悪役令嬢と名高い私ですが、巷で人気の『光の賢者様』の正体は私です

サトウミ

文字の大きさ
33 / 44

クリー湖へ

しおりを挟む
「わぁ~、大きな湖! まるで海みたい!」
「わざわざ遠くまで行った甲斐があったわね」

王都から翼竜車で2時間程離れた場所にある、緑豊かなドンモルガ山。
私達はその山にある、クリー湖に遊びに来ていた。

クリー湖の岸辺には色とりどりの野花が風に揺れている。湖面は鏡のように周囲の木々を映し、時折、水中を泳ぐ魚の姿が見えた。
その自然溢れる光景は、見る者の心を癒す。太陽が暖かく、空気がおいしい。

クリー湖は、気候が安定しているためオフシーズンがない。そのため一年中、特に今日のような休日は人で賑わっていた。

「あぁ~…死ぬかと思った」
「アンタ、大丈夫?」

クリー湖に着いたばかりだというのに疲れ果てて項垂れているのは、ブーケの弟のロックだった。
彼は翼竜車から降りると、その場に倒れるように座り込んだ。

ブーケの一つ年下のロックは、女性の私よりも小柄で可愛らしい。噂では、その大きくて綺麗な瞳の虜になった男性もいるとか、いないとか。
これだけ愛らしいと、キャリーが女装させたがる気持ちも分かるわ。

そもそも今日、みんなでクリー湖へ行くことになったのは、キャリーが『ロックと仲良くなりたい』と言い出したことがキッカケだ。
その話の流れで、私が『生徒会メンバーも含めてお出かけしよう』と提案したため、今日は大人数で遊びに来ている。

それにしても、これだけの大人数が、小さな翼竜車によくおさまったものね。
ユミル殿下にジャズ先輩、アンサム様にカイル殿下、ブーケとロック、キャリー、それから私。
8人も乗せて空を飛べる翼竜は、意外と力持ちだ。

「ロックくん、高所恐怖症だったんだね! そういうところも可愛い♪」
「……可愛いって言うな」

「それより、いつまでもへたり込んでないで、あそこで受付を済ませてボートを借りるわよ」
「わかってるよ、姉ちゃん」

ロックが大きく深呼吸をして立ち上がると、私達は桟橋の近くにある受付まで移動した。

クリー湖の奥のほうには、すでにいくつかのボートが浮かんでおり、そのボートには親子連れやカップルが乗っていた。
中にはボートに乗りながら釣りを楽しんでいる人もいる。
ジャズ先輩がそれを見たら「俺も釣りをしたい」と言い出しそうね。

受付につくと、ブーケが代表で受付の人に話しかけた。

「お客様、本日は何名様ですか?」
「8名です」
「何をレンタルされますか?」
「ボートでお願いします」
「釣り用具や水着はレンタルされますか?」
「水着? って、何ですか?」
「あちらのお客様達が着られているものです」

受付の人は岸辺にいる人達を指さした。
彼らは信じられないことに、少し薄手の服を着て湖の中を泳いでいる。その光景に、私は若干、引いてしまった。

服を着たまま水の中に入って、溺れないのかしら?
百歩譲って下着だけで泳ぐならまだしも、水着とはいえ薄手の服を着たまま泳いだら、服が水を吸って動き辛そうだわ。かといって、下着になってまで泳ぎたいとも思わないけど。

「あっ! いいなぁ~。僕、泳ぎたい♪」
「俺も俺も!」

嘘でしょ?
ロックとジャズ先輩は、湖水浴に興味深々だ。

「私も! 泳ぐの楽しそう!」
「水着が借りれるのだったら、泳ぐのもいいわね♪」

キャリーとブーケまで泳ぎたがっている。

「でしたら、ボートではなく水着を借りましょう」
「そうだね。事前予約していないから、無理にボートを借りる必要もないしね」

アンサム様とカイル殿下も乗り気だ。
どうしよう。この流れでボートがいいと言い出し辛い。

「今日はボートに乗る予定だったんだし、泳ぐのはまた今度にした方がいいんじゃないかな?」

助け舟を出すようにそう言ったのは、ユミル殿下だった。ボート派が私だけでなくて良かったわ。

「えぇ~! 却下! 僕、泳ぎたいもん」
「ボートの方こそ、また今度でいいだろ。今日は泳ごうぜ!」
「だけど、泳ぐのに必要な物や、泳いだ後に身体を乾かしたりする物は持ってきてないよね? 準備もなしに泳いだら、後々大変だと思うよ」

