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第27話:断罪劇
【128】断罪劇(2)
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「もうすぐ2年生かぁ...。」
終業式まであと2ヶ月弱となった、ある日の午後。
私は教室で授業が始まるのを待ちながら、宮藤くんから聞いたアップスターオレンジのシナリオを振り返っていた。
シナリオでは、アリーシャ様がレオン達にいじめられて、それをレックス殿下が助けることで2人は結ばれていた。
でも今のところ、アリーシャ様へのいじめを事前に阻止しているからか、2人は親密にはなっていない。
それどころか、アリーシャ様はアラン様が好きだから、シナリオ通りの展開になることはもうないハズだわ。
でも、もうすぐ学年が変わる。
もしシナリオの出来事が、私達が1年生の時に起こるものだったら、シナリオの修正力が働く可能性がある。
仮にそうなった場合、私は予期しない方法でこの世界に殺されてしまう。
そんな不安があるからか、私はここ数日ピリピリしていた。
「カタリーナちゃん、どうしたの?」
「えっ?」
不安が表情に現れていたのか、ライラちゃんに心配去れちゃった。
「大丈夫?悩みがあったら聞くよ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ。ちょっと心配なことがあるだけで....。」
「心配なことって?」
「本当に、大したことじゃないの。だから気にしなくてもいいのよ。」
私は自分に言い聞かせるように、ライラちゃんへ言った。
でもライラちゃんは、そんな私の言葉を聞いて少し寂しそうにしていた。
「そっか。カタリーナちゃんも、か。」
「私も?ってどういうこと?」
「実はフレイくんにも、同じことを言われちゃって。」
「フレイくんが?一体、何を話したの?」
「ほら。フレイくん、最近ちょっと様子がおかしいじゃん?何というか、態度とか表情とかはいつも通りに見えるんだけど、ちょっと違うというか。」
そうなの?
私には彼はいつも通りに見えていた。
「違うって、具体的には?」
「う~ん、なんて言えばいいのかな。いつも通りに『演じている』感じがするっていうか....『心ここに在らず』って感じがするの。」
「そうなの?気のせいじゃない?」
「気のせいなのかな?でも何となく違和感があったから、フレイくんに聞いてみたの。そしたらフレイくんにも『何でもない』って言われちゃった。」
「彼がそう言うんだったら、やっぱり何でもないんじゃない?」
「そう、なのかなぁ….。」
ライラちゃんは納得できないのか、眉間にシワを寄せて悩んでいた。
もしかしたら、私より付き合いの長いライラちゃんだからこそ、フレイくんの小さな異変に気づいたのかもしれない。
ライラちゃんの言う通り、本当にフレイくんの様子が変だったりして。
「でも彼、悩んでいるときって結構分かりやすいじゃない?私だってこれでも、結構彼とは長い付き合いだし、何か悩んでたら流石に私も気づくんじゃない?」
「それもそうだね。じゃあ、やっぱり私の気のせいなのかも。」
そんな話をしていると、シヴァ先生が教室に入ってきた。
先生が教卓の前に立つと、みんなに席につくよう促した。
「それじゃあ、午後の授業を始めるよ!....って、その前に、レオンくんとレックスくんがいないね?みんな、2人はどこか知ってる?」
先生の指摘で、私は教室を見回す。
本当だ。2人ともいない。
レックス殿下も、レオンも、授業が始まるまでに帰ってこないなんて珍しい。
「レオン様は昼休みに入ってすぐに、用事があるからとどこかへ出かけました。私達もレオン様の行方は知りません。」
レオンの取り巻きでも、居場所を把握していないことってあるんだ。
「そういえばレックス殿下は、昼食後に誰かに呼び出されていました。」
そうそう。
確か食堂で見知らぬ上級生に呼び出されて、レックス殿下は上級生について行ったんだったわ。
「そっか~。2人の行方を知ってる子はいなさそうだね。それじゃあ、授業を始めながら2人が帰ってくるのを待とっか。」
「あのっ!私、2人を探してきます!」
「えっ?!あ、ちょっとカタリーナちゃん?!」
私は手を挙げて先生にそう伝えると、教室から出て行った。
何だか胸騒ぎがする。
終業式が目前のこのタイミングで、今までなかった不自然なことが起こることってある?
