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第8章
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「今年もお世話になりました」
年越しそばをみんなで啜りながら談笑していた。
文崇もすっかり元気になり、中でも寛貴と真と一番打ち解けており3人で仲良くテレビゲームなんかやっていた。
誰にも好かれていなく輪に入れない律は、由伊の両親に気を使われすっかりお手伝い係となった。
文崇に呼ばれたりするけれど、ほかの2人に嫌がられるのが目に見えているので律から断っていた。
今も食べ終わった3人は年末恒例のバラエティ番組を観て楽しそうに笑っている。
律はまだ食べ終わらないので、お腹いっぱいでも口に入れ続けていた。
あと人生で最後なのだから、ちゃんと完食したい。
由伊は相変わらず皆の前ではニコニコ話してくれるけど、2人きりなると律に対して一気に冷たくなった。
それでもいい。
ずっと由伊といられるのが嬉しいんだ。
由伊は食べ終わっているけど、皆の輪には入らずソファの端っこで本を読んでいた。
時々兄妹に誘われているけど、にこやかに拒否していた。
律もやっと食べ終えて、「ご馳走様でした」と言えた。
「律くん最近、よく食べるようになったわねぇ。嬉しいわ」
京子にニコニコ言ってもらえて嬉しくなる。
頑張るとほめてもらえる。
「美味しくて、いっぱい入っちゃいます」
笑ってそういうと、京子は「もー!かわいい!」とぎゅっと抱きしめてくれる。
最近、京子には抱きしめてもらうことが増えた。
孝には色々教えてもらうことが増えた。
律が何でもかんでも聞くからかもしれない。
せめて仲良くなりたくて、いっぱい話しかける分2人はたくさんの本物愛を与えてくれた。
「そうだ律くん、来週の土曜空いてるかい?」
不意に孝さんに尋ねられ、首を傾げてカレンダーを見る。
来週の土曜……。
もうそのころには俺はここにいない。
けど律はにっこり笑った。
「空いてますよ」
嘘がうまくなったなと自分で思う。
愛や優しさを与えられるたびに、どんどん自分の嘘が上手くなってゆく。それに伴って由伊の冷たさも比例していく。
「その日、律くんが行きたがっていたお店で初売りをやるんだが、どうだ?一緒に行かないか」
お店?
なんのお店だろうか。
正直覚えていない。
けれど俺はここでも上手にこたえられる。
「嬉しいです、行きたいです」
行けないよ、そのころには律はもうこの世にいないかもしれない。
まだ生きてるかもしれないけれど、ここにはいられない。
ああ、心がどんどん冷めていく。
準備が整えば整うほど、どんどん心も体も冷え切っていく。
それなのに、由伊からの冷たさには一向に慣れない。
由伊が隣に居てくれないことには全然慣れない。
自分だけじゃ、暖かくなんかなれないよ。
「あら、いいわねぇ。律くん、私ともどこか行かない?陽貴も一緒に行きましょう」
いきなり京子は由伊に話しかけた。
話しかけられた由伊は、にっこり笑みを貼り付けて「お言葉に甘えて行こうかな」なんて簡単に嘘をつく。
嘘つき。
行きたくなんかないくせに。
でもそんなこと、俺が言えることじゃない。
「よし、決まりね!明日は初詣だしそのあとにはたくさんおでかけしましょう!」
楽しそうに笑いかけてくれる京子に胸が痛くなりながら、律は「はい」と答えた。
暫くお話していると、由伊が立ち上がり眠そうに自分の部屋へと行くのが見えた。
律は会話もキリがよかったので一言詫びて席を立った。
早くいかないと寝ちゃうかもしれない。
急いで階段を上り、由伊の部屋に入った。
由伊はちらりとこちらを見て、すぐに視線をそらし布団に入ろうとする。
その腕をしっかりつかみ「ま、待って!」と声をかけた。
「は?なに。もう寝るんだけど」
最近この不機嫌な顔しか見てないなぁなんて他人事のように思いながら、口を開いた。
「ゆ、由伊お願いが……あるんだけど」
震える声に、恥ずかしさを感じながらもしっかり目だけはそらさなかった。
「なに」
話を聞いてくれる由伊に嬉しさを感じてつい自然に口角が上がってしまう。
最近、幸せのハードル低くなったなぁ。
「あのね……一緒に初日の出に見に行きたい……んだけど……」
小さくなりながらそう言うと、由伊はぽかんとした顔をした後ぐわっと勢いよく目を見開いた。
