天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第2章 公爵令嬢、料理人になりました

10. パスタに似たもの③

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 しばらくして、商家の応接室に通されたマリエット達は主人の歓待を受けている。
 二人ともこの商家の得意先だから、対応も相応に良いものだ。

「――マリエット様とアンナ様がご一緒とは、驚きました。
 本日はどの食材をお求めでしょうか?」

 しかし、公爵令嬢のマリエットと伯爵令嬢のアンナが一緒に訪れたことに驚きを隠しきれず、最初の言葉が発せられるまで間が空いた。
 貴族の情報に明るい商家でも、今のマリエットの立ち位置までは把握できていないのだ。

「ここに書いてあるものをお願いしたいですわ」
「……トマトだけ桁違いに多いですが、間違いではありませんか?」
「間違いではありませんわ」
「それと、納入先が王宮となっておりますが……」
「それも間違いではありません」

 主人から詮索はされないものの、状況が読めずに戸惑っていることは分かる。
 けれど、噂はどこから流れるか分からないため、マリエットは何も語らず注文を続けていく。

「畏まりました。それでは、こちらの注文書の通りに手配いたします」
「お願いしますわ」

 注文を済ませ、マリエット達は屋敷を後にする。
 そして、王宮ではなく商店街の方へと足を向けた。

「マリエットさん、今夜のまかないなのだけど、私とマリエットさんで担当することになっているの。私も手伝うから、ナポリタンをお願いしても良いかしら?」
「分かりました。でも、この辺りのお店は分からないので、案内をお願いしたいです」
「もちろん。まずは野菜のお店から行きましょう」

 詳しい話はされていないが、賄いの食材はその日のうちに平民向けの商店で仕入れるらしい。
 グルース邸では余った食材が使われることもあるものの、基本的には平民向けの食材が使われていた。王宮も似た決まりなのだろう。

 けれど、これには欠点がある。新鮮なものは全て王侯貴族向けに卸されるため、平民が手に入れられる食材の質は良くない。
 そういう理由で、賄はお世辞にも美味しいとは言えないことが多い。
 
「……味は期待しないでくださいね」

 公爵令嬢のマリエットもこの辺りの事情は知っているため、期待するアンナに念押しする。

「分かったわ。でも、マリエットさんの料理スキルなら美味しく出来ると思うの」
「……では、お肉は王都の外で捕りましょう」
「捕る……?」
「野生の豚を捕まえて、食材にするのです」

 マリエットの言葉に、アンナは固まってしまった。
 豚といえば、食用に飼育されているものでも人に大怪我をさせることで有名だ。

 特に突進を受けてしまうと、命に関わる。
 猟師ならともかく、マリエットの細腕ではとても勝ち目は無いとしか思えない。

「……マリエットさん、正気かしら?」
「ええ。野生の豚は美味しいので、おすすめなんですよ!」
「そ、そう……。まずはこのお店で野菜を買いましょう」

 目を輝かせるマリエットを見て、アンナは目的の商店を指さす。
 問題を先送りにしているだけでも、心を落ち着かせる時間が欲しかった。

「分かりました。
 ……思っていたよりも状態は良さそうですね」
「ええ。野菜は新鮮なものもあるから、皆ここで買うことが多いの。
 でも、お肉はあまり良くないのよね……」

 店内を見て回りながら、そんな言葉を交わす。
 どの食材も運んでいる時に出来た傷などはあるものの、質は悪くないものばかりだ。

 けれども、肉だけは綺麗な赤色の部分が殆どなく、マリエットは野菜だけ買う決意を固めた。

「野菜だけ買って、お肉は外で捕った方が良さそうです」
「……マリエットさん、豚を仕留められるの?」
「熊は仕留めたことがあるので、豚も大丈夫だと思います」

 豚よりも危険な獣を仕留めたことがある。この言葉にアンナは再び固まってしまう。

「……料理スキルのお陰で私一人で仕留められるのです。なので、アンナさんは見ているだけで大丈夫ですよ!」

 その様子を見て、マリエットは言葉を続けた。
 料理は食材調達から始まるため、獣を狩ることも料理スキルで可能になるのだ。

「危なくなったら逃げると約束してくれるなら、マリエットさんに任せるわ」
「約束します」
「分かったわ。これを買ってくるから、少し待っていて」

 話がまとまり、野菜を買ったマリエット達は乗合馬車で王都の外を目指す。
 今回乗ったのは、王都とグルース公爵領を結ぶものだ。人の往来が激しいこともあり、一時間に五往復ほどの便がある。

 だから数分で王都の外に出ることが出来、馬車を降りるとすぐに目当ての獣を見つけた。

「あそこに居るので、行きましょう」

 マリエットはそう口にし、木の枝を拾って豚に向かっていく。
 そして豚に気付かれることなく急所を一突きし、一分もかからず仕留めた。

「……猟師よりも早いなんて、驚いたわ」
「レシピスキルのお陰で弱点が分かるので、簡単なんです」
「もしかして、人の弱点も分かったりするのかしら?」
「ええ、分かりますよ。動けなくなる場所も、命に関わる場所も。
 だから、襲われても対処し易いですわ」

 言葉を交わしている間に解体を終え、料理スキルで作り出した氷の中に入れていく。
 その様子を見て、アンナは夢を見ているのかと錯覚した。

 肉を保存するとき、大抵は塩漬けか燻製にする。
 冬になれば外に置いておくだけで冷やして保存することが出来るが、今は夏だ。氷なんて炎天下の中で運ぶことも、見つけることも難しい。

「マリエットさん、その氷はどこから持ってきたのかしら?」
「料理スキルで作りました。暑さも凌げるので、アンナさんもお一ついかがですか?」
「ぜひ、頂きたいわ」
「はい、どうぞ」

 マリエットの手の中から出された氷はとても冷たく、近くに居るだけでもひんやり涼しくなった。
 使用人に出される賄は夏になると塩辛いものばかりだったが、この氷があれば色々な料理を作れるだろう。

 そんな想像が出来るから、アンナは期待の目でマリエットを見ずには居られない。
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