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第二十章:サイオンの真実と王女
116:ディオクレア大公からの奏上
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麗眼布の応用をひもとく手がかりから数日後、ルカは再び皇帝ユリウスの王命をうけて、リンと共に王宮のサロンに参上した。
二人がサロンへはいると、既にユリウスが待機しており、宰相であるべリウス大公とルキアも顔を揃えている。
皇帝とリン以外が同席している意味をおもい、ルカは他愛ない一言からサイオンの機密を暴かれないように気をひき締めた。
リンと隣り合わせるようにサロンのソファにかけ、ユリウスを見る。
「陛下、本日はどのようなお話でしょうか」
「今朝になって、ディオクレア大公から提案があった」
ユリウスは感情の読めない目をしている。
「大公からの奏上ですか?」
スーとの婚約破棄か、元帥職の更迭か、ルカの脳裏を幾通りもの予想がかけめぐる。
「スー王女は現在パルミラにいるようだ」
「パルミラ? あのような辺境に?」
宰相とルキアの手まえ意外だという様子を装ったが、予想できたことだった。サイオンの追跡や介入をかわすには、おそらく絶好の聖域なのだろう。
「パルミラでスー王女とおまえの話し合いの場を設けてはどうかと」
「――ディオクレア大公の意図がわかりません。それはスー王女を私の元へ戻すということでしょうか? それとも何か条件が?」
「スー王女が戻りたいと言うのであれば、その意志を尊重するということだが。話し合いの結果、それでも王女がおまえを拒絶するなら、改めて大公家として王女の婚約を白紙に戻すことを奏上したい。それがディオクレアの意向だ」
「その筋書きでは、すでにスー王女と私の話し合いは決裂することになっているのではありませんか?」
「その予想がもっともだな。宰相はどう考える?」
ベリウス太公はルキアと顔を見合わせてから、ためらいがちに意見する。
「陛下と殿下を前に申し上げるのは憚られることかもしれませんが、私はなぜ陛下がそれほどにディオクレア大公殿下の意見を尊重されるのか、いまだ理解が及びません」
「宰相。その件に関しては、私から伝えられることはない」
「存じております。陛下が何も仰らないため、ここからは私の憶測となりますが、ディオクレア大公殿下は、おそらく皇帝陛下と対等な交渉を実現する何らかの手段を手に入れているのでしょう。……そして、もし、私のこの憶測を元に考えるのであれば、大公殿下の奏上は罠だと申し上げます」
皇帝ユリウスは何も答えず、ルキアへ視線を移した。
「ルキア、おまえも宰相と同じ意見か」
「はい。陛下に謹んで申し上げますが、私はスー王女と殿下の関係を間近で拝見してきました。殿下の邸の者の話も耳に入っております。お二人の関係がディオクレア大公殿下によって歪に曲げられていることは明らかです。そして大公殿下の意向に沿う形で、パルミラからは陛下の軍も撤退をしております。その上での今回の奏上。なにか企みがあるのだと考えます。ルカ殿下がパルミラへ赴くことは、現状では非常に危険であると申し上げます」
ルキアの声に続くように、再び宰相であるベリウスが口を開いた。
「我々は、皇帝陛下も同じ危惧を抱いているとお察しいたしますが」
穏やかな叔父の眼差しはなく、宰相の視線は鋭く厳しい。皇帝の秘事を暴くことをしないだけで、彼らは語られない事情があることを確信しているようだった。
皇帝ユリウスと対等に、あるいはそれ以上の交渉を実現する最強の駒。
その駒をディオクレアが携えていることを疑っていない。
ユリウスはふっと自嘲的に笑う。
「私が言えるのは、クラウディア皇家にはとても歪な面がある。ディオクレアはそれを知ってしまった。今回の件はそこから端を発している」
「ではディオクレア大公殿下が陛下と対等な交渉を実現する手段があることを、認められるのですか?」
ルキアが問うと、宰相であるベリウスが「やめなさい」と手で制する。ルキアは宰相の静止を無視して、さらに言い募る。
「それは我々にはお話いただけないのでしょうか?」
父親である宰相が「出過ぎたことを申すな」とたしなめるのもかまわず、彼は続けた。
「陛下の信頼に私たちは届かないということでしょうか」
「ルキア、口を慎め。陛下にはお考えがあってのこと」
宰相の叱責にルキアが勢いを失う。皇帝であるユリウスは二人に激することもない。ルカによく似た湖底をのぞくような青い瞳が、静かにルキアを見つめた。
「ルキア、おまえの気持ちはわかる。だが私には失いたくないもの、守りたいものがある。だから秘すべきことがある。ルカも同じだ。おまえへの信頼が足りないから言えないのではない。ルカが黙するのも、それが王命であり、守りたいものがあるからだ。どうか誤解せず心得てほしい」
穏やかな波が寄せるように、ひび割れた気持ちを癒すような声音だった。
ユリウスの真意が届いたのか、ルキアが視線を伏せた。
「ーー陛下。出来すぎたことを申し上げました」
「おまえが詫びることではない。黙秘が不誠実に映るのは当然のこと」
不誠実な黙秘。ルキアの憤りは当然だとルカも受け止める。けれど、ユリウスは明かせるだけの手の内を明かしたに等しい。ディオクレアに握られた皇家の弱点。
