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白い雪降る中で・・・ ②
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きっちりラッピングリボンまでしてもらった手袋を鞄に押し込む。
「あれ? 今渡さないの?」
目をぱちくりさせている。あんまり可愛いことしないでくれるか?
「当日に渡す。今日の記憶消しといて」
「サプライズにこだわらなくていいと思うけど。まあ、忘れたフリをしておくよ。嬉し言葉を聞けたから、記憶は消さないけど」
嬉しい言葉……? なんだ、何を言ったんだ⁉ どれだ、どれのことだ! 思い出せ栄田清史!
小さい鞄なので、光沢のある包装紙がはみ出ているほたるんは手を擦り合わせる。
「手のこと。褒めてくれたじゃん」
「なーんだ。焦らせんなよ。今日の記憶が流れただろ、走馬灯みたいに。脇汗すごいわ」
「なに死にかけてるの」
彼の手を握って歩き出す。
「このまま俺の部屋こない? ゲームしようぜ~。優等生様は勉強の方がいいかな?」
「そうだね。勉強教えてあげるよ。知能はあった方が良いでしょ?」
手を振りほどいた。
「冗談だって」
「だからぁ! やめて! 怒らせたかなって思っただろが!」
今度はほたるんの方から握ってくる。
「勉強してからゲームしようね?」
「はーい……」
この調子ですからね。ほたるんと一緒に居るだけで成績上がってきたわ。まーたプリンスに心配される。
クリスマス当日。
呼び鈴を聞きつけ出てみると、「よっ」と片手をあげている可愛い生物。
「なんだ。ほたるんか。可愛すぎて天使かと思った。ふぅ。焦らせんなよ」
「脳みそ溶けてるの?」
外に出ると雪がちらつき出す。
夕暮れにフタをする灰色の雲。
「お、いいね。なんだっけ。白い……えーっと雪の、ほら。今日ってクリスマスじゃん」
「ホワイトクリスマスって言いたいの?」
「そう、それだ!」
暗くなるのが早い冬。街灯に照らされ、白い粒が闇に浮かび上がる。
「ほたるん入ってて。俺もうちょい雪を見ていくわ」
好きなんだよなー。雪見るの。この辺は雪降っても積もらないし。
室内は暖房とコタツであったかい天国なんだけど、ほたるんは俺の横に並んだ。
家の前で空を眺める。
「それ、オシャレ? それともクリスマスだから?」
「あん?」
ほたるんが項を指差している。
ああ、と思い出す。俺は伸ばした髪を赤いリボンで束ねているのだ。
いつもは普通のヘアゴムなんだけどね。
イヒッと笑う。
「クリスマスだからおしゃれしてみたんだ~」
「ふーん。……に、似合う、ね」
「お、ありがとよ。やった甲斐があったわ」
それと「プレゼントは俺」って意味もあるぜ? うわー。我ながら溶けてるわ。
軒下にいるけど、肩や靴先に白が付着していく。
後ろの我が家を指差す。
「コタツぬくいぞ?」
「史君がいない空間に意味ないんだけど」
腕を掴んで家に入った。入ろ入ろ。風邪引いても良くないもんな。
「親御さんに遅くなるってちゃんと言ったか?」
「言ったよ。帰ってた姉さんたちに『喧嘩しても栄田君を殴っちゃだめよ?』って言われまくった」
ありがとうお姉さま方。俺のこと気にしてくれて。でも大丈夫っすよ。
ほたるんは玄関でコートを脱ぎ、マフラーを外して、洗面台で手洗いうがい。うがい用のマイコップを持参していた。
「お邪魔します」
「きっちりしとる……」
慣れたように俺の部屋のハンガーラックにコートとマフラーを引っ掻ける。俺が手招きすると、小走りで走ってきた。コタツに両足を突っ込む。
「ほあ~」
天板に顎を乗せ、表情をとろけさせるほたるん。俺は胸を押さえて倒れた。
「なんじゃ可愛い‼」
「はいはい。ごめんごめん」
背中をべしべし叩いてくる。好き。
寒いけどコタツから抜け出す。
「ちょっとコタツ入ってて」
「? うん」
冷蔵庫からケーキとジュースを……持って行きたいけど手が足りない。部屋に戻る。
「ごめん。手伝って」
「? うん」
ほたるんにシャンメリーと二人分のコップを持ってもらう。
俺はケーキを天板に置いた。
「もしかして、史君のお姉さんの?」
「そそっ。朝作ってくれたの。シャンメリーはママ上が買ってくれた。家族の分はまた別にあるから、遠慮なく飲み食いして」
