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エリアド卿
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「あらら、レージュは冗談がうまいのね」
「冗談ではありません。本当です」
レージュは自身の話が冗談ではないことを証明するために、今まで経験してきたことを全て話始めた。
本来、楽しく噂話や流行の話をするべきアフタヌーンティーの場で語るには、重すぎる話題を選んでしまったことにレージュが気づいたのは、皇太子から婚約破棄されたところまで語った後であった。
つまり、もう手遅れである。
レージュは慌てて「せっかく、招待していただいたのに、暗い話をしてしまい、ごめんなさい」と謝ったが、予想に反してヴィオラは「いえ、良いのです」と言いながら涙を流し始めた。
周囲を見てみると控えていた使用人たちも涙を流している。
「私なにかしてしまったでしょうか……?」
「これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました。レージュが今まで積み重ねてきた苦労を想像してきたら、つい涙が出てきてしまいました」
「たしかに今まで辛いことはありましたが、少なくとも今は幸せなので良いのです。私からしてみれば、まだお若いのに領地の経営をなさっているヴィオラの方が苦労人だと思いますよ」
「領地経営といっても、病で倒れているお父様の仕事を一部負担しているだけですよ」
ヴィオラは涙を拭いながら笑った。
なるほど、そういうことか。貴族の家に娘しかおらず、やむを得えず令嬢が爵位を受け継ぐことは珍しくはないが、エリアド家の場合、娘であるヴィオラが子爵になっている様子はなかった。
となれば誰かから代わりに領地の管理を任されているのではないかと考えたが、まさか本来の領主が病で倒れているとは。
「あの、お父様を苦しめている病気とは?」
「星涙病です」
よりにもよって星涙病か。世界的に見ても珍しい病気だ。いや、病というより呪いの一種か。この病にかかった者は夜になると、星のように輝く涙を流すという。
病にかかったばかりのごろは、日常生活に支障が出ることはないが、二、三年ほど経つとだんだんと視力が低下して目が見えなくなるのだ。
ヴィオラが父の手伝いをしなくてはならなくなった理由は、エリアド卿の目が見えなくなったからではないだろうか。
現在、星涙病には治療するためのポーションは存在しない。あるのは進行を止めるポーションだけ。
「もし、よろしければ病の進行を止めるポーションを私に作らせていただけないでしょうか?」
両手を合わせニッコリと笑うレージュ。
ヴィオラも幸せそうに口角を上げた。
「ありがとうございます。お父様もレージュの噂は耳にしているはずですので、きっと喜んでくださりますよ」
***
貴族の邸宅では使用人の生活スペースやキッチンは、大体地下にある。
かつて令嬢であったレージュにとって地下とは、ほとんど縁がない場所であった。ときどき、母の代わりに銀食器がちゃんと磨かれているかどうか、確認しに行くことはあったが、地下に足を踏み入れたことなどほぼ皆無である。
だからこそ、エリアド家のキッチンに入ったときは、見慣れない景色に関心したものだ。
石積みのオーブンに、ピカピカに磨かれた食器や皿が綺麗に並べられている。
本来、この場所はシェフやキッチンメイドの独壇場であるが、今日はレージュのために、ガラ空きとなっていた。
「初めましょう、リゼ」
「はい、奥様!」
リゼと視線を交わして、頷きあった。
まずいつも通り鍋に水を入れて火にかける。銀葉植物の月光草から絞りとったを十滴垂らして、粉末状のカモミールを加える。
カモミールは消化促進、抗炎症作用、安眠効果を持つハーブで白い花を咲かせる。ハーブティーにしても美味しいし、ポーションの材料としても有用だ。
低温で加熱しながらヘラをくるくると回しているうちに、キラキラと鍋から光が溢れでてきた。
ここからが関心。鍋の中身を銀のゴブレットに移して、呪文を唱える。
深呼吸をして心を落ち着け、噛まないように、丁寧に。
「空から世界を照らす女神よ。光をもたらし、恵みをもたらし、星となりて魔と人の隔たりを奪いたまえ!」
最後にポンッと破裂音がして、ゴブレットの中身が金色になった。
上手くいった。これにては完成だ。
