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ウインの正体を考えてみた
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悪魔祓い講習が終わって誰もいなくなった、午後の教室。
...いや、誰もいないわけじゃない。
正確には、私とアベル殿下がいる。
他のみんなが教室を去る中、殿下は私だけに教室に残るよう引き止めた。
「アベル殿下、ご用件はなんですか?」
殿下に呼び止められる心当たりがないので、私は単刀直入に尋ねた。
「用件の前に、さっきは悪かったな。ロザリアがキレそうだったとはいえ、咄嗟にお前を生贄にして。」
「いえ、お気になさらず。彼女に罵倒されるのは慣れていますので。むしろ、彼女がまた悪魔憑きになるくらいなら、多少の罵倒も我慢します。」
「ジュリーちゃん、ありがとう! お前はホント、いい奴だな。」
「それより、用件は何でしょうか? わざわざ私だけを残すようなお話ですか?」
するとアベル殿下は両手を合わせ、私に対して頭を下げた。
「頼む、ジュリーちゃん! ユミルかカイルを、説得してくれ!」
...ん?
何のお願いなのか、話が見えない。
私は殿下の意図が読めず、首を傾げた。
「アベル殿下、失礼ですが......何を説得するのでしょうか?」
先程の話からして、ユミル殿下やカイル殿下を説得して欲しいのだろうけれど、なぜそれを私に頼むのかしら?
仮に説得するにしても、その二人なら私よりアベル殿下の方が適任だ。
殿下は頭を上げると、事情を説明し始めた。
「実はさ、悪魔祓い講習なんだけど、ロザリアだけ特別講習ってことにして他の講習生と分けようと考えているんだ。ほら、今日の講習で見ただろ? アイツ、いっつもああなんだよ。」
私は今日の講習でのロザリアを振り返る。
彼女が入ってきた途端、教室内の空気は一気に悪くなった。
アベル殿下が話しかける度に彼女の怒りは募り、今にも悪魔憑きになりそうだった。
「最近じゃ、俺が何を話してもキレるし、話さなくてもキレる。『今度から怒らなくて済むように気をつけよう』って優しく注意しでもキレる。『誰に対しても優しくしていた方が弟達も好きだと思うぞ』ってやんわり言っても皮肉だと思われてキレる。何も話しかけなかったら無視したとキレる。もう、何をしたところで俺の言動を悪く捉えるんだよ、アイツは。」
大きくため息をついて語るアベル殿下。
その疲れ切った顔には、哀愁が漂っていた。
殿下の気持ちは、よく分かる。
私も、悪魔憑きのような見た目のせいで、何をしても怖がられてしまうもの。
怖がられないように努力しても、全部裏目に出てしまう虚無感は、嫌というほど知っている。
「だから俺が講師だと、悪魔祓い講習じゃなくて悪魔憑き講習になっちまう。ってことで、まずはロザリアだけでも別枠で新しい講師をつけようって思ってさ。まぁ、ゆくゆくはロザリア以外も新しい講師に押し付けて、俺は晴れて講師を卒業...ってのが理想だ。」
ロザリアが厄介というのは本心でしょうけど、本当の狙いはそっちね。
「で、肝心の『ロザリアの講師を誰にするか』なんだけどさ......アイツが言うことを聞く人間って限られてくるワケよ? しかもその中で講師ができそうな人材となると、ほぼゼロに近い。色々考えた結果、候補はユミルとカイルくらいしか思いつかなかった。」
「確かに殿下達が講師でしたら、ロザリア様は喜んで従うでしょう。それに殿下達は一度も悪魔憑きになられたことがないため、講師として適任のように思います。」
「だろ? だから、アイツらに講師を引き受けるように説得してくれ! 頼む、ジュリーだけが頼りなんだ!」
祈るように懇願されても、確約はできない。
「それでしたら今回の悪魔祓い講習のように、学園長に話を通せば良いのではないでしょうか?」