ラップを外すと真っ赤なイチゴが眩しいショートケーキ。スポンジだけがチョコで、酸っぱいベリーソースが挟んである。味見させてもらったけど、レモン齧ったような顔になる。顔のパーツがキュッと中心に集まった。姉上も口元を押さえて蹲っている。このベリーソースのおかげでケーキが甘くなりすぎることはない。
「だから、(甘いものが苦手な)ほたるんでも食べられると思うんだけど」
「そ、そんなに酸っぱいの? 気になるね……」
ごくりと生唾を飲む。
フォークを握って、二人でケーキに挑む。
フォークを差し込むとふわりとスポンジが裂け、断面が覗く。
まずは一口。
「あれ? 甘……ッ⁉」
甘いと油断したところ、ほたるんと共にグフッとむせかけた。
――酸っぱぁぁぁぁい!
もったりと甘い生クリームとチョコスポンジを過去に押し流すベリーソースの酸っぱさ。
甘さがマイルドになるとかそんな問題ではなかった。
天板に顔を伏せ、しばし二人で悶える。
一口でこの疲労感。
「なんか、食べるたびにカロリーを消費しそう」
「食べたら痩せるケーキか……。すごいね」
ほたるんが頑張って褒めるところを探してくれてる。
大量の唾液と飲み込むと後に残るのは口の中が突っ張るような、ピリピリするような。
シャンメリーを紙コップにそそぐ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと」
ごくごくと流し込む。さわやかな甘みに心が安らぐ。
「無理に食べなくていいぜ?」
「面白いからもうちょっと食べたい」
ケーキの感想が面白いってどうよ。
頬張るたびに震え、また食べては震える。
紙皿の上が空になる事には、マラソン大会後のように疲れ果てていた。
チーンと息絶えている俺の横で、まだ余裕のある彼氏がシャンメリーを一気飲みしている。
三分ほどしてようやく生き返れた。
「おまたせ」
「おかえり」
「はいこれ。クリスマスプレゼント」
コタツの下に忍ばせておいたほっかほかのラッピングを天板に置く。
「あ……そうだったね。わあ、うれしいなー」
一回瞬きしたほたるんが表情をほころばせる。棒読みで嬉しそうにリボンを解き始めた。本当に、忘れたフリをしていてくれている彼氏に涙が出そうです。
「手袋だ。ありがとう、史君。……嬉しいよ」
手袋を見つめてじーんとしておられる。
満面の笑みで、カーキ色手袋を頬にくっつけると頬ずりし始めた。はあ? 可愛いんですが?
「大事にするよ。これ。誰かが触れようとしてきたら捻っておくね」
「やめてあげて」
何を思ったのかほたるんは手袋をつけた。室内なのに。
「まさか寒い?」
「あー。いい気分」
ほくほくしておられる。ここまで笑顔のほたるんて、レアだな。
嬉しくてつけちゃったってことかな? なんかもう、俺の方が嬉しいんだけど。そこまで喜んでくれると。
「……」
次は俺の番だな。
「……」
そわそわそわそわ。
「……」
「……はあ」
そわそわして待ってたけどほたるんが何も言わなくて落ち込む。
「あ、そうだ。史君にこれげる」
俺の反応でようやく思い出してくれたようだ。鞄から見覚えのある、同じ店のラッピング袋を取り出してくれた。
半泣きでリボンを解くと白い手袋だった。ワンポイントにリンゴの刺繍のあるかわいいやつ。
色んな意味で泣いた。
「うおおおん! ありがとう、嬉しいぜ!」
「ごめんって。満たされちゃってて」
頭を撫でてくれる。じっとしておこう。撫でやすいように。
「……もういい?」
「もういいってなんだよ! もっと撫でてよ撫でろやオァアン⁉」
「かまってちゃんになってる」
檻の向こうで吠えてる動物を眺めている飼育員の顔をされた。俺はお猿さんってか⁉ やめろよ興奮するだろ。
「ほたるんありがとよー。すげー大事にするぜー」
「演技が下手なところも好きだよ」
俺も付けちゃお。ほたるんの気持ちが分かるわ。
「へん。ほたるんに触られているみてーだ」
手袋を付けたまま顔マッサージをする。手触りサイコーじゃねぇの。ほたるんからもらった物ってだけで付加価値が……
どういうわけか、あれだけ笑みを広げていた彼氏の表情が険しくなっていく。なんでなんでなんで? 何かしました? 俺。
命の危機に冷や汗を流して固まっていると、ほたるんは自分の表情に気がついたらしい。
ハッと険しさを消してくれた。
「どうしたの?」
「いや……。うん。史君が手袋に浮気してたから」
ああ、なるほど!