しかも2人とも、アップスターオレンジの登場人物。
これって、ただの偶然?それとも.....。
私は『関わらない方がいいのでは?』という臆病な気持ちがありつつも、『ここで何か行動しなければ、後で大惨事になる』という焦燥感に駆られて、急いで2人を探した。
講堂にも、中庭にも、礼拝堂にもいない。
アリーナや食堂に行ってみたけど、それでも2人は見つからなかった。
あとはどこを探していなかったっけ?
そうだ、薬草室だわ!
ここから近いし、あそこも探しておこう。
私は薬草室へ着くと、部屋の扉を勢いよく開けた。
するとキツイ薬草の匂いに混じって、どこかで嗅いだことのある臭い匂いが漂っていた。
悪臭とまでは言わないものも、不快感を与える独特の匂い。
....これは、血だ。
そのことに気づいた瞬間、身体中の血が一気に凍ったような感覚に苛まれた。
まさか。
まさか、まさか、まさか。
恐怖で固まった足を無理矢理動かして、薬草室の中を調べる。
すると奥には....。
アリーシャ様と、レオンが、血を流して倒れていた。
その光景に、私は驚きと恐怖のあまり、一瞬頭がクラッとした。
2人の胸には何かを刺したような跡があり、そこから血が流れている。
目は虚ろで、生気を感じない。
死んでいるのは明らかだった。
でも、どうして2人が?
私は頭が真っ白になり、その場でへなへなと座り込んでしまった。
そして少しして正気を取り戻し、立ちあがろうとした時、床に落ちていたある物に気づいた。
思わず手に取ってみる。
それは刃渡15センチ程度のナイフだった。
刃の部分は血でべっとりとしていて、その血が柄の方にもついている。
誰がどう見ても、このナイフが凶器であることは明白だ。
「うっわ!なにこの匂い!」
すると突然、背後から聞き慣れた声が響いた。
私は驚いて肩をすぼめて、声が聞こえた方を振り向く。
するとそこには、レックス殿下とシヴァ先生がいた。
「.....殿下と、先生?」
なんで?と尋ねる前に、2人は混乱しながら喋った。
「カタリーナ、一体なにがあったの?」
「レオンくんと、アリーシャちゃんが!どうしてこんなことに?」
「わ、私にも、わからなくて...!」
すると2人の後ろからもう1人、上級生らしき人が現れた。
「うわぁー!!さ、殺人だ!」
すると、その上級生は私を見るや否や、ガタガタと震えなが私を指差した。
「ひ、人殺しだぁぁぁ!!!!」
上級生は大きな声で叫びながら、勢いよく薬草室から出て行った。
人殺し?
....あっ!しまった。
手元にあるナイフを見て、私は盛大に自分がやらかしてしまったことに気づいた。
今のこの状況、客観的に見ればどう考えても私が犯人だ。
嵌められた。
アップスターオレンジの修正力が発動したんだ。
きっとアップスターオレンジは、私がどう足掻いても断罪イベントを発動させたかったんだ。
その罠に、私はまんまと引っかかってしまったんだわ。
....あの時、教室から出て探しに行くんじゃなかった。
後悔と絶望に襲われながら、私は身柄を拘束された。
◆◆◆
殺人の罪を問われて数日が経過した。
私は今、留置場の中にいる。
留置場とは言っても高位貴族の娘だからか、割と丁重に扱われている。
ベッドも机もイスも、実家にあるものに比べると質素だけど、日本に住んでいた頃に使っていたものよりかは豪華だ。
監視付きではあるものの、お風呂やトイレにも自由に行ける。
出される料理は高級ではないものの、普通においしい。
なんならアフタヌーンティーの準備までされている。
とてもじゃないけど、自分が殺人罪で留置されているとは思えないくらい、贅沢な暮らしだ。
でも、ここでの生活もあと少し。
明後日には、命を賭けた裁判が始まる。
お父様は優秀な弁護人を準備してくださったみたいだけど、それでも私の冤罪を晴らすのは難しいらしい。
無理もないわ。
この国の技術は日本に比べて未熟だから、状況証拠や証言で判断するしかない。
指紋を調べたり血痕のDNAを鑑定したりなんて、到底できない。
せめて死後硬直の時間を調べる技術があれば、私の冤罪を晴らす材料になったかもしれないのに。
いや、そもそも私が死体を発見したタイミングが死んですぐだった場合、死亡推定時刻を算出できても冤罪は晴らせないか。
加えて、この国の裁判は陪審員制だ。
客観的事実を述べても、陪審員の機嫌を損ねたら裁判で不利になる。
そもそも陪審員が、私を有罪にしたい誰かに買収されていたら勝ち目はない。
一応、裁判では私も口頭弁論ができるらしい。
だから事件当時の状況を振り返って、頭の中で弁論内容を考えていた。
でも、うまく説得できるかしら。
不安しかない。
そんなことを考えていると、突然、留置場の外から呼びかけられた。
私に会いに来た客人がいるらしい。
もしかして、お父様?それともレックス殿下?
