帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜

長月京子

文字の大きさ
162 / 171
閑話(おまけ):クラウディア始祖生誕祭

162:ルカ・クラウディア2

しおりを挟む
「は、――はい。あの、申し訳ありません」

 スーはハッとしたように、ルカに詫びる。

「わたしの思いちがいで、ルカ様に大変失礼なことを申し上げました」

 穴があったら入りたいと言いたげに、スーはその場で深く頭をさげる。ルカは彼女の見当違いな意気ごみを思いだして笑ってしまう。

「スーが箱の中のものについて説明をはじめた時は驚きました」

「それは、その、色々と必死だったので………」

 スーはうつむいたまま、ひたすら失態を恥じている。ルカは彼女の小さな肩に腕を伸ばした。華奢な身体を引き寄せて膝の上に抱くと、彼女の赤い瞳をのぞき込むように顔を寄せる。

「スーは何か欲しいものはありませんか?」

「わたしがこれ以上ルカ様から何かをいただくなんてできません!」

「あなたに贈るものを考えていましたが、私からドレスや宝飾品を贈るのも今さらですし」

「はい。もう数えきれないほど贈ってもらっています」

「でも今夜のスーからの贈り物には、何かを返したい」

「わたしにとっては、今の状態が充分ルカ様からの贈り物です」

 スーは身を寄せあう距離感にまだ慣れないようだった。ルカの膝の上にいる戸惑いが、緊張した様子から伝わってくる。

「スー、本当にありませんか、欲しいものは」

「はい」

「物でなくとも、なにか希望があったりはしませんか」

「ルカ様はすべて叶えてくださっています」

「例えば、行ってみたいところがあるとか」

「ルカ様とデートできるのは嬉しいですが、いつもお忙しいので………あ! あります!」

 スーの瞳が閃いたと言いたげに輝く。

「ありました。とっておきのお願いが! わたしはルカ様にもっと自然体で接してほしいです」

「私はスーに何かを取り繕っているつもりはないのですが」

「いいえ、ルカ様はルキア様やガウス様とお話になる時、もっと砕けた言葉遣いをしていらっしゃいます」

「言葉遣い?」

「はい」

「――まぁ、たしかに」

 言われてみればそうかもしれない。今まであまり意識したことがなかったが、彼らとスーではあきらかに違う。スーとの関係は王女への社交辞令の延長に出来上がった。今でも敬語を含むのは、その名残のようなものだろうか。

「実は、ずっとルキア様やガウス様を羨ましいと思っていました。だから、できればわたしにもそんなふうにお話していただきたいです」

 ささやかなお願いだった。いつでもルカとの関係を第一に考えている彼女らしさがにじんでいる。

「そんなことで良かったら」

 スーの期待に満ちた顔を見て、ルカはうなずいた。

「さっそく、今夜からそうしようか」

 素直に受け入れると、スーの顔が輝きだしそうな勢いでぱぁっと明るくなる。

「ありがとうございます、ルカ様!」

 嬉しそうな笑顔に誘われるように、ルカは彼女の髪に触れる。艶やかな黒髪を指先に感じてから、するりと頬を撫でた。スーがくすぐったそうに身動きする。

 ルカは顔をかたむけて、彼女の頬に軽く口づけた。始祖生誕祭にふさわしい色合いの深紅のローブが、視界を鮮やかに彩る。いつもとは趣のちがう装い。スー自身を贈り物に見立てているのだと、その時になって気づいた。

 パッケージを飾るリボンのように、緑と白で編まれた腰ひもが、ローブの真紅に対比している。
 暖色の照明がおとす二人の影が、さらに重なった。

 ルカが腰ひもに手をかけると、スーがびくりと身動きする。

「ちょっと待ってください! ルカ様!」

 がしっとスーがルカの腕をつかまえる。

「スー?」

「その、ちょっと、これは、思い違いのひどい状態で」

 再びスーの白い肌がみるみる血色を反映した。全身に血がめぐるほど恥ずかしい何かがあるらしい。スーが持ってきた箱の内容があの有様なのだ。ルカにもおおよその見当がついた。

「このままでは、きっとルカ様を幻滅させてしまいます!」

「そういわれると、逆に興味をそそられる」

「ダメです! わたしはルカ様に嫌われたくありません! 出直してきますので!」

 自分の腕の中から撤退しようとしているスーを、ルカは逃がさないようにしっかりと捉えた。
 倒錯した行いには興味がないが、大胆な衣装をまとったスーの姿は話が別である。

「スーは差し出した贈り物を、そのまま持ち帰ると?」

「すぐに新しい贈り物を用意しますので!」

「なぜ?」

「今はおもいきり中身をまちがえています!」

「スーがここにいるのに?」

「そういうことではなく」

 じたばたと逃げだそうとするスーを抱きしめたまま、ルカはするりと腰ひもをほどく。
 はらりとローブの前が開いた。

「!!」

 スーが声にならない悲鳴をあげる。

 まさに卑猥の一言で説明がつく大胆な衣装を纏いながら、彼女は泣き出しそうなほどの恥じらいで全身を染めている。紅玉のように神秘的な瞳が潤んでいた。

「も、申し訳ありません!」

 スーは恥ずかしさのあまり、涙目になったまま謝る。
 その仕草がルカには愛しすぎた。
 脳裏で、ぶつりと理性の断ち切れる音がひびく。

「………………」

 そのあとのことを、彼はよく覚えていない。

 真っ白な雪がとばりをおろす、始祖生誕祭の夜。
 むつみ合う二人の息遣いや声をかき消すように、外ではしんしんと雪が降り積もっていた。

 澄明な闇に粉雪が舞う、ひたすら静謐な夜だった。





閑話(おまけ):クラウディア始祖生誕祭 おしまい
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...