……なるほど! ではない。
「うっっそだろ⁉ 無機物ぞ⁉ 無機物だぞオイ。しっかりしろ」
嫉妬の化身が。本領発揮しすぎだろ。
近寄って彼の肩を掴む。ほたるんは照れたように、でも俺の胸板に額をくっつけた。
「お?」
「デパートでダイブして来いって言ってたじゃん?」
「? ああ! ああ。あれね」
思い出した思い出した。
彼を抱き締めると、ほたるんも腕を回してきた。
がっちりと抱き合う。
んあ~。幸せなんじゃあ。
ほたるんの横で膝立ちの体勢だったが、彼の膝の上に引っ張り上げられた。抱き上げられ、彼の硬い膝の上に尻を落とす。
向かい合う体勢になった。
「おうっ! 怪力にはもう驚かないけど、重くない⁉」
「どうするの? 今日は、ヤるの?」
「重くないですかそうですか。ヤるけど? そのために生きてるし」
「それ以外でも生きて? じゃあ俺が上で、休憩挟んだ後も俺が上ね?」
「こういう時ばっかり主張しやがって……」
ほたるんは俺を抱いたまま立ち上がった。何をどう鍛えれば、人を抱えたまま立てるようになるのか。
そっとベッドに置かれる。
「ほたるん。お風呂は?」
「入ってきた」
言いながら上着を脱ぎ捨てる彼氏。やだ、抱かれる……。
「じゃあ、俺が入っ……」
風呂行こうとしたのにシーツに押し倒された。
「あの⁉ お風呂!」
「入ってなかった史君が悪い」
なるほどな。
いやいやいやでもでもでも! ほたるんだけ風呂済ませてあるのって、ずるいっていうか! ケツだけでも洗わせてほしいと言いますか。
「せめて! シャワーだけでも!」
「うるさい」
顔を掴まれ、唇で塞がれる。
「ん、ふ」
二回、三回とついばまれ、ちょんと舌先同士が触れ合う。
あ、甘い、かも……。
つい笑ってしまう。
「ふはっ。甘酸っぱい」
「ぶどう……。さっきのシャンメリーの味だね」
ほんのりチョコ風味もあり。
「ほたるん、あの、お、お風呂に」
「言いたいことはそれだけ?」
「いいけど‼ きったねぇケツを見ても萎えるんじゃねーぞ‼ ばぁあああか! 後悔しやがれ!」
「……はあ」
目の前でため息をつかれた。直前までキスしていた相手に容赦ないほたるんである。
高鳴る胸を押さえる。
「冷めた目で見下されて興奮した」
「史君無敵だよね……。俺が、史君のことを、嫌いになるって一ミリでも思ってるところに腹が立つよ。やさしくしなくてもいい?」
すみません命だけは。
「だって……。ほたるんにだけは嫌われたくないし」
「可愛いね。史君は」
手袋を外して、俺の服を脱がせる。
「手袋、取るんだ」
「俺の手が、好きなんでしょ?」
目を細めて妖しく笑う。序盤から色気を出すのやめてください。さっきから心臓がもたんのよ。
電気を消して、闇に沈む室内。隣家のイルミネーションの明かりがほのかに差し込み、クリスマスカラーで点滅している。
「……幸せ、かも。これから一生、ほたるんといたい」
「そうだね。そうしよう。ずっと好きでいてもらえるように、俺も頑張るから」
「むっ。俺だってほたるんのこと嫌いにならねーよ」
「うん。分かってる。でもこういうのは、お互い努力で成り立たせるものでしょ」
「……はい」
普通に言い負けた。
腕を伸ばして、彼氏を抱き寄せる。
両親が帰ってくる頃には、俺たちはベッドの中で爆睡していた。
手を、握り合ったまま。
【メリークリスマス】
挿絵▽ イメージを壊したくない方はここで引き返してください。読んでくれてありがとうございます(´ω`*)
手袋を選んでいる清史を見つけたほたるん。
「あれ? 今渡さないの?」
目をぱちくりさせている。あんまり可愛いことしないでくれるか?
