勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十一章・人間の王3

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「っ、なぜここに勇者と冥王が!!」

 ルメニヒは驚愕に目を見開き、警備兵たちも騒然とします。
 イスラはルメニヒに対峙し、右手で握る剣の切っ先を向けました。

「この前は世話になったな。どうだ、新しい王は上手く作れたか?」
「くっ、勇者め……」

 突きつけられた剣にルメニヒは悔しげな顔になります。
 イスラは隻腕となりながらも剣を握り、ルメニヒの野望の前に立ち塞がったのです。

「そんな姿になってもしゃしゃり出てくるとは、生き恥を晒しに来たか!」
「馬鹿を言うな。歴代最強の勇者になる俺が、腕の一本や二本で動じるわけがないだろ。それで、どこだよ。完全完璧な王とやらは」

 教えてくれよと嘲笑ったイスラに、「生意気なガキがっ……!」とルメニヒが吐き捨てます。
 一触即発のピリピリした殺気と緊張感が高まりました、が。

「ブレイラ、みてる~?! あのね、あのね、ぼく、あそこからぴょんってしたの! たかいけど、えいってとべた!!」

 イスラの隣にいたゼロスが私に向かって大きく手を振っていました。
「おーい! おーい!」と手を振って、ぴょんぴょんしています。嬉しさを爆発させたそれはとても、とても可愛い姿ですよ。
 ……しかし、今の緊張感に似つかわしくないそれ。
 でもゼロスは空気を読まずに満面笑顔で祭壇の私に話しかけてきます。

「あのね、ぼくね、つよくなったの! えいってたたかうの! めいかいのおいすにも、ちゃんとすわれた! ねえ、すごい?!」

 あのね、あのね、と一生懸命おしゃべりしてきます。話したいことがいっぱいあるのでしょうね、私もたくさんお話しを聞きたいですよ。
 きっとここに来るまでに、甘えん坊のあなたはたくさんの試練を乗り越えたのでしょうね。怖がりだけどたくさん勇気をだして頑張ったのでしょう。
 でも、あの、今はちょっと……。

「ゼロス!!」
「わあっ!」

 案の定、イスラが声を上げました。
 突然のそれにゼロスがびっくりして飛び上がります。

「あ、あにうえ……」
「今、俺が話してるだろ」

 イスラの低い声。
 ゼロスはイスラとルメニヒを交互に見てようやく状況を察します。

「ん? ……ああっ! ごめんなさい~! ぼくね、はやくブレイラとおはなししたかったから!」

 慌ててごめんなさいをするゼロス。
 その姿になんとなく察しました。ゼロスを徹底的に鍛えたのはイスラですね。
 イスラは呆れたようなため息をつきましたがあっさりと許します。

「まあいい、ブレイラの方が大事だ」
「よかった~」

 ゼロスがほっと胸を撫で下ろしました。
 二人のやり取りに苦笑してしまいます。
 二人の姿に、どうしてとか、なぜここにとか、聞きたいことがたくさんある。でも今は元気な姿に喜びが込み上げます。
 まだ何も決着がついていないし、こんな場所だけれど、イスラとゼロスの姿を見ることができて嬉しいのです。

「イスラ、ゼロス! よく無事でいてくれました!!」

 二人の姿を見ているだけで視界が滲んでしまって、慌てて涙を拭って私も二人に手を振りました。
 するとそれに応えるようにイスラは右腕をあげて剣を掲げ、ゼロスもイスラを真似て誇らしげに剣を掲げてくれます。大きく成長した二人の姿に胸がいっぱいになっていく。
 形勢逆転の展開に警備兵や信仰者たちが騒然とします。
 そしてイスラがルメニヒを見据えました。

「勇者として命じる。すべての活動を停止し、教団を解散させろ。人間界に貴様の教団はいらない。排除する」
「馬鹿なことを。私がそれを聞き入れるとお思いですか?」
「そうか、ならば実力行使だ」

 ビュッ! イスラが剣をひと振りしました。
 風を切る力強いそれに警備兵や信仰者たちが怯む。
 しかしルメニヒは忌々し気に怒号を上げます。

「恐れるな!! 今この場所で魔力は使えない!! 勇者は隻腕、冥王は未熟! 今こそ四界の王を始末して四界を変革する!!」
「オオオオオオオオッ!!!!」

 警備兵や信仰者が勇ましい声を上げました。
 そして信仰者の人間や魔族や精霊族たちが呼応しあうように、次々に怪物へと変化していきます。
 今この礼拝堂に残っているのは、教団の中でもルメニヒの盲信的な支持者ばかりだったのでしょう。ルメニヒの為に怪物になって戦うことも厭わないほどに。
 それは恐怖でありながらも、どこか物悲しさのある光景でした。
 イスラは、そんな人間たちの姿を静かに見つめています。
 目の前の哀しい光景を受け止めようとするかのように、静かに、でも目を逸らさずに、強い面差しで見つめているのです。

「イスラ……」

 私は名を呟いて、唇を強く噛みしめました。
 今すぐ側に行きたい。けれど同時に、今のイスラなら大丈夫なのだと信じられます。イスラは自分の意志で勇者の宿命を受け入れたのですから。