私との面会が許可されている人は、限られている。
留置場の扉にある鉄格子のついた窓から、その客人の顔を覗いた。
けど、誰もいない。
左右を見渡しても、監視くらいしか見当たらなかった。
「お久しぶりです。カタリーナ・エセヴィラン公爵令嬢。」
私を呼ぶ声は、下から聞こえる。
窓から下を覗くと、そこには3歳児くらいの小さな男の子がいた。
「すみません、貴方は...?」
知り合いの貴族の子に、こんな子いたかしら?
「僕はショーン・ディシュメイン。この国の第一王子です。」
「しょ、ショーン殿下?!」
下から覗いているせいで顔がよく見えず、言われるまで全然気づかなかった。
「これは失礼しました!ですがなぜショーン殿下が、こちらへいらっしゃったのでしょうか?」
アップスターオレンジには、ショーン殿下と聖ソラトリク教団との直接的な繋がりは書かれていなかった。
とはいえ、ショーン殿下が聖ソラトリク教団と繋がっていない保証はない。
私は警戒しながら、ショーン殿下の話を聞いた。
「実は、貴方の弁護人は僕が引き受けることになりました。」
「えっ?!」
お父様が優秀な弁護人を用意してくださったのではないの?
寝耳に水だ。
「な、なぜですか?」
もしかして、わざと手を抜いて私を処刑台へ送るため?
だとしたらお父様を説得して、穏便に断らないと。
「....その理由は、裁判で明らかになるでしょう。カタリーナ嬢からすれば、対立派閥が推している王子を信用できないのは分かります。ですが、これだけは信じてください。僕が貴方の無罪を証明致します。」
「はい...。」
そう言われてもねぇ。
半信半疑な私のリアクションを察したショーン殿下は、説得を続けた。
「エセヴィラン公爵に、貴方を弁護する際に提出する証拠や弁護内容を説明したところ、快く承諾してくださいました。」
「お父様が承諾したのですか?!」
私のことを一切疑わずに、冤罪を晴らすことに尽力してくださったお父様。
そんなお父様が信じた、ということはショーン殿下を信じても大丈夫なのかしら?
「それに相手側の検察官はコーキナル公爵が担当するそうです。陪審員は検察官が準備するので、ほぼ確実にコーキナル派閥の貴族が陪審員に選ばれるでしょう。」
「そんなっ!それじゃあ公平な裁判にならないじゃないですか!」
まさか懸念していた通りのことが起きるなんて。
私、有罪確定じゃない!
「だからこそ、僕が弁護人になることで貴方が不利な状況を少しでも避けられます。コーキナル派閥の陪審員達は、彼らが推薦する王子である僕の言葉を無下にはできませんから。」
そう言われると、ショーン殿下に任せた方が得策かもしれない。
「承知しました。ショーン殿下、弁護人をよろしくお願いします。」
「ご理解いただき、ありがとうございます。」
「ですが、どうしてもお聞きしたいことがあります。先程も聞きましたが、なぜ急に私の弁護をしてくださることになったのでしょうか?私に言うことのできない内容なのでしょうか?」
「そう捉えてくださって構いません。ですが、これだけは説明しましょう。僕が今度の裁判で明かそうとしている内容が外部に漏れた場合、僕は最悪、貴方の弁護ができなくなります。」
「っ?!」
要するに、『これ以上言及したらお前の弁護人を降りる』ってことよね?