「当日に渡す。今日の記憶消しといて」
「サプライズにこだわらなくていいと思うけど。まあ、忘れたフリをしておくよ。嬉し言葉を聞けたから、記憶は消さないけど」
嬉しい言葉……? なんだ、何を言ったんだ⁉ どれだ、どれのことだ! 思い出せ栄田清史!
小さい鞄なので、光沢のある包装紙がはみ出ているほたるんは手を擦り合わせる。
「手のこと。褒めてくれたじゃん」
「なーんだ。焦らせんなよ。今日の記憶が流れただろ、走馬灯みたいに。脇汗すごいわ」
「なに死にかけてるの」
彼の手を握って歩き出す。
「このまま俺の部屋こない? ゲームしようぜ~。優等生様は勉強の方がいいかな?」
「そうだね。勉強教えてあげるよ。知能はあった方が良いでしょ?」
手を振りほどいた。
「冗談だって」
「だからぁ! やめて! 怒らせたかなって思っただろが!」
今度はほたるんの方から握ってくる。
「勉強してからゲームしようね?」
「はーい……」
この調子ですからね。ほたるんと一緒に居るだけで成績上がってきたわ。まーたプリンスに心配される。
クリスマス当日。
呼び鈴を聞きつけ出てみると、「よっ」と片手をあげている可愛い生物。
「なんだ。ほたるんか。可愛すぎて天使かと思った。ふぅ。焦らせんなよ」
「脳みそ溶けてるの?」
外に出ると雪がちらつき出す。
夕暮れにフタをする灰色の雲。
「お、いいね。なんだっけ。白い……えーっと雪の、ほら。今日ってクリスマスじゃん」
「ホワイトクリスマスって言いたいの?」
「そう、それだ!」
暗くなるのが早い冬。街灯に照らされ、白い粒が闇に浮かび上がる。
「ほたるん入ってて。俺もうちょい雪を見ていくわ」
好きなんだよなー。雪見るの。この辺は雪降っても積もらないし。
室内は暖房とコタツであったかい天国なんだけど、ほたるんは俺の横に並んだ。
家の前で空を眺める。
「それ、オシャレ? それともクリスマスだから?」
「あん?」
ほたるんが項を指差している。
ああ、と思い出す。俺は伸ばした髪を赤いリボンで束ねているのだ。
いつもは普通のヘアゴムなんだけどね。
イヒッと笑う。
「クリスマスだからおしゃれしてみたんだ~」
「ふーん。……に、似合う、ね」
「お、ありがとよ。やった甲斐があったわ」
それと「プレゼントは俺」って意味もあるぜ? うわー。我ながら溶けてるわ。
軒下にいるけど、肩や靴先に白が付着していく。
後ろの我が家を指差す。
「コタツぬくいぞ?」
「史君がいない空間に意味ないんだけど」
腕を掴んで家に入った。入ろ入ろ。風邪引いても良くないもんな。
「親御さんに遅くなるってちゃんと言ったか?」
「言ったよ。帰ってた姉さんたちに『喧嘩しても栄田君を殴っちゃだめよ?』って言われまくった」
ありがとうお姉さま方。俺のこと気にしてくれて。でも大丈夫っすよ。
ほたるんは玄関でコートを脱ぎ、マフラーを外して、洗面台で手洗いうがい。うがい用のマイコップを持参していた。
「お邪魔します」
「きっちりしとる……」
慣れたように俺の部屋のハンガーラックにコートとマフラーを引っ掻ける。俺が手招きすると、小走りで走ってきた。コタツに両足を突っ込む。
