浅葱色の桜

初音

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試合のあと②

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 目が覚めると、さくらはきれいに整えられた布団の中にいた。
「ここは…?」
 さくらは当たりを見回した。部屋には自分しかいなかった。障子からは暖かい日光が差し込んでいる。
 誰かがさくらを着替えさせようとして挫折したらしい。外側の帯はほどけていたが、着物はそのままだった。
 その格好のまま、さくらは障子を開け、眠気でぼーっとしたまま縁側に出た。
「あら、さくらちゃん起きたの?」
 声をかけられ、さくらはハッと目が覚めた。
「お、おのぶさん…てことは、ここは彦五郎さんの家…?」
 さくらは少し遠くから歩いてきた女性・のぶを見とめた。
「そうよ。ごめんね、寝間着は用意したんだけど、さくらちゃんもう動けなさそうだったから、そのまま寝かせちゃったわ」
「いえ、お気遣いありがとうございます。すみません、宴席で酒を飲んだ後の記憶がなくて…」
「勇さんと源三郎さんがここまでさくらちゃんを連れ帰ってきたのよ。二人はまたお店に戻っていったみたいだけど」
「そうだったんですか。あの、他の皆は…?」さくらはあたりを見回した。やけに静かで、ここには自分とのぶしかいないような気がした。
「皆はほら、あのあと"二軒目"に行ったみたいよ。歳三なんか、いの一番に行ったって話で。全くあの子ったら」
 さくらは「はは、そうですか」と答え、のぶにも聞こえないような小さな声で「ったく」と呟いた。
――女の私は邪魔だったというわけか。昨日の収入をふいにしたら全員ただじゃおかないからな。
 その後、簡単な昼食を馳走になり、さくらは佐藤彦五郎邸を出た。

「母上、ご無沙汰しています」
 さくらは柄杓で墓石に水をかけた。
 さくらの実の母、初の墓は、江戸ではなく多摩にあった。初も、もともとこちらの出身であったのだ。
 出稽古の時などに墓参りに来ていたが、今日はなんだか無性に初に会いたくなって、さくらは墓地を訪れていた。
 着物が汚れるのも気にせず、初の墓石の前に体育座りをする格好でさくらは母に語りかけた。
「昨日はね、勇の天然理心流四代目の襲名披露だったんですよ。ごめんなさい、私、四代目を継ぐって母上と約束したのに、守れませんでした」
 もちろん、墓石は何も言わない。だが、初が見守っているような気がして、さくらはそのまま続けた。
「でも、これからも剣術の稽古は続けていきます。今は道場もだいぶ賑やかになったんですよ。今度は北辰一刀流の藤堂さんや神道無念流の永倉さんもうちで稽古がしたいって言ってるんです」
「それとね、勇と約束したんです。武士になるって。どうしたらなれるのか、まだわからないけど、その辺の名ばかり侍よりうんと強くなって、いつか一緒に武士になるんです。こっちの約束は、ちゃんと守ります。母上、どうか見守っていてください」
 さあっと風が吹いた。秋のひんやりした風だったが、頬に当たると、さくらは暖かい手で包まれているような感覚を覚えた。
 その時、足音がし、さくらがその方向を見ると源三郎がこちらに向かっていた。
「いたいた、おのぶさんに聞いたらここだって言ってたから」
「源兄ぃ、どうしたのだこんな所に」
「私もお初さんには世話になったからな。久々に挨拶しとこうと思って」
 そうか、とさくらは微笑み、立ち上がって場所を開けた。源三郎は墓石の前に正座して合掌した。
「昨日は、彦五郎さん家に連れ帰ってくれたみたいで、ありがとうな」さくらは皮肉をこめて源三郎に言ったつもりだったが、「いいよいいよ気にすんな」と朗らかな笑顔で答えた彼に伝わったかはわからなかった。
「あの後、皆で"二軒目"に行ったんだってな」さくらは源三郎の隣にしゃがみ込み、もう一発探りを入れた。
「うん、まあ、ほら、私は付き合いでな」源三郎は自分は無実だと言わんばかりにさくらから目をそらした。
「聞きましたか母上。源三郎はこんなに大きくなりましたよ」さくらは墓石に話しかけた。
「お初さんが亡くなった時もう私は大人だったんだから、大きくなった、はないだろう」
「いや、だから…」さくらは突っ込もうとしたが、墓前でする話題ではないと思い、これ以上この話を続けるのはやめにした。
「私は、武士になるぞ」
「どうしたんだ急に」源三郎が目を丸くした。
「決意表明だ。母上と約束したんだ。まだまだ男どもには負けないからな」さくらはニッと笑顔を見せ、立ち上がった。
「帰ろう」
「そうだな」
 さくらと源三郎は、墓地をあとにした。
 秋風が、再びさくらの頬を撫でた。

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