短編ホラー 

からとあき

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第3灯 [拾い子]

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 加山達也とその妻・リコは、大学時代の友人たちとともに、とある心霊スポットを訪れた。
そこは、かつて子供が転落死したという廃屋で、地元では夜な夜な子供の泣き声がすると噂されていた。
小一時間ほど廃屋を散策したものの、特に珍しいものはなく、怪奇現象も起きないまま、肝試しは終わった。

「全員で写真、撮っとこっか!」

 スマホのセルフタイマーをセットし、みんなで笑いながらポーズを取った。
撮った写真は皆に送られ、その日はそのまま解散となった。
 翌朝。
達也が写真を見返していると、自分の右手に小さな手がしっかりと握られていることに気がついた。
ピンクがかった赤いジャージを着た女の子が、無表情で彼の隣に立っていた。

「……ねぇ、これ……」

 一緒に写真を見ていたリコが、ひきつった表情で話しかける。

「……子供、だよね?」

 達也は寒気を覚え、すぐに写真を削除しようとしたが、リコがそれを止めた。

「え? なに?」

「消しちゃったら、お祓いできないんじゃない?」

「……確かに」

 雑誌やテレビで得た中途半端な知識だったが、達也とリコはその判断を信じ、次の達也の休みにお祓いに行くことに決めた。
その日を境に、加山家では小さな異変が起こり始めた。
寝室の椅子やベッドの上にあったぬいぐるみが、朝になるとリビングのソファに並べられている。
冷蔵庫のプリンが一つだけ消える。
テレビが勝手に子供番組に切り替わる。
頻繁に起きる怪奇現象だったが、怨念や怒りの気配は感じられなかった。
お祓いの日。

「達也。話があるんだけど」

「うん。俺も話したいことがあったんだ」

 心霊スポットに行ってから約2週間。
加山夫妻の親友・佐々木が事の次第を聞きつけ、心配して知り合いの霊媒師を連れて訪ねてきた。
突然の訪問に、加山夫妻は戸惑いの表情を浮かべる。
霊媒師は家に入るなり、リビングの奥をじっと見つめた。

「……本当にお祓いに行かなかったんだな」

「それが何か?」

 リコがやや敵意をにじませた声で答える。

「今のところ、問題は?」

「ありません!」

 リコが今にも掴みかかりそうな勢いで言い放ち、達也がそれをなだめた。
霊媒師は気にする様子もなく、リビングの奥へと進み静かにしゃがみ込んだ。

「……辛かった、悲しかった、そして……嬉しかったんだな」

 何もない空間に手を添え、優しく撫でるようにする。

「でもな、いつまでもここにいたら成仏できないんだ」

「そこに……いるのか?」

 佐々木が尋ねると、霊媒師は頷いた。

「ああ、いるよ」

 「なあ、達也、リコ……なんでお祓いに行かないんだ?」

 達也がリコを見ると、彼女は小さく頷いて口を開いた。

「私……流産したでしょ?」

 佐々木は、そのことを知っていた。
落ち込んでいた加山夫妻のために、皆で肝試しを企画したのも、彼だった。

「もう子供を産めない身体って言われて、どうしようもない気持ちになって……すごく、悲しかった」

「でも、この子は、その死んだ子の生まれ変わりじゃない」

 霊媒師が、冷たくも諭すように言う。

「……わかってる。でもね、この子が来てくれて……わたし……最初は怖かった。でも、それ以上に嬉しかったの」

「もし、この先あなた達に子供ができたら……この子はどうする? お祓いするのか? 中途半端に愛情を注いで、捨てるのか?」

「そんなことはしないわ!」

「俺たち、あの日……お祓いに行くつもりだった日に話し合ったんだ。
この子を、自分たちの子として育てていこうって。
もし、本当の子供ができたとしても……ずっと一緒にいようって、決めたんだ」

「……そうか。覚悟があるんだな」

 霊媒師は二人の顔を交互に見てから、もう一度女の子の方へと視線を戻した。

「この人たちは、君を大切にしてくれる。
でも、本当の子供が生まれたとき、君に対する気持ちがどうなるかは、誰にも分からない。
それでも――このまま、ここにいたいか?」

 女の子はリコの横に駆け寄り、そっと手を握った。
リコもそれを感じ取ったのか、優しく、強く握り返す。
しばらく沈黙していた霊媒師は、やがて微笑みを浮かべて立ち上がる。

「……何かあったら、連絡ください。
そして、その子を……大切にしてあげてください」

 そう言い残し、霊媒師と佐々木は加山家を後にした。
一年後。
新しく建てた家に、加山夫妻は佐々木と霊媒師を招いた。
明るくて、あたたかい家。窓からはやわらかな陽射しが差し込んでいる。
案内された一室には、ピンク色のカーテンがかけられ、ぬいぐるみや絵本であふれていた。

「ここが、あの子の部屋なんだ」

 達也が照れくさそうに笑い、リコもやさしく頷いた。

「リコがね……ずっとこの部屋を作ってあげたいって、言ってたんだ」

「……そうなんだ」

 霊媒師は、部屋の真ん中にあるテーブルに近づくと、持ってきた紙袋から猫のぬいぐるみを取り出し、そっと置いた。

「これは俺からのお土産。君が……幸せそうで、よかった」

女の子は嬉しそうに、ふわりと頷いた。
佐々木は少し複雑な表情を浮かべながらも、ただ微笑んでこう言った。

「……いい家だね」
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