「話は通したさ。何なら、アイツらを講師にする話を通しやすくするために、悪魔祓い講習を生徒会主導でやる話を持ちかけたぐらいだ。だけど学園長に『生徒会主導にする話は許可しましたが、あくまで生徒達はサポート役で、講師は引き続き生徒会顧問であるアベル殿下が行ってください。』ってあしらわれたワケ。」
学園長の主張はごもっともだ。
そもそもアベル殿下を講師にしたのは、国王陛下だ。
陛下の許可なく講師を変えるのは難しい話ね。
「それでもしつこく頼んだら『ロザリア嬢だけ特別に別の講師をつけるのでしたら、陛下の許可を得て下さい。』って言われてさ。だから、国王陛下に頼んでみたんだ。そしたら『本人が了承したら許可する』って言質は取れた。あとは弟どもに話をつけるだけ......だったんだけど、二人には断られてさぁ。」
「それで私に頼まれた、ということですね。ですがアベル殿下ですら断られることを、私がお願いしたところで聞き入れてくださるでしょうか?」
「むしろ、お前だからこそ聞き入れるはずだ。なんせ、あの二人はお前のことを狙っているからな。」
なるほど、それなら納得だわ。
オルティス公爵を取り込もうと思うのなら、私に好かれた方が好都合だものね。
「わかりました。それなら説得してみます。」
「さっすが、ジュリーちゃん! モテる女は器が大きいね!」
モテているのはオルティス公爵だけど。
「...そういえば話は変わるけど、ジュリーちゃんの好きな人って、結局、誰なの?」
「えっ?」
アベル殿下の唐突な質問に、戸惑って声を失った。
まるで冷や水をかけられたかのような気分だ。
「みんなから聞いたけど、お前、好きな人がいるんだろ?」
「い、いえ! それは、勝手にみんながそう思っているだけです! それに、何故そのような話になるのですか?」
「ジュリーちゃんがモテモテって話をしてたら、ふと思い出してさ。 で、結局誰なんだ? まさか、弟達だとか言わないよな?」
「断じて違います!」
「じゃあ、当ててもいいか? お前の好きな奴は、ズバリ......ウインだろ?」
「っ?!」
正解を当てられて、心臓が飛び出そうになる。
私は平然を保つことすら忘れ、誤魔化す余裕もなく、ただただ呆然と口を開けて言葉を失った。
「あ~! そのリアクション、図星だろ?」
正解を言い当てたアベル殿下はしたり顔で、口角を上げて笑った。
「...なぜ、そう思われたのですか?」
「だってお前、何かにつけて緑色を選びたがるだろ? ジャズがフィーネを意識して白色を選びたがるように、お前もウインが好きだから緑色を選ぶんじゃないかって思ったのさ。」
私、そんなに緑色に拘っていたの?
傍から見てて察せるくらい分かりやすい態度をとっていたのかと思うと、恥ずかしくなった。
「そっか~。ジュリーちゃんの好きな相手は、ウインかぁ~。相手が正体不明ってのが、これまた面白いねぇ。」
「揶揄わないでください!」
「まぁまぁ、そう照れるなって! これでも俺は、ジュリーちゃんの恋を応援しているんだぜ? 何なら、一緒にウイン様の正体を考えようじゃないか。」
「結構です!」
賢者達はお互いの正体を知るべきではないし、探るべきでもない。
もし私が正体を知ってしまったせいで、ウイン様の正体が悪魔王にバレたら目も当てられないわ。
「お堅い女だなぁ~。別に考えるくらい、いいだろ? 俺の見立てじゃ、案外アイツはすぐ近くにいると思うぜ?」
「えっ?」
ウイン様が、近くに?
それを聞いて、身近にいる男性達を想像しては、誰がウイン様なのかと考えてしまって。
いけないとは思いつつ、頭が勝手にウイン様の正体を探ってしまう。
「お前は、ウインの正体は誰だと思う?」
「さ、さぁ...。存じ上げません。」
「だったら、こっからは俺の推測な。ウインの正体は、アイツなんじゃないか?」
「アイツ、とは?」
「......ユミルだ。」
ユミル殿下が、ウイン様?