「ほあ~」
天板に顎を乗せ、表情をとろけさせるほたるん。俺は胸を押さえて倒れた。
「なんじゃ可愛い‼」
「はいはい。ごめんごめん」
背中をべしべし叩いてくる。好き。
寒いけどコタツから抜け出す。
「ちょっとコタツ入ってて」
「? うん」
冷蔵庫からケーキとジュースを……持って行きたいけど手が足りない。部屋に戻る。
「ごめん。手伝って」
「? うん」
ほたるんにシャンメリーと二人分のコップを持ってもらう。
俺はケーキを天板に置いた。
「もしかして、史君のお姉さんの?」
「そそっ。朝作ってくれたの。シャンメリーはママ上が買ってくれた。家族の分はまた別にあるから、遠慮なく飲み食いして」
ラップを外すと真っ赤なイチゴが眩しいショートケーキ。スポンジだけがチョコで、酸っぱいベリーソースが挟んである。味見させてもらったけど、レモン齧ったような顔になる。顔のパーツがキュッと中心に集まった。姉上も口元を押さえて蹲っている。このベリーソースのおかげでケーキが甘くなりすぎることはない。
「だから、(甘いものが苦手な)ほたるんでも食べられると思うんだけど」
「そ、そんなに酸っぱいの? 気になるね……」
ごくりと生唾を飲む。
フォークを握って、二人でケーキに挑む。
フォークを差し込むとふわりとスポンジが裂け、断面が覗く。
まずは一口。
「あれ? 甘……ッ⁉」
甘いと油断したところ、ほたるんと共にグフッとむせかけた。
――酸っぱぁぁぁぁい!
もったりと甘い生クリームとチョコスポンジを過去に押し流すベリーソースの酸っぱさ。
甘さがマイルドになるとかそんな問題ではなかった。
天板に顔を伏せ、しばし二人で悶える。
一口でこの疲労感。
「なんか、食べるたびにカロリーを消費しそう」
「食べたら痩せるケーキか……。すごいね」
ほたるんが頑張って褒めるところを探してくれてる。
大量の唾液と飲み込むと後に残るのは口の中が突っ張るような、ピリピリするような。
シャンメリーを紙コップにそそぐ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと」
ごくごくと流し込む。さわやかな甘みに心が安らぐ。
「無理に食べなくていいぜ?」
「面白いからもうちょっと食べたい」
ケーキの感想が面白いってどうよ。
頬張るたびに震え、また食べては震える。
紙皿の上が空になる事には、マラソン大会後のように疲れ果てていた。
チーンと息絶えている俺の横で、まだ余裕のある彼氏がシャンメリーを一気飲みしている。
三分ほどしてようやく生き返れた。
「おまたせ」
「おかえり」
「はいこれ。クリスマスプレゼント」
コタツの下に忍ばせておいたほっかほかのラッピングを天板に置く。
「あ……そうだったね。わあ、うれしいなー」
一回瞬きしたほたるんが表情をほころばせる。棒読みで嬉しそうにリボンを解き始めた。本当に、忘れたフリをしていてくれている彼氏に涙が出そうです。
「手袋だ。ありがとう、史君。……嬉しいよ」
手袋を見つめてじーんとしておられる。
満面の笑みで、カーキ色手袋を頬にくっつけると頬ずりし始めた。はあ? 可愛いんですが?
