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第7章
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お昼ご飯を食べた後、由伊の声かけで食卓に由伊家と律が集まった。
文崇はまだ眠っている。
「皆に報告なんだけど、律くんと律くんのお父さん今日からここに住むことになったから」
「あら!ようやく決心してくれたの!?嬉しいわぁ」
京子はニコニコして律の手を握ってくれる。
「はい……。あの、重ね重ね親子共々ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるとご両親は「こちらこそ」と笑って頷いてくれた。
「部屋割りは?どうする?陽貴の部屋がいい?まぁ余り部屋って言っても客間しかないんだけど」
京子の言葉に由伊が答えた。
「律くんは俺の部屋でいいんじゃない?客間は宮村さんが使ったほうが仕事して帰ってきてゆっくりできるんじゃないかな」
その案に律も遠慮がちに「そ、そうだとありがたいです。俺、眠れれば屋根裏とか押し入れとかで平気なので」と言うと、ご両親はケラケラ笑った。
「じゃあ、律くんは陽貴と同じ部屋ね」
人の家にお世話になるだけで精一杯なんだ。
寝れる場所があるだけでありがたい。
律は京子のセリフに頷いた。
「ねぇ」
ぴしりとイラついた声がし、ドキリと動悸がした。
「あたしたちには何の許可もないわけ」
真が怒って由伊を見ている。
その様子に由伊も無表情のまま「なんの許可?結局こうするしかないんだから許可出してくれなそうな相手にわざわざ言わないでしょ」と冷たく言い放つ。
由伊、家族にも冷たくなってる……。
俺が怒らせちゃったからだよな……。
嫌いな相手のために部屋に、家においてくれるだけで申し訳ないのに、俺は口に出せない。
気に食わないからって締め出されても、仕方がないんだ。
「あのさ、そういう言い方はなくね。真は一言言えよって言ってるだけだろ。出ていけって言ったわけじゃない」
寛貴が由伊に厳しい目を向けた。
京子と孝は黙ったまま子供達の話を聞いていた。
「追い出してもかまわないけど」
「真」
真のセリフに孝はようやく口を出した。
「とにかく、決まったことだから。安全になるまでここに居てもらう。何かあってからじゃ遅いだろ」
「……はぁ、うざ」
ガタンと音を立てて自分の部屋に行ってしまう真。
「ごめんなさいね、律くん。あなたは悪くないのよ。あの子反抗期だから……」
京子に申し訳なく謝られ、律は必死に首を横に振った。
「……いや、俺が悪いんです!……俺が強くなればいい話なので……。真ちゃんの気持ちは最もだと俺も思います。……自分の安心できるはずだった場所を赤の他人に踏み荒らされたら、ふざけんなって思いますよ……」
そう答えて笑うと、由伊の両親は吃驚した顔をして律を見た。
「……律くん、なんかあった?」
「へ」
いきなり京子に確信をつかれて律は流石にびっくりする。
何かあったって、お宅の息子さんに嫌われました、なんて言えるわけない。
「……何もないです……。どうしてですか?」
そう聞くと、両親は顔を見合わせて言った。
「あなた……、そんなにハッキリ自分の気持ちを伝えられてたかしら……。あと、私たちと目合わせてくれるようになったのね」
そういうのってこんな早く気づかれるものなんだ……。
正直、未だに皆と話すのに慣れたわけではない。
今だって手汗が尋常じゃないし、心臓だってバクバクしているし目は常にそらしたくてたまらない。
けど、それを繰り返していたら何も変わらないんだ。
目を覚ました父さんが安心できるように、由伊に変わった姿を見てもらえるように。
全ては大切な人のために決めたこと。
変わらなきゃいけないから。
「自分も、向き合いたいと思ったんです。人と……」
明確に言えるわけではないけど、こうやってまず身近な大人から慣れていこう。
怖くてたまらない。
逃げ出したくてたまらない。
でもそれじゃだめだから。
強くならなきゃいけないから。
「そうなの……。無理、しなくていいんだからね」
京子の顔はあまり嬉しそうではなく、律は不思議に思うけれど気にせず笑顔を作り「はい」と答えた。
大丈夫。
強くなるんだから、大丈夫。
これ以上、優しくしてくれる人に甘えるな。
人は一人で生きていけないのかもしれないけれど、一人で生きていける力は必要なんだ
守ってもらうだけじゃだめだから。
あの後、由伊たちと談笑をしてお夕飯を食べた。
今はお風呂を借りて脱衣所で体を拭いている。
左手首はまだ傷がふさがらなくてしみるけど、服を着て由伊にもらった救急セットで自分で巻いた。
「それくらいやってあげる」と由伊に言われたけれど、「自分でやりたい」と無理に言うと変な顔をしたけど黙って渡してくれた。
やっと一人になった安堵感でつい、ため息を吐いてしゃがみ込んだ。
「……疲れた」
ぽそりと落としてしまった言葉を必死で拾い上げるように、息を再び吸い込み止める。
なに弱音吐いてんだ。
まだ一日目だぞ。
これから先は長いんだ。
由伊は俺をここに置いておくのは俺たちが安全だと認識できるまで、と言っていた。
けれど、そんな不確定にずっといられるわけがない。
安全を確かめるまで……
『あの人』が動きだす前に、こちらから動かないと。
弱ってる時間はない。
もしかしたら、今から俺がやろうとしていることは由伊と一生居られなくなることなのかもしれない。
もしかしたら、父さんともう会えなくなるのかもしれない。
それでもいい。
それで、好きな人に迷惑が掛からず、父さんが無理をせず、安心して過ごせるようになれるのなら俺は恐怖半分嬉しさも半分なんだ。
「わ!まだ入って……って出てるならさっさと部屋行ってよ!」
ずかずか入ってきた真に怒られ律はハッと立ち上がり笑顔を作る。
「……何急に笑いだしてんの?きも」
……こう、思春期の女の子ってなんでこう殺傷能力が高いのだろうか。
ずきりと胸の痛みを認識しながらも、なんとか苦笑し「ごめんね」と謝れた。
今までだったら、俯いて逃げてトイレで戻してたくらいなのに今の律はそこまでではなかった。
なんでだろう。
人からの敵意は今だって怖いと思うのに、あの時ほど心が動揺しなくなった。
……由伊に嫌いと言われた以上に、怖いものが俺にはなかったのかもしれない。
いつの間にか一番恐れていたことが起きて、酷く心が揺れて、そしたら他人への恐怖なんかちっぽけだったんだなって思った。
だから由伊の両親とも話せた。
目も合わせられた。
由伊はすごいな。
俺にいろんなことを教えて気づかせてくれる。
「……あたしはあんたのこと、大っ嫌いだから」
真にハッキリと告げられ、その冷たい表情があの時の由伊と重なって、律は思わず目頭が熱くなる。
けれど、笑った。
笑えた。
「うん、ごめんね」
好きな人に嫌われて笑えるようになるなんて、なんて皮肉な話なのだろう。
どうせ笑えるのなら、好きな人と、大切な人と、笑いあいたかった。
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