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第一章
No.002
しおりを挟む豪華客船メロディスター号の船内は、いつまでもパーティーの喧騒がやまない。
俺は、結婚の意思を固めたメリーナと別れ、船の最下層デッキを歩いていた。
少し先には、ド派手なピンク色の衣装を着たドラム・ピンクコインがいる。
ドラムは廊下を歩きながら、何度も後ろを振り返る。だが、俺は常に死角にいるので見つからない。
「怪しすぎる」
俺が思わずつぶやいてしまうくらいには、ドラムは怪しい。
このデッキは、ほぼ倉庫が占めているのだ。王族様がこんなところになんの用があるんだか。
とりあえず、いまのうちにアイマナに確認しておこう。
「アイマナ、怪しい動きを発見した。最下層だ」
俺が小声で囁くと、すぐに耳の奥から声が返ってくる。
『センパイ、魔力反応アリです。突き当たりの部屋に、魔導銃を持った人物が5人ほどいます』
「ドラムの護衛の可能性もあるが……とりあえず調べてみるか」
『やりすぎないでくださいね。センパイのせいでチーム全員が怒られるのはイヤですよ』
だったら役目を変わってくれよ。
と、俺が言いかけたところで、ドラムが立ち止まる。奴は周囲を何度も確認した後、突き当たりの扉を開けて中に入っていった。
俺はその扉に近づき、そっと耳を当てる。すると、中から声が聞こえてきた。
「――これが十三継王家にだけ継承されている、<古代魔法書>だ。もちろん約束の金も用意してある」
今のはドラムの声だ。
そして、それに応えるように、もう一人の男の声も聞こえてくる。
「さすがはドラム様だ。これでまた強力な魔導兵器が作れますよ。では、約束どおりドラム様に<栄光値>を振り込んでおきます」
「……フン、オレ様のような王族にとって、栄光値など生まれつき備わっているようなものだ。それを、なぜ庶民のように集めねばならぬのか」
「王家は13もあり、王族として扱われてる人間は今や300人を超えますからね。その中で<大帝王>になれるのはたった一人。それが最も栄光値を集めた王族となれば、闇で買ってでも集めなければ――」
「黙れ! 貴様ごとき下郎が誰に講釈を垂れている!」
「いやはやこれは差し出がましいことを……」
ドラムと、もう一人の男の会話を聞く限り、密売をしているのは間違いない。ただ、思っていたよりも厄介そうだ。取引を行っている人間も、物もな。
俺がそんなことを考えている間に、扉の向こうでは話が進んでいく。
「例の魔導兵器はいつ到着する?」
「輸送に手間取っていまして。夜明けまでには届くかと……」
「チッ、使えないやつめ。仕方ない。それまでは、あの小娘の相手でもしてるか」
「サンダーブロンド家の王女様ですか。いやはや、なんともお美しい方ですね」
「フン、あの程度の女などすぐに飽きる」
「なんとも贅沢な話ですな」
「では、オレ様が飽きたら貴様にくれてやろう」
「よろしいのですか!?」
「サンダーブロンド家さえ手に入れば娘はどうでもいい。その代わり、貴様はさらにオレ様に奉仕しろ」
「ええ、もちろんですとも! 栄光値でも魔導兵器でも、なんでも調達いたします!」
「フハハハハハハ! 完璧だ! これでオレ様は無限に栄光値を手に入れられる! さらには魔導兵器による圧倒的な武力まで……! これで兄たちも手出しできまい。オレ様が大帝王になるのだ!」
もはや扉に耳を当てなくても、廊下にまでドラムの声が響いていた。
「では、オレ様は上に戻る」
ドラムが出てきそうなので、俺は慌てて物陰に隠れた。
そして取引相手も出ていったのを確認してから、ひとつ大きくため息をついた。
『センパイ、うるさいです』
耳の奥からアイマナが抗議してくる。
「それはあのピンク男に言ってくれ」
『過激なお話でしたね』
「ただの高慢なクソ野郎だと思ってたが、随分と野心的なやつだ」
『古代魔法書の密売に、栄光値の闇取引、魔導兵器の違法売買まで……。庶民なら人生七周しても檻の中ですよ』
「庶民ならな。今回の任務に、犯人の確保が入ってない理由がソレだろ」
『ウチの組織も、王族相手には迂闊に手を出せませんからね』
「アイマナ、さっきの会話は記録したか?」
『ばっちりです。これで、センパイの任務は完了ですね』
「そうだな……」
『センパイ?』
実際、ここで俺がするべきことはもう何もない。
そのはずなのに……なぜかふとメリーナの顔が脳裏をよぎった。
「ちなみに、この後、俺は何をしてればいいんだ?」
『さあ? 船が港に戻るまで寝てればいいんじゃないですか?』
