わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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終わりはハジマリ

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――――貧しさに負けた。
いいえ、巨乳に負けた―――――

「るるるる~」
しくしく。
ひとり悲しく脳内リフレインを繰り返しながら名刺の整理を続ける高瀬を、不思議そうに見る主任。
「なにあれ。なんか俺が非難の目で見られてるのは気のせい?」
「………気にするな」
先ほど自分が言ったセリフをなかったことにしつつ、さっさと仕事を続けろと急かす部長。
「なんだかなぁ?」
腑に落ちない様子だが、まさか部長に自分の性癖をばらされているとは夢にも思わないだろう。
くそぅ、巨乳好きめ。
この件は長く尾を引きそうだ。
後で中塚女子にもバラしてやろう、そうしよう。
――そんなことを考えていたバチが当たったのだろうか。
「あ、そうだ及川くん。突然だけど、それが終わったら一度元いた部署にちょっと戻って欲しいんだ」
「…え」
名刺を見ていた顔を上げ、動きがぴたりと止まった。
「…ぶ、部長…!?だって捨てないって…!!」
もといた部署に戻れって、まさか…??
すがるような視線を向ける高瀬に、主任が笑いながら首を振る。
「違う違う。及川くんの考えてるようなことじゃないよ。ただ、向こうに新しく入った派遣がまともに機能してないみたいでね。慣れてる及川くんを貸してくれって、あっちの上司にロッカーで頼まれてさ」
ホッ…。
「なになに?そんなに俺の部下でいられるのが嬉しいの?」
「てっきりまた派遣に戻されるかと……」
そうしたら「裏切り者!」と大声で叫んでやろうかと思っていたのだが、その心配はなさそうだ。
「とりあえず今日一日くらいでいいと思うから、行ってあげて?」
そう言われれば、特に何の問題もない。
古巣に戻る、それだけだ。
「しかし及川くんも心配性だねぇ。今更俺たちが君を手放すわけないじゃないか。――こんな面白人材」
「おい」
面白人材って失礼な!?
「会社にとってはともかく、俺や谷崎にとっては及川くんはまさしく「人財」だね」
「…?」
「人に財宝の財をつけて「人財」。要するにお宝並みに大切な相手ってこと」
「おぉ」
なんかすごい。ちょっと嬉しい。
そういえば、大学の就職セミナーでもそんな言葉を聞いたことがあるような気も。
「確か、2:6:2の法則ってやつじゃ…」
「その通り。なんだ、知ってたんだ?人財、人在、人罪…ってね」
会社の中には3通りの人間が存在し、2割の人間が収益を稼ぎ、6割は現状維持、2割はいるだけで不利益を被るお荷物…という、なんとも身も蓋もない話だ。
お荷物扱いされなかったのは嬉しいが、会社の利益になっているかと言われるとちょっと心苦しい。
――よし、頑張って働いてこよう。
「頑張ります!!」
「うんうん、なんで突然やる気を出したのかはわからないけど、褒められると伸びるタイプなのかな?」
「いえす!!」
だから褒めてください!と、主任ではなく部長めがけて媚を売ると、目の間の主任が「あれ、なんで俺スルーなの?」と不満そうな顔。
巨乳好きだからだよ―――――!!!と、言えたら満足だが言えないのでただ密かに舌打ちするに留める。
「あ、中塚先輩」
出て行く高瀬と入れ替わりにやってきたのは中塚女史だ。
先程まで別部屋で書類整理をしていたのだが、お茶を入れに戻ってきてくれたらしい。
手にはお茶の乗ったお盆が乗せられている。
「あら、及川さん。どこかに行くの?」
「助っ人です!主任に売られました!!」
元気よく正直に答えれば、「人聞き悪いね?」と遠くでぼやく声が聞こえるが、無視だ。
「そう。じゃあ午後のおやつの時間には抜け出して戻ってらっしゃい。この間のお土産をいただきましょう」
「は―――――い!!」
ごろにゃん、と思い切り中塚女史に懐いたあと、鋭気を養ってから部屋を出る。
途中、中塚女史の肩の上で大人しくしている白狐にちらりと視線を送ったが…。
今のところ、きちんと役割を果たすつもりではいるようだ。
よし。
「んじゃ、行ってきま~す」
――及川高瀬、レンタル始めました。

