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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第十一章・人間の王13
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――――ザバアッ!!
ぼんやりした意識の中、飛沫音が聞こえました。
ザブザブッと水飛沫をあげながら歩く音がして、水中から出ると全身にどっと重みが伸し掛かります。指先まで感じるほどの重力。鉛のように体が重い。
瞼を開けたいのに、ぼんやりした意識がまだそれを許してくれません。
「ぅっ……」
私をきつく縛っていた紐が切られて、ずるりっと体がずり落ちる。でも力強い腕に抱き止められ、横抱きにして運ばれます。この腕はハウスト、分かりますよ。
「ブレイラ、しっかりしろ! ブレイラ!」
湖畔に寝かされ、ハウストに耳元で呼びかけられました。
とても焦った声です。彼らしからぬ声に、彼の今の顔を想像して胸が痛くなります。
すぐにお返事をして、そんな顔をしないでくださいと慰めたい。でもまだ重力に馴染めなくて瞼が開きません。意識もぼんやりして、反応も返すことができなくて、ごめんなさい、もう少し、……待って。
「呼吸はある。水もそんなに飲んでいない、怪我もしていないな」
ハウストが冷静に私の状態を確かめてくれました。
無事を確認したハウストは安心したようで、「驚かせるなよ」とほっと安堵の息を漏らします。
少ししてザブザブッとまた水飛沫をあげて歩く音がしました。
私の隣にどさりっと小さな体が寝かされます。でもすぐに。
「プハッ、ゴホゴホッ、ゴホッ! う、うえええぇぇぇぇん!!」
ピューッと水を噴き出したかと思うと、ゴホゴホと激しく咳き込んで大きな泣き声が上がりました。ゼロスです。
良かった、ゼロスは無事だったのですね! ゼロスが無事ということはイスラも無事だということ!
私はすぐに目を覚ましてイスラとゼロスを抱きしめたいけれど、体が自分のものでないように重い。水中から陸に上がったばかりで、重力が伸し掛かって、意識も遠いままです。泣いているゼロスを慰めてあげたいけれど体が動かない。
「うえええぇぇん! おさかないたのに、あにうえがおよいだから~! ぼく、つかまえたかったのに~!!」
…………。……どうやら大丈夫のようですね。魚を捕まえようとする余裕があったなんて、さすが冥王です。立派ですよ。
「こんな時に魚を取ろうとするな」
「だって、おさかなさん、かわいかったから、うぅっ」
呆れたイスラに、ゼロスは「だって、だって」と拗ねてしまったよう。
ゼロスがグスングスンッと鼻を啜ります。
とりあえず無事だと分かって安心しました。声だけでイスラとゼロスの元気な様子が伝わってきましたよ。
でも気を失ったままの私に気付いたイスラが険しい雰囲気になります。
「ハウスト、ブレイラはどうしたんだっ。大丈夫なのか?!」
「大丈夫だ。気を失っているだけで、すぐに目を覚ます」
「そうか、良かった。ブレイラ……」
イスラが私を覗き込んだのが分かりました。
安堵の息をついて私の濡れた前髪を指で撫で梳いてくれます。
イスラは私の状態を知って落ち着いてくれました。
しかし、幼いゼロスは目を閉じたままの私に不安と悲壮感が込み上げたようで。
「ブ、ブレイラ~~! わああああん! おきて~っ、おきて~~!!」
ゼロスは大きな声で泣き出してしまいました。
膝から崩れ落ちて、えーんえーん! 私の胸に突っ伏して泣きじゃくっています。
そんなゼロスにハウストは少し困った様子でした。
「おいゼロス、ブレイラは気を失っているだけだ。すぐに目を覚ますから少し離れてろ、騒がしくするな」
「やだー! やだやだ! ブレイラがおきるまで、ここにいるの! ブレイラ、ブレイラ~! わああああん!!」
「……それなら、せめて静かに待ってろ。ブレイラは普通の人間だ、あれだけの潜水時間を耐えたなら気絶するのも当然だ。むしろ気絶だけで済んだことが奇跡だぞ。ブレイラはよく頑張った」