「大事にするよ。これ。誰かが触れようとしてきたら捻っておくね」
「やめてあげて」
何を思ったのかほたるんは手袋をつけた。室内なのに。
「まさか寒い?」
「あー。いい気分」
ほくほくしておられる。ここまで笑顔のほたるんて、レアだな。
嬉しくてつけちゃったってことかな? なんかもう、俺の方が嬉しいんだけど。そこまで喜んでくれると。
「……」
次は俺の番だな。
「……」
そわそわそわそわ。
「……」
「……はあ」
そわそわして待ってたけどほたるんが何も言わなくて落ち込む。
「あ、そうだ。史君にこれげる」
俺の反応でようやく思い出してくれたようだ。鞄から見覚えのある、同じ店のラッピング袋を取り出してくれた。
半泣きでリボンを解くと白い手袋だった。ワンポイントにリンゴの刺繍のあるかわいいやつ。
色んな意味で泣いた。
「うおおおん! ありがとう、嬉しいぜ!」
「ごめんって。満たされちゃってて」
頭を撫でてくれる。じっとしておこう。撫でやすいように。
「……もういい?」
「もういいってなんだよ! もっと撫でてよ撫でろやオァアン⁉」
「かまってちゃんになってる」
檻の向こうで吠えてる動物を眺めている飼育員の顔をされた。俺はお猿さんってか⁉ やめろよ興奮するだろ。
「ほたるんありがとよー。すげー大事にするぜー」
「演技が下手なところも好きだよ」
俺も付けちゃお。ほたるんの気持ちが分かるわ。
「へん。ほたるんに触られているみてーだ」
手袋を付けたまま顔マッサージをする。手触りサイコーじゃねぇの。ほたるんからもらった物ってだけで付加価値が……
どういうわけか、あれだけ笑みを広げていた彼氏の表情が険しくなっていく。なんでなんでなんで? 何かしました? 俺。
命の危機に冷や汗を流して固まっていると、ほたるんは自分の表情に気がついたらしい。
ハッと険しさを消してくれた。
「どうしたの?」
「いや……。うん。史君が手袋に浮気してたから」
ああ、なるほど!
……なるほど! ではない。
「うっっそだろ⁉ 無機物ぞ⁉ 無機物だぞオイ。しっかりしろ」
嫉妬の化身が。本領発揮しすぎだろ。
近寄って彼の肩を掴む。ほたるんは照れたように、でも俺の胸板に額をくっつけた。
「お?」
「デパートでダイブして来いって言ってたじゃん?」
「? ああ! ああ。あれね」
思い出した思い出した。
彼を抱き締めると、ほたるんも腕を回してきた。
がっちりと抱き合う。
んあ~。幸せなんじゃあ。
ほたるんの横で膝立ちの体勢だったが、彼の膝の上に引っ張り上げられた。抱き上げられ、彼の硬い膝の上に尻を落とす。
向かい合う体勢になった。
「おうっ! 怪力にはもう驚かないけど、重くない⁉」
「どうするの? 今日は、ヤるの?」
「重くないですかそうですか。ヤるけど? そのために生きてるし」
「それ以外でも生きて? じゃあ俺が上で、休憩挟んだ後も俺が上ね?」
「こういう時ばっかり主張しやがって……」
ほたるんは俺を抱いたまま立ち上がった。何をどう鍛えれば、人を抱えたまま立てるようになるのか。
そっとベッドに置かれる。
「ほたるん。お風呂は?」
「入ってきた」
言いながら上着を脱ぎ捨てる彼氏。やだ、抱かれる……。
「じゃあ、俺が入っ……」
風呂行こうとしたのにシーツに押し倒された。
「あの⁉ お風呂!」
「入ってなかった史君が悪い」
なるほどな。
いやいやいやでもでもでも! ほたるんだけ風呂済ませてあるのって、ずるいっていうか! ケツだけでも洗わせてほしいと言いますか。
「せめて! シャワーだけでも!」
「うるさい」
顔を掴まれ、唇で塞がれる。
「ん、ふ」
二回、三回とついばまれ、ちょんと舌先同士が触れ合う。
あ、甘い、かも……。
つい笑ってしまう。
「ふはっ。甘酸っぱい」
「ぶどう……。さっきのシャンメリーの味だね」
ほんのりチョコ風味もあり。
「ほたるん、あの、お、お風呂に」
「言いたいことはそれだけ?」
「いいけど‼ きったねぇケツを見ても萎えるんじゃねーぞ‼ ばぁあああか! 後悔しやがれ!」
「……はあ」
