悪役令嬢と名高い私ですが、巷で人気の『光の賢者様』の正体は私です

サトウミ

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悪役令嬢のモデルは?

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昼下がりの午後。
私はブーケと一緒に中庭で日向ぼっこをしながら、おしゃべりをしていた。

「はぁ。まただわ。」

最近、学校で妙な視線を感じる。
悪役令嬢だと散々陰で言われているので、侮蔑の目でジロジロ見られることには慣れていた。
だけど、この視線はソレとは少し違う。
ずっとつけ回すような、粘着質な感じの視線だ。

教室、食堂、廊下、中庭...。
どこにいても、時折感じるこの視線。

あまりにもしつこいので、昨日視線を感じた方向を睨んでみたが、私を見つめている相手は逃げるだけで姿を現さない。

「何なんだろうね、アイツ。」

度々感じる視線にブーケも苛立っていた。
いい加減、鬱陶しく感じてきたので、休み時間は生徒会室へ避難しようかしら?
ユミル殿下に相談して、生徒会室に避難させてもらおう。

私はその日の放課後、いつものように生徒会室へ行き、そのことを相談した。


◆◆◆


「なるほど。ジュリー嬢をつけ回す、不審な視線か。それは気になるね。」
早速ユミル殿下に相談すると、殿下は親身に私の話を聞いてくださった。

「ホント、困っているんですよ。ユミル殿下、何とかして下さい。このままだと、私もジュリーもイライラして悪魔憑きにされちゃいます。」

「それは大変だ。視線の相手を捕まえて、話を聞かないとね。」

「ですが捕まえると言われましても、相手は逃げ足が早く、なかなか捕まりません。」

「そっか。だったら作戦を立てよう。」
「作戦、ですか?」

「うん。ジュリー嬢、その視線を感じるタイミングは決まっているの?」
「いつも学校にいる時に視線を感じます。」

「ということは、この学校の生徒か教師か。視線を感じる時間帯や場所は、もう少し具体的に解る?」

「すみません、そこまではわかりません。ですが、学校にいる間は不定期に、頻繁に感じます。」

「う~ん...じゃあ、今は感じる?」
「流石に生徒会室までは追ってこないみたいです。」

「ということは、その人は今、生徒会室の外にいるってことだよね。もしかして外から、ここの窓を除いていたりして。」

ユミル殿下はそのような事を考えながら、窓から対面にある校舎を覗いた。

「あっ! もしかしてアレかな?」
「えっ! どこですか?!」

慌ててブーケと一緒に、殿下が指差す方向を窓から覗くも、既に人影は消えていた。
生徒会室になら安心と思っていたのに、ここも覗かれていたなんて。
私は思わずため息が出た。

「だけど、これで相手を捕まえる方法を思いついたよ。相手は生徒会室にいる時も覗いているってことは、逆にそのタイミングがチャンスだ。外から生徒会室の様子がわかる場所は限られているからね。今日は警戒されているだろうし、明日またチャレンジしよう。」

「はい!」

◆◆◆

翌日。
生徒会室に入った私は、殿下の指示に従い、殿下とブーケの三人でいつも通りに過ごしていた。

その間にジャズ先輩が隠れながら対面にある校舎へ移動し、生徒会室を覗く人物を捕まえるという作戦だ。

「これで相手が捕まればいいのですが。」
「大丈夫。ジャズを信じよう。」
「そうだよジュリー。いくら逃げ足の速いアイツでも、流石にジャズ先輩からは逃げられないでしょ。」
「だといいのだけれど。」

そんな心配をよそに、ジャズ先輩は小一時間後、生徒会室へ帰ってきた。

「おい、ジュリー! 捕まえたぞ。」
「すみません、すみません! 放してくださーい!」
ジャズ先輩が肩に担いでいたのは、見るからに小柄で愛らしい感じの女子生徒だった。
女子生徒はじたばた暴れていたが、剛腕なジャズ先輩の腕から逃げられないようだ。