「そうなの? ……グスンッ」
「そうだ」
そうですよ、その通りです。ぼんやりした意識の中で私もうんうんと同意しました。
私、自分でも結構頑張ったと思います。
水路の中でも普通に泳げる場所では水面から顔を出せていたのですが、崩壊の影響で水路のトンネルいっぱいに水が満ちている場所が幾つかあったのです。その中の一つに、とても長く呼吸を止めていなければならない場所がありました。ハウストは少しでも早く通り抜けようと凄まじい速さで泳いでくれましたが、それでも普通の人間の私は限界を迎えて気を失ったのです。そう、私は普通、あなた方が規格外なのですよ。
「うぅ、ブレイラ、ブレイラ……」
ゼロスが泣きべそをかきながら私の腕にぴたりとくっついて丸くなりました。
まるで子犬が眠るように丸くなって、私の腕に顔を埋めて鼻をスンスン鳴らしています。
そのいたいけな存在を感じて胸がじわりとなる。ゼロスは冥王で規格外の力を持っていますが、それでもやはり子どもは子ども。イスラに鍛えられて急成長してなんでも出来るようになったと思ったけれど……。はやく、はやく目覚めてゼロスを慰めてあげなければいけませんね。
こうしてぼんやりした意識の中でハウストとイスラとゼロスの存在を感じていました。
でも私が目覚める前に、一人の男が駆け寄ってきます。
「ここにいたのか! 探したぞ!」
ジェノキスでした。どうやらジェノキスは私たちを探してくれていたようです。
駆け寄ってきたジェノキスは私に気付くと驚愕します。
「おいブレイラ! 大丈夫か?!」
「わあっ、しらないひとがきた!」
ゼロスは声を上げると、私に覆い被さってジェノキスを警戒します。
「なに、なんなの?! なにしにきたの?! しずかにしなきゃダメでしょ!」
し~っ! とゼロスが口の前に指を立てているよう。
そしてまだ気絶したままの私を見つめて優しい声で語り掛けてくれます。
「ブレイラ、だいじょうぶだからね! ぼくが、まもってあげるからね!」
「……おい魔王様、なんだこのちっちゃい番犬は。で、ブレイラはどうしたんだ? 大丈夫なのか?」
ジェノキスは呆れつつも気絶したままの私を気にしてくれました。
私を気にしてくれたことは嬉しいですが、ゼロスをちっちゃい番犬とはなにごとです。撤回なさい、ゼロスはまだ小さいけれど素敵な冥王様です。
「貴様には関係ないと言いたいが、ブレイラなら大丈夫だ。すぐに目が覚める」
「そうか、それなら良いけど、あんまりブレイラに無茶させるなよ。ブレイラはあんたらと違って人間だ」
「…………分かっている」
「ほんとかよ」
ジェノキスは疑わしいとばかりの口調で返して、また私に視線を戻したようでした。
…………。感じます。じーっと見つめられている気配。これはジェノキスの視線です。
じーっと私を見つめるジェノキスにハウストが不快を隠しません。
「おい、それを見るなよ」
「ケチくさいこと言うなよ。減るもんじゃないし」
「穢れる」
「……減るって言われた方がマシだったぞ」
ジェノキスはイラッとした様子で返すも、「ああそうだ!」と大袈裟に何かを思い出しました。
「溺れて気絶したら人工呼吸だ! 間違いない、視察した軍医講習で医務官が講義してたんだ。よしっ、人工呼吸なら任せろ。軍の訓練で講習を受けてる!」
ジェノキスは白々しいほど真剣に語ると私の側に膝をつきました。
でもその動きがぴたりと止まって、一触即発の空気。
「貴様、俺が許すと思うか」
ハウストの低い声。不機嫌丸出しなそれ。
どうやら大剣を出現させてジェノキスの鼻先に突きつけたようです。
「邪魔するなよ、人命救助だぞ」
「何が人命救助だ。そもそも貴様にさせるわけないだろ。俺がする」
「いやいや、魔王様の手を煩わせるなんてとんでもない」
「気遣い感謝する。だがブレイラは俺の妃、俺がするのは当然だろ」
「いやいやいやいや、これは救命処置という作業、医務官の役目でございます。魔王様の手を煩わせるなど許されるはずがない。しかしここに医務官は不在なので不肖ながらこの俺が立派に務めを果たす所存です」
