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第一章:小国サイオンの王女
4:殿下への意気込み
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全てが後の祭りである。
盛装には程遠いいつも通りの身なり。二日酔いのまま、着の身着のままで、自分がどれほど不作法で恥知らずであったか思い知る。
いまさら取り繕っても遅い。
スーは皇太子であるルカの微笑みに勇気をもらって、飾らず素直に謝罪した。
「ルカ殿下。この度は私を歓迎してくださって、ありがとうございます。それに比べてわたしは、碌な支度もせず、このように不作法な姿でこちらに参りました。本当にごめんなさい」
自然に頭が下がる。
再び顔をあげてルカの顔を仰ぐと、彼は驚いたようにスーを見つめていた。
「サイオンの王家に、必要最小限の荷でとお願いしたのはこちらです。輸送に手間を取りたくなかったので。あなたに余計な引け目を感じさせたのであれば、配慮が足りませんでしたね」
「あ、いえ」
逆に詫びられて、スーの方が焦ってしまう。
「わたしは殿下のような素敵な方と出会うのであれば、もっとオシャレをしたかったと思っただけです」
傍らに控えているユエンがくすりと笑いを漏らしたのが聞こえる。
(ああ! わたしったら、また)
スーは再び顔が熱く火照る。
皇太子を前にして、完全に舞い上がっていた。
うろたえるスーに、ルカが再び微笑した。
「あなたはとても美しいですよ。噂通り……いいえ、それ以上に」
「噂?」
「はい。サイオンの王女は美姫だと、クラウディアの社交界では有名な話です」
サイオンでは美しいと言われて育ってきたが、ルカのような魅力的な男性から聞くのは初めてだった。火照りのおさまらない顔が、さらに熱くなる。
体中の血が体温を上昇させる。恥ずかしくて汗ばむこともあるのだと、スーは場違いなことを考えた。
「それに、そのサイオンのスタイルが、あなたの国の神話に語られる天女のようです」
ルカがそっとスーの結い上げた髪に触れるように手を伸ばす。長い髪は動き回るのに邪魔なので、いつも左右にわけて、耳の上で拳ほどの団子を作るようにしてくるりと結いあげ、余った髪を下に垂らしていた。
サイオンではよくある結い方だが、帝国では珍しいようだった。
「あなたにとても似合っています。綺麗だ」
面と向かって褒められ、ますます体温があがった。
美しい湖面の色味を思わせる、ルカの青い瞳。見つめていると吸い込まれそうになる。綺麗なのは殿下です。と口走りそうになって、スーはいけないと呑み込んだ。
神話に出てきそうなのはルカの方である。美形という言葉は、この人のためにあるのだ。
「……ありがとうございます」
スーは自分の髪に触れながら、素直に喜んだ。帝国式ではないスタイルは、子どもっぽく、幼稚に映るのではないかと思っていたが、どうやらスーの杞憂だったようだ。皇太子が気に入ってくれたのなら、この髪型を貫こうと固く心に誓う。
「お疲れでしょう。部屋の用意も整っていますので、案内させましょう」
「――はい。ありがとうございます」
皇太子の私邸ということであれば、彼もここに住んでいるのだろうか。
「殿下も、こちらにお住まいなのですか?」
スーには豪邸だが、ルカにとっては取るに足らない別邸である可能性も捨てきれない。彼は困ったように笑った。
「はい。あなたのために離宮を用意すべきかとも考えましたが、いろんな事情を考慮した結果、こちらにおいでいただくことにしました」
「では、わたしは殿下と一緒に暮らすのですね?」
スーは心がときめくのを感じた。これからはこの魅力的な皇太子と一つ屋根の下で暮らせる。
出会った瞬間に、脳裏に響いた鐘の音。完全に一目惚れだった。
スーとしては、今すぐにでも花嫁になりたい勢いで、心が奪われている。
彼の妃になるためなら、どんな教育も試練も果たして見せる。
熱く意気込みを滾らせるスーの沈黙が、ルカには不安を覚える王女のように見えたのか、「安心してください」と低く柔らかな声がした。
「私は決して狼になったりはしませんし、王宮や軍の要塞に赴くことも多いです。王女にはここで気兼ねなく、安心して過ごしていただけるはずです」
「そんなことは心配していませんが……」
むしろ一目惚れの相手に望まれるなら大歓迎である。政略結婚の覚悟は幼い頃からできているのだ。どんなじじぃや変人に嫁ぐのかと心が塞ぐこともあったが、ルカが相手であれば、不幸中の幸いどころか、幸運にまさる幸運だった。
ただ気になるとすればーー。
クラウディア皇家が一夫多妻制であることだ。
(きっと、すでに他の妃がいらっしゃるだろうな)
そう考えると、皇太子のそつのない振舞いが、単に女性の扱いになれているだけだという気もした。
自分の他にも、この豪邸には彼の妃になるものが暮らしているのかもしれない。
あるいは、離宮を用意された女性がいるかもしれない。
聞いてみようかと思ったが、スーはおいおい紹介されるだろうと、口を噤んだ。
(とにかく、がんばらなきゃ)
スーは館の使用人に指示をしているルカの綺麗な横顔を眺めた。彼はスーの眼差しに気づいたのか、振り返ると労るように微笑む。
「本日はこのままお休みください。夕食も王女のお部屋にご用意させます」
ルカと一緒に食事をするのも楽しそうだと思ったが、彼にも事情があるのだろう。
帝国の作法を知らない自分には、皇太子と時間をともにする前に、覚えねばならないことがたくさんある。
(絶対に、殿下のお気に入りになってみせるわ!)
