悪役令嬢と名高い私ですが、巷で人気の『光の賢者様』の正体は私です

サトウミ

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ジャズ先輩はユミル殿下が好き?

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ユミル殿下を医務室へ運んだ後、私はカイル殿下に付き添いを任せ、湖水浴をしているみんなのもとへ向かった。

午後の陽射しがきらきらと水面に反射し、湖畔には楽しげな笑い声が響いている。

「あっ、ジュリー!」

湖ではしゃいでいたブーケたちが私に気づくと、水しぶきを立てながら岸へ上がり、駆け寄ってきた。

「どうしたの? ボートに乗っていたんじゃないの?」
「それが、ユミル殿下が誤って湖に落ちてしまったのよ。そのショックで気を失われてしまったから、カイル殿下と一緒に医務室へ運んだわ。今はカイル殿下が、ユミル殿下に付き添っているの」

「えっ?! ユミル殿下が?」

それを聞いたロックは、お腹を抱えて大声で笑い始める。

「えぇ~! 溺れて気絶するって、超間抜けじゃん! 王子サマ、面白っ~!」

彼の笑い声につられるように、アンサム様もクスクスと笑いだした。

「よほど湖が怖かったのでしょうね。可愛らしいお方です」

私も湖に入るのが怖いから、二人の見下した笑いが鼻につく。

「『湖に入るのが怖い』ということが、そこまで可笑しい話でしょうか? アンサム様には、苦手なものや怖れているものは、ないのでしょうか?」

私が窘めると、アンサム様はバツが悪そうにしながら口を閉じた。視線を逸らし、湖面をぼんやりと眺めている。

「ロックだって翼竜車に乗っていた時、気絶しそうなくらい怖がっていたじゃない」
「そ、それはそれ! これはこれだよ! ボートは落ちてもまだ泳げるけど、翼竜車は落ちたらどう足掻いて飛べないじゃん!」

「泳げるかどうかの話ではないわ。翼竜車に怯えていた貴方を、ユミル殿下は馬鹿にしたかしら?」
「それは……ごめん」

ロックは反省したのか、伏し目がちに弱々しい声で謝った。

「わかってくれたら、いいのよ。ただ、謝る相手が違うわ」
「は~い。今後は気をつけまーす」
「………ジュリー嬢は」
「はい?」
「…いえ、何でもありません」

アンサム様は反論したそうに眉を顰めていたけれど、言葉を飲み込んだ。

「ユミル殿下が医務室で休んでいるのでしたら、付き添いは俺が代わってきます。俺も医務室で休みたいので。キャリーさんにも、殿下が倒れたことを報告しますね」

そう言って、アンサム様は私と入れ替わるように、医務室の方へ歩いていった。地面に濡れた足跡を残しながら、静かに遠ざかっていく。

「…キャリーにも?」
キャリーの名前が出てきたことに疑問を感じた私は、ふと周りを見回して彼女を探した。だけど彼女の姿が見当たらない。

「ねぇ、ブーケ。キャリーは?」
「あの子、湖にいる生物に噛まれて火傷しちゃったみたいなのよ」
「えっ、火傷!? 大丈夫なの?」
「そこまで酷くはなさそうだけど、念のため医務室で診てもらいに行ったわ」

この湖、噛むような生物がいるの?
しかも噛まれたら火傷するなんて…やっぱり、入るのは怖い。

「ところでジュリー、水着は?」
「え? もちろん着ていないわよ? さっきも言ったでしょ、私も湖に入るのが怖いって」
「アレ、本当だったんだ。てっきりユミル殿下に気を遣って言った方便だと思ってたわ」

そんな風に思われていたの?
ジャズ先輩とロックも同意見なのか、ブーケの話に小さく頷いていた。

「だからジュリーは、あんなにユミルのことを庇っていたのか。俺はてっきり、アイツに気があるのかと思ってたぜ」
「はい?」

ジャズ先輩ったら、いきなり何を言い出すの?
突拍子もない話に、声が裏返りそうになった。

「なぜ、そう思われるのですか?」
「だって、この前の悪魔祓い講習の時も、お前ユミルのこと庇ってただろ? それにお前とユミルって、結構気が合うし。 だからジュリーの好きな奴って、ユミルのことだったんじゃねぇか? って思ってさ」

