わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

文字の大きさ
111 / 290

新しい被害者とストッキングの行方

しおりを挟む
「ってか竜児、私これから仕事なんだけど…」
帰れ、と言いたくても言えないビビりで申し訳ない。
だが現実問題として、そうゆっくりしていられないのも事実だ。
「話はすぐに済みます。…例の寺尾家の件に進展がありました」
「進展って?」
「彼が釈放されました」
「!本当!?」
追い返そうとしていたのも忘れて、前のめりに話を聞く体制になる高瀬。
「でもそんな急に…。犯人が捕まったとか?」
それなら納得できる。
「いえ…。事件は変わらず調査中ですが、どうやら新しい被害者が出たようで」
「それって…」
「通り魔の発生です。被害者は矢部麻子。…その名前に聞き覚えは?」
「矢部…」
まさか、と思う。
わざわざ竜児が朝から家までやって来た理由。
「やはり面識があるようですね。君のところの社員です」
「…怪我は?」
なんでとか、いつとかは後回しだ。
まずそれを聞けば、「無傷です」と答えが返りひと安心する。
状況から考えて、襲われたのは昨夜。
高瀬達と別れて、帰宅時のことだろう。
「襲われはしましたが、持っていたバッグを振り回して応戦したそうで…。
昨夜警察に飛び込んできて、今はもう家に帰っているはずです」
「さすが矢部先輩」
あの逃げ足の速さは伊達ではなかったと妙なところで感心する。
「ですが、状況から見て同一犯の犯行と見られており、その時間警察署内にいた彼にその犯行は不可能」
「それで釈放、かぁ…」
疑っておいて違ったら放り出すというのはなんだか腑に落ちないが、とりあえずよかった。
「それから…。これはまだ警察にも知られていない話ですが、とある工事現場で大量の動物の死体が発見されているようです」
「!」
「普通なら警察に届け出なければならないはずですが、その事によって工事が滞ることを嫌ったのでしょうね。
穴を掘って秘密裏にその死体を処分してしまおうとしたそうですが……」
「――――掘った穴から、出てきた?」
告げる前からその話の先を知る高瀬に、「タカ子、君まさか…」と眉を潜める竜児。
だが、残念なことにそのまさか。
「思いっきり見ちゃった。目玉のついた変な肉塊」
はぁ、と漏れる大きなため息。
「……仕方ありませんね。それがタカ子ですから。
ですがその肉塊をやらを掘り当ててから、現場では事故が続出し、関係者には謎の死が続いているようで」
動物の死骸を埋めるどころではなくなってしまった。
「あれ、一体何なの…?」
「太歳。太歳星君たいさいせいくんとも呼ばれる、祟り神の一つです。
元々は中国の道教で用いられた「太歳」という惑星を司る神で、この「太歳」は木星と呼応して地中を動くと言われています。その姿はまさに、肉塊」
高瀬が見たものと、ぴったり合致する。
「そもそも木星自体が道教では「天形星てんぎょうせい」と呼ばれ、神格化もされた凶神。
太歳はその鏡像として誕生した存在であり、古くから中国で恐れられる存在だったそうです」
「だから……」
「だから?」
思わずポツリと漏らした言葉に、いち早く竜児が反応を返す。
ここまでくれば隠したところでバレるのも時間の問題だと、正直に昨日あったことを話す高瀬。
「あの時、「星を人間の意思で動かせるわけがない」って言ってたのは、そのことだったんだ…」
星とはつまり木星。太歳を意味していた。
「面倒な事になりましたね。君、確実に目をつけられていますよ」
「……だよね」
本当にタイミングが悪いというか、神がかった間の悪さだ。
あの男にしてみれば「幸運」なのかもしれないが…。
「それにしても、あれほど近づくなと言ったのに、君は…」
「あれは不可抗力だって…!!まさか食事に行って遭遇するとは思わないし!」
「僕が言ったのはあの男のことだけではありません。君の上司ともあまり親しくしないようにと告げたはずですが?」
「うっ…」
確かに、言われた。
例の室井社長の件もあり、すっかり頭から吹っ飛んでいたが。
「それに、あの男が君の身元に気づくのも時間の問題ですよ」
正直言ってそれが一番まずい。
