124 / 233
第三話 失われた真実
第十三章:1 彼女の正体
しおりを挟む
朱里に見送られて邸宅を出た頃には、既に日付が変わっていた。
彼方=グリーンゲートは未練がましく天宮の邸宅を眺めてしまう。相称の翼について核心に近づいたという手ごたえがあったのに、ここで立ち去ってしまうのはあまりに惜しい。
「彼方、帰りましょう」
彼方の未練を断ち切るかのように、深夜の夜道から奏の声がした。彼方は思い切り後ろ髪を引かれながらも、颯爽と帰途についた白川奏の背中を追いかけた。
「ねぇ、ちょっと、奏。ここで帰るのはどうかと思うんだけど……」
彼方は自分よりも背の高い人影に並ぶと、包み隠さず気持ちを伝える。
「せっかく、形が見えてきたのにもったいなくない?」
彼方の言葉には短い吐息が返ってきた。奏は傍らを歩く妹と顔を見合わせてから、ふっと微笑む。苦笑のような嘲笑のような、心根の判りにくい笑みだった。
「形が見えてきたというのは、どういうことですか」
わざとらしい問いかけに、彼方は素直に答える。
「どういうって……。だって、委員長は天落の法について話していたんだよ?」
「それで目覚めた遥に、そのことを問いただすつもりだったのですか。そんなことをすれば、あなたは魂魄を失うことになるかもしれません」
「どうして? 別に力ずくで真相に迫るわけじゃないし、相称の翼の行方を教えろと言っているわけでもない」
言いながら、彼方はもう一度背後を振り返る。いつのまにか夜の闇に呑み込まれて、天宮の邸宅が見分けられなくなっていた。奏は無表情に近い涼しげな顔で、再び傍らの妹と顔を見合わせた。奏と雪は兄妹という絆で何かを分かち合っているのか、同時に小さく笑う。雪が身を翻して、笑いながら彼方の隣に駆け寄ってきた。
「彼方様のそういうところ、私は好きですけど」
どこかからかうような含みを感じて、彼方は眉間に皺を寄せる。
「そういうところって?」
「しっかりと確かめなければ、気が済まないところかしら」
雪の答えに、兄である奏が「違うでしょう」と横から口を挟む。
「この場合、気が済まないのではなく、そんなふうに考えることが出来ないのでしょうね」
何とも居心地の悪い感じがして、彼方はますます渋い顔を作る。
「二人とも、いったい何の話をしているの? そもそも奏は副担任の助けになりたいと伝えているわけだし、実際彼には助けが必要だと思う。僕や雪はともかく、奏には頼ってくれるかもしれないのに。だとしたら、状況によっては真相を教えてくれるかもしれないよ。天落の法を行ったのは、相称の翼しか考えられないわけだし。いくら副担任でも、あんなふうに守護を狙われたら、一人で守り抜くことは難しいんじゃないかな」
深夜の暗がりで、奏が再び小さく笑うのが判る。嘲笑うような響きはなく、頷いた気配がした。
「あなたは遥が相称の翼を守っていると、そう受け止めている。彼が強引に奪い去ったとは考えないのですか」
「――判らないけど。でも、今までの副担任を振り返ると、そんな暴挙に出るとは思えない」
「そうですか。では、遥が守っている相称の翼とは、誰なのでしょうか」
奏が意地の悪そうな眼差しで彼方を見る。彼方は苛立ちを感じながら答えた。
「だから、緋国の姫宮でしょ」
彼方の答えには、再び吐息が返ってきた。雪が隣で可笑しそうに肩を震わせているのが伝わってくる。
「質問を変えましょうか。相称の翼の現在の所在は?」
「だからっ、それが判れば苦労はしないよ。それを探るために、奏だけでも残れば良かったんだよ。副担任はともかく、委員長は素直だから何かを聞き出せたかもしれないのにっ」
地団駄を踏むような思いで強く訴えると、奏が宥めるように彼方の肩に手を置いた。
「あなたの言うように、天宮のお嬢さんは素直な方でした。素直で、きっと嘘をつけない性分なのでしょう。だからこそ、彼女の言動から導かれることがあります。彼方にとっては、既にこちらの世界での級友という繋がりが強いのでしょうが――」
奏はそこで一呼吸おくと、もう一度彼方に問いかける。
「遥が守っているのは、いったい誰ですか」
「え?」
彼方は思いも寄らない方向に途を見つけた気がして、反応が遅れる。
副担任である遥が守っているもの。こちらの世界に来てから初めて知った真実。
彼は非道な行いを演じることはなく、親友を救いたいという彼女の無謀な願いを聞き入れた。極悪に築かれていた闇呪の虚像に、見事に亀裂が入った出来事だった。
彼女の――朱里の傍らには、常に彼の気配があったのではないか。
悪の虚像として築かれた闇呪の像は、行動を共にするたびに、いつのまにか跡形もなく砕かれてしまった。
彼が一身に何かを守ろうとしているのが、伝わってきたから。
そのために生じる苦悩が、見え隠れしていたから。
今なら判る。
それが錯覚でも思い違いでもなかったのだと。
(――君が私の護るべき者の仇となるなら、その時は容赦しない)
彼が護るべき者。不自然なくらいに、強く印象に残る光景。
彼が護っていたのは――。
彼方=グリーンゲートは未練がましく天宮の邸宅を眺めてしまう。相称の翼について核心に近づいたという手ごたえがあったのに、ここで立ち去ってしまうのはあまりに惜しい。
「彼方、帰りましょう」
彼方の未練を断ち切るかのように、深夜の夜道から奏の声がした。彼方は思い切り後ろ髪を引かれながらも、颯爽と帰途についた白川奏の背中を追いかけた。
「ねぇ、ちょっと、奏。ここで帰るのはどうかと思うんだけど……」
