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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第十二章・次代を告げる暁を9
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手術から三週間後。
イスラの左腕が完治してひと安心しながらも、魔界の王都は日に日に慌ただしくなってきました。
北離宮でも連日会議が行なわれ、皆が忙しくしながらその日を待っています。そう、次代の魔王クロードが魔王ハウストと王妃である私に譲られ、正式に第三子になる式典の日を。
式典日が近づくと魔界各地から貴族や豪族、名だたる高官、商人や民衆にいたるまで王都に集まります。もちろん四大公爵も王都に参じ、それぞれ迎賓館に滞在してもらっていました。
そして今日は式典前日です。
私は朝から北離宮で政務を行ない、その後は本殿に設えたクロードのお部屋へ。式典が終わればクロードは正式に私たちの第三子となって王都で暮らし始めるのです。もちろん部屋の準備はすでに終わっていますが、明日を迎える前に最後の確認をしておきたい。
「邪魔をしてごめんなさい。皆、お疲れ様です」
「王妃様、ご機嫌麗しく」
「王妃様、クロード様の御部屋をどうぞご覧ください」
クロードの部屋に入ると、女官や侍女たちに出迎えられました。
式典を明日に控え、担当の女官や侍女たちが掃除をしたり衣装やおもちゃの確認をしたりと万全の環境を整えてくれていたのです。
私は部屋を見回して、緊張に胸が高鳴りました。
お部屋は赤ん坊の部屋らしく淡い色彩で纏められ、家具や調度品も赤ん坊の興味を引きそうな可愛らしいものです。クロードの為に用意した衣装やおもちゃや食器などの日用品、どの品も吟味して選びました。それは私主導で行なわせてもらったことです。
そう、人間界での一件で私はクロードを手元で育てる覚悟を決めました。
人間界から帰ってから、時間を作ってクロードを迎える準備を手伝ったのです。イスラやゼロスも手伝ってくれてとても助かりました。政務の合間にハウストも様子を見に来てくれました。
家族四人で赤ん坊のおもちゃや衣装を広げ、ああでもないこうでもないと言いあいながら準備をするのは楽しいことです。
ゼロスとは一緒におもちゃ選びをしました。しかしゼロスが自分のおもちゃ箱を内緒で持ち込んで、気に入ったクロードのおもちゃと自分のおもちゃをこっそり交換していたのです。もちろん説得して元に戻してもらいました。最初は大泣きしていましたがクロードと一緒に遊ぶようにお願いすると「もう、しかたないなあ~」とニヤニヤ……、ではなくてニコニコと照れ臭そうでした。
イスラとは一緒に衣装選びをしました。赤ん坊の衣装って可愛いですよね。ふわふわで、ふりふりで、リボンが飾られていて、まるで幸福の象徴のように愛らしい。
私は知っているのです。どの絵本でも赤ん坊が描かれる時、フリルとリボンたっぷりの真っ白な衣装を着ていて、ひらひらレースが可愛らしい帽子を被っています。それが赤ん坊の衣装というものなのですよね。絵本に描いてあったので間違いないです。
ゼロスが赤ん坊の時も衣装はフリルやレースが増量されたものを多く用意してもらいました。今の衣装も襟にリボンをきゅっと結んで可愛いのですよ。
だからでしょうか、イスラに手伝ってもらいながらクロードの衣装を選んでいると、無意識にイスラを目で追ってしまっていました……。
イスラが赤ん坊だった時、今とはあまりにも状況が違っていてゼロスやクロードと同じようなことをしてあげられませんでした。赤ん坊の衣装もおもちゃも、何も用意してあげられなくて……。
衣装選び中に、赤ん坊の頃のイスラに似合いそうな衣装を見つけてしまうと、「イスラ……」となんとなくイスラをじっと見つめてしまうのです。それに気付いたイスラは猛烈な勢いで首を横に振りましたが、何度もじっと見つめてしまいましたよ。
こうしてイスラやゼロスと準備をしていると、時々ハウストが様子を見に来てくれました。でも彼はどれが良いか聞いても、「どちらでもいいだろ」と答えることが多いので困りました。それでは困ると訴えると「じゃあ全部で」などと……。彼はどれも一緒だと思っているのです。困ったものです。