私は脳内で二人の姿を想像し、見比べる。
確かに二人は顔立ちが似ている気がする。
背丈は...。
駄目だ。背丈は比べるのが難しい。
「なぜユミル殿下がウイン様だと思われるのですか?」
「いくつか理由はあるけど、まず1つ目の理由は、ユミルは風の魔力が高いからだ。」
根拠にする理由としては、一番重要なポイントね。
精霊は、それぞれ自分が得意とする属性の魔力を持った人間を、賢者に選ぶ。
光の精霊なら、光の魔力の高さが。
水の精霊なら、水の魔力の高さが。
風の精霊なら、当然、風の魔力の高さが。
それぞれ必要となる。
ユミル殿下が風の魔力が高いというのは初めて知った。
きっとアベル殿下は教師をしているから、生徒達の魔力測定の結果を知っているのだろう。
「2つ目の理由。アイツ、悪魔憑きが出る時、いつもいないだろ? 悪魔憑きとアイツが一緒にいるところを見たことがあるか?」
「確かに、一度も見たことがありません。」
だけど根拠としては薄いわね。
賢者の私はともかく、一般人は悪魔憑きと遭遇する確率が低いと思うわ。
悪魔憑きと一緒にいたことがない人なんて、王都中を探せばそれなりにいるんじゃないかしら?
「アベル殿下。失礼ですが、その二つに該当する人物は、探せばいくらでもいるのではないのでしょうか? 他にも該当する生徒はいないのでしょうか?」
「確かにな。まぁ、他にも理由は色々あるんだけど、一番違和感があったのは悪魔祓い講習の件だな。」
「今回の講習が、ですか?」
「あぁ。まず、アイツが悪魔祓い講習の講師を断ったのが意外だった。王太子になるために努力しているアイツが、実績を作るチャンスを蹴ったのが不思議だ。この講習で結果を出せば中立派の貴族達が支持する可能性だってあるし、何ならロザリアの父親のフォルティーナ公爵がアイツの派閥に入るかもしれないのにさ。」
「ただ単に、悪魔憑きに遭うリスクを負いたくなかったからではないのでしょうか?」
「それだよ! もしアイツがウインだったら、変身する前に悪魔憑きに遭う事態はなんとしてでも避けたいはずだ。だから断ったんだと考えれば、辻褄が合う。」
殿下の言うことには一理ある。
確かにユミル殿下の真面目な性格からして、講師を任されたら文句を言いつつも引き受けるような気がするわ。
「それと、今日の講習でアイツに『怒りの感情が湧いても悪魔憑きにならないのは何故か』って聞いた時の反応、見たか?」
「はい。あの時のユミル殿下は、今までに見たことのないくらい戸惑っていました。」
「それってさ、悪魔憑きにならない理由が普通と違うから、だったんじゃないか? 例えば『悪魔王に正体がバレることへの恐怖が、怒りを上回るから』......とかさ。」
数秒考えた後に、アベル殿下の言わんとすることが理解できた。
賢者が悪魔憑きになった場合、高い確率で正体がバレるだろう。
そうなったら悪魔王に殺されるかもしれない。
だからユミル殿下が仮にウイン様である場合、悪魔憑きになることを恐れてもおかしくはない。
それに悪魔憑きにならない理由を訊かれて、すぐに答えられなかった理由にも、説明がつく。
「まぁ、色々言ったけど、俺の話を信じるかはジュリーちゃんに任せるよ。ただ俺的には、アイツはグレーだ。仮にウインじゃなくとも、アイツは何か隠している。」
ユミル殿下が、ウイン様...?
初めて悪魔憑きと戦った時に励ましてくださったのも。
私をお姫様抱っこして悪魔憑きから逃げたのも。
優しく微笑みかけてくださったのも。
──全部、ユミル殿下だったの?
