「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber

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できるだけ誰も傷つかないように

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 魔王城の門をくぐり、中に入ったダーレンは心底不快そうな顔で正面を見た。

「やぁ、久しぶりだな。兄上」

 魔王城に侵入した勇者が最初に足を踏み入れる場所であるエントランスホールで、バフォメットは澄ました顔で弟を見下ろしている。

 ダーレンはゴミでも見るような目で兄を睨んでいたが、バフォメットはつまらなそうな顔で弟を見ていた。

「わざわざエントランスホールまで来てくれるとは。人々の頂点に立つ者は、玉座の間で堂々と待ち構えているべきではないのか?」

「親愛なる臣下たちが貴方の『勇者の剣』に切り伏せられる様子を、ただ見守る気にもなりませんから。さっさと決着をつけに来ただけですよ」

 『勇者の剣』は世界を創造した女神の涙から作り出された史上最強の剣だ。所持しているだけで、ありとあらゆる呪いを払い除け、使い手の魔力量に応じて強力な力を与える。

 もしダーレンが魔力を持たない一般人なら宝の持ち腐れになっていたのだろうが、ドラゴンであるダーレンが持つことで鬼に金棒であった。

 ダーレンは鞘から剣を抜く。だが、刃の先をバフォメットに向けることはなく、地面に向かって下ろしていた。

「これは俺の同胞が千里眼で見たという情報だが、人界からヴァルニア帝国軍を中心とした二万の軍勢が攻めてきているそうじゃないか。俺と二万の人間、両方の相手を兄上はできるのか?」

「おや、どうやら誤解をしているようですね。弟より、貴方は人間どもの狙いがなにか分かっているのですか?」

「……魔王の首ではないのか?」

 人外では長い年月、魔族は相容れない絶対悪だという教育が行われてきた。その結果、多くの冒険者が魔王の首を取ろうと試みてきたのだ。

 とはいえ、魔界と人界の間にある結界付近には魔獣が大量に生息しているので、魔界に足を踏み入れられる者自体ほとんど居ない。

「違います。人間どもの狙いはレージュです」

「本気で言っているのか?」

「もちろん。我が配下も人間どもの軍勢を監視していてね。あの者たちは『聖女をとり戻す』ことを大義名分として魔界に侵攻しているらしい」

 魔界に踏み入るまでの段階で多くの犠牲を払ったらしいがな、とバフォメットは嘲るように笑いながら呟いた。

「ずいぶんと余裕だな」

「幸いこっちには史上最強の剣である『勇者の剣』があるからね」

「待て。どうして俺がお前の味方をすることが前提になっている?」

 ダーレンは声を荒らげながら、地面に下ろしていた剣を上げた。
 バフォメットの周りに控えていた兵士たちが一斉に構える。

「レージュは人間どもに利用され、捨てられた。しかも今は魔界侵攻の口実に使われている。許されたことではないよね?」

「……当たり前だ」

「だったら今は兄弟として手を組もうじゃないか。レージュのために」

 バフォメットは手を差し出し握手を求めだが、ダーレンは「要らん」と拒否した。

「手は組んでやる。俺からしてみれば兄上もレージュの名を利用しているようにしか見えないが、まぁ良い。それよりも人間どもに魔界の地を踏み荒らされる方が癪だ」

「ダーレンは相変わらず優しいね」

「兄上に褒められたところで嬉しくない」

 ニコニコ笑うバフォメットに睨みつけるダーレン。二人の様子は喧嘩ばかりしつつも仲の良い兄弟に見える。

 周りで警戒態勢を敷いていた兵士たちも各々武器を下ろし始める。

 張り付いていた空気が、徐々に柔らかく溶けていった……と思いきや。

「殿下、お待ちくださーい!」

 廊下の奥からガッシャーンという、なにかが崩れる音が響き、それからバタバタという複数人の足音が近づいてきた。

「ごめんなさい。うっかり割っちゃいました。あとで直すので許してください」

 それから聞き覚えのある声が近づいてくる。バフォメットは怪訝そうに首を傾げたが、ダーレンは苦笑いをした。

 騒ぎを起こした犯人であるレージュが、追手を振り払いながら走りよってくる。

「バフォメットさん、ダーレン様。人界から軍勢が迫ってくるというのは本当でしょうか?」

 両肩を揺らしながらハアハアと息を荒げるレージュにダーレンが駆け寄ろうとする。

「レージュ。この男から……押し倒されたりとか、舐められたりとかされてないか?」

 すぐさまバフォメットが片腕を掴んで止めた。

「レージュ、部屋で待っていなさいと言ったでしょう?」

「本当にヴァルニアから軍勢が攻めているというのなら、私に人界軍と交渉をさせてください」

 胸に手を当てるレージュに向かってダーレンが「やめろ」と叫ぶ。ダーレンはバフォメットの腕を振り払い、レージュの両肩を掴んだ。

「お前は狙われているんだから大人しく隠れていろ。あとは俺に任せておけ」

「隠れているだけなんて絶対に嫌です。私は今まで様々な魔族の方と関わってきました。そこで、やっと気づいたのです。魔族と人間に大した違いなどなく、お互いが尊い存在なのだと」

 涙を湛えながら魔族がどれだけ素晴らしいかについて話すレージュの姿を見た魔王城の使用人たちは、全員、顔を手で覆いながら嘆いた。

「だからこそ私は人間と魔族。どちらの血が流れることも望みません。どうかお願いします!」

 必死に頼み込むレージュの姿を見た皇子兄弟は、互いに顔を合わせた。
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