「その心配はありません。水着をレンタルされますとタオル等もセットでレンタルできます。それに更衣室もありますし、荷物のお預かりもできますので、気軽に泳ぐことができます」

「…だってよ、ユミル。お前以外、みんな泳ぎたいんだから、ボートは今度にしようぜ」
「だけど…」

「ユミル殿下。もしかして、湖の中に入るのが怖いのですか?」

アンサム様の指摘に、ユミル殿下の顔が強張る。
その表情からして、図星なのだろう。

「えぇ~! 王子サマなのに泳ぐのが怖いの~? カッコ悪~!」
無邪気な顔で嘲笑うロックに、ユミル殿下は悔しそうに俯いた。

「ユミル殿下って、苦手なものはないイメージがあったんですけど、意外と可愛らしいところがあるんですね。湖を怖がる殿下も、それはそれでアリです♪」
キャリーは馬鹿にしたつもりで言ったのではないのだろうけど、ユミル殿下は彼女の言葉に、恥ずかしそうに顔を赤くした。

「大丈夫ですよ、ユミル殿下。浅瀬であれば溺れはしませんから」
気遣うように話すアンサム様だったが、彼がうっすらと笑みを浮かべているのを私は見逃さなかった。

『湖に入るのが怖い』というだけで小馬鹿にされるのは解せないわ。

「ユミル殿下、私もボートがいいので一緒に乗りませんか?」
「えっ、いいの?」
ユミル殿下は顔を上げると、目を丸くして私を見つめた。

「はい。実は私も、湖に入るのが怖いのでボートに乗りたかったのです。ユミル殿下が『ボートにしよう』と言ってくださって助かりました」
「そうだったんだ。こちらこそ助かったよ。ありがとう」
ユミル殿下の安堵したような笑顔に、思わず私もつられて笑顔になった。

「それじゃあ、ジュリーとユミル殿下の二人はボートを、残りのメンバーは水着を借りるけど、それでいい?」
「えぇ。私と殿下の二人は…」

そこまで口にして、ふと気づいた。
ユミル殿下と二人でボートに乗ったら、側から見たらまるで恋人同士のようだわ。
それに、ユミル殿下が本当にウイン様だったとしたら、これはつまり…。
そこまで考えると、急に顔が熱くなった。

「だったら僕も! 僕もボートに乗りたい!」
突然、声を張って意見を変えたのは、カイル殿下だった。

「みんなが泳ぐなら別にそれでもいいかなって思っていたけど、本当は僕もボートに乗りたかったんだ。ついでに釣りもしてみたいしね」

カイル殿下の申し出を残念に思う気持ちと、安堵する気持ちが入り混じる。
きっと、これで良かったのよ。
ウイン様…いえ、ユミル殿下と二人きりになったら、正体を探ってしまいそうだもの。

私はボートを借りると、殿下達と一緒に乗って湖の奥の方まで移動した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
『完璧な王太子』アトレインの婚約者パメラは、自分が小説の悪役令嬢に転生していると気づく。 このままでは破滅まっしぐら。アトレインとは破局する。でも最推しは別にいる! それは、悪役教授ネクロセフ。 顔が良くて、知性紳士で、献身的で愛情深い人物だ。 「アトレイン殿下とは円満に別れて、推し活して幸せになります!」 ……のはずが。 「夢小説とは何だ?」 「殿下、私の夢小説を読まないでください!」 完璧を演じ続けてきた王太子×悪役を押し付けられた推し活令嬢。 破滅回避から始まる、魔法学園・溺愛・逆転ラブコメディ! 小説家になろうでも同時更新しています(https://ncode.syosetu.com/n5963lh/)。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

処理中です...