詳細を語らずとも、それを認めることは宰相にもルキアにも意味を伴ったはずである。
黙って成り行きを伺っていたルカとリンに、ユリウスの問いが続く。
二人がサロンへはいると、既にユリウスが待機しており、宰相であるべリウス大公とルキアも顔を揃えている。
皇帝とリン以外が同席している意味をおもい、ルカは他愛ない一言からサイオンの機密を暴かれないように気をひき締めた。
リンと隣り合わせるようにサロンのソファにかけ、ユリウスを見る。
「陛下、本日はどのようなお話でしょうか」
「今朝になって、ディオクレア大公から提案があった」
ユリウスは感情の読めない目をしている。
「大公からの奏上ですか?」
スーとの婚約破棄か、元帥職の更迭か、ルカの脳裏を幾通りもの予想がかけめぐる。
「スー王女は現在パルミラにいるようだ」
「パルミラ? あのような辺境に?」
宰相とルキアの手まえ意外だという様子を装ったが、予想できたことだった。サイオンの追跡や介入をかわすには、おそらく絶好の聖域なのだろう。
「パルミラでスー王女とおまえの話し合いの場を設けてはどうかと」
「――ディオクレア大公の意図がわかりません。それはスー王女を私の元へ戻すということでしょうか? それとも何か条件が?」
「スー王女が戻りたいと言うのであれば、その意志を尊重するということだが。話し合いの結果、それでも王女がおまえを拒絶するなら、改めて大公家として王女の婚約を白紙に戻すことを奏上したい。それがディオクレアの意向だ」
「その筋書きでは、すでにスー王女と私の話し合いは決裂することになっているのではありませんか?」
「その予想がもっともだな。宰相はどう考える?」
ベリウス太公はルキアと顔を見合わせてから、ためらいがちに意見する。
「陛下と殿下を前に申し上げるのは憚られることかもしれませんが、私はなぜ陛下がそれほどにディオクレア大公殿下の意見を尊重されるのか、いまだ理解が及びません」
「宰相。その件に関しては、私から伝えられることはない」
「存じております。陛下が何も仰らないため、ここからは私の憶測となりますが、ディオクレア大公殿下は、おそらく皇帝陛下と対等な交渉を実現する何らかの手段を手に入れているのでしょう。……そして、もし、私のこの憶測を元に考えるのであれば、大公殿下の奏上は罠だと申し上げます」
皇帝ユリウスは何も答えず、ルキアへ視線を移した。
「ルキア、おまえも宰相と同じ意見か」
「はい。陛下に謹んで申し上げますが、私はスー王女と殿下の関係を間近で拝見してきました。殿下の邸の者の話も耳に入っております。お二人の関係がディオクレア大公殿下によって歪に曲げられていることは明らかです。そして大公殿下の意向に沿う形で、パルミラからは陛下の軍も撤退をしております。その上での今回の奏上。なにか企みがあるのだと考えます。ルカ殿下がパルミラへ赴くことは、現状では非常に危険であると申し上げます」
ルキアの声に続くように、再び宰相であるベリウスが口を開いた。
「我々は、皇帝陛下も同じ危惧を抱いているとお察しいたしますが」
穏やかな叔父の眼差しはなく、宰相の視線は鋭く厳しい。皇帝の秘事を暴くことをしないだけで、彼らは語られない事情があることを確信しているようだった。
皇帝ユリウスと対等に、あるいはそれ以上の交渉を実現する最強の駒。
その駒をディオクレアが携えていることを疑っていない。
ユリウスはふっと自嘲的に笑う。
「私が言えるのは、クラウディア皇家にはとても歪な面がある。ディオクレアはそれを知ってしまった。今回の件はそこから端を発している」
「ではディオクレア大公殿下が陛下と対等な交渉を実現する手段があることを、認められるのですか?」
ルキアが問うと、宰相であるベリウスが「やめなさい」と手で制する。ルキアは宰相の静止を無視して、さらに言い募る。
「それは我々にはお話いただけないのでしょうか?」
父親である宰相が「出過ぎたことを申すな」とたしなめるのもかまわず、彼は続けた。
「陛下の信頼に私たちは届かないということでしょうか」
「ルキア、口を慎め。陛下にはお考えがあってのこと」
宰相の叱責にルキアが勢いを失う。皇帝であるユリウスは二人に激することもない。ルカによく似た湖底をのぞくような青い瞳が、静かにルキアを見つめた。
「ルキア、おまえの気持ちはわかる。だが私には失いたくないもの、守りたいものがある。だから秘すべきことがある。ルカも同じだ。おまえへの信頼が足りないから言えないのではない。ルカが黙するのも、それが王命であり、守りたいものがあるからだ。どうか誤解せず心得てほしい」
穏やかな波が寄せるように、ひび割れた気持ちを癒すような声音だった。
ユリウスの真意が届いたのか、ルキアが視線を伏せた。
「ーー陛下。出来すぎたことを申し上げました」
「おまえが詫びることではない。黙秘が不誠実に映るのは当然のこと」
不誠実な黙秘。ルキアの憤りは当然だとルカも受け止める。けれど、ユリウスは明かせるだけの手の内を明かしたに等しい。ディオクレアに握られた皇家の弱点。
詳細を語らずとも、それを認めることは宰相にもルキアにも意味を伴ったはずである。
黙って成り行きを伺っていたルカとリンに、ユリウスの問いが続く。
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