「そいつはヒマだなぁ……」
『……センパイ? マナはサポートしませんからね』
「俺は何も言ってないぞ」
『サンダーブロンド家のお姫様がかわいそうなのはわかりますけど、彼女自身が望んだことじゃないですか』
「相手の本性を知らないからだろ」
『ウチの組織は正義の味方じゃないんですよ? だいたい、相手は王族じゃないですか! 美人さんじゃないですか!』
「だから俺は何も言ってないだろ」
『知りません! マナは何も手伝いませんよ! こういう時のセンパイは絶対に痛い目を見るんですから!』
アイマナが駄々っ子みたいになってしまった。
仕方ない。と、俺は会話を終わらせ、目的地に向かうのだった。
◆◆◆
大宴会場に駆け込んだ俺の目に飛び込んできたのは、調印式の準備をする人々の姿だった。
そしてタイミングよく司会者の声が響き渡る。
「お待たせいたしました! これよりサンダーブロンド家のメリーナ様と、ピンクコイン家のドラム様の婚約式を執り行います!」
もう始まるのか。となると、今からメリーナと二人だけで話す暇はなさそうだ。
かくなる上は……。
俺は懐から銀色の仮面を取り出し、顔に装着した。
そして大きく深呼吸をし、会場の中央へと歩み出た。
「ちょっと待て! この婚約は無効だ!」
俺の声が会場に響き渡る。一瞬にして、場の空気が凍りついた。
全ての視線が俺に集まる。メリーナも驚愕の表情で俺を見つめている。
……めっちゃハズい。
「なんだ、貴様! おい、警護、このゴミを片付けろ!」
さっそくドラムが叫んでいる。いや、当然か。怪しい侵入者が現れたら、誰だってそうするよな。
このままだと追い出されそうだし、さっさと済ませよう。
「そう急かすなよ。ドラム・ピンクコイン。せっかくの晴れ舞台だ。ついでにお前の正体をみんなに知ってもらおうじゃないか」
俺の言葉に、ドラムの表情が固まる。
「なんの話だ? 貴様のような下賤な輩の言うことなど、誰も信じないぞ」
「俺が誰だかわかってるのか? まあ、話すのは俺じゃなくて、あんた自身だけどな」
俺はビシッと言ってやった。
そしてここで、さっき録音した音声が部屋のスピーカーから流れる。
「…………」
……流れなかった。
部屋内がシーンとなった。
誰も声をあげず、無音の時間が流れていく。
「あの……アイマナさん?」
俺はたまらず小声で呼びかけた。しかし反応はない。
すると、さっきまで凍っていたドラムの表情が一転、これ以上ないほど勝ち誇った笑顔に変わる。
「フハハハハハハハ! どうした? 何かしてくれるんじゃなかったのか、ダサい仮面の男よ!」
仮面については言及するな。この船で調達したんだから仕方ないだろ。俺だってダサいと思ってるよ。
「何か言えよ! まさか本当に終わりではあるまいな?」
これ以上ないほどドラムは楽しそうだ。周りの客たちも次第にざわつきだした。そしてメリーナはというと……。
すごく哀しそうな目で俺を見つめていた。
もしかしたら彼女は何かを期待していたのかもしれない。
せっかく決めた覚悟が揺らいでしまったのかもしれない。
だとしたら、彼女にあんな顔をさせてしまったのは俺だ……。
メリーナの目元がわずかに濡れ、光を照り返したのが見えた。
その瞬間、俺は決心した。
「アイマナ……交換条件だ。お前が行きたがってた温泉巡り……付き合う」
俺が小声でそう告げるのとほぼ同時に――。
『これが王家にだけ継承されている<古代魔法書>だ。もちろん約束の金も――』
ドラムの声が室内のスピーカーを通じて流れ出した。
「な、なんだこれは!? 貴様か? 何をした!」
ドラムが泡を食って俺に掴みかかってくる。が、俺はそれをヒラリとかわして距離を取った。
「ふざけるな! さっさと止めろ! この下郎が!」
ドラムが絶叫しながら必死に俺を追いかけてくる。
しかし幸い部屋は広いので、いくらでも逃げ続けられる。
その間に、さっき録音した音声はすべて流れてしまった。
「はぁはぁ……このグズが……」
膝に両手をついた体勢で、ドラムが俺をにらみつけてくる。30分ほど全力で走り回ったおかげで、奴はもう汗だくだ。
一方、他の客たちは動揺を隠せない様子だった。さっき流れた音声をどう受け止めていいのかわからないのだろう。
そしてメリーナはといえば――。
「ドラム様……今のは……本当なんですか?」
彼女はなんとも言いがたい表情を浮かべていた。悲しみだったり、怒りだったり、それ以外だったり、とにかくいろんな感情が混ざっているように見えた。
ドラムも、メリーナのフォローは最重要だと考えたようで、大慌てで弁解し始める。
「ち、違う! あの音声は捏造されたものだ! 誰かが私を貶めるために作ったに違いない。信じないでくれ、メリーナ様!」
「捏造……? 本当に?」
確かにその可能性はなくもない。とはいえ、ここで真贋鑑定をするのはメンドウだ。
「ドラム・ピンクコイン。すでにお前の取引相手は捕まえてある。それに、魔導兵器も押収済みだ」
と、俺はカマをかけることにした。
「なっ!? 貴様、なんの権限があって……。王族の私財に手を出せば、ただでは済まんぞ!」
簡単に引っかかりすぎだろ、コイツ……。
そのことに自分でも気づいたらしく、ドラムの顔が青ざめていく。
「ウソ……それじゃホントに……」
メリーナのつぶやきは、その場にいる全員の気持ちを代弁していた。
一斉に疑惑の視線を向けられ、ドラムは悟ったようだ。
「動くな! 誰も近づくな!」
ドラムが突如としてメリーナを掴み、人質にとった。片手をメリーナの首に回し、もう一方の手には指揮棒のようなものを構える。
アレは魔法を使う際の<媒介物>だ。通常、魔法を使う際は、媒介物を使うのが最も楽な方法である。
王族であるドラムなら、恐らく一瞬で魔法を発動させることが可能だろう。
そして人質はゼロ距離にいる。
つまり――。
『ミスりましたね、センパイ』
タイミングよくアイマナの声が耳の奥に響く。
「……見えてんのか?」
『メリーナ様とドラム様の魔力はモニターしてますし、声も聞こえてるので、何が起きてるのかは想像つきますよ』
「まさかこんなに早く人質を取るとはな……もうちょっと言い訳すると思ったんだが……」
『想定の範囲内だと思いますけど』
「反省はいい。この状況は、ちょっとだけまずいぞ」
『任務外のことだし、マナは事の顛末がどうなろうと構わないです。センパイがちゃんと帰ってきてくれて、一緒に温泉に行ってくれれば』
まあ確かに全面的に俺が悪いけどさ……もう少し言い方ってものがあるよな?
「おい、そこの銀色仮面野郎! さっきから何をひとりでブツブツ言ってる!」
ご立腹のドラムが怒鳴ってくる。信じられないくらいの汗をかいているが、魔法を放つくらいの元気は残っていそうだ。
そこで、まずはこの状況を好転させるため、俺は呼びかけてみることにした。
「とりあえず話し合おう。あんたの要求も可能な限り聞くつもりだ」
「では、まずその馬鹿げた仮面を外せ」
ドラムの要求は、俺がわりとお断りしたいものだった。
ここにいる客たちは王族貴族ばかりだ。そいつらに、顔が割れるのは俺の仕事にとっては致命的とも言える。
できれば外したくないんだけどな……。
「おい! 早くしないと、この女に一生消えない傷がつくことになるぞ!」
仕方ない。と、俺は仮面に手をかける。
その時、メリーナと目が合った……気がした。
すると彼女の顔に、自信に満ちた力強い笑みが浮かぶ。
そしてメリーナは声を張り上げた。
「<雷天宝剣>よ!」
突如、部屋の天井付近に激しい稲光が生まれる。さらにそこから、雷鳴とともに眩い光を放つロングソードが出現した。
その剣が落下し、メリーナが差し出した手元にすっぽり収まる。
稲妻をまとった剣を構えると、メリーナは間髪入れず再び声をあげる。
「【雷鳴と衝撃の鉄槌】」
すると剣から雷撃が放たれ、天井付近まで跳ね上がり、勢いをつけてドラムの脳天を貫いた。
奴は短い悲鳴を上げ、全身をビクンビクンと震わせながら、その場に倒れこむ。
密接していたメリーナはノーダメージのようだ。
これがサンダーブロンド家の魔法か……。<雷王>と称されるだけのことはある。これなら雷雨の中で踊っても恐くないな。
俺が妙なところで感心していると、ふいにドラムが顔を上げた。
「下劣な奴らめ……全員死ね! 【破滅に繋がる息継ぎ】」
今度はドラムが魔法を使った。
奴の指揮棒から放たれた無数の衝撃波が、部屋内を飛び回り破壊する。
窓が割れ、椅子やテーブルは破壊され、シャンデリアが落っこちてくる。
客たちはパニックになり、我先にと逃げ出した。
とはいえ、護衛も王族付きの精鋭だ。被害は最小限に抑えられている。
問題は、短い混乱の中、逃走していったドラムなのだが……。
「大丈夫か?」
とりあえず俺はドラムを追う前に、メリーナの無事を確認しておくことにした。
「あなた、もしかして……」
メリーナの目が、俺の仮面の奥を見透かすように輝いていた。
まずい、バレる。
「姫様はここでじっとしていください。絶対についてこないでくださいね」
俺は彼女にはっきりと、ちゃんと言い聞かせてから、ドラムの後を追った。
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