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しおりを挟む魔石加工を始めて4日目。
クレアさんに言われた期限は明日だが、まだたくさん魔石は残っていた。そんな中、どうしても気になることがあり、加工した魔石を見比べていた。
「同じようにやっているのに、どうして少しだけ大きさが違うんだろう?」
私は魔石を比べながら眉を寄せた。
同じ型に入れて同じように作っているはずなのに魔石の大きさにばらつきがあるのだ。
私が魔石の大きさが違うことを言っても「少々大きさが変わっても、効果は変わらないから」と言ってクレアさんには特に注意を受けることはないが……気になる。
お店に並んでいるクレアさんの加工した防具は、どれも同じ大きさなのだ。
「ん~~」
私が悩んでいるとコンコンとノックの音がした。
「はい」
「ライラ、悪い。ちょっと手伝って。ダンテいないからさ」
最近はダンテさんは冒険者の方々とダンジョンに潜っているので留守だと聞いていた。
「はい!!」
私は簡単に魔石を片付けて部屋を出ると、サクさんが言った。
「ごめん、店に誰か来た。俺、揚げ物してて出られない!! 代わりに出てくれないか?」
「わかりました」
私はサクさんの代わりにお店に走った。
「いらっしゃいませ」
お店を開けると、宮廷魔導士の制服を着た背の高い男性が立っていた。
「こんにちは。君はここの人かい?」
「はい!!」
すると男性が真剣な顔で言った。
「悪いが、クレアを呼んでくれないか? 約束はしていないが、急用なんだ。アルビンだと伝えてくれればわかる」
「アルビン様ですね。かしこまりました」
私は急いで住居棟に走った。
(アルビン様って、確か宮廷魔導士長のお名前だったと思うけど……)
そしてクレアさんの私室のある三階に通じる扉をノックした。
「クレアさん、アルビン様がお見えです」
「え? 圧縮の気配はなかったけど……転移紋を使ったのかしら? とにかく行くわ」
しばらくするとクレアさんが出て来た。
「ありがとう」
そして、クレアさんが浮遊魔法で降りたので、私も後を追って階段を降りた。
クレアさんが慌てて出て行くのを見てサクさんが首を傾けた。
「誰だったの?」
「アルビン様です」
するとサクさんが大きな声を上げた。
「え? アルビン!? 久しぶりだな。もう少しで揚げ物が終わるけど……お茶と焼き菓子用意するからこっちにくるように言ってくれないか?」
「はい!!」
私が走って伝言を伝えるためにお店に行くと、ちょうど二人が話をしていた。
「クレア、頼む。シンに広範囲探査を頼んでくれないか? どうしても探してほしい人がいるんだ。もちろん報酬ははずむ!!」
(人探しの依頼?)
私は扉に手をかけて入るのをためらった。
表情は見えないが、クレアさんの低く警戒しているような声が聞こえた。
「シンに? そんなの……理由次第よ」
「まぁ、そうだよな。単刀直入に言う。ザーイル王子殿下の元婚約者のライラ・イルミ嬢を探してほしい。行方不明なんだ……」
(え!? 私!?)
心臓が早くなる。
どうして私を宮廷魔導士長が探しているのだろうか?
(もしかして、連れ戻されるの? 嫌だ……怖い……)
震えながらも、私はその場から動けない。するとクレアさんがキツイ口調で言った。
「その子を見つけてどうするの?」
「実は……彼女は家に捨てられたんだ。ザーイル王子殿下は、ライラ嬢と婚約破棄をするときは保護する予定だったんだ」
(保護!? どういうこと? もしかして、王妃教育をされてない聖女様の代わりに公務を?)
私の言葉を代弁するかのようにクレアさんが口を開いた。
「保護? 監禁とか影武者の間違いではなくて?」
「違う。本当に違うんだ……信じてくれ、クレア。絶対に彼女に危害を与えるようなことはしない。早く見つけないと命が危ない」
「本当に危害は加えないのね?」
「ああ、誓って」
「彼女が戻りたくないと言ったらどうするの?」
「その時は、彼女の意思を尊重してしかるべき援助をする。何よりもザーイル王子殿下の望みだ」
「ザーイル王子殿下の……嘘はないわね?」
「ああ」
クレアさんは、息を吐くと声を上げた。
「話は聞いていたでしょう?」
私はゴクリと息を呑むと静かに扉を開けて中に入った。
「君はさっきの……聞いていたのか」
「はい。アルビン様。ライラ・イルミと申します」
「君がライラ嬢なのか!? すまない。遠目で一度見ただけなので……随分と雰囲気が変わっていてわからなかった」
クレアさんが私の前に立って、アルビンを見ながら言った。
「彼女は私が保護する。心配ないわ。そう、殿下に伝えて」
クレアさんの言葉が嬉しくて泣きそうになった。
アルビン様は、じっとクレアさんを見た後に、小さく息を吐いた。
「ははは……そうか、君が保護してくれていたのか……それなら安心だが、ライラ嬢。王都からここまでどうやって移動したのだ? 君のような令嬢が一人で辿り着ける場所ではないが……」
私はアルビン様にここに来た時に起こった不思議な現象のことを伝えた。
「馬に乗って、逃げる途中に空間の歪みに呑み込まれました。それに巻き込まれて気が付けばこの近くにいました」
そう、あの時グラリと空間が歪んでその中に巻き込まれた。
するとクレアさんがジト目でアルビン様を見ながらため息をついた。
「アルビン……それってあなたのせいじゃないの? あなたがここに来た日にライラさんは家に来たわ」
アルビン様は青い顔で叫んだ。
「なんだって~~!? まさか君、私の圧縮魔法に巻き込まれてしまったのか!? だが、あれは魔法を使えなければ巻き込まれたりしないはずだ。確かライラ嬢は『貴族学院』だっただろう??」
「ライラさんは魔法持ちよ。それよりも……アルビン。あなた……範囲を狭めず、効率だけで圧縮したのでしょう?」
クレアさんの言葉にアルビン様はうなだれながら言った。
「う……すまない。まさかあんな森の中に魔法持ちの人がいるとは思わなくて……」
なぜだろう、私はさっきクレアさんの言った『範囲を狭めず、効率だけ』とという言葉が妙に頭に引っかかった。
「そういえば、アルビン。今日はどうやって来たの? 圧縮魔法の気配を感じなかったわ」
「ああ、今日は緊急だったからな。王子殿下が陛下に許可を取ってくださって、各ダンジョン前に設置してある転移紋を使用させてもらった」
「あ~~あれか……でもどうして今頃? ライラさんがここに来てもう半月は過ぎているわ」
クレアさんに、アルビン様が困ったように言った。
「実は、ザーイル王子殿下は自らライラ嬢に『婚約破棄』を告げる予定だった。すべての準備を終えて、ライラ嬢に連絡をしたら、イルミ侯爵が勝手に婚約破棄を伝え、あまつさえ後妻に出そうとしたというではないか! ライラ嬢はまだ婚約破棄の書類にサインをしていないので、殿下の婚約者なのだ。勝手に婚姻を結ぶことはできない。それなのにイルミ侯爵は勝手な判断で後妻に出すなど……彼らは陛下からキツイお叱りを受けた」
「……私まだ殿下の――婚約者なのですか?」
「ああ、そうだ。だから、私と共に城に……」
お父様から話を聞いた時にてっきり殿下との婚約は破棄されたと思っていた。
初め婚約破棄の話を聞いた時は、悲しいと、怖い、これからどうなるのだろう、と不安に思った。
でも、婚約破棄の知らせを聞いた時同時に心の中でほっとしていた。
私にとってあの場所は絶望しかない場所だったから……
だから、ここに来ることが出来て本当に嬉しかったし、幸せだと思った。
それなのに……
(私はまだ婚約者? もしかしてまたあの場所に戻るの? あの場所に戻ってここに戻ってくることなんて……)
またあのつらく空虚な場所に戻るのかと思ったら、身体から力が抜けた。
ここから離れなければならないと思うと……心が泣き叫んでいた。
――絶対に戻りたくない。ここにいたい!!
でも、そんなわがままを言えば迷惑がかかるだけだ。
一度見つけてしまった希望を手放さなければいけないという絶望は想像以上に私の心と身体に痛みを与えた。
心が枯れてしまいそうな瞬間。
「もちろん、ライラを城に呼びつけたりしねぇよな? アルビン?」
「え?」
振り向くと、サクさんがドアの近くに立っていた。そして歩いて来ると、私を後ろから抱きしめた。
「渡すわけねぇだろう? ライラを捨てたチャラ王子になんて」
私はサクさんを見上げた。するとサクさんは私を見て微笑んだ。
「泣くな。城になんて行かせねぇから」
そして私からアルビン様に視線を移しながら言葉を続けた。
「長年王家に尽くしてきた一人の女性に婚約破棄なんて非道を押し付けるのに、呼びつけるのか? ふざけるなよ!? こういう場合、そっちが菓子折り持って来やがれ!!」
もう限界だった。
目から勝手に大粒の涙が流れた。
「う……ザグざ~~ん~~あ゛りがどうござ……います」
「怖かったな。よしよし。このサクお兄さんに任せろ」
すると、クレアさんも声を上げた。
「そうね~~私も相手になるわよ?」
クレアさんは背中で私を隠すように立った。
「グレア゛ざ~~ん~~」
クレアさんの背中はかっこいいし、私を抱きしめてくれるサクさんの胸はあたたかい。
嬉しくて、安心して、涙が止まらず、視界が歪んで見える。
するとアルビン様が両手を上げた。
「あ~~わかった。降参だ。これから戻って殿下に話をする」
アルビン様は私を見ながら言った。
「突然悪かったな。今日のところは帰ることにする」
そしてアルビン様は、サクさんとクレアさんに向かって「邪魔したな」と言ってお店を出て行った。
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