音楽の話

ドルドレオン

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終わり

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翌朝、目が覚めたとき、僕はなぜか喫茶店の香りを思い出していた。
コーヒーと木の壁、そして遠くで流れていたマイルス・デイヴィス。目を閉じると、あの午後の空気がまだ身体のどこかに残っている気がした。

机の上には、昨夜開いたままの封筒と便箋があった。
あれが夢だったのか現実だったのか、よくわからない。けれど、触れてみると紙の感触は確かに指先に残っていた。

窓を開けると、風が静かに部屋を抜けていった。
その風の音の中に、ふと、猫の鳴き声が混じったような気がして、僕は外を見た。

そこには誰もいなかった。
でも、ベランダの手すりに、一枚の枯葉がちょこんと乗っていた。まるで、誰かが置いていったみたいに。

僕はそのまま、コーヒーを淹れた。いつもより少し薄めに。
音楽をかけようと思い、スピーカーの電源を入れた。すると、プレイリストの一番上に、見覚えのない曲があった。

「Untitled – Gymnopédie in Dream」

僕は再生ボタンを押した。
音楽は、静かに、まるで昨日の午後の続きをなぞるように、部屋を満たした。

ふと、思った。
人生には、“名前のない午後”がいくつもある。誰とも話さず、誰にも会わず、ただ過ぎていく時間。でも、そこには確かに何かがある。
誰かと目を合わせ、猫に名前をつけ、風の音を聴く。
それだけで、人生はちゃんとした物語になる。

カップに口をつけ、僕はつぶやいた。

「また、夢で会えますように」

部屋のすみで風鈴が鳴った。
そして、その音を合図にするように、遠くで猫の足音がした――気がした。

終わり
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