彼方は自分よりも背の高い人影に並ぶと、包み隠さず気持ちを伝える。
「せっかく、形が見えてきたのにもったいなくない?」
彼方の言葉には短い吐息が返ってきた。奏は傍らを歩く妹と顔を見合わせてから、ふっと微笑む。苦笑のような嘲笑のような、心根の判りにくい笑みだった。
「形が見えてきたというのは、どういうことですか」
わざとらしい問いかけに、彼方は素直に答える。
「どういうって……。だって、委員長は天落の法について話していたんだよ?」
「それで目覚めた遥に、そのことを問いただすつもりだったのですか。そんなことをすれば、あなたは魂魄を失うことになるかもしれません」
「どうして? 別に力ずくで真相に迫るわけじゃないし、相称の翼の行方を教えろと言っているわけでもない」
言いながら、彼方はもう一度背後を振り返る。いつのまにか夜の闇に呑み込まれて、天宮の邸宅が見分けられなくなっていた。奏は無表情に近い涼しげな顔で、再び傍らの妹と顔を見合わせた。奏と雪は兄妹という絆で何かを分かち合っているのか、同時に小さく笑う。雪が身を翻して、笑いながら彼方の隣に駆け寄ってきた。
「彼方様のそういうところ、私は好きですけど」
どこかからかうような含みを感じて、彼方は眉間に皺を寄せる。
「そういうところって?」
「しっかりと確かめなければ、気が済まないところかしら」
雪の答えに、兄である奏が「違うでしょう」と横から口を挟む。
「この場合、気が済まないのではなく、そんなふうに考えることが出来ないのでしょうね」
何とも居心地の悪い感じがして、彼方はますます渋い顔を作る。
「二人とも、いったい何の話をしているの? そもそも奏は副担任の助けになりたいと伝えているわけだし、実際彼には助けが必要だと思う。僕や雪はともかく、奏には頼ってくれるかもしれないのに。だとしたら、状況によっては真相を教えてくれるかもしれないよ。天落の法を行ったのは、相称の翼しか考えられないわけだし。いくら副担任でも、あんなふうに守護を狙われたら、一人で守り抜くことは難しいんじゃないかな」
深夜の暗がりで、奏が再び小さく笑うのが判る。嘲笑うような響きはなく、頷いた気配がした。
「あなたは遥が相称の翼を守っていると、そう受け止めている。彼が強引に奪い去ったとは考えないのですか」
「――判らないけど。でも、今までの副担任を振り返ると、そんな暴挙に出るとは思えない」
「そうですか。では、遥が守っている相称の翼とは、誰なのでしょうか」
奏が意地の悪そうな眼差しで彼方を見る。彼方は苛立ちを感じながら答えた。
「だから、緋国の姫宮でしょ」
彼方の答えには、再び吐息が返ってきた。雪が隣で可笑しそうに肩を震わせているのが伝わってくる。
「質問を変えましょうか。相称の翼の現在の所在は?」
「だからっ、それが判れば苦労はしないよ。それを探るために、奏だけでも残れば良かったんだよ。副担任はともかく、委員長は素直だから何かを聞き出せたかもしれないのにっ」
地団駄を踏むような思いで強く訴えると、奏が宥めるように彼方の肩に手を置いた。
「あなたの言うように、天宮のお嬢さんは素直な方でした。素直で、きっと嘘をつけない性分なのでしょう。だからこそ、彼女の言動から導かれることがあります。彼方にとっては、既にこちらの世界での級友という繋がりが強いのでしょうが――」
奏はそこで一呼吸おくと、もう一度彼方に問いかける。
「遥が守っているのは、いったい誰ですか」
「え?」
彼方は思いも寄らない方向に途を見つけた気がして、反応が遅れる。
副担任である遥が守っているもの。こちらの世界に来てから初めて知った真実。
彼は非道な行いを演じることはなく、親友を救いたいという彼女の無謀な願いを聞き入れた。極悪に築かれていた闇呪の虚像に、見事に亀裂が入った出来事だった。
彼女の――朱里の傍らには、常に彼の気配があったのではないか。
悪の虚像として築かれた闇呪の像は、行動を共にするたびに、いつのまにか跡形もなく砕かれてしまった。
彼が一身に何かを守ろうとしているのが、伝わってきたから。
そのために生じる苦悩が、見え隠れしていたから。
今なら判る。
それが錯覚でも思い違いでもなかったのだと。
(――君が私の護るべき者の仇となるなら、その時は容赦しない)
彼が護るべき者。不自然なくらいに、強く印象に残る光景。
彼が護っていたのは――。
0
あなたにおすすめの小説
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~
安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。
愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。
その幸せが来訪者に寄って壊される。
夫の政志が不倫をしていたのだ。
不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。
里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。
バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は?
表紙は、自作です。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる