64 / 65
【番外編 弐】動き出したもう一つの運命
動き出したもう一つの運命①
しおりを挟む
「おい、くそジジィが! お母様から離れろ!」
「はぁ? おいチビ。皇帝陛下に向かって『くそジジィ』となんだ? 貴様、この国から追放されたいのか?」
「恋路に皇帝陛下もくそも関係ないだろう? お前はお母様に馴れ馴れしいのだ!」
「当り前だろう? 仔空皇后は俺のものだ」
「今は、だろう? 俺だって乾元だ! いつかお前からお母様を奪い去って、俺がお母様と番になるんだ!」
「――なんだと? いい気になるなよ? 俺と仔空皇后は運命の番なのだ。そうやすやすと奪われてたまるかよ」
「はぁ……」
先程から繰り返されるこの意味のない討論に、仔空は大きな溜息をつく。父親に向かって、しかも一国の皇帝陛下に向かい暴言を吐く少年も少年だが、そんな子供相手にムキになっている玉風も玉風なのだ。
子供と本気になって口論しているなんて、大人じゃない。しかも、我が子相手に……。
「こら、颯懍。お父様にそのような言葉を使ってはいけませんよ」
「しかし、お母様……」
「お父様はこの国の主、皇帝陛下です。我々が尊ぶべきお人なのですよ」
「お母様……でも……」
颯懍と呼ばれた少年が仔空のほうを見ながら泣きべそをかいた。
颯懍は国中が待ち侘びた皇太子である。
玉風は子供を授かることができないと思われていた分、皇太子誕生に国中が湧いた。
しかし生まれてきた皇太子は、母親である仔空のように美しい姿をしているにも関わらず、性格が荒っぽく、口が悪いところは父親である玉風に似てしまったらしい。
二人は顔を突き合わせる度に喧嘩ばかり……颯懍は皇帝陛下である玉風を敬うどころか、『くそジジィ』と暴言を吐く始末。
玉風も玉風で五つになったばかりの我が子に、本気で食ってかかっているのだ。
この光景を見かける度に、仔空は心を痛めている。「本当にいい加減にしてほしい」それが仔空の本音だった。
「フンッ。ほら言ったことか……」
仔空に叱られ鼻を鳴らす颯懍を見下ろし、玉風が満面の笑みを浮かべている。
「陛下も子供相手にムキにならないでください」
「は?」
「颯懍はまだ子供なんですからね」
「ふふっ。お父様だって叱られているではないですか?」
「なんだと?」
「二人共いい加減にしてください! 仔空は本気で怒りますよ!」
普段は声を荒げることのない仔空が大声を出すと、その場が一気に静まり返る。
花弁がすべて散り、青葉をつけた桜の木がサラサラと音を立てながら初夏の風に揺れている音がする。キラキラと眩しい光が桜の宮の中に差し込み、春の終わりを告げていた。
先程までしていた雨音が今は聞こえてこないから、こんな大騒ぎしているうちにやんだのかもしれない。
「ほら、お前のせいで仔空皇后に怒られただろうが?」
「お父様が子供みたいに駄々をこねるのが悪いのです」
「なんだと? お前の入り込む余地なんてないのに、ギャーギャーと喚くからだろう?」
「だからジジィは黙っていろと言っているのです。僕はすぐにでも大人になって、お母様を妃として迎えます。だから引っ込んでいてください」
「だから、仔空は俺のものだ」
「いいえ僕のものです」
—―また振り出しに戻ってしまった……。
仔空はもう一度大きく溜息をついた。
「ふふっ。仔空皇后も大変ですね」
「申し訳ありません。見苦しいところを……」
「とんでもないです。仔空皇后をお二人で取り合うなんて、実に微笑ましいではないですか」
「礼儀の知らない子供と大きな子供が喧嘩をしているだけです」
「仔空皇后は本当に幸せですね」
「え?」
仔空が頬を染めながら目を見開けば、寝台の傍にしゃがみ込み診察をしていた侍医と視線が合う。優しく微笑む侍医は、つい最近王宮にやってきたばかりだ。
若くして妻を亡くした彼は町では有名な医者で、善蕉風と同じく番について詳しかった。そんな才能を玉風に買われて王宮へとやってきたのだ。
「もう起きていただいて大丈夫ですよ。順調だと思われます」
「そうですか、よかった……」
その言葉に仔空は安堵した。
「大分お腹も大きくなられましたね。体調はどうですか?」
「はい。最近は食事も美味しく頂けるようになりました」
「仔空皇后。頑張って、元気な皇子か皇女を産んでくださいね」
「ありがとうございます」
少しだけふっくらとしたお腹を撫でながら、侍医に向かい頭を下げた。
仔空のお腹には二人目の子供がいる。紅葉が散り、粉雪が舞う頃には、きっと元気な二人目の子供に会えることだろう。
そう思うと今から楽しみで仕方がない。
「はぁ? おいチビ。皇帝陛下に向かって『くそジジィ』となんだ? 貴様、この国から追放されたいのか?」
「恋路に皇帝陛下もくそも関係ないだろう? お前はお母様に馴れ馴れしいのだ!」
「当り前だろう? 仔空皇后は俺のものだ」
「今は、だろう? 俺だって乾元だ! いつかお前からお母様を奪い去って、俺がお母様と番になるんだ!」
