天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第3章 公爵令嬢、みんなの胃袋を掴みます

23. 美味しさの秘訣②

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 お互いに笑顔を浮かべたまま時間だけが過ぎていき、気が付けば商家の門に差し掛かっていた。
 この商家は普段から商人を相手にあきないを行っており、貴族の来訪者は稀だ。まして、王家の紋章を掲げた馬車が来たことは数年以上も無い。

 警護の者達が慌てているように見えるのは、そのせいだろう。

(申し訳ないことをしてしまったわ……)

 マリエットは後悔したものの、既に手遅れの様子。
 玄関に着きマリエットだけが馬車から降りると、文字通り青ざめている主人の姿が見えた。

「殿下は馬車でお待ちいただけますか? 商家の方を驚かせてしまいますので」
「構わない。一緒に行きたいところだが、馬車で待つことにしよう」

 続けて馬車を降りようとしていたテオドールを制止し、マリエットは商家の主人へと向き直る。

「……マリエット様、なぜ王家の馬車でいらっしゃったのですか?」
「王太子殿下に私の行動を観察したいと言われてしまいましたの」
「左様でございましたか。安心しました」

 どうやら、彼らは王家の不興を買ったと勘違いしていたらしい。
 あまりの慌てぶりにマリエットまで緊張してしまったが、誤解が解けると普段通りの雰囲気に戻った。

「では、今日も野菜を見させて頂けますか?」
「はい。こちらにございます」

 さっそく中に入り、食材を吟味していく。
 幸いにも、目当てのものはすぐ目に入った。一つは立派なオニオン、もう一つはライスだ。スパイス用の生姜も忘れない。

「この三つをお願いします」
「畏まりました」

 どれも質は良いもので、マリエットは良い買い物が出来たとほくほく顔だ。
 欲を言えばウメも手に入れたかったが、あいにくレスタン王国では流通していない。

「量はこれくらいで宜しいでしょうか?」
「ええ、大丈夫です。お代はこれで大丈夫ですか?」
「……はい、丁度です。今日もありがとうございました」

 支払いを終えると、食材は商家の手によって馬車へと積み込まれていく。
 マリエットはそれを見届けてから、テオドール達が待つ馬車へと戻った。

「お待たせしました」
「君を見ていたらあっという間だったから、気にしなくて良い。次はどこに向かうのか聞いても?」
「これから王都の外に向かいますわ。次の食材は王都の中では手に入りませんので」

 次の目的地は御者に指示してあるため、護衛の手で扉が閉められると馬車が動き出す。
 到着するまでは十数分ほどだが、テオドールの質問攻めのお陰であっという間に目当ての景色が見えてきた。

「この辺りで止まってください」

 運よく単独で行動する牛を見つけたマリエットは、馬車が止まると赤い布を手に降り立つ。
 そして馬車からある程度離れると剣を片手で握り、もう片方の手で赤い布を翻した。

(……気は引けたみたいね)

 狙い通り、牛はマリエットの方に勢いよく突進を始める。
 ちらりと馬車の方を見ると、心配になったのか馬車を飛び降りマリエットを助けようとするテオドールの姿が見えた。

「殿下、危険なので馬車の中から見ていてください!」
「君一人だけでは危険だ。俺も加わる」
「私一人で大丈夫です!」

 マリエットが声を上げたとき、牛の角がマリエットに向けられる。
 馬車との距離は十分に取っていたため、テオドールが助けに入ることは難しいだろう。

(この牛はあまり強くなさそうね……)

 マリエットは考え事をする余裕もあり、牛の角を軽々と躱しつつ首を斬った。
 けれど牛は弱る気配がなく、再びマリエット目掛けて突進を始める。

「……なるほど。マリエット嬢は強いな。
 助けは要らないだろうが、万が一に備えて様子見をしよう」
「承知しました」

 テオドール達が見守る中、マリエットは布を上手く使いつつ牛に攻撃を当て続け、数分の格闘の末に仕留めることに成功した。

「マリエット嬢、君は強いのだな。驚いたよ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「君も狩猟を趣味にしているのか?」
「……いえ、私の趣味は料理だけですわ」

 どうやらテオドールは狩猟を趣味にしているらしい。
 馬車から飛び出す彼を護衛が引き止めなかったのは、実力が伴っているからなのだろう。

(狩猟を趣味にしている男性貴族は多いけれど、大抵は弓矢を使うのよね。自ら剣を使うなんて、殿下は強いわ)

 そんなことを考えながら、マリエットは牛の解体を始める。
 既に牛は息絶えているため、味を落とさないためにも時間はかけられない。

「殿下は解体も見慣れているのですか?」
「ああ。自ら狩った獲物を放置するのは勿体ないから、調理してもらうために解体したこともある。
 マリエット嬢のように手早くは出来ないが、食べられる味にはなっていた」
「殿下が自ら……驚きましたわ」

 初めてテオドールの趣味を知り、マリエットは親近感を覚える。
 大抵は狩ったら放置することが多いが、彼は食材を無駄にしない人らしい。

「君も大概だ。狩猟をする女性なんて初めて見たよ」

 どうやらテオドールに気に入られたらしく、彼は社交の場では見られない笑顔を浮かべている。
 だから、マリエットも仮面ではない笑顔を返した。
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