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第7章
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しおりを挟む由伊の家族に連れられて、いつの間にか海に来ていた律は自分の家へと帰ってきた。
迎えに来た文崇は顔を真っ青にして、律に抱きついまま気を失うように眠ってしまった。
そんな文崇を見てずっと傍に着いててくれたらしい寛貴が教えてくれた。
「.......宮村さん、あんたの事マジで大切にしてますよ」
息子を探しに行きたくても体が思うように行かなくて、ずっと泣いていた、と。
.......正直、父のそんなに弱った姿を見たのは初めてだった。
母が亡くなった時も、放心する律を必死に慰めていたし、律が事件に巻き込まれた時も誰よりも気丈に普通に振舞って接してくれた。
.......俺がいくら酷い態度を、.......酷い事を言っても結局姿や生活スタイルを変えてまで俺と一緒に居てくれた。
だから余計に思ってしまった。
由伊の家へ行けと言われた時、捨てられたんだと。
冷静になればそんな事は無いはずなのに、律は取り乱した。
なんて情けないんだろう、なんて弱いんだろう。
なんで俺はいつも、父さんを傷つけてしまうのだろう。
「律くん」
ぼーっと床を見つめる俺に、由伊が優しく声をかけてくれる。
由伊のご家族も皆沈黙して、律の家で座っていた。
「.......とりあえず律くん。君も横になってゆっくりしなさい。顔色が良くないよ」
孝が気を遣ってポン、と肩に手を置いてくれた。
.......けど正直、誰とも話す気はなれずお礼を言うタイミングや顔を上げるタイミングを失う。
沢山感謝をしなきゃいけないのに、出来ない。
出来損ないの自分が如実に現れて、胸が苦しくなる。
泣きたい、苦しい、気持ちが悪い、助けて欲しい.......
.......でも一番助けて欲しかったのはずっと、父さんなんだと思ったらそんな生意気なこと言えない。
黙って、男一人で全部を抱えて生きたきた父は強い。
だから俺も、"強くならなきゃ"いけない。
この考えに辿り着いた時、ふっと心が軽くなった。
今まで何となく生きてきて、避けたいものから遠ざかって接していたけれど、そんな事をしてはいけないんだと気づいた。
全部にぶち当たって、全部に勝たなくてはいけない。
父さんが、してくれたように。
大切な人を守り生きるというのは、そういう事なんだよね。
心から、何かが消える音というのは、酷く.......静かだ。
「.......ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
スムーズに出る言葉、
綺麗に上がる口角、三日月に細められる目、
真っ直ぐに捉えられる瞳、
.......そうだ、こうやって生きていけばいいんだ。
ひとつ、沈む音がした。
「.......りつ、くん?」
驚いた顔をした由伊や、由伊の両親、寛貴や真。
それでも律はこの顔を止めなかった。
「ごめんな、由伊。"ただの友達"なのに、俺らの親子喧嘩に巻き込んで。寛貴くんも真ちゃんも、ごめんね。由伊の父さんと母さんも、すみませんでした」
皆にぺこりと頭を下げる。
今の自分は、普通の人と同じように会話が出来てる。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
なんで今までこうしなかったのかと思うぐらいに、嬉しい。
どう思われてるんだろう、なんて関係ない。
だって自分は、普通を演じられているのだから。
普通に映るはずだ。
嫌われることを怯える必要も無い、
だ っ て ふ つ う な の だ か ら
「律くん、どうしたの?笑わなくていいんだよ、俺らは迷惑だなんて思ってないよ!?」
由伊の焦った顔が視界にうつる。
なんでそんな顔をするの?笑うことの何がいけないの?
だって、普通に生きるにはこうするんでしょ?
「そうよ律くん、無理な笑顔は笑顔なんかじゃないわ、苦しいんでしょ?辛いんでしょ?なら泣きなさい。ここには皆いるわ、ひとりじゃないの」
由伊のお母さんは何を言っているんだ?
俺は無理な笑顔なんてしてない。
辛いと思わない。
だって、普通だから。
普通でいれば、父さんも俺から解放される。
父さんは自由に生きられる。
なら自分はそれを望む。
たとえ、この身が削られようと構わない。
もう父さんを縛りたくない。
「無理なんてしてないです。苦しくも辛くも無いです。だって苦しくて辛い時、真ちゃんや由伊が迎えに来てくれました。だから俺は今笑えるんです。おかしいですか?」
にっこり笑って首を傾げれば、由伊は泣きそうに顔を歪める。
そして、ぎゅっと律を抱き締めた。
「.......っ律くん、.......それは、.......っえがおじゃない.......っ.......涙だよ.......っ!」
「.......」
苦しそうな声でそう教えてくれた。
けど、涙?涙なんて流していない。
俺は笑顔を作っているんだ。
笑いたいんだ。
他の人と同じように、上を向いて笑って歩きたい。
普通になりたい。
昔にとらわれず、普通の人と同じように自分の人生を歩きたい。
優しくしてくれる人に優しさで返せる人間になりたい。
そのためには、笑わなくちゃ.......
「.......父さんが、.......俺の前で、我慢してくれてたのに.......っ、.......おれが、気安く.......っなけない.......」
泣いてることには気づいてる。
頬を伝う雫に自分で分かっている。
だけど泣きを認めたくない。
「.......おれは、ッ.......つよくなる、.......父さんを、.......きずつけない、.......めいわくかけないッ.......ひとりで、.......っ生きる」
そう言うと、孝がゆっくりと歩いてきた。
見上げれば、孝は凄く、.......怒った顔をて、律を見下ろしていた。
ドクンッと心臓が嫌な音を立てる。
まだ、由伊が抱きしめてくれている。
けどその由伊に気づかれるのではないかというくらいに、激しく鼓動がなる。
「いい加減にしなさい」
孝の怒りの声音に、びくり、と肩が跳ねる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう─.......
息が浅くなる。
「子供が親に迷惑をかけるのは普通の事なんだ。当たり前の事なんだ。君の父さんが背負ってきたものは、キミの迷惑なんかじゃない。周りの大人が、キミの父さんを苦しめたんだ!」
怒りに満ちた孝は、律の肩を掴み声を荒らげた。
自分の呼吸音に混じって、孝の怒りが伝わってくる。
「キミが思う迷惑は、親からしたら大した負担では無い。むしろ、もっと甘えろ、もっと迷惑をかけろ、もっと俺を困らせろ、そう思うぐらいに、キミは一人で生き過ぎている」
俺が.......一人で?
「律くんはいい子だ。偉い子だ。沢山頑張って来たよ。律くんも、律くんのお父さんも、人一倍辛い事から逃げずに頑張って来た。俺はキミたちを尊敬している」
慈愛に満ちた孝の表情に、凍った心が溶かされていく気がした。
「キミ達は、人を頼らな過ぎたんだ。欠点をあげるとすれば、その一つだけかな」
にっこりと微笑まれ、ぐしゃりと視界が歪む。
貼り付けた笑顔は、いつの間にか崩れ口角は下がっていた。
ぐっしょりと濡れた心は、ぽたぽたと水滴を垂らす。
じわりじわりと、垂れた水滴が乾ききった内臓に染みていき、心臓が正常に血液を送り出し始めた気がした。
腐りきった己の中身が、今、働きを取り戻したように活発に動く。
「.......俺だって、.......父さんが大切なんです.......。自分以上に、.......父さんが大切.......だから、.......今度は、俺がそばで、.......父さんを守りたいんです.......」
捨てられた訳では無いのなら。
まだ傍に置いてくれるのなら。
今度は俺が、『正攻法』で父さんを守りたい。
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