「――なんだと? いい気になるなよ? 俺と仔空皇后は運命の番なのだ。そうやすやすと奪われてたまるかよ」
「はぁ……」
先程から繰り返されるこの意味のない討論に、仔空は大きな溜息をつく。父親に向かって、しかも一国の皇帝陛下に向かい暴言を吐く少年も少年だが、そんな子供相手にムキになっている玉風も玉風なのだ。
子供と本気になって口論しているなんて、大人じゃない。しかも、我が子相手に……。
「こら、颯懍。お父様にそのような言葉を使ってはいけませんよ」
「しかし、お母様……」
「お父様はこの国の主、皇帝陛下です。我々が尊ぶべきお人なのですよ」
「お母様……でも……」
颯懍と呼ばれた少年が仔空のほうを見ながら泣きべそをかいた。
颯懍は国中が待ち侘びた皇太子である。
玉風は子供を授かることができないと思われていた分、皇太子誕生に国中が湧いた。
しかし生まれてきた皇太子は、母親である仔空のように美しい姿をしているにも関わらず、性格が荒っぽく、口が悪いところは父親である玉風に似てしまったらしい。
二人は顔を突き合わせる度に喧嘩ばかり……颯懍は皇帝陛下である玉風を敬うどころか、『くそジジィ』と暴言を吐く始末。
玉風も玉風で五つになったばかりの我が子に、本気で食ってかかっているのだ。
この光景を見かける度に、仔空は心を痛めている。「本当にいい加減にしてほしい」それが仔空の本音だった。
「フンッ。ほら言ったことか……」
仔空に叱られ鼻を鳴らす颯懍を見下ろし、玉風が満面の笑みを浮かべている。
「陛下も子供相手にムキにならないでください」
「は?」
「颯懍はまだ子供なんですからね」
「ふふっ。お父様だって叱られているではないですか?」
「なんだと?」
「二人共いい加減にしてください! 仔空は本気で怒りますよ!」
普段は声を荒げることのない仔空が大声を出すと、その場が一気に静まり返る。
花弁がすべて散り、青葉をつけた桜の木がサラサラと音を立てながら初夏の風に揺れている音がする。キラキラと眩しい光が桜の宮の中に差し込み、春の終わりを告げていた。
先程までしていた雨音が今は聞こえてこないから、こんな大騒ぎしているうちにやんだのかもしれない。
「ほら、お前のせいで仔空皇后に怒られただろうが?」
「お父様が子供みたいに駄々をこねるのが悪いのです」
「なんだと? お前の入り込む余地なんてないのに、ギャーギャーと喚くからだろう?」
「だからジジィは黙っていろと言っているのです。僕はすぐにでも大人になって、お母様を妃として迎えます。だから引っ込んでいてください」
「だから、仔空は俺のものだ」
「いいえ僕のものです」
—―また振り出しに戻ってしまった……。
仔空はもう一度大きく溜息をついた。
「ふふっ。仔空皇后も大変ですね」
「申し訳ありません。見苦しいところを……」
「とんでもないです。仔空皇后をお二人で取り合うなんて、実に微笑ましいではないですか」
「礼儀の知らない子供と大きな子供が喧嘩をしているだけです」
「仔空皇后は本当に幸せですね」
「え?」
仔空が頬を染めながら目を見開けば、寝台の傍にしゃがみ込み診察をしていた侍医と視線が合う。優しく微笑む侍医は、つい最近王宮にやってきたばかりだ。
若くして妻を亡くした彼は町では有名な医者で、善蕉風と同じく番について詳しかった。そんな才能を玉風に買われて王宮へとやってきたのだ。
「もう起きていただいて大丈夫ですよ。順調だと思われます」
「そうですか、よかった……」
その言葉に仔空は安堵した。
「大分お腹も大きくなられましたね。体調はどうですか?」
「はい。最近は食事も美味しく頂けるようになりました」
「仔空皇后。頑張って、元気な皇子か皇女を産んでくださいね」
「ありがとうございます」
少しだけふっくらとしたお腹を撫でながら、侍医に向かい頭を下げた。
仔空のお腹には二人目の子供がいる。紅葉が散り、粉雪が舞う頃には、きっと元気な二人目の子供に会えることだろう。
そう思うと今から楽しみで仕方がない。
12
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
振り向いてよ、僕のきら星
街田あんぐる
BL
大学4年間拗らせたイケメン攻め×恋愛に自信がない素朴受け
「そんな男やめときなよ」
「……ねえ、僕にしなよ」
そんな言葉を飲み込んで過ごした、大学4年間。
理系で文学好きな早暉(さき)くんは、大学の書評サークルに入会した。そこで、小動物を思わせる笑顔のかわいい衣真(いま)くんと出会う。
距離を縮めていく二人。でも衣真くんはころころ彼氏が変わって、そのたびに恋愛のトラウマを深めていく。
早暉くんはそれでも諦めきれなくて……。
星のように綺麗な男の子に恋をしてからふたりで一緒に生きていくまでの、優しいお話です。
表紙イラストは梅干弁当さん(https://x.com/umeboshibento)に依頼しました。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる