天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第1章 公爵令嬢、職探しをします

3. 夢に向かって

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 しばらくして。
 マリエットは商人ギルドを訪れていた。

 ここには王国中の求人情報が集まっており、仕事を探す人が一度は訪れると言われている。
 貴族なら知り得ない情報だが、マリエットは市井の情報も自ら学んでいたため、足取りに迷いはなかった。

(……料理人の求人は思っていたよりも少ないのね)

 けれど、掲示を何度も見ても、マリエットが望む仕事は片手で数え切れるほどしか見つからない。
 おまけに、見習いのうちは生活するのも厳しいほど低い給料しか出ない仕事が殆どだ。

 唯一、王宮の料理人だけが見習いでも一人で暮らせるだけの給料が支払われるから、マリエットの視線はそれに引き込まれていった。
 当然だが、王宮に勤めるのは難しい。その上、表に滅多に出ない料理人であっても、作法も完璧に身に着けることが求められる。

 だから、今の王宮に使える者の大半は貴族出身だ。
 けれど公爵家のような高位貴族の者は居ないため、生きていくことを考えるなら他の仕事を選んだ方が良いことは間違いない。

(ここで弱気になったら駄目ね……。
 レシピ通りにつくるためにも、絶対に合格するわ)

 それでもマリエットは王宮勤めを選ぶ。
 理由は一つ。レシピスキルにある料理を自由に作るには、砂糖や胡椒といった高級食材を使える王宮以外に考えられないからだ。

「この求人に応募したいのですけれど、どのようにすれば良いでしょうか?」

 早速、マリエットはは応募用紙を手にとって、受付に足を運んだ。
 すると、受付の男性は少し驚いた様子で紙に視線を落とす。

「王宮の料理人ですと、資格などの条件が厳しいですが……大丈夫ですか?」
「持っているので大丈夫ですわ」
「分かりました。こちらに見本がありますので、記入をお願いします」

 そう言われ、マリエットはペンを走らせていく。

(家名は隠したいけれど、出自が分からないと落とされるはずよね……)

 家名を出したまま王宮に入れば、色々な噂が立つことは容易に想像できた。
 公爵令嬢として厳しく育てられてきたマリエットでも、陰口を叩かれる日々は避けたい。

 けれども、好きな料理をしたいという気持ちの方が大きく、躊躇いは一切なかった。

「――これで大丈夫でしょうか?」
「はい、問題ありません。これから面接がありますので、あちらの部屋でお待ちください」
「分かりました」

 そうして別室に案内されると、貴族の装いをした男性が姿を見せた。
 彼はマリエットの知る人物で、王宮に使える使用人の雇用を管理している。

「お待たせしました。まさか、こんなところでマリエット様にお会いするとは思いませんでした」
「私も同じことを思っています。フルート侯爵様、本日はよろしくお願いいたします」

 面接官であるフルート侯爵家はグルース公爵家と親密な関係にあるため、雰囲気は和やかだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします。つかぬ事をお聞きしますが、なぜ王宮の料理人に応募されたのですか?」
「婚約を解消することになりましたの。もう良縁は見込めませんから、好きな料理を仕事にして生きていきたいのですわ」
「そういえば、エルマー殿には浮気の噂が流れておりましたな」

 フルート侯爵がそう口にした瞬間、マリエットは眉をひそめる。
 薄々感じていたことだが、やはりエルマーは浮気をしていたらしい。

 料理人が表に出る機会は殆どないとはいえ、王都で暮らす以上は浮気相手やエルマーと顔を合わせることは想像できてしまう。
 それでも、マリエットは王宮の料理人を諦めようとはしなかった。

「婚約解消に至ったのは、バルテン侯爵家の不義理が原因ですわ。私がグルースを名乗っているのが証拠です」

 だから、これ以上の詮索はしないよう言外に告げる。
 するとフルート侯爵はしっかりと頷いた。

「では、本題に戻りましょう。
 面接の結果ですが、マリエット様は合格です」
「まだ何もお話ししておりませんが……」
「すでに貴女のことは知っておりますので、面接の必要がありません。
 作法は問題ありませんし、後ろ盾も十分すぎるほどです。貴女の料理を頂いたこともありますが、味も問題ありませんでした。なので合格です」

 もっと色々と話すことがあると思っていたから、マリエットは拍子抜けしてしまう。
 これで本当に王宮の仕事が回っているのか不安になるが、公爵家の情報網をもってしても、王宮で問題が起きているという話は聞いたことがない。

「私が公爵令嬢という点も大丈夫なのですか?」
「いえ、教育担当の者が恐縮してしまうので、身分は隠していただきます」
「分かりましたわ」
「では、契約に移りますので、王宮へ参りましょう」

 予想外のことに戸惑いながらも、マリエットはフルート侯爵の後を追う。
 これから夢だった料理人になれると思うと、足取りは軽くなった。
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