天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

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第4章 公爵令嬢、新しい役目を手にします

38. 立場のために

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 少しして。
 油に浸るお肉に色が付いてくると、マリエットは手早く取り出していった。

 そしてレモンを絞って汁をかけると、マリエットは手を止める。

「――唐揚げ、完成したわ」
「美味しそうな香りがしますね。一つ、味見しても良いでしょうか?」

 食欲に負けた料理人が軽い気持ちで問いかけると、マリエットは小さく頷く。

「お父様たちには内緒よ?」
「本当に良いのですか……?」
「ええ。ただし、一つだけにすること」

 良く言えば味見だが、実際は摘まみ食いと同じ。
 けれど唐揚げは大きなお皿に沢山盛り付けられているため、いくら食べても無くなる気配はない。

「……今回もかなり美味しいです。流石はマリエットお嬢様です」
「良かった……安心したわ」

 料理人の言葉にマリエットは安堵の表情を浮かべる。

「マリエットお嬢様が相変わらずのようで、私も安心しました」
「一週間で変わったりはしないわ」
「心配し過ぎだったようです」

 マリエット達が言葉を交わしていると、配膳係が料理をダイニングに運んでいく。
 もうすぐ夕食の時間だから、マリエットもエプロンを外してからダイニングに入った。

「これは……初めて見るが、何という料理なのだ?」
「唐揚げと言うそうですわ」
「思っていたよりシンプルな名前なのだな」

 そう口にする父の手が唐揚げに伸びかけたのをマリエットは見逃さない。
 けれど、この場では見なかったフリをする。

 ちなみに、唐揚げは食べやすいようにとマリエットが一口で食べられる大きさになっており、こっそり食べることも出来る。
 だからマリエットは隙を伺っている父と弟から目を離さない。

(二人して盗み食いを企むなんて、血は争えないのね……)

 家を継ぐことが決まっている兄は静観しているが、視線は唐揚げに向けられているため、こちらも油断は出来なさそうだ。

「こちらが最後になります。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう」

 最後の料理が運ばれてくると、使用人達はダイニングを後にして隣の部屋に移動する。
 他家の者が見れば違和感のある光景だが、マリエットが作った料理を温かいうちに食べられるようにと当主が配慮したため、このような形になっている。

「「いただきます」」

 マリエット達は一斉に食前の挨拶をして、料理を口に運んでいく。
 すると、当主である父がこんなことを口にした。

「マリーに話さなければならないことがある。
 取引を中止したバルテン侯爵家だが、ヘーネス伯爵家を間に挟んで取引を続けようとしていることが分かった」
「そのヘーネス家との取引を中止するということでしたら、今すぐにでもお願いしますわ」
「しかし、ヘーネス家のカミラ嬢は王宮内でかなり発言力を持っていると聞いたが……」

 マリエットの立場を気にしているせいで、ヘーネス伯爵家との取引中止に踏み切れていないらしい。
 父に気にかけられていることは嬉しいけれど、あまり心配させるのも申し訳ない気持ちになってしまう。

「料理人にまで影響することは無いので、大丈夫です。それに、私達との取引が無くなれば、カミラさんが王宮に居続けることは難しいと思いますわ」
「そうか。マリーには迷惑をかけるかもしれないが、許して欲しい」

 話題は決して軽くないが、料理を口に運ぶ速さは最初から変わっていない。
 どの料理もそれだけ美味しいようだ。

「元はといえば私が招いたことですので、謝るのは私の方ですわ」
「マリーは何も悪くない。ひとまず、ヘーネス伯爵家との取引中止で様子を見るが、他の家を巻き込むようなら脅すことも頭に入れておいて欲しい」
「分かりました」

 真剣な父の様子を見て、マリエットはしっかりと頷く。
 もっとも食事の席だから空気は重くならず、お互いに含みのある笑みを浮かべていた。

「ありがとう。しかし、この唐揚げというのは不思議だな……」
「気に入られましたか?」

 話題の中心が料理のことに移ると、マリエットは普段通りの笑顔を浮かべる。
 メインディッシュとして唐揚げを作るのは今回が初めてだったものの、どうやら気に入ってもらえた様子だ。

「ああ。かなりシンプルだが、色々な工夫が詰まっていると分かる。
 これのレシピを料理人達に教えてくれると嬉しい」
「教える時間は無いと思うので、紙に書いておきますね」
「ありがとう」

 言葉を交わしながら、マリエット達は食事をすすめていく。
 この後は話題も明るいものばかりで、マリエットは久しぶりの家族との時間を満喫していた。
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