「先輩、ナイス!」
「流石だ、ジャズ。」
「へへっ、どんなもんよ。」

ブーケと殿下が退路を塞ぐと、ジャズ先輩は椅子に座らせるように女子生徒を置いた。

「えぇ~っと、そのぉ......。」
女子生徒は私達に睨まれると、困惑して苦笑いをした。

淡いピンク色の髪と瞳の彼女は、小柄で華奢で、誰からも愛されそうな穏和な雰囲気の少女だった。
この娘、確か同じクラスの子だ。
名前は確かキャリー・シェリルだ。
接点が皆無でほとんど話すことが無いから、今の今まで気づかなかった。

「ねぇ貴女。同じクラスのキャリー・シェリルよね? 最近、私のことを熱心に観察していたけれども、私に何か用事でもあるのかしら?」

私は極力穏やかな口調で、優しく尋ねる。
だけど彼女は、そんな私に怯えながら、恐る恐る話した。

「えっと~、用事、というほど大層なものではありません。」

「だったら何?」
「ひぃ!」

ブーケが凄むと、キャリーは猫に睨まれた鼠のようにビクビクと震えた。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
私達はただ尋ねているだけなのに、大袈裟に謝られても困る。
側から見たら、まるで私達がいじめているみたいじゃないの。
嗚呼、こんなことだから、いつも悪役令嬢だと陰で言われてしまうのね。

「ねぇ、キャリー。私達、怒っているわけではないのよ? ただ、ここ最近私を観察していた理由を知りたいだけなの。」

怖がらせないように笑顔で話しかけたけれど、それが逆に怖かったのか、彼女は今にも泣きそうなくらい怯えていた。

「あ? コイツ、なんか鞄に隠し持っているぞ。」
「あっ! ダメッ!」

ジャズ先輩はキャリーの鞄を強引に取り上げると、乱暴に中身を取り出した。
中から出てきたのは何枚かの資料だった。
もしかして、私を調査した内容でも書いているのかしら?
ジャズ先輩は無粋にも、嫌がる彼女を無視して資料を音読した。

「えっ~と、なになに?
『王子殿下と虐げられた私。
作・ジョニー・マロンズ』」

ジョニー・マロンズ?
どこかで聞いたことがあるような...?



「『君の、漆黒の髪も、宝石のように紅く煌めくその瞳も。誰がどう言おうと、僕は美しいと思う。心から、好きだ。』
 その言葉は、まるで胸の奥に優しく触れる風のようだった。私のような存在に向けられるには、あまりにも暖かく、優しすぎる。
それでも、嘘ではないと感じられた。
『ユリル殿下……っ。悪魔のように醜悪な見目の私を、そう言ってくださるのは……殿下だけです。』
声が震えたのは、嬉しさからか、それとも長く抱えていた孤独が溶け出したせいなのか、自分でもわからない。
ユリル殿下は、静かに手を伸ばし、凛とした美しさを湛える指先で私の顎をそっと持ち上げた。視線が交わる。そこには恐れも、偽りもない。
そして彼は、何のためらいもなく、私の唇に、自らの唇を重ねた。
それは、誓いにも似た優しい口づけだった。」



私達は一体、何を聞かされているの?
先輩が大きな声で音読するせいで、キャリーは顔を真っ赤にして伏せている。
それより、漆黒の髪に紅い瞳って......まるで私のようだ。

「この内容って、まるでロマンス小説みたいじゃねえか。」
「しかもモデルは、明らかに僕とジュリー嬢だよね。」

先輩も殿下も、その内容に若干、引いていた。
かく言う私も、勝手にモデルにされた上に、殿下と恋仲という設定にされたので、彼女のことが少し不気味で気持ち悪いと感じた。

