婚約者は聖女様と結婚するそうですが、森の中に逃げ込んだ私は最高の生活と出会っちゃいました!

たぬきち25番

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 それから数ヶ月が経った。あれ以来、城に行っても一度もサク様には会えなかった。
 そして2年も終わろうとしていた頃。私は久しぶりに父に呼び出された。
 この部屋には先々代のイルミ侯爵が集めたという希少価値の高い家具が置いてある。

(ここはいつ来ても緊張する……)

 魔法が使えるとわかってから、私と家族の間には大きな溝が出来た。
 父は執務机の前に座り、両手を組み眉を寄せて、ようやく重い口を開いた。

「ライラ……お前を婚約者から外すと、陛下から連絡が来た」

「え?」

(どうして? あんなにつらい王妃教育を耐えたのに……)

 父の言葉は理解できるのに、頭に入ってこない。いや、頭が理解するのを拒んでいた。
 私は今年で17歳だ。もう今さら魔法学院には入れない。殿下の婚約者でなくなった私は貴族学院にいる意味もない。

(絶対に捨てられる!!)

 父も義母も兄も私を疎んでいる。殿下の婚約者を降ろされた不名誉な私をこの屋敷に置くわけがない。
 
 身体が震える。用無しになった自分は……これからどうやって生きて行くのか見当もつかなくて怖い。
 父は眉を寄せて、吐き捨てるように言った。

「お前、聖女様。確か……乙女ゲームの主人公様に随分と酷い態度を取ったそうではないか……はぁ、何をしている。あれほど、淑女教育を徹底したというのに!! この恥知らずめ!!」

(聖女様!? 乙女ゲームの主人公様、それが名前かしら? やっぱりそのようなお名前の方にお会いしたことはないわ)

 私は必死で声を上げた。頬に涙が流れるが気にしてはいられない。

「お父様、私は聖女様お会いしたことはございません!! 信じて下さいませ!!」

 父は蔑むような眼差しを向けながら言った。

「嘘をつくな!! すでに社交界ではその噂で持ち切りだ!!」

(何がどうなっているの?)

 ふと私の脳裏には、ザーイル王子殿下の顔が浮かんだ。

(もしかしたら殿下に聞けば何かわかるかもしれない!!)

 だが父は深く息を吐くと、私を視界に入れずに言った。

「お前をデキュラ伯爵の後妻にすることにした。すぐにこの屋敷から出て行け!!」

「お父様、何かの間違いです!!」

 父は「早く出て行け」と言ったきり私に背を向けた。

(もう、殿下に確認することもできない……後妻って……相手は聞いたこともない方だわ……)

 私はふらふらとした足取りで部屋を出ると、部屋の前で侍女が悲しそうな顔で鞄を指し出した。
 こんなにすぐに追い出されるのは想定外だった。

(捨てられるにしても、もっと準備する時間があるかと思ったのに……)

「お嬢様……申し訳ございません!! 旦那様のご指示ですので……馬車もすでに表に用意してございます」

「わかりました……」

 私は荷物を受け取ると、エントランスに向かった。するとそこには馬車が待っていた。

「お嬢様、どうぞ」

「ええ」

 私が馬車に乗ると、馬車はゆっくりと動き出した。
 しばらくして森の中まで来ると御者のジェームスが馬車を停めて扉をあけた。そして泣きながら言った。

「お嬢様、あなたのこれまでの頑張りは皆が知っております。デキュラ伯爵は最低な男です。馬車は襲われたことにいたします。どうか、こちらを持ってお逃げ下さい!!」

 そしてジェームスは金貨の入った袋を渡してくれた。

「これは!?」

「心配はいりません。こちらは今は亡きライラお嬢様のお母様が、あなたを案じて執事長に託されたお金です」

「お母様が……」

 ライラの母親が死んで、後妻になった新しい継母は跡継ぎの兄への態度と、ライラへの態度が全く違う女性だった。
 兄にはネコなで声で擦り寄り、ライラには暴言を吐くこともあった。

「今回の処遇も奥方様のご提案でございます。お逃げ下さい。ライラ様。どうか、幸せになって下さい!!」

 そして御者は馬を一頭を差し出した。
 私は鞄に金貨の入った袋を入れて、馬に飛び乗った。

「ジェームス!! ありがとう!! あなたもどうか無事で」

「私のことは心配いりません!! どうかお早くお逃げ下さいませ」

 私は馬の手綱を握ると、必死で馬を走らせたのだった。久しぶりの乗馬で不安だったが、身体は覚えていたようで、何も考えなくても身体が自然と動いた。

(乗馬もやっておいてよかった……)

 私は乗馬をやっていたことに心から感謝した。







 
「できるだけ王都から離れなきゃ……」

 そう思った時だった。
 ぐにゃりと空間が歪んだ。

「何!?」
 
 意味がわからないまま、私は全く知らない場所にいた。
 そして再びぐにゃりと空間が歪んだ。

「きゃ~~これは何~~!?」

 まるで空間を移動するかのように景色が変わる。
 
「気持ち悪い……」

 そして気が付けば全く見たことのない場所にいた。
 
「グルグルッ」

 さらに恐ろしいことに私は魔物の群れのすぐ側にいた。

「見つかる前に逃げなきゃ!!」

 空間の移動に巻き込まれて、まだ気分が悪いが魔物に襲われたら命はない。幸い少し魔物からは離れているので逃げ切れるかもしれない。
 私は必死に逃げて逃げて馬を全力で走らせた。

「グルルルッ!!」

「ヒヒーン!!」

「きゃあ!!」

 だが馬から振り落とされて、魔物に追いつかれてしまった。落とされた衝撃で受け身は取ったが身体が痛い。

(もうダメだ!!)

 ここで終わりだと目を閉じた時だった。

「間に合え!!」

 知らない男性の声が聞こえたと同時に身体がフワリと浮き上がった。

「え……?」

 男性は私を簡単に肩に担ぐとそのまま近くの岩に飛び乗り、そこからさらに近くの木の枝に飛び移った。

「はぁはぁはぁ、ありがとう……ございます」

 呼吸を整えてお礼を言うと男性は木の枝に座らせてくれた。
 背が高く、茶色の髪と切れ長の目はとても綺麗だった。思わず見とれていると、男性が声を上げた。

「ど、ど、どうした?」

 とても冷静そうなのに慌てていてギャップに驚きながらも、私は真剣に答えた。

「魔物に追われています」

「……うん。ごめん、それ、見ればわかる」

 男性と話をしていると魔物が木に前足をかけて威嚇している。男性は、困ったように言った。

「あのさ、君、何か魔法使える??」

 私は頭を下げながら言った。

「一応適性はあります……ですが、私は"貴族学園"に入学しましたのでほとんど使えません」

 男性は思わず声を上げていた。

「魔法使えるのか!? 何? 何が使える?」

 私は親指と人差し指を少し開いてその間に小さな稲妻を出した。そう、全く魔法を学んでいない私には適性の時に見せたこれだけしかできない。

「雷です。ですが……少しチクッとする程度で、攻撃には使えません」

「雷属性持ちなのに、魔法学院を選ばなかったんだ!?」

 胸が痛んだ。
 本当は『魔法学院に入学したかった』って叫びたかった。
 でもそんなことは言えなくて……

「はい。他にやるべきことがあったので……」

 すると男性は困った顔をして言った。

「ごめん、今は、そんなことを言ってる場合じゃなくて、俺は強化魔法使える。君が雷をキラーウルフに向かって放ってくれたら、俺が増大する」

「え? 強化魔法って?」

(そんな魔法があるの? 本当に私は魔法に関して無知だ……)

 私は心の底から悲しくなった。

「簡単に説明すると、俺は君の雷魔法の威力を上げることができる」

(魔法を強化する魔法!? そんな便利な魔法があるの?? 凄い!!)

「ええ? あの、ですが……私、魔法操作が壊滅的で……どこに行くかわかりません」

 慌てて声を上げると、男性がまっすぐに私を見ながら言った。
 
「大丈夫。俺、魔法操作得意だから、君の放った雷がキラーウルフを狙った攻撃だけを増大させる」

「そんなことができるですか?」

「できると思う。とにかく、君はキラーウルフに雷を放って!!」

 この男性を信頼しよう。
 私はすぐにそう思って雷を放った。すると雷は男性の肩に当たった。

「すみません、大丈夫ですか!?」

 慌てて謝罪すると、男性は力強く言った。

「俺は大丈夫だからどんどん放って!!」

「はい!!」

 男性は、私の小さな雷魔法を魔物の方向に放ったものを瞬時に判断して増幅していた。

(すごい、きっと目で見て判断しているんじゃない。魔力の流れであらかじめわかっているんだ……これが……魔法を使うということか……)

 男性はもしかして高名な魔導士なのかもしれない。その証拠に私の静電気ほどの威力の雷で次々に魔物を倒していく。

「ギャルルル!!」

 魔物が一体、魔石に戻った。

「凄い……まさかこんなに!? がんばります」

 自分が誰かの役に立っていることが嬉しくて嬉しくてたまらない。それに魔法学院に行っていない自分が魔法を使うことはないと思っていたので、魔法が使えて嬉しいと思えた。

(ああ、魔法って……凄い……)

 だが、段々と身体が重くなってきた。

(何……これ……)

 瞼が重い……
 身体が……沈む……

「わっ!!」

 男性の声が聞こえたが、その後のことを私は覚えていなかった。


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