幸せを呼ぶ坤澤は皇帝陛下に寵愛される

舞々

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八、捕らわれた妃

捕らわれた妃⑤

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 冷宮とは、皇帝陛下の寵愛を失ったり、罪を犯した皇妃が軟禁される場所である。栄華宮の一番北にあり、近寄る者は誰もいない。


「申し訳ありません、仔空妃殿下。こんな場所に……」
「大丈夫ですよ、香霧さん。心配しないでください」
 綺麗に整った顔を歪める香霧に向かい、笑ってみせる。


 冷宮にはほとんど日が差し込まず、昼間だというのに薄暗くて寒い。
 広間と寝室しかなくて、外からは鍵がかけられるようになっているらしい。
 最低限生活できる程度の質素な家具しか置いておらず、殺風景な部屋だ。加えてほとんど掃除をしていないらしく、埃臭い。
 まだ売春宿のほうほうが清潔だったのではないだろうかと思えるくらいだ。
 ここに移る時、玲玲達が「可哀そう」と泣いていたのを思い出し、こういうことか……と納得した。


「お食事はきちんと運ばせますし、女官には様子を見に来るように言い付けておきます。仔空妃殿下、陛下がお戻りになられるまでの辛抱です」
「はい。気を遣っていただきありがとうございます」
 いつまでも冷宮にいようとする香霧を「もう大丈夫ですから」と追い返し、溜息をつく。
「ケホッケホッ!」
 溜息をつく、たったそれだけで、埃が宙を舞った。
 ガチャ……。
 香霧が外側から鍵をかけたのだろう。無機質な音が静かな冷宮に響き渡り、心までもが冷たくなる。


「まぁ、どうにかなるか……」
 とりあえず掃除でもしようと腕まくりをする。売春宿で仕込まれたおかげで、家事は得意だった。
「住めば都。命を奪われなかっただけ感謝しよう」
 仔空はそう自分に言い聞かせて、冷宮を見渡したのだった。


 冷宮にいるうちに、少しずつその暮らしにも慣れてきた。掃除をした甲斐もあり室内は綺麗になったし、時間になれば食事も届けられる。
 身の回りのことは自分でしなければならなかったが、女官に囲まれ何から何まで世話をされていた時よりむしろ快適だ。本だって頼めば届けてもらえるし、それなりに快適な暮らしを送ることができていた。


 何より、我が子を亡くした美麗だって、きっと身を切り裂かれるように辛かったに違いない。今ならそう思える。
 気を病んだ美麗が故郷に帰ったという噂を、食事を届けてくれた宦官から聞いた。食事も喉を通らずげっそりとし、まるで廃人のようになってしまったらしい。


「皇帝陛下が近々お戻りになられるらしいですよ」
「え、本当、ですか?」
「皇帝陛下にも、仔空妃殿下が冷宮にいるということは伝わっているはずです」
「そうですか……」
「はい。これで仔空妃殿下の無実が証明されるといいですが……あの、私めは冷宮にいらっしゃってから初めて仔空妃殿下とお会いしましたが……貴方様は、人を殺すような、ましてや赤子に毒を盛るなど……そんな惨いことをされる御方には、見えませぬ……」
「……ありがとうございます」
 時々様子を見に来てくれる宦官が、仔空にそう話してくれた。
 はじめは冷宮を訪れる者は数人しかいなかったが、今では仔空の人柄に惹かれてか、大勢の宦官や女官達が仔空の世話をしに来てくれるようになった。


「陛下は……陛下はご無事なのですね?」
「はい。陛下もきっと、仔空妃殿下にお会いになりたいと思っているはずです」
「よかった。陛下がご無事で……」
 仔空の心に温かな感情が芽生える。玉風に会える……そう思えばとても幸せな気持ちになれた。


 ◇◆◇◆


 夕暮れ時になり、真っ赤に染まった空を眺める。辺りが暗くなり始めると寂しさが押し寄せてくる。
 玉風がいない留守を預かっているため忙しいのだろうか。いつも自分を助けてくれた香霧の姿を、近頃見かけないことも、仔空は寂しさを助長させた。
 もうすぐ日が暮れていく。少しずつ日が差す時間が長くなってはきたが、行燈もない冷宮は夜になると真っ暗だ。仔空は蝋燭に火を灯し、ユラユラと揺れる炎を見つめた。


「明日には陛下がお戻りになられるそうです」 
 にっこり微笑む宦官を見て、仔空は頬を赤くする。
「陛下がお戻りになられましたら、きっとここから出られます。もう少しの辛抱ですよ」
「ありがとうございます」
「仔空妃殿下の笑顔が見られて、私共も嬉しいです」
 こんな立場にも拘わらず親切にしてくれる人達がいる。そう思うだけで、仔空の胸が熱くなる。自然に上がってしまう口角を隠すように、両手で顔を覆った。


「なんだろう……」 
 ふと自分の体の異変に気付き、読んでいた本を卓に置く。
「なんだ、これ……」
 体が異常に熱くなり、鼓動がどんどん速くなっていく。呼吸が上手にできなくて、無意識に胸を掻きむしった。
「苦し……ぃ……んぁ、はぁ……」
 息をしようともがけばもがく程、頭の中が真っ白になり空気を上手に吐き出すことができない。
「はぁ、はぁ……苦しい……苦しい、よぉ……」
 椅子に座っていることも辛くなり、仔空はその場に倒れ込んだ。


 次の瞬間、モワッと甘ったるい香りが自分の周りに立ち込める。仔空にはその香りに覚えがあった。そう、乾元を誘惑するために坤澤から放出される『信香』だ。
「もしかして……雨露期……」
 なぜ、よりによって玉風のいない時に……。苦しさと間の悪さに、ボロボロと涙が止まらない。何かにすがりたくて手を伸ばすけれど、その手は空しく空を切った。


「陛下……陛下……早く、早く帰ってきて……」
 息も絶え絶えに玉風を呼んだ。玉風が帰ってくるまで、苦痛を耐えるしか方法はない。もし他の乾元に見つかったら……そう思うと怖くて仕方がない。
「陛下……」
 玉風を呼んだところでその声は届くこともなく、静かな空間にただ消えていった。


 そっと誰かに触れられる感触に、仔空はようやく顔を上げる。
 ――陛下が帰ってきてくれた……。ようやくここから解放されるんだ。
 仔空の頬を涙が伝う。体中が玉風を求めている。しかし自分の頬を撫でる人物は、仔空が待ち望んだ玉風ではなかった。


「苦しそうですね。助けにきました」
 仔空の視線の先にいる人物が、冷たい笑みを浮かべた。



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