正直、ショーン殿下の意図がわからない状態で弁護人を任せるのは一抹の不安がある。
でも今はショーン殿下以外に弁護人を任せるのは得策じゃない。
「....承知しました。これ以上、追求致しません。」
「ご理解に感謝します。」
「当日は弁護の程、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ショーン殿下は話を終えると、留置場から去った。
それ以降、裁判が始まるまでショーン殿下が面会に来ることはなかった。
終業式まであと2ヶ月弱となった、ある日の午後。
私は教室で授業が始まるのを待ちながら、宮藤くんから聞いたアップスターオレンジのシナリオを振り返っていた。
シナリオでは、アリーシャ様がレオン達にいじめられて、それをレックス殿下が助けることで2人は結ばれていた。
でも今のところ、アリーシャ様へのいじめを事前に阻止しているからか、2人は親密にはなっていない。
それどころか、アリーシャ様はアラン様が好きだから、シナリオ通りの展開になることはもうないハズだわ。
でも、もうすぐ学年が変わる。
もしシナリオの出来事が、私達が1年生の時に起こるものだったら、シナリオの修正力が働く可能性がある。
仮にそうなった場合、私は予期しない方法でこの世界に殺されてしまう。
そんな不安があるからか、私はここ数日ピリピリしていた。
「カタリーナちゃん、どうしたの?」
「えっ?」
不安が表情に現れていたのか、ライラちゃんに心配去れちゃった。
「大丈夫?悩みがあったら聞くよ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ。ちょっと心配なことがあるだけで....。」
「心配なことって?」
「本当に、大したことじゃないの。だから気にしなくてもいいのよ。」
私は自分に言い聞かせるように、ライラちゃんへ言った。
でもライラちゃんは、そんな私の言葉を聞いて少し寂しそうにしていた。
「そっか。カタリーナちゃんも、か。」
「私も?ってどういうこと?」
「実はフレイくんにも、同じことを言われちゃって。」
「フレイくんが?一体、何を話したの?」
「ほら。フレイくん、最近ちょっと様子がおかしいじゃん?何というか、態度とか表情とかはいつも通りに見えるんだけど、ちょっと違うというか。」
そうなの?
私には彼はいつも通りに見えていた。
「違うって、具体的には?」
「う~ん、なんて言えばいいのかな。いつも通りに『演じている』感じがするっていうか....『心ここに在らず』って感じがするの。」
「そうなの?気のせいじゃない?」
「気のせいなのかな?でも何となく違和感があったから、フレイくんに聞いてみたの。そしたらフレイくんにも『何でもない』って言われちゃった。」
「彼がそう言うんだったら、やっぱり何でもないんじゃない?」
「そう、なのかなぁ….。」
ライラちゃんは納得できないのか、眉間にシワを寄せて悩んでいた。
もしかしたら、私より付き合いの長いライラちゃんだからこそ、フレイくんの小さな異変に気づいたのかもしれない。
ライラちゃんの言う通り、本当にフレイくんの様子が変だったりして。
「でも彼、悩んでいるときって結構分かりやすいじゃない?私だってこれでも、結構彼とは長い付き合いだし、何か悩んでたら流石に私も気づくんじゃない?」
「それもそうだね。じゃあ、やっぱり私の気のせいなのかも。」
そんな話をしていると、シヴァ先生が教室に入ってきた。
先生が教卓の前に立つと、みんなに席につくよう促した。
「それじゃあ、午後の授業を始めるよ!....って、その前に、レオンくんとレックスくんがいないね?みんな、2人はどこか知ってる?」
先生の指摘で、私は教室を見回す。
本当だ。2人ともいない。
レックス殿下も、レオンも、授業が始まるまでに帰ってこないなんて珍しい。
「レオン様は昼休みに入ってすぐに、用事があるからとどこかへ出かけました。私達もレオン様の行方は知りません。」
レオンの取り巻きでも、居場所を把握していないことってあるんだ。
「そういえばレックス殿下は、昼食後に誰かに呼び出されていました。」
そうそう。
確か食堂で見知らぬ上級生に呼び出されて、レックス殿下は上級生について行ったんだったわ。
「そっか~。2人の行方を知ってる子はいなさそうだね。それじゃあ、授業を始めながら2人が帰ってくるのを待とっか。」
「あのっ!私、2人を探してきます!」
「えっ?!あ、ちょっとカタリーナちゃん?!」
私は手を挙げて先生にそう伝えると、教室から出て行った。
何だか胸騒ぎがする。
終業式が目前のこのタイミングで、今までなかった不自然なことが起こることってある?