「まさか、コレを書くためにジュリーをつけ回していたってこと?!」
「えっと...あの……ハイ、そうです。」

消え入りそうな声で、とうとう彼女は自白した。
どおりで視線から、ねっとりとした不気味な何かを感じたワケね。

「貴女、何か勘違いしているようだけれども、私と殿下はそういう関係ではないのよ?」
「別に構いません。ジュリー様が、ユミル殿下やカイル殿下と一緒に微笑ましく話されているだけで目の保養になります。それだけで、私の妄想が膨らみますので。」

勝手に妄想の肥やしにされても困る。

「ちょっと待って! ジョニー・マロンズって、もしかして...!」

ブーケは何かに気づいたのか、鋭い目つきでキャリーの胸元を掴んだ。

「アンタだったの?! 『男爵令嬢の午後』を書いたのは!」
「はい、そうですが...?」

そうだ、思い出したわ。
私がモデルの悪役が出るあの小説、作者の名前が確かジョニー・マロンズだった。

「アンタねぇ! ジュリーを散々コケにしていたくせに、またジュリーを悪く書くつもり?」
「えっ? どういうことですか?」

この期に及んで、とぼけるつもり?
だけど彼女の表情を見る限り、本当に心当たりが無さそうだ。

「知らないとは言わせないわよ? 男爵令嬢の午後に出てくる悪役令嬢の特徴が、あれだけジュリーと一致するんだから、しらを切っても無駄よ!」
「あぁ! 確かに、容姿の設定はジュリー様と似ていますね。」

『確かに』って、今更気づいたの?

「ですけど、誤解しないで下さい。確かにあのキャラは、ユミル殿下のアドバイスで実在する女性をモデルにしました。ですが、モデルにしたのはジュリー様ではありません。」

ん?
ユミル殿下のアドバイス?
初耳なんですが?
彼女の一言で、今度はユミル殿下に注目が集まった。

「まさか、僕があんなこと言ったせいなのか。ジュリー嬢、迷惑をかけてごめん!」
殿下に頭を下げられても、経緯を知らないので怒るべきなのか分からない。

「おいユミル。話が全然見えねぇ。コイツに何言ったんだ?」

「前に彼女と廊下でぶつかって、彼女が持っていた原稿を落としちゃったことがあったんだ。原稿を一緒に拾ったら、成り行きで小説のアドバイスをして欲しいって言われてさ。
『恋敵を出した方が盛り上がるんじゃないか』ってアドバイスをしたら『恋敵キャラが思い浮かばない』って言われたんだ。だから『実在の人物をモデルにしてみたら?』って助言したのさ。
過去にいた悪女をモデルにしたら?という意味で言ったつもりだったんだけど、まさかジュリー嬢がモデルにされるなんて思ってもみなかったよ。」

「それなら仕方ありません。殿下は悪くないですわ。」

むしろ親切で言ったアドバイスのせいでとばっちりを受けるなんて、少し哀れだ。

「あのぉ...。私、ジュリー様をモデルにしたとは一言も言っていないのですが...。」
「まだとぼけるつもり?! だったら何で、あのキャラの見た目がジュリーそっくりなのよ?」

「黒髪とつり目と赤い瞳にすれば、読者にも悪役のイメージが伝わるのではと思ったのです。」
「それって、ジュリーが悪役っぽいって言いたいワケ?」

本当ならば私が怒るべきなのだろうけど、ブーケが私以上に怒ってくれるから、彼女に対する怒りが湧いてこない。
むしろブーケがまた悪魔憑きにされるんじゃないかと心配になってくる。

「まぁブーケ、落ち着けって。実際にモデルにしたのは別人なんだろ? だったら話だけでも聞けばいいじゃねえか。」

ジャズ先輩が宥めてくれたおかげで、ブーケは彼女を睨むのをやめ、冷静になって話を聞いた。

「ねぇキャリー。私がモデルでないなら、誰がモデルなの? 教えてくれる?」
「えっと......絶対に、内緒にしてくださいますか?」

彼女は尚、狙われている小動物のように怯えている。
何をそんなに怯える必要があるのかしら?