「たったそれだけのことで、勘違いされましても…」
「じゃあ、好きな相手はユミルじゃなかったのか」
「それは…」

ユミル殿下ではない、とは言い切れない。
一瞬、ウイン様の顔が頭をよぎった。

「えっ? どうしたのジュリー、黙っちゃって!」
「もしかして、ホントにあの堅物ユミル王子が好きなの~!」

私が返答に困っていると、ブーケとロックは揶揄うような笑顔で私を見つめてきた。
このまま黙っていたら、面倒なことになりそうね。

「そういうジャズ先輩は、ユミル殿下のことをどう思っているのですか?」
「はぁ?」

言って1秒もしないうちに、後悔した。
強引に話題を変えようとして、変な質問をしてしまった。
案の定、ジャズ先輩は呆れたように苦笑いしている。

「まぁ、あいつは普通にダチとして好きだけど……それ、いま関係あるか?」
「関係あります!」

と、咄嗟に口に出してから気がついた。
そういえばレディーナの話が本当だったら、ジャズ先輩はウイン様が好きなのよね?
それでもしウイン様の正体がユミル殿下であれば、ジャズ先輩はユミル殿下が好きだということになる。

「ジャズ先輩、本当のことを教えてください。…先輩は、ユミル殿下のような男性が好きなのではありませんか?」
「はぁ!? 何言ってんだ、お前」

ジャズ先輩は大きく目を見開いて、声を荒げる。
図星なのか、それとも…?

「俺が好きなのはフィーネだけだって、散々言ってるだろ?」
「ですが、とある人から聞いた話ですと、ジャズ先輩ってウイン様がお好きなのですよね?」

「えっ、先輩、本当ですか? ジュリー、その情報って一体どこから仕入れたの?」
「内緒よ」
「えぇ~! 教えろよ、ジュリー!」

私の話に、ブーケとロックの興味はジャズ先輩へ移った。ジャズ先輩はうんざりとした表情で、額に手を当てる。

「ちょっと待てお前。誰がそんなデマ流したんだ? 百歩譲って、俺がウインを好きだとして、それがユミルとどう関係があんだよ?」

「ウイン様って、どことなくユミル殿下に似ているじゃないですか。だからジャズ先輩は、ウイン様に似ているユミル殿下のことも好きなのではと思いまして…」
「どんな理屈だ!? 言っておくけど、俺はそっちの趣味はねぇから!」

「ですが…」
「それとこの前、ウインをどう思っているか聞いてきた時『嫌いじゃない』っつっただろ? あれは『ウインが好き』って意味じゃねーから」
「この前、ですか? そんなことを言っていましたっけ?」

ジャズ先輩との過去のやり取りを思い出そうとしても、ウイン様の話題をした記憶が思い出せない。
そもそも、レディーナから『ジャズ先輩はウイン様が好き』だと聞くまで二人は接点が一切ないと思っていた。

私は呆然としながらジャズ先輩を見つめる。
ジャズ先輩はなぜか口を閉じると、何かに気づいたように右手で左の手のひらを打った。

「……そっか。ジュリー、今の話は忘れろ」
「えっ?」
「俺の勘違いだ。聞かなかったことにしてくれ」
「なぜです?」

「とにかく! お前がいま覚えることは『俺が好きなのはフィーネだけ』『ウインは好きじゃない』『そっちの趣味はない』…この3つだ。それ以外は忘れろ」
「ですが…」
「はい、この話は終わり! さっさと泳ぎに行こうぜ!」

するとジャズ先輩は、逃げるよう湖へと走っていった。
水しぶきが勢いよく上がり、ロックも後を追いかけるように湖へ泳ぎに行った。

「あっ、ジャズ先輩ったら」
「全く、ジュリーは泳げないのに…。とりあえず、あそこの机は誰も座ってないし、サンドイッチでも買ってあそこで一緒に食べる?」
「賛成」

私とブーケは、近くにある丸太で作ったような長机を借りて、休憩することにした。
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