白々しい敬語でジェノキスはそう言いました。
ハウストとジェノキスの間にますます一触即発の空気が膨らみましたが。
「――――俺は知っているぞ、自発呼吸者に人工呼吸は必要ないと。ブレイラは呼吸している」
イスラの冷ややかな声が割って入りました。
さすがイスラ、そうです、私ちゃんと呼吸してます。意識がぼんやりしているだけです。
しかしイスラは容赦ない闘気をハウストとジェノキスに向けているようで。
「……おいおい、魔王様。息子の教育見直した方がいいんじゃないのか? 物騒すぎる」
「…………。……イスラ、殺気を収めろ」
「フンッ、無駄話しが過ぎるからだ。騒がしいぞ」
イスラが淡々と答えました。
年下の生意気な正論にハウストとジェノキスもイラッとします。
こうして一触即発の雰囲気にイスラまで混じって、三人の闘気が膨れ上がりました。
魔王と勇者と精霊界最強が派手に闘気を衝突させながら、「最初にくだらん提案をしたのは誰だ」「神聖な人工呼吸を勘違いする魔王様が悪い」「なにが神聖だ。二人とも邪念しかないだろ」と低い声で応酬しています。
「あんたらが悪い」とイスラ。
「精霊界のこいつが悪い」とハウスト。
「勇者様と魔王様の勘違いが悪い」とジェノキス。
三人とも誰が一番悪いかなすりつけ合っていました。……騒がしすぎます。
しかも騒がしいのは三人だけではありません。
ハウスト達の話しに付いていけないゼロスは私にぴたりとくっついて……。
「ブレイラ、あのね、ぼくね、がんばったの。さっきはおんぶだったけど、ほんとはじょうずにおよげるの。ほんとだよ、ぼくね、かっこいいの。ブレイラはかわいいっていうけど、かっこいいっていってもいいよ」
ずっと一人でおしゃべりしていました。静かにしてと皆に注意してくれますが、本人はおしゃべり大好きなのです。
こうして四人はさっきから私の耳元でワーワーと騒いで……。
…………。
……………………。
…………………………とても、とてもとても申し上げにくいのですが、……うるさくて、どうしましょう……。
四人の騒がしさに、ぼんやりしていた意識が鮮明になっていきますよ。
そう、それはもう強制的に引き戻されて、鮮明になって、そして。
「――――私、気絶してますけど!」
カッと目を見開いてやりました。
「わあっ、ブレイラ?!」
一番側にいたゼロスが驚いて仰け反ります。
でもすぐに復活して「ブレイラ~!!」と腰にぎゅっと抱き着いてきました。
ぼんやりした意識の中、飛沫音が聞こえました。
ザブザブッと水飛沫をあげながら歩く音がして、水中から出ると全身にどっと重みが伸し掛かります。指先まで感じるほどの重力。鉛のように体が重い。
瞼を開けたいのに、ぼんやりした意識がまだそれを許してくれません。
「ぅっ……」
私をきつく縛っていた紐が切られて、ずるりっと体がずり落ちる。でも力強い腕に抱き止められ、横抱きにして運ばれます。この腕はハウスト、分かりますよ。
「ブレイラ、しっかりしろ! ブレイラ!」
湖畔に寝かされ、ハウストに耳元で呼びかけられました。
とても焦った声です。彼らしからぬ声に、彼の今の顔を想像して胸が痛くなります。
すぐにお返事をして、そんな顔をしないでくださいと慰めたい。でもまだ重力に馴染めなくて瞼が開きません。意識もぼんやりして、反応も返すことができなくて、ごめんなさい、もう少し、……待って。
「呼吸はある。水もそんなに飲んでいない、怪我もしていないな」
ハウストが冷静に私の状態を確かめてくれました。
無事を確認したハウストは安心したようで、「驚かせるなよ」とほっと安堵の息を漏らします。
少ししてザブザブッとまた水飛沫をあげて歩く音がしました。
私の隣にどさりっと小さな体が寝かされます。でもすぐに。
「プハッ、ゴホゴホッ、ゴホッ! う、うえええぇぇぇぇん!!」
ピューッと水を噴き出したかと思うと、ゴホゴホと激しく咳き込んで大きな泣き声が上がりました。ゼロスです。
良かった、ゼロスは無事だったのですね! ゼロスが無事ということはイスラも無事だということ!
