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しおりを挟む時々、ベルの言葉に振り回されているとディーゼルは思っていた。
『ズルい言い方ばかり』と言ったベル本人も自覚があるのだろう。
「私も卑怯ですよ。自分が傷つきたくなくて、予防線を張るようなことばかり言いました。
両親と祖母が亡くなり、私にはカイルだけになりました。カイルをちゃんと育てなきゃって。
カイルのために、と思うことも予防線ですよね。
カイルにはディーゼル様や侯爵夫妻もいる。引き取られてしまったら私は一人。
だから、認知はしてもらいたいけれど、引き離されないように動いていたんです。」
ベルが自分の手元でカイルを育てることに拘っていたのは、一人になるのが怖かったのだろう。
まだ20歳なのだ。無理もない。
だがそれだけでなく、絵を描く時間が少なくなっても手放す気はなかったのは、カイルを愛しているからだ。自分だけが可愛ければ、カイルは手放していただろう。
「さっき、画家であることを結婚するまで隠そうかと思っていたと言いましたが、結婚後に伝えて”そんな嫁はいらなかった”と思われたら自分が傷ついてしまうから結婚前に言うことにしました。」
絵を描くことを認めてもらえないのであれば、結婚はしないということだ。
それくらい、ベルにとって絵を描くことは大事なことなのだろう。
「伯爵になれることを知っていたのに知らないふりをしたのも、絵を描きたいからだけじゃなくて、ディーゼル様との結婚だけが選択肢に残るようにするためです。」
それって、やっぱりベルは前から結婚を選んでくれていたってことだよな?
「ディーゼル様に結婚したいと言われて嬉しかったのに、そのうち浮気して捨てられるかも、とか、もう一人子供を産んでほしいだけだ、と思うことで後で自分が傷つかないようにしていました。」
それなのに、ディーゼルからまさか愛し合える関係になりたいと言われるなんて思っていなかったのだろう。
気持ちに全く気づいてくれてなかったようだから。
「奥様と離婚したと聞いた時も、私を妻にする、カイルを一緒に育てようと言ってくれたのに、格上の令嬢と再婚した方がいいんじゃないか、なんて可愛げのないことを言ったりして。」
いや、求婚に慎重になるのは当然だろう。
アイリスの不貞のことで時間を取られて、あの時は会ったのは久しぶりだった。
ベルは離婚などできないだろうと思っていただろうし。
「愛人の提案も、貴族夫人として社交が難しい私にはいいかもしれないと思ったし、個人的には嬉しかった。
でも、奥様から憎まれるかもしれないと思うと怖かったし、カイルが大きくなってから嫌な思いをするかもしれないと思うと受けられませんでした。」
アイリスと離婚して自分を妻にしろと言ったのは、最終的にはカイルの認知で落ち着き、自分の手元で育てられるだろうと思ってのことだ。
「屋敷を突然訪れたのも、あまり心の準備をさせないことで私主導で話ができると思って、私の手元で育てられないのであれば親族から養子を、と言ったのも逆に認知したくなると思わせました。」
確かにベルは、サッサと帰って関わりたくない様子だった。
だが認知はしてほしい。
兄デリックに見つかった場合にカイルを守るためだったのだろう。
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