盛装には程遠いいつも通りの身なり。二日酔いのまま、着の身着のままで、自分がどれほど不作法で恥知らずであったか思い知る。
いまさら取り繕っても遅い。
スーは皇太子であるルカの微笑みに勇気をもらって、飾らず素直に謝罪した。
「ルカ殿下。この度は私を歓迎してくださって、ありがとうございます。それに比べてわたしは、碌な支度もせず、このように不作法な姿でこちらに参りました。本当にごめんなさい」
自然に頭が下がる。
再び顔をあげてルカの顔を仰ぐと、彼は驚いたようにスーを見つめていた。
「サイオンの王家に、必要最小限の荷でとお願いしたのはこちらです。輸送に手間を取りたくなかったので。あなたに余計な引け目を感じさせたのであれば、配慮が足りませんでしたね」
「あ、いえ」
逆に詫びられて、スーの方が焦ってしまう。
「わたしは殿下のような素敵な方と出会うのであれば、もっとオシャレをしたかったと思っただけです」
傍らに控えているユエンがくすりと笑いを漏らしたのが聞こえる。
(ああ! わたしったら、また)
スーは再び顔が熱く火照る。
皇太子を前にして、完全に舞い上がっていた。
うろたえるスーに、ルカが再び微笑した。
「あなたはとても美しいですよ。噂通り……いいえ、それ以上に」
「噂?」
「はい。サイオンの王女は美姫だと、クラウディアの社交界では有名な話です」
サイオンでは美しいと言われて育ってきたが、ルカのような魅力的な男性から聞くのは初めてだった。火照りのおさまらない顔が、さらに熱くなる。
体中の血が体温を上昇させる。恥ずかしくて汗ばむこともあるのだと、スーは場違いなことを考えた。
「それに、そのサイオンのスタイルが、あなたの国の神話に語られる天女のようです」
ルカがそっとスーの結い上げた髪に触れるように手を伸ばす。長い髪は動き回るのに邪魔なので、いつも左右にわけて、耳の上で拳ほどの団子を作るようにしてくるりと結いあげ、余った髪を下に垂らしていた。
サイオンではよくある結い方だが、帝国では珍しいようだった。
「あなたにとても似合っています。綺麗だ」
面と向かって褒められ、ますます体温があがった。
美しい湖面の色味を思わせる、ルカの青い瞳。見つめていると吸い込まれそうになる。綺麗なのは殿下です。と口走りそうになって、スーはいけないと呑み込んだ。
神話に出てきそうなのはルカの方である。美形という言葉は、この人のためにあるのだ。
「……ありがとうございます」
スーは自分の髪に触れながら、素直に喜んだ。帝国式ではないスタイルは、子どもっぽく、幼稚に映るのではないかと思っていたが、どうやらスーの杞憂だったようだ。皇太子が気に入ってくれたのなら、この髪型を貫こうと固く心に誓う。
「お疲れでしょう。部屋の用意も整っていますので、案内させましょう」
「――はい。ありがとうございます」
皇太子の私邸ということであれば、彼もここに住んでいるのだろうか。
「殿下も、こちらにお住まいなのですか?」
スーには豪邸だが、ルカにとっては取るに足らない別邸である可能性も捨てきれない。彼は困ったように笑った。
「はい。あなたのために離宮を用意すべきかとも考えましたが、いろんな事情を考慮した結果、こちらにおいでいただくことにしました」
「では、わたしは殿下と一緒に暮らすのですね?」
スーは心がときめくのを感じた。これからはこの魅力的な皇太子と一つ屋根の下で暮らせる。
出会った瞬間に、脳裏に響いた鐘の音。完全に一目惚れだった。
スーとしては、今すぐにでも花嫁になりたい勢いで、心が奪われている。
彼の妃になるためなら、どんな教育も試練も果たして見せる。
熱く意気込みを滾らせるスーの沈黙が、ルカには不安を覚える王女のように見えたのか、「安心してください」と低く柔らかな声がした。
「私は決して狼になったりはしませんし、王宮や軍の要塞に赴くことも多いです。王女にはここで気兼ねなく、安心して過ごしていただけるはずです」
「そんなことは心配していませんが……」
むしろ一目惚れの相手に望まれるなら大歓迎である。政略結婚の覚悟は幼い頃からできているのだ。どんなじじぃや変人に嫁ぐのかと心が塞ぐこともあったが、ルカが相手であれば、不幸中の幸いどころか、幸運にまさる幸運だった。
ただ気になるとすればーー。
クラウディア皇家が一夫多妻制であることだ。
(きっと、すでに他の妃がいらっしゃるだろうな)
そう考えると、皇太子のそつのない振舞いが、単に女性の扱いになれているだけだという気もした。
自分の他にも、この豪邸には彼の妃になるものが暮らしているのかもしれない。
あるいは、離宮を用意された女性がいるかもしれない。
聞いてみようかと思ったが、スーはおいおい紹介されるだろうと、口を噤んだ。
(とにかく、がんばらなきゃ)
スーは館の使用人に指示をしているルカの綺麗な横顔を眺めた。彼はスーの眼差しに気づいたのか、振り返ると労るように微笑む。
「本日はこのままお休みください。夕食も王女のお部屋にご用意させます」
ルカと一緒に食事をするのも楽しそうだと思ったが、彼にも事情があるのだろう。
帝国の作法を知らない自分には、皇太子と時間をともにする前に、覚えねばならないことがたくさんある。
(絶対に、殿下のお気に入りになってみせるわ!)
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