「は、はぁ!?今から!?」
「う、うん……」
由伊は「はぁ!?」と大きな声を出して口を開いた。
「そういうのってせめて今日の朝とかに言うもんじゃないの」
険しい顔でもっともなことを言われ、しゅんと小さくなってしまう。
本当は昨日言おうと思ってたんだよ俺だって。
昨日由伊とまた小さな喧嘩をした後に、1人で立てたんだもん……やりたこと計画表。
それで折角なら初日の出みたいって思って、言おうとおもったけど昨日は由伊と話せる空気じゃなかったし、今日もずっと由伊と2人になれるタイミングないし、リビングで言ってもよかったけど、みんなが居たら由伊断り辛いだろうし……そんな感じで適当に頷いてほしくなかったから、タイミング待ってたら今になっちゃたんだよ……。
なんて言えるはずもなく、ただただ俯いてなんて言おう、と考えていると由伊は「はぁ」とため息をついた。
「……いいよ」
「……そう、だよね……えっ、え!?いいの!?」
思いもよらぬ返答に律は思わず由伊の両手を握って見上げた。
「なに、嘘なの?」
意地悪にそう聞かれ律は顔を真っ青にして「う、嘘じゃない!!本当!!」と慌てて言うと、由伊は少しだけクスリと笑った。
「……」
その優し気な笑顔を久々に見れて律は思わず目頭が熱くなる。
咄嗟に俯いて由伊の手を強く握って、「大丈夫、大丈夫、大丈夫」と心の中で唱えた。
「じゃあ、それまで少し寝る」
「うん!」
嬉しすぎて俺が犬だったら、由伊の周りをくるくる走り回って尻尾もちぎれそうなくらいぶん回していたと思う。
けれどしつこくすると怒られそうなので、本当はずっと手を繋いでいたかったけど、ちゃんと離した。
「2時に起きる」
「うん!」
アラームかけてくれる姿さえも愛おしくて、しつこくしない代わりに由伊にくっついて回った。
そんな律を変なものを見るよう目で見てきたけど、律は気にせずニコニコしておいた。
「……変なの」
ぽそりと呟かれ、律は微笑んで由伊を見上げた。
「おやすみ」
由伊は一瞬固まったけど「……うん」と返事してくれた。
お布団に入るまでを見届け、静かに部屋を後にした。
ああ、夜楽しみだなぁ。
ウキウキが止まらなくて、にやけながら下へ降りた。
「あれぇ?律なんでニコニコしてるの?かわいいね!」
文崇にくしゃくしゃと頭を撫でられ恥ずかしくなる。
「ちょ、ちょっといいことあったの!」
ぷいっと顔を背けると、文崇は「はは!そっかそっか~」と抱きしめてくる。
ここにはみんな居るのに!!恥ずかしい!!
でもこんなのもあと数えるしかないと思うと、無下になんかできなかった。
「……ねえ父さん、お願いがあるんだけど……」
「ん?どうしたあ?」
文崇はコテンと、首を傾げてニコニコ見て来てくれる。
「……あの、初詣父さんと行きたいんだけど……無理……かな……無理ならいいんだ……」
そう言うと父文崇は少し驚いた顔をしたあと、パアッと顔を明るくして「本当か!!」と言う。
「?本当ってどういう事?」
「実は父さんも行きたいと思ってたんだよ!」
にっこにこ嬉しそうだ。
それに釣られて俺も口角が上がる。
「……じゃあ!一緒に過ごせるんだね……!!」
思わず飛び跳ねそうになる。
「うん!律と過ごせるぞ!初詣以外にもしたい事はあるか?!父さん何でもするぞ!!」
ワクワクの文崇は大きく腕を広げた。
文崇が、最期まで居てくれる。
嬉しい……嬉しい!!!
「考えとく……!!」
きっと、初詣以外に叶うことは無いんだ。
年初めだと言うのに縁起が悪いよな……まったく。
まあ後は、明日橘と仲野に会う.......時間は無いから電話だけでもしてみよう。
何でか分からないけれど、こんなにも活力が湧いたのは8年前の『あの日』以来初めてな気がする。
……こんなにも、何かしたいと思うのは死の間際だなんて、とんだ皮肉だよな。
もっと早く、やりたい事をやっておけば良かった。
なんでこんなに、後悔することが多いんだろう。
……母さんにも、挨拶しておかなきゃな。
憂鬱な筈なのに心の何処かでは、嬉しいような、高揚感がある。
不思議だな、人生を終わるのに、俺は宮村 律を終えるのに。
輪廻転生があったとしても、俺は生まれ変わりたくない。
宮村 律として、全てを終えたい。
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