         ※
「助かったわ~、及川さん!やっぱりあなた、タイピングは慣れてるわね」
「えへへへへ」
懐かしの部署で懐かしの同僚に囲まれ、ちょっと忘れかけていた仕事に戻る。
そして聞こえる懐かしの悲鳴――。
「キャ―――――!!」
「…またかしら…もう…」
慣れた様子でため息をつき、あからさまに迷惑そうな顔をする同僚。
「あれって…」
恐る恐る聞くが、答えはやっぱり。
「矢部さんよ。…及川さんがここを出てからくらいかしら?しょっちゅうああやって何もないところで叫ぶようになって…。そろそろクビ切られるんじゃないかってもっぱらの噂。
これまであんなにご執心だった谷崎部長の事もずっと避けてるし……最近じゃ、秘書課の中塚さんを見て卒倒したって――――」
おぅ。
……ご、ごめんなさい矢部さん…!!それ多分全部私の仕業…!!
恐らく部長の傍のアレク君とか、放し飼い状態のハムちゃんとか、押しかけ守護霊な白狐とかが彼女には全部…。
「成仏してください…!」
なむなむなむ。
「なに?変な及川さん。相変わらず面白い子ね」
「いえ、ちょっと罪悪感が…」
ボソリとつぶやきながらも、キーボードを打つ指は止めない。
「でも、何とかしてあげないと流石に気の毒だよなぁ…」
中途半端に霊が見えているせいであの状態に陥っているのだとしたら…。
う~ん。
考えて、パッと思いついたのは、先日主任の身に起こった事。
霊力を持たなかったはずの主任が、霊が見えるようになった。
それならいっそ、矢部さんも――――。
―――ハムちゃんにお願いして、主任みたいに…!
行けるかも…!と握りこぶしを固めてすぐに「いやダメだ」と首を振る。
あの人、中途半端に霊感があるから、ハムちゃんが近づいただけで多分悲鳴をあげて倒れるな…。
それだとうまくいきそうにない。
どうするべきか。
「部長達に相談しようかな…」
先ほど中塚女史にも休憩時間に戻って来いと言われたことだし、一度戻って相談してみよう。
流石に首にされるのは可愛そうだ。
よしそれで行こうと決め、表面上いつものようにタイピングを続ける。
そして、ふと疑問に思った。
「あの…そういえば、私の後に入ったっていう派遣の人は?」
いるのは以前と変わらないメンバーばかりで、新人だというその人の姿がどこにも見当たらない。
「あぁ、彼女なら昨日、息子さんが何か問題を起こしたとかで呼び出したがあって…。
普段からほとんど家に引きこもり状態らしいんだけど、なんだか揉めてるみたいで、今日も休みね」
「へぇ…」
どうやら、結構な年齢のお子さんのいる人らしい。
問題を起こしたというのが気になるが…。
「ちょっと聞こえちゃったんだけど、なんだか警察沙汰だって…。
いっそ問題が大きくなったらあの人を切って、新しい人を雇えるかしら。
うちとしてはこのまま及川さんが帰ってきてくれるのが一番だけど…」
「あははは…」
流石にそれに同意するわけにもいかず、曖昧にごまかす高瀬。
別にこの部署が嫌だったわけではないが、正直今の環境の方が過ごしやすい。
折角部長や主任、中塚女史といった面々にも可愛がってもらっていることだし。
同じ派遣だった身としては何とかしてあげたいとは思うが、さすがにこればっかりはどうすることも――――。
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