天職を見つけたので毎日が幸せです!

水空 葵

文字の大きさ
39 / 46
第4章 公爵令嬢、新しい役目を手にします

39. 新しい役目

しおりを挟む
 翌日。
 マリエットは今日も王宮に赴いていた。

 料理人の休日は二日間あるものの、テオドールと交友関係を深める……という体で今後の計画を話し合うためだ。
 普段なら料理人の制服で王宮内を行動しているが、今回は公爵令嬢という立場で王宮に入るから、華やかなドレスを身に纏っている。

 そのせいで王宮の侍女からは注目の視線を浴び、カミラに至っては悔しそうな表情を浮かべていた。
 マリエットは気にせずにテオドールの隣を歩いていき、テラスにあるテーブルの前に腰を下ろす。

「マリエット嬢、婚約者同士に見せる方法についてだが……」
「仲の良い人だと、愛称で呼ぶこともあるそうですわ。ですので、私のことはマリーと呼んでくださいませ」

 テオドールの言葉に、マリエットは愛称で呼ぶ提案をした。
 エルマーと婚約していた時に愛称で呼ぶ事はなかったが、妹のコリンナが婚約者と愛称で呼び合っている姿を見て、この案を思いついたのだ。

「そういうことなら、俺のことはテオと呼んで欲しい。家族は皆そう呼ぶからね」
「王族の方を愛称で呼ぶのは恐れ多いので、テオドール様とお呼びしますわ」

 けれど、マリエットはテオドールを愛称で呼ぶことは考えていなかったから、心の準備が出来ていない。
 だから様付けで妥協してもらおうと、とても良い笑顔を浮かべて交渉することにする。

「テオだ」
「テオドール様」
「……今はそれで我慢しよう。いずれは、テオと呼んでもらう」
「覚悟しておきますわ」

 幸いにも先に折れたのはテオドールの方で、マリエットは安堵の表情を浮かべた。
 一方のテオドールは複雑な面持ちで、こんなことを口にする。

「俺のことを愛称で呼ぶのはそんなに難しいだろうか?」
「ええ、とても難しいですわ」
「即答か……これは先が思いやられるな」
「形だけの婚約ですので、問題はないと思いますわ」
「……そうだったな」

 テオドール表情が少し暗くなったのを見て、マリエットはある可能性を思いつく。
 元気が無くなる理由はいくつかあるが、一番最初に思いつくことは食事に絡むことだった。

「もしかして、お腹が空いているのですか?」
「空いていないと言えば嘘になるが、昼食まで我慢出来るから心配しなくて良い」
 それよりも、カミラ嬢がマリエッ……マリーに危害を加えようとしていることの方が心配だ」
「カミラさんは何が目的なのでしょうか……?」

 おおよその想像はついているが、予想通りだと今までの行動で不可解な点が多い。
 だからテオドールの意見も聞きたかった。

「王太子妃という地位を手にすることだろう。マリーを排除しようとする動きは、これで説明がつく。王家と婚姻を結ぶとなれば、一番選ばれやすいのは公爵家だからね」
「カミラさんからすれば、私って本当に邪魔な存在なのですね」
「そういうことになる」
「それなら、カミラさんにとって私が必要な存在になるというのはどうでしょうか?」

 カミラ以外の侍従達の胃袋を掴むことが出来たのだから、カミラの胃袋を掴むことだって難しくないはずだ。
 顔を合わせる度に敵意をむき出しにしている彼女でも、マリエットが作る料理は一切残していない。

「料理で胃袋を掴むつもりなのだろうが、カミラ嬢はマリーが作る料理を不味いと喧伝しているぞ」
「そうなのですか!? カミラさん、いつも完食していますのに……」
「……不味かったら完食は難しいはずだから、本当は美味しいと思っているのだろう」

(これは胃袋の掴み甲斐がありそうね)

 テオドールの言葉に、マリエットはそんなことを思う。
 決して簡単ではないものの、不可能ではないはずだ。

「私、頑張ってカミラさんの胃袋を掴みますわ」
「応援している。いや、俺も協力する。
 だから、料理を教えて欲しい」

 テオドールが口にした言葉に、マリエットは固まってしまった。
 男性貴族は料理と無縁なのに、もっと無縁そうな王太子から料理を学びたいという発言が飛び出したことが信じられない。

「どういう意味でしょうか……?」
「そのままの意味だ。マリーに料理を教わりたい」

 聞き間違いでもない様子だ。

(他の目的もがありそうだけれど……断る理由はないのよね)

 問題はテオドールに怪我をさせないか心配なことだが、しっかり見ていれば大丈夫だろう。
 そう判断し、マリエットはゆっくり頷いた。

「分かりました。手を抜くつもりは無いので、覚悟してくださいね」
「ありがとう」

 こうしてマリエットは、王太子の先生という役目もこなすことに決まる。
 不安はあるけれど、自分の料理そのものに興味を持ってくれる人が居ることが嬉しくて、笑みを零さずには居られなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

代わりがいるからと婚約破棄されてしまいましたが、見る目がなかったのは貴方だったようです。~わたくしは本物の幸せを見つけさせていただきます~

true177
恋愛
 貧乏貴族のルイーズは、公爵家の長男であるセドリックと仲を深め、ついには婚約を結ぶまでに愛しあっていた。少なくともルイーズはそう思っていた。 「……婚約破棄をする」  そう彼に告げられるまでは。  失意の海に溺れかけていた彼女は、遠路はるばるやってきたイヴァンの訪問を受ける。彼はパーティーでルイーズを追い続けていたというのだ。  愛をおとりに使ったセドリック。愛を示すために単身でやってきたイヴァン。  わたくし、幸せになってやりますわ! ※小説家になろう、ハーメルンでも同一作品を投稿しています。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。

たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。 次の人生では幸せになりたい。 前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!! 自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。 そして元彼のことも。 現代と夢の中の前世の話が進行していきます。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ エレインたちの父親 シルベス・オルターナ  パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します

ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」  豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。  周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。  私は、この状況をただ静かに見つめていた。 「……そうですか」  あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。  婚約破棄、大いに結構。  慰謝料でも請求してやりますか。  私には隠された力がある。  これからは自由に生きるとしよう。

処理中です...