私はすぐに目を覚ましてイスラとゼロスを抱きしめたいけれど、体が自分のものでないように重い。水中から陸に上がったばかりで、重力が伸し掛かって、意識も遠いままです。泣いているゼロスを慰めてあげたいけれど体が動かない。
「うえええぇぇん! おさかないたのに、あにうえがおよいだから~! ぼく、つかまえたかったのに~!!」
…………。……どうやら大丈夫のようですね。魚を捕まえようとする余裕があったなんて、さすが冥王です。立派ですよ。
「こんな時に魚を取ろうとするな」
「だって、おさかなさん、かわいかったから、うぅっ」
呆れたイスラに、ゼロスは「だって、だって」と拗ねてしまったよう。
ゼロスがグスングスンッと鼻を啜ります。
とりあえず無事だと分かって安心しました。声だけでイスラとゼロスの元気な様子が伝わってきましたよ。
でも気を失ったままの私に気付いたイスラが険しい雰囲気になります。
「ハウスト、ブレイラはどうしたんだっ。大丈夫なのか?!」
「大丈夫だ。気を失っているだけで、すぐに目を覚ます」
「そうか、良かった。ブレイラ……」
イスラが私を覗き込んだのが分かりました。
安堵の息をついて私の濡れた前髪を指で撫で梳いてくれます。
イスラは私の状態を知って落ち着いてくれました。
しかし、幼いゼロスは目を閉じたままの私に不安と悲壮感が込み上げたようで。
「ブ、ブレイラ~~! わああああん! おきて~っ、おきて~~!!」
ゼロスは大きな声で泣き出してしまいました。
膝から崩れ落ちて、えーんえーん! 私の胸に突っ伏して泣きじゃくっています。
そんなゼロスにハウストは少し困った様子でした。
「おいゼロス、ブレイラは気を失っているだけだ。すぐに目を覚ますから少し離れてろ、騒がしくするな」
「やだー! やだやだ! ブレイラがおきるまで、ここにいるの! ブレイラ、ブレイラ~! わああああん!!」
「……それなら、せめて静かに待ってろ。ブレイラは普通の人間だ、あれだけの潜水時間を耐えたなら気絶するのも当然だ。むしろ気絶だけで済んだことが奇跡だぞ。ブレイラはよく頑張った」
「そうなの? ……グスンッ」
「そうだ」
そうですよ、その通りです。ぼんやりした意識の中で私もうんうんと同意しました。
私、自分でも結構頑張ったと思います。
水路の中でも普通に泳げる場所では水面から顔を出せていたのですが、崩壊の影響で水路のトンネルいっぱいに水が満ちている場所が幾つかあったのです。その中の一つに、とても長く呼吸を止めていなければならない場所がありました。ハウストは少しでも早く通り抜けようと凄まじい速さで泳いでくれましたが、それでも普通の人間の私は限界を迎えて気を失ったのです。そう、私は普通、あなた方が規格外なのですよ。
「うぅ、ブレイラ、ブレイラ……」
ゼロスが泣きべそをかきながら私の腕にぴたりとくっついて丸くなりました。
まるで子犬が眠るように丸くなって、私の腕に顔を埋めて鼻をスンスン鳴らしています。
そのいたいけな存在を感じて胸がじわりとなる。ゼロスは冥王で規格外の力を持っていますが、それでもやはり子どもは子ども。イスラに鍛えられて急成長してなんでも出来るようになったと思ったけれど……。はやく、はやく目覚めてゼロスを慰めてあげなければいけませんね。
こうしてぼんやりした意識の中でハウストとイスラとゼロスの存在を感じていました。
でも私が目覚める前に、一人の男が駆け寄ってきます。
「ここにいたのか! 探したぞ!」
ジェノキスでした。どうやらジェノキスは私たちを探してくれていたようです。
駆け寄ってきたジェノキスは私に気付くと驚愕します。
「おいブレイラ! 大丈夫か?!」
「わあっ、しらないひとがきた!」
ゼロスは声を上げると、私に覆い被さってジェノキスを警戒します。
「なに、なんなの?! なにしにきたの?! しずかにしなきゃダメでしょ!」
し~っ! とゼロスが口の前に指を立てているよう。
そしてまだ気絶したままの私を見つめて優しい声で語り掛けてくれます。
「ブレイラ、だいじょうぶだからね! ぼくが、まもってあげるからね!」
「……おい魔王様、なんだこのちっちゃい番犬は。で、ブレイラはどうしたんだ? 大丈夫なのか?」
ジェノキスは呆れつつも気絶したままの私を気にしてくれました。
私を気にしてくれたことは嬉しいですが、ゼロスをちっちゃい番犬とはなにごとです。撤回なさい、ゼロスはまだ小さいけれど素敵な冥王様です。