しかも2人とも、アップスターオレンジの登場人物。
これって、ただの偶然?それとも.....。
私は『関わらない方がいいのでは?』という臆病な気持ちがありつつも、『ここで何か行動しなければ、後で大惨事になる』という焦燥感に駆られて、急いで2人を探した。
講堂にも、中庭にも、礼拝堂にもいない。
アリーナや食堂に行ってみたけど、それでも2人は見つからなかった。
あとはどこを探していなかったっけ?
そうだ、薬草室だわ!
ここから近いし、あそこも探しておこう。
私は薬草室へ着くと、部屋の扉を勢いよく開けた。
するとキツイ薬草の匂いに混じって、どこかで嗅いだことのある臭い匂いが漂っていた。
悪臭とまでは言わないものも、不快感を与える独特の匂い。
....これは、血だ。
そのことに気づいた瞬間、身体中の血が一気に凍ったような感覚に苛まれた。
まさか。
まさか、まさか、まさか。
恐怖で固まった足を無理矢理動かして、薬草室の中を調べる。
すると奥には....。
アリーシャ様と、レオンが、血を流して倒れていた。
その光景に、私は驚きと恐怖のあまり、一瞬頭がクラッとした。
2人の胸には何かを刺したような跡があり、そこから血が流れている。
目は虚ろで、生気を感じない。
死んでいるのは明らかだった。
でも、どうして2人が?
私は頭が真っ白になり、その場でへなへなと座り込んでしまった。
そして少しして正気を取り戻し、立ちあがろうとした時、床に落ちていたある物に気づいた。
思わず手に取ってみる。
それは刃渡15センチ程度のナイフだった。
刃の部分は血でべっとりとしていて、その血が柄の方にもついている。
誰がどう見ても、このナイフが凶器であることは明白だ。
「うっわ!なにこの匂い!」
すると突然、背後から聞き慣れた声が響いた。
私は驚いて肩をすぼめて、声が聞こえた方を振り向く。
するとそこには、レックス殿下とシヴァ先生がいた。
「.....殿下と、先生?」
なんで?と尋ねる前に、2人は混乱しながら喋った。
「カタリーナ、一体なにがあったの?」
「レオンくんと、アリーシャちゃんが!どうしてこんなことに?」
「わ、私にも、わからなくて...!」
すると2人の後ろからもう1人、上級生らしき人が現れた。
「うわぁー!!さ、殺人だ!」
すると、その上級生は私を見るや否や、ガタガタと震えなが私を指差した。
「ひ、人殺しだぁぁぁ!!!!」
上級生は大きな声で叫びながら、勢いよく薬草室から出て行った。
人殺し?
....あっ!しまった。
手元にあるナイフを見て、私は盛大に自分がやらかしてしまったことに気づいた。
今のこの状況、客観的に見ればどう考えても私が犯人だ。
嵌められた。
アップスターオレンジの修正力が発動したんだ。
きっとアップスターオレンジは、私がどう足掻いても断罪イベントを発動させたかったんだ。
その罠に、私はまんまと引っかかってしまったんだわ。
....あの時、教室から出て探しに行くんじゃなかった。
後悔と絶望に襲われながら、私は身柄を拘束された。
◆◆◆
殺人の罪を問われて数日が経過した。
私は今、留置場の中にいる。
留置場とは言っても高位貴族の娘だからか、割と丁重に扱われている。
ベッドも机もイスも、実家にあるものに比べると質素だけど、日本に住んでいた頃に使っていたものよりかは豪華だ。
監視付きではあるものの、お風呂やトイレにも自由に行ける。
出される料理は高級ではないものの、普通においしい。
なんならアフタヌーンティーの準備までされている。
とてもじゃないけど、自分が殺人罪で留置されているとは思えないくらい、贅沢な暮らしだ。
でも、ここでの生活もあと少し。
明後日には、命を賭けた裁判が始まる。
お父様は優秀な弁護人を準備してくださったみたいだけど、それでも私の冤罪を晴らすのは難しいらしい。
無理もないわ。
この国の技術は日本に比べて未熟だから、状況証拠や証言で判断するしかない。
指紋を調べたり血痕のDNAを鑑定したりなんて、到底できない。
せめて死後硬直の時間を調べる技術があれば、私の冤罪を晴らす材料になったかもしれないのに。
いや、そもそも私が死体を発見したタイミングが死んですぐだった場合、死亡推定時刻を算出できても冤罪は晴らせないか。
加えて、この国の裁判は陪審員制だ。
客観的事実を述べても、陪審員の機嫌を損ねたら裁判で不利になる。
そもそも陪審員が、私を有罪にしたい誰かに買収されていたら勝ち目はない。
一応、裁判では私も口頭弁論ができるらしい。
だから事件当時の状況を振り返って、頭の中で弁論内容を考えていた。
でも、うまく説得できるかしら。
不安しかない。
そんなことを考えていると、突然、留置場の外から呼びかけられた。
私に会いに来た客人がいるらしい。
もしかして、お父様?それともレックス殿下?