その時のことを思い出して苦笑が浮かびました。
そしてクロードの部屋を見回します。
この部屋でクロードが育つのですね。そう思うとなんだか感慨深い。
「コレット、今日はここでお茶をいただきます。メルディナを呼んでください」
「畏まりました」
コレットはすぐに茶会の準備とメルディナを呼ぶように女官に命じました。
メルディナは式典出席の為に先日から王都に入っています。もちろんクロードとともに。
彼女が王都に到着した日に挨拶を受けましたが、それ以降は互いに政務が立て込んでいてなかなか機会が巡ってこなかったのです。
でも式典の前にメルディナと会っておきたい。その場所は、この部屋が良いような気がしました。
庭園に面した窓辺のチェアに腰を下ろします。
コレットが私の側に控え、侍女がテーブルに二人分のティーセットを並べて準備してくれます。
準備が終わると丁度扉がノックされました。女官がメルディナの来室を知らせてくれます。
「どうぞ、入ってください」
「王妃、失礼しますわ」
入ってきたメルディナが恭しくお辞儀しました。
魔界の姫として育った彼女は完璧な作法を身に着けていて、その所作はとても美しいものです。
私も王妃になって多くを学び、慣れぬ作法も一生懸命覚えました。でも彼女は生まれながらの姫で、私よりも多くを知っていて、美しい所作がとても自然なのです。
「待っていました」
私は立ち上がって出迎えます。
立ち上がった私にメルディナが目を据わらせました。
分かっています。王妃が自分より身分が低いものを迎える時、立ち上がってはいけないのですよね。
「そんな怖い顔をしないでください」
「わたくし、こんな所でのんびりしている暇はありませんの」
メルディナがツンと振る舞います。
彼女は私を王妃として扱ってくれるようになりましたが、それでも可愛げがないところは以前と変わりません。
でも気付いています。あなた、さり気なく部屋の中を見ていますよね。この部屋は誰が見ても赤ん坊の部屋ですから。
私は本棚から赤ん坊用の絵本を一冊取りました。
「見てください」
「なによ」
「この絵本はゼロスが選んでくれました。ゼロスが赤ちゃんだった頃によく読んであげた絵本で、ゼロスのお気に入りなんです。あの子、この絵本に描いてあるリンゴやケーキを見て『おなかすいた』て言うんですよ」
「食い意地が張ってるのよ」
「ふふふ、否定できませんね。でもクロードにこの絵本を読んであげるのだと張り切っていました」
「そう」
興味なさげな返事ですが構いません。
だってそれは装っているだけ。今、メルディナは興味なさげに振り舞いながらも、私の一言一言を聞き漏らすまいと耳に神経を集中しているのが分かります。彼女は意地っ張りな性格なのです。
以前は可愛げがないと思っていましたが、今では少しだけ可愛いと思えるようになりました。
そんな彼女に目を細めて、次は隣室の衣裳部屋へ連れて行きます。
「どうです、ほとんど私が選んだんです」
「えっ?」
扉を開けた瞬間、メルディナが目を見開きました。
衣裳部屋にはもちろんクロードの衣類が並んでいます。真っ白な衣装はもちろん、黄色、水色、黄緑色などの淡い色彩のものも用意しました。どれもフリルとレースがたっぷりの可愛らしい衣装ばかりで、帽子や前掛けもお揃いで組み合わせられるようになっています。
メルディナは驚きに目を丸めてポカンとしています。
分かりますよ、感激しているのですよね。
あまりに可愛い衣装ばかりでびっくりしているのですよね。
驚きなさい、喜びなさい。これは私が選んだのです。感激で脱帽なさい。
フフンと私は胸を張りました、が。
「――――ダ、ダサいっ。ダサすぎですわ!!」
「ダ、ダサい?! なっ、なんてこと言うんですかっ!」
「何度だって言いますわ! なにこのひと昔前の服っ、イメージ! ここ王都ですわよ? 魔界で最先端の都のはずですのに、王都の赤ん坊がっ、ましてや王族の赤ん坊がっ、こんなダサい服の赤ん坊になってしまうなんてっ……!」
メルディナは興奮のあまり卒倒しそうな勢いで言いました。
私も拳をワナワナ震わせます。
なんという言い草っ! 撤回ですっ、メルディナはちっとも可愛くありません!
