天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第3章 公爵令嬢、みんなの胃袋を掴みます

20. 大人気の料理③

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「あんなに地味な令嬢のどこが良いのかしら?」
「殿下は落ち着いた雰囲気のお方を好まれるのよ、きっと。婚約者が決まらない理由が分かった気がするわ」

 声の主の方を見ると、伯爵令嬢の姿が目に入る。
 彼女たちは王宮仕えではないものの、カミラと親交が深い。

「華やかな装いが流行りですのに……よほどお金に困っているのかしら?」
「そうに違いないわ。もし彼女に殿下が興味を持っても、釣り合わないから婚約は有り得ないはずよ」

 見下すような口ぶりでも、マリエットは一切気に留めなかった。
 身に纏っているドレスはデザインこそ控え目なものの、生地は一級品が用いられている。見る人が見れば上質なものだと分かるが、彼女達が見分けることは出来ないらしい。

(あの二人とは関わらないようにしましょう……)

 もちろん、本人の目の前で悪口を言うような人と関わるつもりは無い。
 だから、聞こえていない風を装いながら、マリエットは少し離れた壁際へと移動した。

 すると、ダンスを終えたアンナが近付いてくるところが目に入る。
 隣には婚約者の姿もあるが、アンナとマリエットの会話を邪魔しないように、少し離れたところから見守るつもりらしい。

「マリエットさんのダンス、すごく良かったわ。料理も出来てダンスも出来て……マリエットさんが才女にしか見えないわ」
「誉め過ぎです。これくらい、他の方でも出来ますから」
「殿下にも気に入られて、マリエットさんが王家側になるのも時間の問題ね」
「……流石にそれは有り得ないと思います」

 そう答えながらも、マリエットはテオドールと婚約した時のことを想像してみる。
 王家に嫁入りすることになれば、妃教育は絶対だ。好きな料理をする暇は無くなるだろう。

『恋人や婚約者に手料理を振る舞うと幸せになれる』

 この言い伝えのために、一度は包丁を握る機会が与えられても、二度目は無いに違いない。
 テオドールが手料理を求めたとしても、今のように楽しく料理を出来るかは分からなかった。

 それに、エルマーに浮気をされたばかりだから、婚約して幸せになれることが想像も出来ない。

(縁談が来ても……お断りしましょう。私に恋愛は向いていないもの。
 でも、もし恋愛の必要が無い条件なら……その時は考え直せば良いわ)

 もちろん、王家に嫁ぐメリットもある。
 妃教育を終えれば、社交以外の時間を好きなことに費やせるから。

 今の王妃様は趣味の園芸を満喫しているため、王宮の庭園は庭師が入らなくても華やかさを保っている。忙しいと言われている王族だが、自由に過ごせる時間も多い。
 
「それは残念ね。でも、マリエットさんも早めに良い人を探した方が良いと思うわ。厄介な人に捕まるよりは、良い人と結ばれた方が良いもの」
「浮気されたばかりなので、男性を信じられませんの。でも、アンナさんの考えも一理あると思うので、落ち着いたら探してみますわ」

 言葉を交わしている間に、玉子焼きは無くなってしまったらしい。
 けれど、今度は唐揚げが注目を集めているようで、次々とお皿に取られていた。

 他の料理も残り少なくなっていて、このペースだと全て空になるだろう。

「良い結果になるように、私もお祈りしてみるわ」
「ありがとうございます。私も、アンナさんが幸せになれるようにお祈りしますわ」

 マリエットがそう口にしている時だった。
 突然、背後から声がかけられる。

「レディ、私と一曲踊って頂けませんか?」
「……私で宜しければ」

(気配を消して近付いてくるなんて、この人からは嫌な感じがするわ……)
 
 言葉にするのは難しい。けれど、下品な笑みを浮かべる彼の近くに居ると碌なことにならないと想像出来てしまった。
 今まで嫌な視線を向けられたことが無かっただけに、悪寒までする。

「……とても可愛らしい貴女とダンスが出来るなんて、夢みたいです。本当にありがとうございます」
「そう言われるのは初めてなので、返事に困りますわ」

 ちょうど演奏が次の曲に変わると、さっそくマリエットは足を踏み出す。
 この曲は難しいものだから、相手から余裕を奪おうと考えての行動だ。

「……レディ、少し早すぎませんか?」
「今より遅いと、曲のテンポから外れてしまいますわ」

 作戦は無事に成功し、相手は一言も発せられない。
 マリエットの身体を舐めるように見る余裕も消し飛んだようで、不快感もいくらか和らぐ。

 そして曲が終わると、相手が復活する前に距離を取った。

(こういう時は美味しいものを食べて、嫌な事は忘れましょう……)

 まだ料理の周りには人が集まっているため、身を隠すのにも丁度良いだろう。
 けれども、料理はほとんど残っていなかった。

 普段のパーティーでは各々が遠慮するため、半分近く残ることが多い。今回はそんな貴族が我慢できなくなるほど美味しかったらしい。

(完食されたのは嬉しいけれど……)

 自分の作った料理が大人気なことは喜ばしいこと。
 けれど、自分の分が無くなってしまい、マリエットは複雑な気持ちになってしまった。
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