「貴様には関係ないと言いたいが、ブレイラなら大丈夫だ。すぐに目が覚める」
「そうか、それなら良いけど、あんまりブレイラに無茶させるなよ。ブレイラはあんたらと違って人間だ」
「…………分かっている」
「ほんとかよ」
ジェノキスは疑わしいとばかりの口調で返して、また私に視線を戻したようでした。
…………。感じます。じーっと見つめられている気配。これはジェノキスの視線です。
じーっと私を見つめるジェノキスにハウストが不快を隠しません。
「おい、それを見るなよ」
「ケチくさいこと言うなよ。減るもんじゃないし」
「穢れる」
「……減るって言われた方がマシだったぞ」
ジェノキスはイラッとした様子で返すも、「ああそうだ!」と大袈裟に何かを思い出しました。
「溺れて気絶したら人工呼吸だ! 間違いない、視察した軍医講習で医務官が講義してたんだ。よしっ、人工呼吸なら任せろ。軍の訓練で講習を受けてる!」
ジェノキスは白々しいほど真剣に語ると私の側に膝をつきました。
でもその動きがぴたりと止まって、一触即発の空気。
「貴様、俺が許すと思うか」
ハウストの低い声。不機嫌丸出しなそれ。
どうやら大剣を出現させてジェノキスの鼻先に突きつけたようです。
「邪魔するなよ、人命救助だぞ」
「何が人命救助だ。そもそも貴様にさせるわけないだろ。俺がする」
「いやいや、魔王様の手を煩わせるなんてとんでもない」
「気遣い感謝する。だがブレイラは俺の妃、俺がするのは当然だろ」
「いやいやいやいや、これは救命処置という作業、医務官の役目でございます。魔王様の手を煩わせるなど許されるはずがない。しかしここに医務官は不在なので不肖ながらこの俺が立派に務めを果たす所存です」
白々しい敬語でジェノキスはそう言いました。
ハウストとジェノキスの間にますます一触即発の空気が膨らみましたが。
「――――俺は知っているぞ、自発呼吸者に人工呼吸は必要ないと。ブレイラは呼吸している」
イスラの冷ややかな声が割って入りました。
さすがイスラ、そうです、私ちゃんと呼吸してます。意識がぼんやりしているだけです。
しかしイスラは容赦ない闘気をハウストとジェノキスに向けているようで。
「……おいおい、魔王様。息子の教育見直した方がいいんじゃないのか? 物騒すぎる」
「…………。……イスラ、殺気を収めろ」
「フンッ、無駄話しが過ぎるからだ。騒がしいぞ」
イスラが淡々と答えました。
年下の生意気な正論にハウストとジェノキスもイラッとします。
こうして一触即発の雰囲気にイスラまで混じって、三人の闘気が膨れ上がりました。
魔王と勇者と精霊界最強が派手に闘気を衝突させながら、「最初にくだらん提案をしたのは誰だ」「神聖な人工呼吸を勘違いする魔王様が悪い」「なにが神聖だ。二人とも邪念しかないだろ」と低い声で応酬しています。
「あんたらが悪い」とイスラ。
「精霊界のこいつが悪い」とハウスト。
「勇者様と魔王様の勘違いが悪い」とジェノキス。
三人とも誰が一番悪いかなすりつけ合っていました。……騒がしすぎます。
しかも騒がしいのは三人だけではありません。
ハウスト達の話しに付いていけないゼロスは私にぴたりとくっついて……。
「ブレイラ、あのね、ぼくね、がんばったの。さっきはおんぶだったけど、ほんとはじょうずにおよげるの。ほんとだよ、ぼくね、かっこいいの。ブレイラはかわいいっていうけど、かっこいいっていってもいいよ」
ずっと一人でおしゃべりしていました。静かにしてと皆に注意してくれますが、本人はおしゃべり大好きなのです。
こうして四人はさっきから私の耳元でワーワーと騒いで……。
…………。
……………………。
…………………………とても、とてもとても申し上げにくいのですが、……うるさくて、どうしましょう……。
四人の騒がしさに、ぼんやりしていた意識が鮮明になっていきますよ。
そう、それはもう強制的に引き戻されて、鮮明になって、そして。
「――――私、気絶してますけど!」
カッと目を見開いてやりました。
「わあっ、ブレイラ?!」
一番側にいたゼロスが驚いて仰け反ります。
でもすぐに復活して「ブレイラ~!!」と腰にぎゅっと抱き着いてきました。
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