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第5章
18
しおりを挟む店員の言っていたとおり、言葉に表すには少し難しいけれど、何となく2人の世界になれる隔離された唯一の場所ではあった。
切り取られた海岸線と由伊たち、そんな非現実的な世界観がより一層幸福感を高めてくれる。
「由伊は、いっつも俺のことを好きって言ってくれるね」
裸足になった律が砂を蹴りながら照れくさそうに言った。
「好きだから、言うよ」
なんの迷いも無く返せば、照れたように笑った律は続けて言った。
「由伊の想いに上手く、答えられないのが.......悔しい」
ぽそりと呟かれ、由伊は驚く。
ちゃんと、考えてくれてたんだ、そんな事。
最近の由伊は言っただけで満足していた節はあるし、正直に言えば期待していなかったからあまり気にしていなかった。
律の行動や言動で、嫌われてないって分かるから。
「別に気にする事じゃないよ。そういうのは、好きだと思ったら好きって言いたくなるものだし、嫌いなら自然と離れて行くよ」
そう答えれば、律はふと暗い瞳になって小さく呟いた。
「.......由伊も、いつか、きらいになるのかな」
「え?」
驚いて聞き返すと、律はパッと顔を明るくして無理に笑う。
「ずーっと好き、なんて有り得ないでしょ? 出会いがあれば別れもある。じゃあ、由伊と出会った以上、別れもあるんだなぁて思ったら、.......いやだなぁ、って思った」
.......それは、全ての答えなんじゃないか、と言ってしまいたくなる。
離れたくない、って気持ちは好きと同じじゃないか。
それでもまだ、律は「すき」という気持ちを伝えてくれない。
それは、知らないから? 分からないから?
律くんは前に、すきが分からないと言った。
その言葉の真理は未だに分かっていない。
過去に恋愛で何かがあったのか、分からない。
けれど聞くことも出来ずにいた。
彼に、嫌なことを思い出させたくない。
「.......その気持ちをずっと持っててくれれば、離れる事にはならないよ。俺達が離れる時は、律くんが俺を嫌いになった時だけだから」
そう答えると律は、こてん、と首を傾げる。
「なんで? 由伊が嫌いになる事だってあるじゃん」
律の言葉に由伊は「はは」と笑う。
「それはないよ」
少し困惑して律は「なんで?」と言った。
なんて言ってやろうか。
何を言っても、律は顔を真っ赤にしてキーッてなるだろうな、って微笑ましく思う。
「だって、これまでもこれからも1番大好きで世界1大切なのは律くんだけだって確信してるから」
律くんは目をぱちくりさせて俺を見上げていた。
「律くんに大切な人が出来て、結婚して子供が産まれても、俺が好きなのは律くんだから応援は上手く出来ないかもだけど、大切なのも好きなのも変わらない。律くんがこの先どれだけ変わろうと、同じかな」
「.......なんで、そんなに言いきれるの?」
何故か少し怯えたような声で聞いてくる律に、由伊は微笑み、返した。
「魔法がかかってるからね」
俺には。
好きな気持ちはうつろいゆくものだと知っている。
だからこそ、律は由伊の言葉が信じられないのだろうし、怯えている。
律には人間不信な所があるから、尚更根拠の無い言葉全部怖い。
けれど俺自身の気持ちも、本当なんだ。
子供かもしれない。
こんな根拠の無い自信を相手にぶつけてしまうのは、子供だから出来てしまうものなのかもしれない。
でも、8年間も彼だけを思って生きてこれたのならこの先も彼だけを思って生きる事なんて容易いと思う。
これまでの人生、出会ってきた人数がさほど居ないからだろうって人は思うだろう。
けどこの先、どれだけの人間に出会っても彼程愛おしいと思える人は絶対に2度と現れないと思う。
何故なら、彼は世界に1人しか居ないから。
「.......俺1人だけを想うだけなんて、つまらないよ」
照れ隠しなのか、怯えなのか、分からないけれど力なくそう呟いた律。
「つまらないのかな。他人から見たらつまらないのかもしれないけど、それが俺の幸せなんだから良いんじゃない?」
言い切ってしまうと、ボボボッと顔を真っ赤にした律は「ばか.......っ」と少し涙声で顔を隠してしまった。
ほら、愛おしい。
だから好きなんだよ、キミが。
返事なんて返ってこないのはもう分かっている。
期待をすると、返ってこない事に憤りを感じてしまうからもうやめたんだ。
やめたけれど、キミを愛することはやめていない。
だから、これからも好きでいつづける。
好きだと言い続ける。
もうやめてよ、って言われてもきっと言い続ける。
俺は大好きなんだよ、律くん。
「大丈夫だよ。変に考えなくていい。俺が律くんを好きな事に変わりは無いんだから」
そういった所できっと、彼の不安は消えないだろう。
だからこれからも態度で示さなきゃいけなくなる。
けれどそれはきっと楽しい事だから、全然構わない。
むしろ楽しみだ、これからの人生、キミを追い駆け続けられる事が。
「.......由伊は、変だ」
じとり、と見られ「なにが?」と聞くと、また顔を隠してしまう。
「.......ちょっとおかしな人だ、初めから」
ボキャブラリーの少ない暴言に、俺は笑ってしまう。
「律くんがそう言うのなら、きっとそうだね」
なんだっていい。
むしろ、ちょっとおかしいくらいの方が人生楽しいんじゃないか。
律くんと居られるためなら、どれだけ狂ってても構わない。
律くんに人殺しを頼まれれば喜んで殺ろう。
まあそんなこと一生無いと思うけどね。
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