ai -Iと蛇-

みやの

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第6章

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「いきなりお邪魔してしまい、申し訳ありません。私、律の実の父親の宮村 文崇みやむら ふみたかと申します」

「いえお会いできて光栄です。私、陽貴の父、由伊 孝と、家内の京子です」

ケーキを食べる寛貴の後ろで由伊の両親と、文崇が真剣な顔をして話している。
寛貴は、兄が律という男に恋愛感情がある事を知っている。

.......というか、あんな露骨に態度にも顔にも言動にも出していたら誰だって嫌でも分かるだろう。

寛貴自身はそういうの類に興味無いので、差別的なああいう事は特に何も言わないけれど、どうやら真は違うらしい。

律を見る度にキィキィぎゃあぎゃあ文句を言っている。
まあ、真は『昔の兄さん』の事が大好きだったから仕方ないのかもしれないけれど、うるさすぎるので無視している。

それが律を傷つけていると薄ら気づいていながらも、寛貴は見て見ぬふりをして過ごしていた。
今日は真が居ないことを思い出して、純粋のケーキのために彼らを連れてきた。

律の父らしい文崇は、律と兄が二階へ上がったのを確認して、サングラスとマスクを外して冒頭の挨拶をした。

「あの、いきなりこんな事を聞くのは失礼だとは分かっているのですが、何故、サングラスとマスクを.......?」

京子は不思議な顔をして聞く。
文崇は、苦笑しつつ「いえ、気になりますよねこんなの.......」と言った。

「.......まあ、実は私のこの格好は、律を守るためなんです.......。事情は、アイツのために今は話せないのですが.......」

言いにくそうに、視線をさ迷わせている。
居心地悪そうに話す彼は、両親に詰め寄られて困っているいつもの律の姿と良く似ている。

文崇は、あまり背が高くなく端正な顔立ちでお世辞にも逞しいとは言えなかった。
雰囲気は律そっくりで、本当に親子なんだ、と寛貴は感心しつつケーキを食べた。

「.......律くんを、守るためなんですね。なら、仕方ないですよね」

にっこり笑う京子に、ホッとした顔を見せる文崇。
文崇もあまり心身共に強い方では無いので、こういった風に注目されることはあまり得意ではなかった。

仕事であれば、仕事と割り切って過ごせるがプライベートともなると未だに上手くいかない部分があった。

「.......あの、恐らくですが律は由伊さんにかなりお世話になっておりますでしょうか」
「いえ、うちの陽貴が律くんの事が大好きで付きまとっているんですよ」

京子がおほほ、と笑う。
文崇も京子の言葉に、「そうですか」と安心したように笑う。

笑った時に、ふんわり安心して人懐っこい顔になるのは、律さんと似ている。
けど、何処と無く寂しそうなのも、律さんとそっくりだ。

ミルクレープを一層、一層、剥がしつつ寛貴は何となく3人の会話に耳を傾けた。

「.......実は、いきなり挨拶に来て不躾にこんなお願いをするのは本当に申し訳ないと思っているのですが、律の顔を見ていて、本当に陽貴くんが今の律の心の支えになっていると感じ、お話させて頂きたい事がございます.......」

文崇は、緊張と焦りと不安、あらゆる恐怖を背負いながらも、息子のために、必死に京子達を見つめた。

「ええ、勿論ですわ。私達も律くんと初めて会った時、1人で住んでるって聞いて、それ以来ずっと気にかけておりました。高校生が1人で暮らすなんて、容易な事じゃありませんからね」

京子はずっと感じていた疑問をオブラートに包みつつも文崇にぶつけた。

未だ、京子や孝の中で文崇が律を虐待しているのでは、という説は消えてはいない。

しかし、あまりの威圧感の無さにこの人が律を殴っていたり暴言を吐いていたりするのは想像が出来なかった。
だから京子は失礼を承知で自分の中の彼への疑いを晴らす為に訊くことにしたのだ。

「.......はい、私もそう思います」

文崇は僅かに体が震えるのを感じる。
恐らく責められているのだろう。もしかしたら自分が律を虐待していると思われているのかもしれない。
律の通う高校の担任にも何度も疑われたので雰囲気で分かる。

「赤の他人の私が言えた事ではありませんが、律くんは常に寂しさを感じているような気がします。私達大人に心を開けず、苦しんでいる、そのように見受けられますが」
「京子」

妻の強い口調を、孝が窘めた。

なんだ、この空気。

寛貴はてっきり、これからもうちの律をよろしく、ぐらいの話で終わると思っていたのに、すげぇ重い。

律の父親も、俯いてしまった。
けれど再び顔を上げ、京子達を真剣に見つめた。 

「.......少し、私と律の話を聞いていただけますか」

少し、息が震えていた気がする。
けれど、姿勢を伸ばし真っ直ぐに京子達を見つめる文崇は、紛れもなく、息子を守る一人の父親だった。

京子達は静かに頷く。

文崇は、少し息を吸い口を開いた。

「もしかしたら、律から何か聞いているかもしれませんが.......。妻は律が七つの時に病で死にました。それからずっと、私は律と二人で過ごしてきました」

京子達は特に驚いた顔はしなかった。

「妻が亡くなり絶望していた私を勇気づけてくれたのは、いつも律の存在でした。平凡に、楽しく過ごしていました。律も人懐っこく、友達も多くて、いつもニコニコ笑ってる、やんちゃな子でした」