アベル殿下の推測が正しいとは限らない。
それでも私は、ユミル殿下を意識せずにはいられなかった。
...いや、誰もいないわけじゃない。
正確には、私とアベル殿下がいる。
他のみんなが教室を去る中、殿下は私だけに教室に残るよう引き止めた。
「アベル殿下、ご用件はなんですか?」
殿下に呼び止められる心当たりがないので、私は単刀直入に尋ねた。
「用件の前に、さっきは悪かったな。ロザリアがキレそうだったとはいえ、咄嗟にお前を生贄にして。」
「いえ、お気になさらず。彼女に罵倒されるのは慣れていますので。むしろ、彼女がまた悪魔憑きになるくらいなら、多少の罵倒も我慢します。」
「ジュリーちゃん、ありがとう! お前はホント、いい奴だな。」
「それより、用件は何でしょうか? わざわざ私だけを残すようなお話ですか?」
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「頼む、ジュリーちゃん! ユミルかカイルを、説得してくれ!」
...ん?
何のお願いなのか、話が見えない。
私は殿下の意図が読めず、首を傾げた。
「アベル殿下、失礼ですが......何を説得するのでしょうか?」
先程の話からして、ユミル殿下やカイル殿下を説得して欲しいのだろうけれど、なぜそれを私に頼むのかしら?
仮に説得するにしても、その二人なら私よりアベル殿下の方が適任だ。
殿下は頭を上げると、事情を説明し始めた。
「実はさ、悪魔祓い講習なんだけど、ロザリアだけ特別講習ってことにして他の講習生と分けようと考えているんだ。ほら、今日の講習で見ただろ? アイツ、いっつもああなんだよ。」
私は今日の講習でのロザリアを振り返る。
彼女が入ってきた途端、教室内の空気は一気に悪くなった。
アベル殿下が話しかける度に彼女の怒りは募り、今にも悪魔憑きになりそうだった。
「最近じゃ、俺が何を話してもキレるし、話さなくてもキレる。『今度から怒らなくて済むように気をつけよう』って優しく注意しでもキレる。『誰に対しても優しくしていた方が弟達も好きだと思うぞ』ってやんわり言っても皮肉だと思われてキレる。何も話しかけなかったら無視したとキレる。もう、何をしたところで俺の言動を悪く捉えるんだよ、アイツは。」
大きくため息をついて語るアベル殿下。
その疲れ切った顔には、哀愁が漂っていた。
殿下の気持ちは、よく分かる。
私も、悪魔憑きのような見た目のせいで、何をしても怖がられてしまうもの。
怖がられないように努力しても、全部裏目に出てしまう虚無感は、嫌というほど知っている。
「だから俺が講師だと、悪魔祓い講習じゃなくて悪魔憑き講習になっちまう。ってことで、まずはロザリアだけでも別枠で新しい講師をつけようって思ってさ。まぁ、ゆくゆくはロザリア以外も新しい講師に押し付けて、俺は晴れて講師を卒業...ってのが理想だ。」
ロザリアが厄介というのは本心でしょうけど、本当の狙いはそっちね。
「で、肝心の『ロザリアの講師を誰にするか』なんだけどさ......アイツが言うことを聞く人間って限られてくるワケよ? しかもその中で講師ができそうな人材となると、ほぼゼロに近い。色々考えた結果、候補はユミルとカイルくらいしか思いつかなかった。」
「確かに殿下達が講師でしたら、ロザリア様は喜んで従うでしょう。それに殿下達は一度も悪魔憑きになられたことがないため、講師として適任のように思います。」
「だろ? だから、アイツらに講師を引き受けるように説得してくれ! 頼む、ジュリーだけが頼りなんだ!」
祈るように懇願されても、確約はできない。
「それでしたら今回の悪魔祓い講習のように、学園長に話を通せば良いのではないでしょうか?」
