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第3章 公爵令嬢、みんなの胃袋を掴みます
22. 美味しさの秘訣①
しおりを挟む翌朝。
マリエットは今夜の賄いに必要な食材を調達する準備を始めていた。
今回のメインディッシュには牛肉が必要なため、王宮の廊下に敷かれているカーペットと同じ色の布を用意する。
「マリエットさん、その布は何に使うの……?」
「牛をおびき寄せるために使うのです」
牛肉も貴族の食事によく用いられるため、牛は家畜として飼育されている獣だ。
だから大金を出せば新鮮で美味しい牛肉を手にすることが出来るものの、今回も作るのは賄いだから使えるお金は限られる。
おまけに、パーティーで使い切れなかった食材はお昼の賄いの材料に消えてしまった。
そういう理由で、今回もマリエットは自らの手で牛肉を確保しようと考えている。
「牛って確か……角があるから危ないと思うのだけど」
「牛も何度か仕留めたことがあるので、大丈夫です!」
「そうは言っても、群れで行動する牛をどうやって仕留めるのかしら?」
マリエットは自信に満ちた表情を浮かべているが、アンナは不安でいっぱいだ。
屈強な兵士が角で一突きされるだけで命を落とした例に、群れに襲われて馬車ごと潰されてしまった例を聞いたことがあるから。
「群れを襲ったら私も無事では済まないので、群れからはぐれた牛を狙うのです」
「そういうことね。でも、やっぱり不安だわ……。
王族の方にお願いして、護衛を付けてもらった方が良いと思うの」
「その必要は無いと思いますよ?」
マリエットはそう口にすると、厨房の入口へと視線を向ける。
すると、タイミングよくテオドールが姿を見せた。
「マリエット嬢、父上から食材調達から見る許可を取ってきた」
「承知いたしました。準備が出来次第、お呼びいたします」
「分かった。では、楽しみにしている」
そう口にすると、テオドールは厨房を後にする。
一方のマリエットは、アンナに視線を戻した。
「……殿下がいらっしゃれば、護衛の方も一緒に来ると思うので」
「そういうことだったのね。安心したわ」
王家の護衛はとても優秀なことで知られている。
牛の群れはもちろん、より危険な狼の群れにも完璧に対応できるよう訓練されているのだ。
アンナも当然、このことは知っている。
だから、ようやく安堵の表情を浮かべ、マリエットの準備の手伝いを始めた。
――それから少しして。
準備を終えたマリエットはテオドールの元に向かった。
「殿下、準備が出来ましたのでいつでも出発できます」
そう口にするマリエットの腰には立派な剣が下がっており、護衛が身構える。
王宮に仕える使用人は王族に危害を加えないと信用出来る者のみが雇われているため、護衛と同様に有事に備えて武器の携帯を許可されている。
しかし、マリエットの剣は彼女の体格に合わないほど立派で、何かの狙いがあると考えたらしい。
もっとも、この剣は人に向けるためのものではなく、立派な牛を仕留めるためのものだ。
だから、マリエットは敵対の意思が無いことを示すため、一度剣を外して床へと下ろした。
「その剣は何に使うか聞いてもいいか?」
「食材を捌くために使いますわ」
「……それは本当か?」
テオドールは信じ切っていないようで、アンナに確認を取る。
食材を捌くとき本来は包丁を使うものの、マリエットが牛を倒そうとしていることを知っているため、アンナは静かに頷いた。
決して嘘は言っていないし、マリエットが牛と素手で戦う羽目になることを想像したら、とても首を振ることなんて出来ない。
「――嘘は言っていないようだな。確認だが、王都の外に出るということで合っているか?」
「合っております」
「分かった。では、出発しよう」
テオドールはそう口にすると廊下へと足を向ける。
マリエットは剣を腰に戻してから彼の後を追い、馬車寄せが近付くと立派な馬車が目に入った。
さらに足を進めると、もう一台の馬車も見える。
(荷物用の馬車も用意してくださるなんて、驚いたわ。荷車は必要なさそうね)
マリエットはそんなことを思いながら、テオドールに促されるまま馬車に乗る。
馬車に乗る時、一番偉い人を最初に乗せないのは常識で、マリエットが躊躇うことはない。
そしてテオドールが乗っている間に御者へ行先を告げる。
続けて乗ってきたテオドールはマリエットの向かい側に腰を下ろし、その隣には彼の側近座る。そしてマリエットの隣にアンナが座ると、馬車が動き出した。
「最初はどこに向かうのだろうか?」
「前回のナポリタンで野菜を仕入れた商家ですわ」
「野菜は買っているのだな」
テオドールの問いかけに答えると、そんな言葉が返ってきて、マリエットは固まってしまう。
(もしかして……全部見透かされているの……?)
気になるけれど、とても口には出せない。
だから……怪しまれないようにと、マリエットは笑顔を浮かべた。
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