昔の律を語る、文崇の表情は柔らかく、愛おしい者を想う顔だった。

人懐っこく、友達も多くて、いつもニコニコ、だなんて今の律さんと正反対だな。

俺から見た律さんは、人に怯え、常に相手の顔色を伺っているような、.......俺がいちばん、嫌いな人間。

少しだけ真の気持ちが分かるんだ。
そんな人間にナヨナヨと入れ込む、兄を、情けないと思った。

「しかし、律が小学三年生の夏、ある事件に巻き込まれ、それから私達の生活は全て狂いました」

憎しみに満ちた、文崇の表情に、ゾワッと鳥肌が立つ。

「.......ある、事件?」

静かなリビングに響く母の声。
文崇は、ゆるく首を横に振った。

「.......申し訳ありません。.......あまり、口に出したくないので.......、その事については、今は.......すみません.......」

肩を震わせる宮村さんが、寛貴は何だか不憫で気の毒に思える。
かと言って、同情するような相手ではないので寛貴は平然と3つ目のケーキに手をつける。

孝と京子は顔を合わせ、困惑した表情になる。

そりゃそうだろう。
初対面の大人が急に真っ青になって震え出したら、誰だって困惑する。

しかし父は、再び顔を引きしめて震える彼の肩に手を置いた。

「いえ、話せない事は話さなくて構わないんです」

父の言葉が、彼を溶かしていくような感覚を覚えた。

「……それより、宮村さん。顔色が悪いですが、無理なさっていませんか?何も今全て語れだなんて言いませんし、仰りたくないことはずっと、そのままで良いんですよ」

孝が文崇を気遣い、優しく声をかける。
父さんは誰にでも等しく優しい。

昔から誰に対しても、どんな人に対しても思いやりのある人だった。そんな父の言葉に文崇は、ぎゅっと手を握り「いえ、.......律のために、聞いて欲しいんです」と声を震わせた。

「.......分かりました。寛貴、温かいものを」

えー、ケーキ食ってんのに。

じろり、と見ると、普段柔和な父はいつになく真剣に見てくるので、居心地悪く素直に「へーい」と答えた。
台所に行き、お湯を沸かすところから始める。

「.......その事件の後、律は全てのことに怯えるようになりました。特に、大人には強く拒否反応を起こすようになりました」

事件の内容が分からないから、何故『大人』なのか気になってしまう。

でもそれは、プライバシーだもんな。

「.......そして、私にも拒否反応を示すようになりました」

お湯を沸かす音と、自分が陶器をカチャリと置く音、その中で彼の切ない声が静かに落ちていった。

「.......実の、父親にも.......ですか?」

京子の声に、文崇は切なげに笑った。

「.......はい。拒否反応は様々で、事件が起きた直後は所謂パニック症状が出てしまい、学校に通えなくなりました。家に引きこもるうちに同年代の友達さえ恐怖の対象になっていき、私の姿でさえ、律はパニックを起こしました」

淡々と、悲しさを紛らわすように微笑みを浮かべる。

「私の顔を見ただけでパニックを起こしてしまう律の元へは帰りたくても帰れず、私にも妻にも親戚も親も居なかった為、頼ることも出来ず、結果顔を合わせずに律が寝た後に家に帰り家の事をして律が起きた時に全て終わらせてある、そんな生活を続けていました」

昼間は仕事をして、終わった後も息子のために寝ずに面倒を見る。

.......俺には出来ねぇな、そんな面倒なこと。

沸いたお湯をティーポットに注ぐと、紅茶の葉の香りが鼻腔に広がる。

「.......けれどその生活にもガタが来て、律の症状が落ち着きを取り戻した頃に地元から離れ、ここに越してきました。そして、律は顔を隠せば笑うようになってくれました」

切なくも、嬉しそうに笑う文崇を、京子達はなんとも言えない表情で見つめている。
寛貴は三人分のティーカップに注ぎお盆に乗せた。

「.......そんな、律に友達が出来て、.......本当に嬉しいんです。陽貴くんにも、ご両親にも、本当に感謝しております.......本当に、ありがとうございます」

深々と頭を下げた彼に、京子達も焦って、「頭を上げて!」とワタワタしていた。

「そ、そんな。律くんはとてもいい子で陽貴の心の支えでもあるんです。こちらこそ、感謝しておりますのよ」

京子の言葉に、言葉をつまらす文崇。
寛貴はそのタイミングで紅茶を持って行く。

「.......どぞ」

短く声をかけ、彼の前に置くとハッと見上げてふにゃり、と笑った。

「ありがとう、寛貴くん」
「.......」

ほんわか笑った文崇の表情に驚き、慌てて目を逸らした。
乱雑に両親に紅茶を渡し、慌ててケーキの元へ戻る。

なんだ?あの笑顔.......腹立つ.......

何だか知らないけれど、笑顔が頭に張り付いて離れない。
嫌いな.......というか興味のない律さんに似てるから、ウザッてなっただけか。

.......興味が無いのに感情なんて持つか.......?分かんねぇな。

寛貴は考えるのをやめ胸の鼓動を無視して、ケーキの甘さを堪能する。

「.......けれど、どうして自分の父親まで恐怖の対象に?」

孝の言葉に、文崇は押し黙り.......そして、儚く、笑みを浮かべた。














「.......だって、この顔が、律を苦しめたんです」
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