「話は通したさ。何なら、アイツらを講師にする話を通しやすくするために、悪魔祓い講習を生徒会主導でやる話を持ちかけたぐらいだ。だけど学園長に『生徒会主導にする話は許可しましたが、あくまで生徒達はサポート役で、講師は引き続き生徒会顧問であるアベル殿下が行ってください。』ってあしらわれたワケ。」
学園長の主張はごもっともだ。
そもそもアベル殿下を講師にしたのは、国王陛下だ。
陛下の許可なく講師を変えるのは難しい話ね。
「それでもしつこく頼んだら『ロザリア嬢だけ特別に別の講師をつけるのでしたら、陛下の許可を得て下さい。』って言われてさ。だから、国王陛下に頼んでみたんだ。そしたら『本人が了承したら許可する』って言質は取れた。あとは弟どもに話をつけるだけ......だったんだけど、二人には断られてさぁ。」
「それで私に頼まれた、ということですね。ですがアベル殿下ですら断られることを、私がお願いしたところで聞き入れてくださるでしょうか?」
「むしろ、お前だからこそ聞き入れるはずだ。なんせ、あの二人はお前のことを狙っているからな。」
なるほど、それなら納得だわ。
オルティス公爵を取り込もうと思うのなら、私に好かれた方が好都合だものね。
「わかりました。それなら説得してみます。」
「さっすが、ジュリーちゃん! モテる女は器が大きいね!」
モテているのはオルティス公爵だけど。
「...そういえば話は変わるけど、ジュリーちゃんの好きな人って、結局、誰なの?」
「えっ?」
アベル殿下の唐突な質問に、戸惑って声を失った。
まるで冷や水をかけられたかのような気分だ。
「みんなから聞いたけど、お前、好きな人がいるんだろ?」
「い、いえ! それは、勝手にみんながそう思っているだけです! それに、何故そのような話になるのですか?」
「ジュリーちゃんがモテモテって話をしてたら、ふと思い出してさ。 で、結局誰なんだ? まさか、弟達だとか言わないよな?」
「断じて違います!」
「じゃあ、当ててもいいか? お前の好きな奴は、ズバリ......ウインだろ?」
「っ?!」
正解を当てられて、心臓が飛び出そうになる。
私は平然を保つことすら忘れ、誤魔化す余裕もなく、ただただ呆然と口を開けて言葉を失った。
「あ~! そのリアクション、図星だろ?」
正解を言い当てたアベル殿下はしたり顔で、口角を上げて笑った。
「...なぜ、そう思われたのですか?」
「だってお前、何かにつけて緑色を選びたがるだろ? ジャズがフィーネを意識して白色を選びたがるように、お前もウインが好きだから緑色を選ぶんじゃないかって思ったのさ。」
私、そんなに緑色に拘っていたの?
傍から見てて察せるくらい分かりやすい態度をとっていたのかと思うと、恥ずかしくなった。
「そっか~。ジュリーちゃんの好きな相手は、ウインかぁ~。相手が正体不明ってのが、これまた面白いねぇ。」
「揶揄わないでください!」
「まぁまぁ、そう照れるなって! これでも俺は、ジュリーちゃんの恋を応援しているんだぜ? 何なら、一緒にウイン様の正体を考えようじゃないか。」
「結構です!」
賢者達はお互いの正体を知るべきではないし、探るべきでもない。
もし私が正体を知ってしまったせいで、ウイン様の正体が悪魔王にバレたら目も当てられないわ。
「お堅い女だなぁ~。別に考えるくらい、いいだろ? 俺の見立てじゃ、案外アイツはすぐ近くにいると思うぜ?」
「えっ?」
ウイン様が、近くに?
それを聞いて、身近にいる男性達を想像しては、誰がウイン様なのかと考えてしまって。
いけないとは思いつつ、頭が勝手にウイン様の正体を探ってしまう。
「お前は、ウインの正体は誰だと思う?」
「さ、さぁ...。存じ上げません。」
「だったら、こっからは俺の推測な。ウインの正体は、アイツなんじゃないか?」
「アイツ、とは?」
「......ユミルだ。」
ユミル殿下が、ウイン様?