「赤ん坊とは、こういうものを喜ぶんでしょう!」
「馬鹿言わないで! まだ赤ん坊なのに自分が着せられている服が分かる訳ないじゃない! 選んだ者のセンスが問われるのよ! 特にこの衣装っ、肘と膝に付いてる魚のヒレみたいなフリルはなんとかなりませんの? フリルとレースが付いてればいいってものじゃないのよ!」
「っ、……」
く、悔しいっ。悔しいけれど……言い返せませんっ。
たしかにクロードは生まれたばかりの赤ん坊。その成長速度も緩やかで、もちろん言葉はまだ話せません。
メルディナは大きなため息をつくと呆れたように私を見ます。
「お兄様は何も言いませんの?」
「ハウストは私の好きにしろと任せてくれています。この前も準備をよく頑張っていると褒めてくれました」
「…………。……期待したわたくしがバカでしたわ」
「どういう意味です」
「そのままの意味ですわよ。ほんとお兄様は甘いんだから」
「生意気ですよ」
「ご存知でしょう?」
互いにぎろりと睨みあう。
ピリピリした緊張感が漂いました。
側に控えているコレットや女官や侍女がハラハラしています。王妃と四大公爵夫人の口論に口を挟める者などいないのです。しかも話題は魔王ハウストも絡んでいます。コレットですら見守るしかありません。
……仕方ありません。ここは大人の私が引いてあげます。
「…………コホン、まあいいでしょう。あなたの意見も一考しましょう。私たちが揉めては他の方々に迷惑をかけますからね」
「言い返せないからって、なに皆の為みたいな言い方してますのよ」
平らな目でじーっと見られました。「……うるさいですよ」と返しながらも、そっと目を逸らしてしまう。ばれていたようです。
「まあいいわ。いい感じの衣装も用意してくれているようだし。これなんか悪くないですわよ?」
メルディナはそう言って別の棚に並んでいる衣装を指しました。
そちらの衣装はフリルとレースが少なめで落ち着いた雰囲気のものです。
「あ、それはイスラが選んだんですよ」
「まあ、勇者が?」
「はい。私はこっちと言ったのですが、イスラがこういうのも用意した方がいいと言ったので」
「……。クロードは勇者に感謝する日がくるかもしれませんわ……」
「だからどういう意味です。あなたはいちいち嫌味ですね」
私はムッと言い返しながらも、改めてメルディナと向き合いました。
嫌味の応酬をするために呼んだのではないのです。それは彼女も察してくれていたようで、私を静かに見つめます。
イスラの左腕が完治してひと安心しながらも、魔界の王都は日に日に慌ただしくなってきました。
北離宮でも連日会議が行なわれ、皆が忙しくしながらその日を待っています。そう、次代の魔王クロードが魔王ハウストと王妃である私に譲られ、正式に第三子になる式典の日を。
式典日が近づくと魔界各地から貴族や豪族、名だたる高官、商人や民衆にいたるまで王都に集まります。もちろん四大公爵も王都に参じ、それぞれ迎賓館に滞在してもらっていました。
そして今日は式典前日です。
私は朝から北離宮で政務を行ない、その後は本殿に設えたクロードのお部屋へ。式典が終わればクロードは正式に私たちの第三子となって王都で暮らし始めるのです。もちろん部屋の準備はすでに終わっていますが、明日を迎える前に最後の確認をしておきたい。
「邪魔をしてごめんなさい。皆、お疲れ様です」
「王妃様、ご機嫌麗しく」
「王妃様、クロード様の御部屋をどうぞご覧ください」
クロードの部屋に入ると、女官や侍女たちに出迎えられました。
式典を明日に控え、担当の女官や侍女たちが掃除をしたり衣装やおもちゃの確認をしたりと万全の環境を整えてくれていたのです。
私は部屋を見回して、緊張に胸が高鳴りました。
お部屋は赤ん坊の部屋らしく淡い色彩で纏められ、家具や調度品も赤ん坊の興味を引きそうな可愛らしいものです。クロードの為に用意した衣装やおもちゃや食器などの日用品、どの品も吟味して選びました。それは私主導で行なわせてもらったことです。
そう、人間界での一件で私はクロードを手元で育てる覚悟を決めました。
人間界から帰ってから、時間を作ってクロードを迎える準備を手伝ったのです。イスラやゼロスも手伝ってくれてとても助かりました。政務の合間にハウストも様子を見に来てくれました。
家族四人で赤ん坊のおもちゃや衣装を広げ、ああでもないこうでもないと言いあいながら準備をするのは楽しいことです。
