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しおりを挟む夕方のキッチンはとても忙しい。まず宿泊している冒険者の方々への食事提供が先で、その後に私たちの食事の時間だ。
「ダンテ、これ運んでくれ!!」
サクさんが大きな鍋の中身を中くらいの鍋に移すと、カートに置いた。
「わかった!!」
ダンテさんはあらかじめ用意していたスープ皿と鍋をカートに入れて客室棟に向かった。
「ライラ、これ入れる食器用意して!」
サクさんの声で、私はメインを入れるためにお皿の用意をすることになった。
「すぐに!!」
ばたばたと忙しなく動いていると住居棟の扉が開いた。
「ただいま!!」
クレアさんがはずんだ声で戻って来た。
「おかえりなさい!!」
嬉しそうな顔のクレアさんを見ると私まで嬉しくなって自然と笑顔になっていた。
「おかえり~~お、その顔。例の物はもらったのか?」
料理をしながら尋ねたサクさんの問いかけにクレアさんは上機嫌に答えた。
「ええ。ついに、ついにもらったわ!! サクは?」
「俺の方も出来た」
サクさんは、お玉を持ちながらニヤリと笑った。
「え? もうできたの?」
クレアさんが驚きながら声を上げると、サクさんが楽しそうに言った。
「ああ、ドラゴンの爪なんてレアアイテム使えるのが嬉しいみたいで、興奮したロービが半日で完成させてくれた。お礼言ってたぞ『ドラゴンの爪を使った加工なんて、生涯自慢できる。ありがとう』だってさ。ライラ~~これ、ちちょっと味見して?」
「はい」
私が、サクさんにもらった小皿の味見をしていると、クレアさんが口を開いた。
「ふふふ、そのセリフを言うロービの顔が浮かぶわ」
クレアさんの言葉を聞いたサクさんが私に顔を向けた。
「どう?」
「美味しいです!!」
サクさんがニヤリと笑いながら「よし」というと、今度はクレアさんに向かって言った。
「あと『時雨』も呼び寄せた。ギルドに頼んだらすぐに捕まって、3日で来るだそうだ。ついでに、今の宿泊中の『黒猫』も『トルネード』も協力すると言ってくれた。ゲオルグなんて『時雨』が来るかもと言ったら、『一度会ってみたかった』って喜んでたぜ」
(しぐれ……誰だろう?)
聞いたことのない人の名前に首を傾けていると、クレアさんが嬉しそうに言った。
「『時雨』に『黒猫』に『トルネード』、私もいるから、なんとかなりそうね」
サクさんとクレアさんの様子から、何かが始まろうとしていることだけは理解出来た。
◇
「え!? 『時雨』を呼び寄せた!? サクがそう言ったのか?」
私は毎日の恒例になった、お風呂あがりのダンテさんと手をつないで魔力を流してもらいながら話をするくつろぎの時間に、夕方に聞いたサクさんとクレアさんの会話を伝えた。
「はい。あの……しぐれ様とは、どなたですか?」
ダンテさんに尋ねると、丁寧に説明してくれた。
「ああ、『時雨』は人じゃなくて、冒険者パーティーの名前だ。時の雨と書いてしぐれ。『時雨』は最近までランキング1位の冒険者だった。今は、ここに宿泊中の冒険者パーティー『黒猫』が、先日の緊急徴収でドラゴンを討伐して現在ランキング1位になったけど、それまではずっと1位だった」
「ああ、なるほど……冒険者パーティーのお名前だったのですね……つまり新旧冒険者のトップがここに来るということでしょうか?」
「そうなるな……冒険者の『時雨』はなかなか依頼を受けないと有名なのに……」
ダンテさんは真剣な顔で言葉を続けた。
「確か一国の王や、騎士団などでも『時雨』のメンバーは自分たちの優先するべきことがあったらそちらを優先するため、なかなか依頼を受けてもらえないと聞いたことがある」
「そんな方々がいらっしゃるのですね……」
サクさんは、わざわざ呼び寄せたと言っていた。
どうしてそんな人たちが来るのか気になった。そんな私にダンテさんが真剣な顔で言った。
「ああ、おそらくそんなメンバーに、元宮廷魔導士長で多くのスタンピートを制圧したクレアが揃えば、ドラゴンだって討伐出来るし、スタンピートでさえ抑えられる……一体何が始まるんだ?」
ダンテさんも同じように思ったようだった。
確かに気になる。
だが、きっと悪いことではないと思えた。まだ出会ってからそれほど、経っていないが、サクさんとクレアさんのことを信頼していた。
「何が始まるのでしょう……ですが、私は私に出来ることをして皆様のお役に立ちたいと思います」
するとダンテさんも笑った。
「はは、そうだな。俺も自分の出来ることを増やすように努力するしかないな」
なんだか話が大きくて思わず笑ってしまった。
「ふふふ、でも本当にすごい場所にいるのですね」
きっとここに来ることができなければ、一生会うことのできないような雲の上の方々が集まるのだろう。
上位の冒険者パーティーは町でも演劇になったり、絵が売られたりでとても人気だ。
そんな人たちと直接会えるだけも十分にすごい。
――ここに来てよかった。
心からそう思えた時だった。
「ああ、落ちこぼれの魔導士で本当に幸運だったな」
「私も婚約破棄されて幸運でした」
ダンテさんが私を見ながら言った。
「あのさ、君からも魔力流してもらってもいい?」
「はい!! 両手にしますか?」
「いや、片手で流せるようにゆっくり試せばいいよ。出来るまで付き合うから」
ダンテさんが優しく目を細めながらいうので、心臓が早くなった気がした。
「わかりました」
私は早く心音を感じながらも、集中してダンテさんに魔力を流し続けた。何度か全身に流す経験をしているので、
少し流し続ければ、比較的早くコツを掴んで全身に流せるようになった。
「どうですか?」
私が尋ねるとダンテさんが優しい笑顔で言った。
「うん、出来てる……もう……出来ちゃったな……」
「何度かダンテさんの全身に魔力を流しているので」
私は、ダンテさんに魔力を流し続けた。
いつもとは違って自分で魔力を流すとより、ダンテさんを近くに感じる。
それが……心地いい。
「……月、きれいだな」
隣でダンテさんが呟いた。
「本当にきれいです」
私はダンテさんに魔力を流しながら月を見ると、隣でダンテさんは月を眺めながら言った。
「昨日、寝る前に自分の部屋から月を眺めたんだ」
私は、ダンテさんの言葉をじっと聞いていた。
「……でも、君と見た月の方がきれいだったんだ……どうしてかな?」
どうしてかと聞かれて必死で原因を考えた。
「外と中は違うのでしょうか? ガラス越しよりも直接の方が良く見えるとか?」
「ああ、そうかもしれないな……ここで見るからこんなにきれいなのか」
私はそう言って呟きながら月を眺めるダンテさんから目を離せなかった。
その後私たとは風が冷たくなってきたので、部屋に戻った。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
お互いにあいさつをして部屋に入った。
私はふと、ダンテさんの言葉が気になって、窓に近付いて月を見上げた。
「本当だ……さっきの月の方がきれいに見える。窓……開けてみようかな……」
私は窓を開けて直接月を見上げた。
ガラス越しでもないのに、やっぱりさっきの月の方がきれいに見えた。
どうしてこんなに見え方が変わるのだろうと、不思議に思っていると、ガチャリと音がしてダンテさんの部屋の窓が開いた。
「あれ?」
「ダンテさん!?」
思わず声を出すと、ダンテさんが笑った。
「やっぱり気になって、ガラスを開けてみたんだ。考えることは同じだったな」
「ふふふ、そうですね」
「ああ、やっぱりガラス越しなのがよくなかったのか、今の月はきれいだと思える」
私も空を見上げると、さっきより確実にきれいに見えた。
そしてしばらく月を眺めた後に、ダンテさんが言った。
「そろそろ寝ないと、明日つらくなる」
「ええ、そうですね」
私は小さな声で同意した。
「窓閉めないのか?」
「ダンテさんこそ……」
私たちはしばらく顔を見合わせて小さく笑った。
「じゃあ、1、2、3で同時に閉めようか」
「はい。1、2、3」
でもダンテさんも私も窓を閉めなかった。そしてまたしても顔を見合わせて笑った。
「はは、閉めないのか」
「はい、なんとなく閉めれなくで……」
「名残惜しいけど、本当に風邪を引く。今度こそおやすみ」
「おやすみなさい」
私たちは今度こそ扉を閉めた。
なぜか心臓がうるさくて、私はベットに横になったがなかなか眠れなかった。
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