幸せを呼ぶ坤澤は皇帝陛下に寵愛される

舞々

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八、捕らわれた妃

捕らわれた妃④

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 何だか騒がしい……仔空はそう感じていた。王宮の中が異様な緊張感に包まれている。


「皇太子殿下が昨夜から高熱を出されているのです。まだ生まれて五日しかたっていないのに」
「皇太子殿下が熱を……?」
「はい。侍医達が懸命な治療を続けていますが、なにせ生まれたばかりで薬すらまだ飲めないので」
「そうですか……」
 食事の準備しながら、香霧が溜息をつく。


 仔空は皇太子のことが心配だった。一度だけしか会ったことはないが、目元がどことなく玉風に似ている、可愛らしい赤ん坊だった。
 あんな小さな体で病と闘っているなんて……。赤ん坊に罪はない、そう思えば心が痛む。
「美麗皇后も寝ないで看病されていて、いつか倒れてしまうのではないかと心配でなりません」


 そんな会話をした二日後、桜の宮の庭が騒がしくなる。
 甲高い奇声が響き渡り、「どうか落ち着いてください!」と慌てふためく大勢の声も聞こえてきた。明らかにいつもと違う雰囲気だ。
「一体何が起きているんだ……」
 庭へと出てみれば、まるで鬼のような形相をした美麗が立っていた。髪は乱れ、涙がボロボロと溢れ化粧がグチャグチャになっている。しかしそんなことを全く気にする様子もなく、荒い呼吸を繰り返していた。


「其方のせいで皇太子殿下が死んだのだ」
「……え……?」
「お前が皇太子殿下を殺したのだろう?」
「ま、待ってください! 僕には何のことだか……」
「黙れ! 人殺しが!」
 血相を変えている宦官と女官を押しのけ、仔空目掛けて突っ込んでくる。あまりの勢いに、その場から離れようと咄嗟に力が入った。力では男の仔空のほうが上だろうが、皇后を押さえつけるわけにはいかない。かと言って、冷静に話し合える状況ではないことなど、一目瞭然だった。


「美麗皇后、僕は皇太子殿下を殺してなどいません」
「嘘をつけ! お前はいつか生まれてくるであろう自分の子を皇帝にしたいがために、我が子を殺したのだ!」
「そんな……」
「それに聞いたぞ。お前達坤澤が発情を抑える薬には、百足が使われている。皇太子殿下は百足の毒で殺されたのだ」
「た、確かに、私は抑制剤を持ってはいますが、それを皇太子殿下に飲ませるだなんて、断じて……」
「なら見せてみよ!」
「え?」
「その薬をまだ持っていると言うのであれば、その薬を見せてみよ」
「それは……」


 美麗の言葉に仔空が言葉を詰まらせる。
 坤澤は突然の雨露期に備え、常に発情を抑える抑制剤を持ち歩いている。ただ先日家屋から持ってきた抑制剤を探していたが、なぜか見つからなかったのだ。


 ――まさか、僕を陥れるために……誰かが盗んだのか?


 そう考えれば全ての辻褄が合う。仔空は目の前が真っ暗になるのを感じた。


 ――しかも、よりによって陛下のいない時に……。


 玉風がいたら、仔空を庇ってくれたかもしれない。いや、庇ってくれただろうか。この状況でも、自分を信じてくれただろうか……。
 玲玲や明明は不安そうな顔をしているだけで、美麗の剣幕に香霧ですら何も言うことができずにいる。


 ――あぁ、僕に味方できるほどの力をもった人は、陛下以外はいないのか……。


 仔空は肩を落とし俯く。例え仔空が泣き喚きながら無罪を訴えたとしても、きっと握りつぶされてしまうだろう。絶望が仔空の心を支配した。


「箪笥にしまっておいた抑制剤が、何日か前からなくなっていました。探しましたが見つかっていません」
「なくなった? 嘘を言うな! その薬を皇太子に飲ませたのだろう! お前はどこまでシラを切り通すのだ!」
「僕は! 僕は皇太子を殺してなどいない!」
「黙れ!」
 美麗の大声にその場が凍り付く。


「その薄汚い坤澤を冷宮れいぐうに閉じ込めてしまえ!」
「お待ちください、美麗皇后。せめて陛下がお戻りになられるまでお待ちになってください」
「うるさい! 香霧! 其方も殺されたいのか!」
「しかし美麗皇后!」
 美麗が香霧に手を上げたのを見て、仔空は口を開く。拱手をしながら深々と頭を下げた。


「わかりました。冷宮に参ります」
「しかし、仔空妃殿下……」
「大丈夫ですから、香霧さんは下がってください」
「……はい、かしこまりました」
 香霧が頭を下げ一歩下がる。自分のせいで誰かが傷つくことは避けたい……。仔空は冷宮に行く覚悟ができていた。


「陛下、申し訳ありません」
 仔空はただ、玉風に会いたかった。

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