ゼロスとは一緒におもちゃ選びをしました。しかしゼロスが自分のおもちゃ箱を内緒で持ち込んで、気に入ったクロードのおもちゃと自分のおもちゃをこっそり交換していたのです。もちろん説得して元に戻してもらいました。最初は大泣きしていましたがクロードと一緒に遊ぶようにお願いすると「もう、しかたないなあ~」とニヤニヤ……、ではなくてニコニコと照れ臭そうでした。
イスラとは一緒に衣装選びをしました。赤ん坊の衣装って可愛いですよね。ふわふわで、ふりふりで、リボンが飾られていて、まるで幸福の象徴のように愛らしい。
私は知っているのです。どの絵本でも赤ん坊が描かれる時、フリルとリボンたっぷりの真っ白な衣装を着ていて、ひらひらレースが可愛らしい帽子を被っています。それが赤ん坊の衣装というものなのですよね。絵本に描いてあったので間違いないです。
ゼロスが赤ん坊の時も衣装はフリルやレースが増量されたものを多く用意してもらいました。今の衣装も襟にリボンをきゅっと結んで可愛いのですよ。
だからでしょうか、イスラに手伝ってもらいながらクロードの衣装を選んでいると、無意識にイスラを目で追ってしまっていました……。
イスラが赤ん坊だった時、今とはあまりにも状況が違っていてゼロスやクロードと同じようなことをしてあげられませんでした。赤ん坊の衣装もおもちゃも、何も用意してあげられなくて……。
衣装選び中に、赤ん坊の頃のイスラに似合いそうな衣装を見つけてしまうと、「イスラ……」となんとなくイスラをじっと見つめてしまうのです。それに気付いたイスラは猛烈な勢いで首を横に振りましたが、何度もじっと見つめてしまいましたよ。
こうしてイスラやゼロスと準備をしていると、時々ハウストが様子を見に来てくれました。でも彼はどれが良いか聞いても、「どちらでもいいだろ」と答えることが多いので困りました。それでは困ると訴えると「じゃあ全部で」などと……。彼はどれも一緒だと思っているのです。困ったものです。
その時のことを思い出して苦笑が浮かびました。
そしてクロードの部屋を見回します。
この部屋でクロードが育つのですね。そう思うとなんだか感慨深い。
「コレット、今日はここでお茶をいただきます。メルディナを呼んでください」
「畏まりました」
コレットはすぐに茶会の準備とメルディナを呼ぶように女官に命じました。
メルディナは式典出席の為に先日から王都に入っています。もちろんクロードとともに。
彼女が王都に到着した日に挨拶を受けましたが、それ以降は互いに政務が立て込んでいてなかなか機会が巡ってこなかったのです。
でも式典の前にメルディナと会っておきたい。その場所は、この部屋が良いような気がしました。
庭園に面した窓辺のチェアに腰を下ろします。
コレットが私の側に控え、侍女がテーブルに二人分のティーセットを並べて準備してくれます。
準備が終わると丁度扉がノックされました。女官がメルディナの来室を知らせてくれます。
「どうぞ、入ってください」
「王妃、失礼しますわ」
入ってきたメルディナが恭しくお辞儀しました。
魔界の姫として育った彼女は完璧な作法を身に着けていて、その所作はとても美しいものです。
私も王妃になって多くを学び、慣れぬ作法も一生懸命覚えました。でも彼女は生まれながらの姫で、私よりも多くを知っていて、美しい所作がとても自然なのです。
「待っていました」
私は立ち上がって出迎えます。
立ち上がった私にメルディナが目を据わらせました。
分かっています。王妃が自分より身分が低いものを迎える時、立ち上がってはいけないのですよね。
「そんな怖い顔をしないでください」
「わたくし、こんな所でのんびりしている暇はありませんの」
メルディナがツンと振る舞います。
彼女は私を王妃として扱ってくれるようになりましたが、それでも可愛げがないところは以前と変わりません。
でも気付いています。あなた、さり気なく部屋の中を見ていますよね。この部屋は誰が見ても赤ん坊の部屋ですから。
私は本棚から赤ん坊用の絵本を一冊取りました。
「見てください」
「なによ」
「この絵本はゼロスが選んでくれました。ゼロスが赤ちゃんだった頃によく読んであげた絵本で、ゼロスのお気に入りなんです。あの子、この絵本に描いてあるリンゴやケーキを見て『おなかすいた』て言うんですよ」
「食い意地が張ってるのよ」
「ふふふ、否定できませんね。でもクロードにこの絵本を読んであげるのだと張り切っていました」
「そう」
興味なさげな返事ですが構いません。
だってそれは装っているだけ。今、メルディナは興味なさげに振り舞いながらも、私の一言一言を聞き漏らすまいと耳に神経を集中しているのが分かります。彼女は意地っ張りな性格なのです。