私との面会が許可されている人は、限られている。
留置場の扉にある鉄格子のついた窓から、その客人の顔を覗いた。
けど、誰もいない。
左右を見渡しても、監視くらいしか見当たらなかった。
「お久しぶりです。カタリーナ・エセヴィラン公爵令嬢。」
私を呼ぶ声は、下から聞こえる。
窓から下を覗くと、そこには3歳児くらいの小さな男の子がいた。
「すみません、貴方は...?」
知り合いの貴族の子に、こんな子いたかしら?
「僕はショーン・ディシュメイン。この国の第一王子です。」
「しょ、ショーン殿下?!」
下から覗いているせいで顔がよく見えず、言われるまで全然気づかなかった。
「これは失礼しました!ですがなぜショーン殿下が、こちらへいらっしゃったのでしょうか?」
アップスターオレンジには、ショーン殿下と聖ソラトリク教団との直接的な繋がりは書かれていなかった。
とはいえ、ショーン殿下が聖ソラトリク教団と繋がっていない保証はない。
私は警戒しながら、ショーン殿下の話を聞いた。
「実は、貴方の弁護人は僕が引き受けることになりました。」
「えっ?!」
お父様が優秀な弁護人を用意してくださったのではないの?
寝耳に水だ。
「な、なぜですか?」
もしかして、わざと手を抜いて私を処刑台へ送るため?
だとしたらお父様を説得して、穏便に断らないと。
「....その理由は、裁判で明らかになるでしょう。カタリーナ嬢からすれば、対立派閥が推している王子を信用できないのは分かります。ですが、これだけは信じてください。僕が貴方の無罪を証明致します。」
「はい...。」
そう言われてもねぇ。
半信半疑な私のリアクションを察したショーン殿下は、説得を続けた。
「エセヴィラン公爵に、貴方を弁護する際に提出する証拠や弁護内容を説明したところ、快く承諾してくださいました。」
「お父様が承諾したのですか?!」
私のことを一切疑わずに、冤罪を晴らすことに尽力してくださったお父様。
そんなお父様が信じた、ということはショーン殿下を信じても大丈夫なのかしら?
「それに相手側の検察官はコーキナル公爵が担当するそうです。陪審員は検察官が準備するので、ほぼ確実にコーキナル派閥の貴族が陪審員に選ばれるでしょう。」
「そんなっ!それじゃあ公平な裁判にならないじゃないですか!」
まさか懸念していた通りのことが起きるなんて。
私、有罪確定じゃない!
「だからこそ、僕が弁護人になることで貴方が不利な状況を少しでも避けられます。コーキナル派閥の陪審員達は、彼らが推薦する王子である僕の言葉を無下にはできませんから。」
そう言われると、ショーン殿下に任せた方が得策かもしれない。
「承知しました。ショーン殿下、弁護人をよろしくお願いします。」
「ご理解いただき、ありがとうございます。」
「ですが、どうしてもお聞きしたいことがあります。先程も聞きましたが、なぜ急に私の弁護をしてくださることになったのでしょうか?私に言うことのできない内容なのでしょうか?」
「そう捉えてくださって構いません。ですが、これだけは説明しましょう。僕が今度の裁判で明かそうとしている内容が外部に漏れた場合、僕は最悪、貴方の弁護ができなくなります。」
「っ?!」
要するに、『これ以上言及したらお前の弁護人を降りる』ってことよね?
正直、ショーン殿下の意図がわからない状態で弁護人を任せるのは一抹の不安がある。
でも今はショーン殿下以外に弁護人を任せるのは得策じゃない。
「....承知しました。これ以上、追求致しません。」
「ご理解に感謝します。」
「当日は弁護の程、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ショーン殿下は話を終えると、留置場から去った。
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王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
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ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
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ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
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「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
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「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
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