「大丈夫。ここにいる全員、貴女の秘密を話したりしないわ。だから教えて頂戴?」
「わかりました。それでは...。」

彼女は深呼吸をすると、意を決して話してくれた。

「あのキャラのモデルは、ロザリア様です!」
「えっ?」

まさか、ロザリアだったの?
だけど思い返してみれば、確かにロザリアみたいな性格のキャラクターだった。
あまりに性格が悪すぎて『私はこんな悪女だと作者に思われているのか』と酷く傷ついたが、ロザリアがモデルなら納得だわ。

「......言われてみれば、ロザリアに似てるかも!」
すると、さっきまで眉間に皺を寄せて怒っていたブーケが、嘘みたいに柔らかい表情になった。

「それにキャラ名も『ローザ・ルティリア』って、ロザリアの名前をもじっているしね。何で今まで気づかなかったんだろ。」
ブーケは思わず、笑みを浮かべる。
その笑顔につられて、私も思わず笑ってしまった。

そんな私達を見て、キャリーは安堵したように苦笑いをした。

「私、もう一度貴女の小説を読んでみようかしら?あの悪役令嬢が私だと思っていたから嫌厭していたのよね。」

するとキャリーは花が咲くような笑顔で、私の手を掴んで大はしゃぎをした。

「是非! 是非読んでください! 感激です、まさか推し様に拙作を読む宣言をして頂けるなんて!」
「お、推し様?」

「はい! 私、前から密かにジュリー様に憧れていたんです。気高くて、優しくて、美しくて。まさに私の理想とする淑女そのものなのです!」

私に偏見を持たずに接してくれる人は何人かいても、私に憧れる人は初めて見た。
しかもフィーネじゃなくて、今の私を慕ってくれるなんて。

「フフ。貴女、変わっているのね。」
「嗚呼、私に笑いかけて下さるなんて尊い。もっとジュリー様とお近づきなりたい...って、ダメよキャリー! 私とジュリー様とでは住む世界が違うもの。私に許されるのは今まで通り遠くから眺めることだけよ!」

私はストーカー行為を許した覚えはないのだけれども?

「ねぇ、キャリー。我が校の教育理念をご存知?」
「教育理念、ですか?」

「『学問の前に人は平等』よ。要するに、この学校で学ぶ全ての生徒は、家柄に関係なく平等であると言うこと。つまり、私とキャリーも対等な立場なのよ?」
「えっ、でも私はしがない平民ですし、キャリー様は雲の上のお方です。」

「だけど、この学校では平等よ。」

「そうよ。私だって一応平民だけど、ジュリーとは対等な関係だし。っていうか親友だし。」

「それにコソコソつけ回されるくらいなら、一緒にお話ししてくれた方が嬉しくてよ?」

キャリーはウルウルと目を輝かせて、私を見つめる。

「良いのですか...?」
「勿論よ。ただし! 私や殿下で勝手に妄想して、それを小説にするのはやめてね。」

「はい! 妄想はしますけど、小説にはしません!」
妄想は諦めないのね。
まぁ、妄想していないか確かめる方法もないし、小説にしないのであれば許してあげてもいいか。

「ジュリー様。できれば、もう一つお願いしても良いですか?」
「何かしら?」

「ジュリー様のことを、『ジュリーちゃん』って呼んでもいいですか?」
「えぇ、構わないわ。何なら、同じクラスなんだし、敬語も不要よ。」

「やったー♪ ジュリーちゃん、ありがとう!」

テンションの上がったキャリーは、私に勢いよく抱きついて喜んだ。
何だかこの感じ、レディーナに似てるわね。
私は大はしゃぎする彼女が微笑ましく感じた。

この日、私は思いがけない形で友人が一人増えたのだった。
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