「……なんとかならない?」
「無理でしょうね。君だけではなく、君の”部長さん”とやらも顔を見られている。
立場上、タカ子はともかく、その”部長さん”とやらを探し出すことはそう難しくないでしょうし、そうなれば後はもはやなし崩し。自業自得です」
「返す言葉がありません…」
しゅん、と頭を下げる。
「でも竜児、どうやってその情報を…?」
警察にも知られていないような話をどこから手に入れたのかと訪ねて、すぐに後悔した。
「僕が、タカ子に害をなすと判断した相手をただ放置しておくと思いますか?」
「もしかして、あの四乃森龍一とか言う奴の動きをずっと追ってたの!?」
「勿論」
うーわー。
それで事情を全部知っていたのか。
昨日の今日で、また高瀬があの男と直接出会ったことまでは報告が上がっていなかったようだが…。
水面下は、思ったより大事おおごとになっていた。
「まぁ、それはあちらも同じようですがね。適当に泳がせて君との繋がりを確信したかったのでしょう」
「はた迷惑な…」
「それでもこれまでボロを出さずにこれたものを、君は…」
「すんません…」
はい、確かに自業自得です…。
「済んでしまったことをグダグダと話しても仕方ありません。とにかくこれ以上、余計な動きは慎むように」
わかりましたか?と言われ、素直に頷く。
「それと、話は変わりますが…」
「?」
「タカ子、その足はどうしました」
「あ…」
唐突に言われ、思わず視線を足元に落した。
そして気まずそうに「……分かる?」と問いかける。
「ええ。わずかですが、右足の動きがおかしい」
「……一昨日の夜、ちょっと捻挫したみたいで。普通に歩いてる分には支障がなかったんだけど、そのせいで昨日また軽く足をひねっちゃって…」
なるべく右足に負担が掛からないようにしていたのだが、ベッドから立ち上がる際につい力が入ってしまい、その結果があれだ。
幸い倒れ込んだのがベッドの上で助かったが…。
「きちんとした治療を受けないと、捻挫はクセになりますよ。後で行きつけの医者に治療をお願いしましょう」
「行きつけ?」
「僕ではなく賢治の、ですが」
「……ケンちゃんの?」
「あぁ、心配しなくていいですよ。別に賢治自身の怪我で通っていたわけではありませんから」
―――――じゃあ誰の。とは、怖くて聞けない。
ここ最近、めっきり小心者になった気がするが、雄弁は銀、沈黙は金。
ケンちゃんのアウトレイジ的な日常なんて知りたくない。
「湿布は?なければ買ってきますが」
「あるある」
わざわざ買わなくても大丈夫だと薬箱から目当てのモノを取り出せば、「よこしなさい」と言われ素直に差し出す。
そのままソファに移動し、ストッキングを脱いで竜児の前に足を出せば、「あぁ、やっぱり少し腫れてますね…」と、ためらわず素足に触れる冷たい手。
「竜児の手、ひんやりしすぎでしょ…」
「この部屋でずっとキミを待ってましたからね」
「うっ…」
それを言われると弱い。
「……ほら。とりあえず湿布は一時しのぎに過ぎません。あまり無理はしないように」
「は~い。……ありがと」
几帳面に貼られた湿布を眺め、再び同じストッキングを履こうとして、やめた。
今まで気づかなかったが、少し伝線している。
ゴミ箱行きだな、と思いながらそれを手に取ろうとした高瀬だったが、それよりも少し早く竜児の手が動いた。
「……それ、どうする気?」
「貰っていきます」
攫うように目の前でストッキングを取り上げた竜児が、自分の懐にそっとそれをしまうのを見て、怪訝な表情を浮かべる高瀬。
「……知りませんでしたか?ストッキングは生ゴミを捨てるときに役立つんですよ?」
「知ってるけどそれ絶対竜児やらないでしょ」
主婦の知恵を使う竜児。まったく想像できない。
「持って帰ってどうするの?」
「まぁいいじゃありませんか。…ほら、早く支度をしないと遅刻しますよ」
「開き直り方が適当すぎ!」
「ならいっそ、大切に保管して使用しますとでも言ってあげましょうか?」

「使用!?」

何に使うのか。
ケンちゃんアウトレイジ疑惑よりよっぽど怖かったので、やっぱり追求できませんでした。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...