「リゼ、このポーションを瓶に詰めてエリアド卿の元へ」
「承知いたしました」
「冗談ではありません。本当です」
レージュは自身の話が冗談ではないことを証明するために、今まで経験してきたことを全て話始めた。
本来、楽しく噂話や流行の話をするべきアフタヌーンティーの場で語るには、重すぎる話題を選んでしまったことにレージュが気づいたのは、皇太子から婚約破棄されたところまで語った後であった。
つまり、もう手遅れである。
レージュは慌てて「せっかく、招待していただいたのに、暗い話をしてしまい、ごめんなさい」と謝ったが、予想に反してヴィオラは「いえ、良いのです」と言いながら涙を流し始めた。
周囲を見てみると控えていた使用人たちも涙を流している。
「私なにかしてしまったでしょうか……?」
「これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました。レージュが今まで積み重ねてきた苦労を想像してきたら、つい涙が出てきてしまいました」
「たしかに今まで辛いことはありましたが、少なくとも今は幸せなので良いのです。私からしてみれば、まだお若いのに領地の経営をなさっているヴィオラの方が苦労人だと思いますよ」
「領地経営といっても、病で倒れているお父様の仕事を一部負担しているだけですよ」
ヴィオラは涙を拭いながら笑った。
なるほど、そういうことか。貴族の家に娘しかおらず、やむを得えず令嬢が爵位を受け継ぐことは珍しくはないが、エリアド家の場合、娘であるヴィオラが子爵になっている様子はなかった。
となれば誰かから代わりに領地の管理を任されているのではないかと考えたが、まさか本来の領主が病で倒れているとは。
「あの、お父様を苦しめている病気とは?」
「星涙病です」
よりにもよって星涙病か。世界的に見ても珍しい病気だ。いや、病というより呪いの一種か。この病にかかった者は夜になると、星のように輝く涙を流すという。
病にかかったばかりのごろは、日常生活に支障が出ることはないが、二、三年ほど経つとだんだんと視力が低下して目が見えなくなるのだ。
ヴィオラが父の手伝いをしなくてはならなくなった理由は、エリアド卿の目が見えなくなったからではないだろうか。
現在、星涙病には治療するためのポーションは存在しない。あるのは進行を止めるポーションだけ。
「もし、よろしければ病の進行を止めるポーションを私に作らせていただけないでしょうか?」
両手を合わせニッコリと笑うレージュ。
ヴィオラも幸せそうに口角を上げた。
「ありがとうございます。お父様もレージュの噂は耳にしているはずですので、きっと喜んでくださりますよ」
***
貴族の邸宅では使用人の生活スペースやキッチンは、大体地下にある。
かつて令嬢であったレージュにとって地下とは、ほとんど縁がない場所であった。ときどき、母の代わりに銀食器がちゃんと磨かれているかどうか、確認しに行くことはあったが、地下に足を踏み入れたことなどほぼ皆無である。
だからこそ、エリアド家のキッチンに入ったときは、見慣れない景色に関心したものだ。
石積みのオーブンに、ピカピカに磨かれた食器や皿が綺麗に並べられている。
本来、この場所はシェフやキッチンメイドの独壇場であるが、今日はレージュのために、ガラ空きとなっていた。
「初めましょう、リゼ」
「はい、奥様!」
リゼと視線を交わして、頷きあった。
まずいつも通り鍋に水を入れて火にかける。銀葉植物の月光草から絞りとったを十滴垂らして、粉末状のカモミールを加える。
カモミールは消化促進、抗炎症作用、安眠効果を持つハーブで白い花を咲かせる。ハーブティーにしても美味しいし、ポーションの材料としても有用だ。
低温で加熱しながらヘラをくるくると回しているうちに、キラキラと鍋から光が溢れでてきた。
ここからが関心。鍋の中身を銀のゴブレットに移して、呪文を唱える。
深呼吸をして心を落ち着け、噛まないように、丁寧に。
「空から世界を照らす女神よ。光をもたらし、恵みをもたらし、星となりて魔と人の隔たりを奪いたまえ!」
最後にポンッと破裂音がして、ゴブレットの中身が金色になった。
上手くいった。これにては完成だ。
「リゼ、このポーションを瓶に詰めてエリアド卿の元へ」
「承知いたしました」
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