸めて震えています。
私はルメニヒを睨み据えて震えそうになる指先を握りしめました。
それに気付いたルメニヒが祭壇にいる私を愉快そうに見上げます。
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