目の前でため息をつかれた。直前までキスしていた相手に容赦ないほたるんである。
高鳴る胸を押さえる。
「冷めた目で見下されて興奮した」
「史君無敵だよね……。俺が、史君のことを、嫌いになるって一ミリでも思ってるところに腹が立つよ。やさしくしなくてもいい?」
すみません命だけは。
「だって……。ほたるんにだけは嫌われたくないし」
「可愛いね。史君は」
手袋を外して、俺の服を脱がせる。
「手袋、取るんだ」
「俺の手が、好きなんでしょ?」
目を細めて妖しく笑う。序盤から色気を出すのやめてください。さっきから心臓がもたんのよ。
電気を消して、闇に沈む室内。隣家のイルミネーションの明かりがほのかに差し込み、クリスマスカラーで点滅している。
「……幸せ、かも。これから一生、ほたるんといたい」
「そうだね。そうしよう。ずっと好きでいてもらえるように、俺も頑張るから」
「むっ。俺だってほたるんのこと嫌いにならねーよ」
「うん。分かってる。でもこういうのは、お互い努力で成り立たせるものでしょ」
「……はい」
普通に言い負けた。
腕を伸ばして、彼氏を抱き寄せる。
両親が帰ってくる頃には、俺たちはベッドの中で爆睡していた。
手を、握り合ったまま。
【メリークリスマス】
挿絵▽ イメージを壊したくない方はここで引き返してください。読んでくれてありがとうございます(´ω`*)
手袋を選んでいる清史を見つけたほたるん。
10
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面白かったです!内容もですが、何より会話が、テンポが良くて面白かったです!
まだ本編までしか読んでませんが、この後番外編が楽しみです♡
さくら優さん! 嬉しいお言葉、ありがとうございます。
感想が嬉しすぎて塵になって消えるところでした。そんな風に言っていただけるとは……っ!!! 書いてきて良かった。涙出そう。
あ、ありがとうございます。番外編も、ゆっくり読んでってください♡
水無月さん、こんばんは♡
最新話一気読みしました。環くんの言動にハラハラしましたが、とっても面白かったです!!ヽ(*^▽^*)ノ
栄田くんの「ほたるんが居ないと、笑えない」って言葉を思い出したシーン、すごくじぃんときました。これから何があっても大丈夫!!という安心感が伝わってきました(*´˘`*)(けどほたるんが攻められてる所はちょっと興奮しました。可愛い……)
ほたるん推しの私に恵みをありがとうございました!!これからもずっと応援してます♡♡
まこさん、こんばんは(*´ω`*)
感想もらうたびに舞い上がっている者です。環は初挑戦してみたいじめっ子自惚れ反抗期キャラで、そのおかげで悪態を考えるのが大変でした。悪口が思い浮かばないです。
ハラハラしてもらえて何よりです(ほっ)面白いだなんてそんな、あああありがとうございます✨
書き始めは、栄田がこんなに一途な子になるとは思ってませんでした(*´з`) ほたるんが攻められているところを気に入っていただけたようで、私も喜んでおります!!! 攻めが強いとバトルみたいになりますが、書いてて楽しいのです。
感想ありがとうございます。応援に応えられるようこれからも頑張ります♡♡
こんばんは。
プリンス先生のお話し読ませてもらいました♡
藤井先生、可愛らしいですね( *˙︶˙*)
そして最後嵐雨くんの行動もドキッとしました!!
ほたるんと栄田くんのお話しと雰囲気が変わってこちらもとても面白かったです(*^▽^*)
おはようございます。
びゃあああ読んでくれてありがとうございますびゃああん(床ごろごろ)。しかも感想まで……クッ‼ こんな幸せでいいのかしら?
無理矢理系のうえ、メイン二人の話じゃないので、需要無いかなーと思ったんですが。先生受けを書きたくて手が止まりませんでした。藤井先生を可愛いと言っていただけるなんて!(*´ω`*)嬉しいヨイショオ!!!
嵐雨(の行動)も褒めていただいて……キャッキャしてます。
面白いと言ってもらえて感無量です!!!ありがとうございます!