私は脳内で二人の姿を想像し、見比べる。
確かに二人は顔立ちが似ている気がする。
背丈は...。
駄目だ。背丈は比べるのが難しい。
「なぜユミル殿下がウイン様だと思われるのですか?」
「いくつか理由はあるけど、まず1つ目の理由は、ユミルは風の魔力が高いからだ。」
根拠にする理由としては、一番重要なポイントね。
精霊は、それぞれ自分が得意とする属性の魔力を持った人間を、賢者に選ぶ。
光の精霊なら、光の魔力の高さが。
水の精霊なら、水の魔力の高さが。
風の精霊なら、当然、風の魔力の高さが。
それぞれ必要となる。
ユミル殿下が風の魔力が高いというのは初めて知った。
きっとアベル殿下は教師をしているから、生徒達の魔力測定の結果を知っているのだろう。
「2つ目の理由。アイツ、悪魔憑きが出る時、いつもいないだろ? 悪魔憑きとアイツが一緒にいるところを見たことがあるか?」
「確かに、一度も見たことがありません。」
だけど根拠としては薄いわね。
賢者の私はともかく、一般人は悪魔憑きと遭遇する確率が低いと思うわ。
悪魔憑きと一緒にいたことがない人なんて、王都中を探せばそれなりにいるんじゃないかしら?
「アベル殿下。失礼ですが、その二つに該当する人物は、探せばいくらでもいるのではないのでしょうか? 他にも該当する生徒はいないのでしょうか?」
「確かにな。まぁ、他にも理由は色々あるんだけど、一番違和感があったのは悪魔祓い講習の件だな。」
「今回の講習が、ですか?」
「あぁ。まず、アイツが悪魔祓い講習の講師を断ったのが意外だった。王太子になるために努力しているアイツが、実績を作るチャンスを蹴ったのが不思議だ。この講習で結果を出せば中立派の貴族達が支持する可能性だってあるし、何ならロザリアの父親のフォルティーナ公爵がアイツの派閥に入るかもしれないのにさ。」
「ただ単に、悪魔憑きに遭うリスクを負いたくなかったからではないのでしょうか?」
「それだよ! もしアイツがウインだったら、変身する前に悪魔憑きに遭う事態はなんとしてでも避けたいはずだ。だから断ったんだと考えれば、辻褄が合う。」
殿下の言うことには一理ある。
確かにユミル殿下の真面目な性格からして、講師を任されたら文句を言いつつも引き受けるような気がするわ。
「それと、今日の講習でアイツに『怒りの感情が湧いても悪魔憑きにならないのは何故か』って聞いた時の反応、見たか?」
「はい。あの時のユミル殿下は、今までに見たことのないくらい戸惑っていました。」
「それってさ、悪魔憑きにならない理由が普通と違うから、だったんじゃないか? 例えば『悪魔王に正体がバレることへの恐怖が、怒りを上回るから』......とかさ。」
数秒考えた後に、アベル殿下の言わんとすることが理解できた。
賢者が悪魔憑きになった場合、高い確率で正体がバレるだろう。
そうなったら悪魔王に殺されるかもしれない。
だからユミル殿下が仮にウイン様である場合、悪魔憑きになることを恐れてもおかしくはない。
それに悪魔憑きにならない理由を訊かれて、すぐに答えられなかった理由にも、説明がつく。
「まぁ、色々言ったけど、俺の話を信じるかはジュリーちゃんに任せるよ。ただ俺的には、アイツはグレーだ。仮にウインじゃなくとも、アイツは何か隠している。」
ユミル殿下が、ウイン様...?
初めて悪魔憑きと戦った時に励ましてくださったのも。
私をお姫様抱っこして悪魔憑きから逃げたのも。
優しく微笑みかけてくださったのも。
──全部、ユミル殿下だったの?
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それでも私は、ユミル殿下を意識せずにはいられなかった。
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