「グアアアアアアアアッ!!!!」

 礼拝堂に怪物の雄叫びが上がりました。
 ここにいた全ての信仰者が怪物へ変化したのです。

「行け!! 勇者と冥王を始末しろ!!」

 ルメニヒの怒号があがり、怪物たちがイスラとゼロスに襲い掛かりました。
 でも何百体もの怪物に囲まれてもイスラとゼロスが動じることはありません。

「ゼロス、行くぞ!!」
「はいっ、あにうえ!」

 イスラが駆けだし、ゼロスもお利口な返事をして続きました。
 二人は剣を閃かせ、次々に怪物を倒していきます。
 イスラは見事な剣技と体術で怪物を圧倒します。剣の鋭い一線で何体もの怪物が吹っ飛びました。剣技から逃げた怪物も取り残さず、素早く強烈な蹴りが炸裂して怪物を倒していきました。それは格の違いを見せつけるもの。

「イスラ……」

 イスラの凛々しい姿に、こんな時だというのに口元が綻びました。
 あなたは強い。でももっと、もっと強くなるのだと言っていました。あなたなら間違いなく歴代最強の勇者になるでしょう。
 そして次にゼロスを見ました。私は、夢でも見ているのでしょうか。
 だってゼロスが戦っているのです!
 あのゼロスが! 剣のお稽古中もすぐに『おやすみしよ?』と駄々をこねるゼロスが、一人で訓練場に行くことを嫌がるゼロスが、お稽古中も教官の隙をついて北離宮に逃亡してしまうゼロスが、『おてて、いたいよ~』と甘えるゼロスが! そう、あの甘えん坊ゼロスが!

「えいえいっ、こい! ぼくが、やっつけてやる!」

 ゼロスは勇ましく声を上げて剣を振るっています。
 自分よりも何倍も大きな怪物に立ち向かって、小さな体で素早く動いて翻弄し、隙をついて攻撃しているのです。
 しかも身軽にくるっと後方宙返りして、怪物の背後に回ったかと思ったら「えいっ!」と渾身の一撃です。

「ゼロス、あなた、そんなことまで出来るようになって……」

 どうしましょう。ちょっと感動です。
 イスラに比べると危なっかしさがありますが、以前のゼロスとは比べものにならない成長ぶり。じわじわと胸に熱いものが込み上げてきます。

「うぅっ、あのゼロスがっ……」

 いけませんね、視界がぼやけてきてしまいましたよ。
 大変な戦闘中だというのに感動してそっと目元を拭いました。
 でもふいに、ゼロスが戦いながら「おーい!」と手を振ってきます。

「ブレイラ、みてる~?!」
「見てますよ~! 危ないですから、ちゃんと前を見てください!」
「だいじょうぶ! ぼく、つよくなったの!」

 そう言うとゼロスは張り切って剣を振るいます。
 たしかに強くなりましたね。目の前の怪物を倒して、そのまま横にいる怪物を倒してしまいます。
 幼くともゼロスは冥王、神格の存在の一人です。潜在能力は非常に高く、身体能力も戦闘力も規格外の子どもです。今まで甘えていましたが訓練すればイスラのように戦えることは不思議ではありませんでした。
 でも、……意識してます。すごく私を意識して戦っています。
 怪物を一体倒すたびに私をチラチラと見て、「みてる~?!」と私がちゃんと見ているか確認しているのです。
 しかも、特に戦闘に必要ないのにくるっと宙返り。次は後方宙返りを連続で決めたかと思うと、すかさず側転をくるくる披露してくれました。まるで小さな水車のように身軽にくるくるしています。

「ほら! ほら! ぼく、かっこいいでしょ?!」
「か、かっこいいですよ~……」

 たしかにとてもかっこいいです。でも、くるくる回転しすぎてそのまま戦線離脱してしまいそうですよ……。
 ……ど、どうしましょう。なんとも言えずに見送ってしまいましたが。

「ゼロス、どこへ行く!! 遊ぶな!!」
「わあっ、くるくる、いっぱいしちゃった!」

 イスラの怒号にゼロスの側転が急停止しました。
 良かった、気付いてくれたようです。
 ゼロスは照れ臭そうに頭をかきながら戦線に戻ってきました。
 戦闘中だというのにゼロスはイスラに怒られてしまいましたが、それでもイスラの立ち位置はゼロスの右側。そう、左腕を失ったイスラはゼロスが自分の左側にくるようにしているのです。それは同じ王として、戦士として認めているということ。
 私はイスラの右側にしか立たせてもらえなかったので少しだけ面白くない気持ちもあります。でもそれ以上にイスラとゼロスの関係が嬉しいと思います。
 こうして祭壇の下では激しい戦闘が繰り広げられていましたが、ふいに怪物が祭壇にいる私に気付いて階段を駆け上がってきました。

「グオオオオオッ!!」
「わっ、こっちへ来ました!」

 それに気付いて私は祭壇の端へと逃げます。
 いっそ祭壇から飛び降りようかと思いましたが、ここは大人の背丈の何倍もある高さでした。
 いち早く気付いたイスラがゼロスに指示します。

「ゼロス、ブレイラのところへ行け! 絶対に守り抜け!!」
「わかった!」

 ゼロスが小さな体を活かして怪物の間を駆けると、「もうっ、ダメなのに~! まてまて~!」とあっという間に階段を駆け上がってきます。
 そして、ドオォン……! 私の目の前で怪物の巨体が倒れました。
 倒れた怪物の向こうに剣を握ったゼロスの姿。
 襲われる寸前、間に合ったゼロスが怪物を倒してくれたのです。
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