以前は可愛げがないと思っていましたが、今では少しだけ可愛いと思えるようになりました。
そんな彼女に目を細めて、次は隣室の衣裳部屋へ連れて行きます。
「どうです、ほとんど私が選んだんです」
「えっ?」
扉を開けた瞬間、メルディナが目を見開きました。
衣裳部屋にはもちろんクロードの衣類が並んでいます。真っ白な衣装はもちろん、黄色、水色、黄緑色などの淡い色彩のものも用意しました。どれもフリルとレースがたっぷりの可愛らしい衣装ばかりで、帽子や前掛けもお揃いで組み合わせられるようになっています。
メルディナは驚きに目を丸めてポカンとしています。
分かりますよ、感激しているのですよね。
あまりに可愛い衣装ばかりでびっくりしているのですよね。
驚きなさい、喜びなさい。これは私が選んだのです。感激で脱帽なさい。
フフンと私は胸を張りました、が。
「――――ダ、ダサいっ。ダサすぎですわ!!」
「ダ、ダサい?! なっ、なんてこと言うんですかっ!」
「何度だって言いますわ! なにこのひと昔前の服っ、イメージ! ここ王都ですわよ? 魔界で最先端の都のはずですのに、王都の赤ん坊がっ、ましてや王族の赤ん坊がっ、こんなダサい服の赤ん坊になってしまうなんてっ……!」
メルディナは興奮のあまり卒倒しそうな勢いで言いました。
私も拳をワナワナ震わせます。
なんという言い草っ! 撤回ですっ、メルディナはちっとも可愛くありません!
「赤ん坊とは、こういうものを喜ぶんでしょう!」
「馬鹿言わないで! まだ赤ん坊なのに自分が着せられている服が分かる訳ないじゃない! 選んだ者のセンスが問われるのよ! 特にこの衣装っ、肘と膝に付いてる魚のヒレみたいなフリルはなんとかなりませんの? フリルとレースが付いてればいいってものじゃないのよ!」
「っ、……」
く、悔しいっ。悔しいけれど……言い返せませんっ。
たしかにクロードは生まれたばかりの赤ん坊。その成長速度も緩やかで、もちろん言葉はまだ話せません。
メルディナは大きなため息をつくと呆れたように私を見ます。
「お兄様は何も言いませんの?」
「ハウストは私の好きにしろと任せてくれています。この前も準備をよく頑張っていると褒めてくれました」
「…………。……期待したわたくしがバカでしたわ」
「どういう意味です」
「そのままの意味ですわよ。ほんとお兄様は甘いんだから」
「生意気ですよ」
「ご存知でしょう?」
互いにぎろりと睨みあう。
ピリピリした緊張感が漂いました。
側に控えているコレットや女官や侍女がハラハラしています。王妃と四大公爵夫人の口論に口を挟める者などいないのです。しかも話題は魔王ハウストも絡んでいます。コレットですら見守るしかありません。
……仕方ありません。ここは大人の私が引いてあげます。
「…………コホン、まあいいでしょう。あなたの意見も一考しましょう。私たちが揉めては他の方々に迷惑をかけますからね」
「言い返せないからって、なに皆の為みたいな言い方してますのよ」
平らな目でじーっと見られました。「……うるさいですよ」と返しながらも、そっと目を逸らしてしまう。ばれていたようです。
「まあいいわ。いい感じの衣装も用意してくれているようだし。これなんか悪くないですわよ?」
メルディナはそう言って別の棚に並んでいる衣装を指しました。
そちらの衣装はフリルとレースが少なめで落ち着いた雰囲気のものです。
「あ、それはイスラが選んだんですよ」
「まあ、勇者が?」
「はい。私はこっちと言ったのですが、イスラがこういうのも用意した方がいいと言ったので」
「……。クロードは勇者に感謝する日がくるかもしれませんわ……」
「だからどういう意味です。あなたはいちいち嫌味ですね」
私はムッと言い返しながらも、改めてメルディナと向き合いました。
嫌味の応酬をするために呼んだのではないのです。それは彼女も察してくれていたようで、私を静かに見つめます。
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インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
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中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
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