グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜

青波良夜

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第三章

No.029

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 俺とジーノが行き着いたのは、建物に囲まれた広場のような場所だった。といっても、10人も入れば身動きできなくなるほど狭いところだ。

 隠れられるようなスペースもないし、建物に入れそうなドアや窓も見当たらない。取り囲む建物も高く、空は遥か上のほうに見える。
 まるで、深い井戸の底にいるようだ。

「……どういうことっすか?」

 ジーノが尋ねてくる。が、俺に聞かれても困る。

「他に抜け道とかないのか?」
「いやぁ……見たまんまだよ。完璧な袋小路なんだけどなー」
「だったら、なんで消えたんだ?」
「あっ! 魔法を使ったんじゃね?」
「仮に使ってたら、臭いが残ってるはずだ。俺たちがここに辿り着くまで、数秒の差しかなかったんだからな」
「ですよねー」

 ジーノはふざけた態度で俺の意見に賛同したが、実のところ魔法は有力な候補だ。

「……魔法で抜け道を作ってる可能性はあるな」
「えっ、あんの? ボス、今ないって言ったばかりじゃん」
「俺が魔力の臭いを感じるのは、魔法が発動する時や、魔導機器が作動する際に、魔力が漏れるからだ。もし魔法がすでに発動していて、それから長い時間が経っている場合は、俺にも察知できない可能性がある」
「なるほどね。恒常的に効果を発動させるみたいな。結界とかはそうなるのか」
「そうだとしたら、媒介物や魔法陣なんかが残ってるはずだ。この空間のどこかにな」

 俺はそう言いながら、ジーノに視線を向ける。

「……あっ、もしかしてオレに探せって言ってます?」
「3ヶ月分の経費は諦めるのか?」
「おっと、こりゃまた気をつかってもらいまして。へいへい、頑張って探させてもらいますよー」

 ぶつくさと、いらないことを喋りながら、ジーノは広場内を探索し始めた。

 それから程なくして、ジーノが俺の元へ駆け寄ってくる。

「ボスー、なんかヤバそうなモン見つけちゃいましたー」
 
 ジーノが差し出したのは、薄い石板だった。大きさは、手のひらと同じくらいだ。
 その石板には、文字が刻まれてある。

「これは……」
「ヤバいっしょ?」

 ジーノが言うように、めったにお目にかかれない貴重なものだ。もっとも、こいつは理解していないだろうが。

「大魔法時代の呪文だな」
「うええぇッ!? マジで?」

 ジーノはひっくり返りそうなくらい大げさに驚いていた。
 やっぱり理解してなかったのか。

「そういえば、この街の地下には魔法都市があったな」
「そうなん!? 初めて聞いたんだけど」
「都市といっても、今は誰も住んでない。大魔法時代の遺物だよ」
「へぇー……ってことは、1000年前のことか。しかしオレでも知らないってことは、それってだいぶシークレットな情報じゃね?」
「魔法の知識も、歴史も、使用権も、すべては十三継王家つぐおうけのものだからな。奴らが情報開示するはずがない」
「でもウチのボスは知ってんだよなー。ホント、何者なんすか、あんた」
「それを知ったら、お前を生きては帰せなくなる」

 そう言ってやると、ジーノは大慌てで俺から距離をとった。

「冗談だ。戻ってこい」
「へへっ……へへへっ……わかってましたって、それくらい」

 ジーノのことは無視して、俺は石板を見つめる。そして少しだけ魔力を手にこめた。
 すると、石に刻まれた文字が、かすかに白銀の光を放ち始める。

「待った待った待ったー!」

 ジーノが騒ぐので、俺はいったん力を抜いた。

「うるさいぞ」
「いま明らかに魔法を発動させようとしたよね?」
「この魔法はすでに発動してる。あとは少し魔力を流すだけだ」
「細かい仕組みは知らんって。つまり何か起きるってことでしょ?」
「恐らく空間転移の魔法だな。魔法都市との往来に使ってたんだろ。<空間くうかん系>は<シャルトルーズウィング家>が得意なんだが、この文字は銀色に光った。つまり、これは<シルバークラウン家>の魔法ってことになる」
「よくわかんないけど、その石板に魔力をこめると、地下の魔法都市に行っちゃうってことでオーケー?」
「恐らくな。ただ……」

 この石板に文字が刻まれたのは、最近のことだ。
 呪文を見る限り、使われているのが古代魔法なのは間違いない。
 つまり何者かが、現代で古代魔法を使ったことになる。
 帝国魔法取締局マトリの警戒が厳しいこの町で、そんなことができる人間など数えるほどしかいないはずだが……。

 俺が一人で考えていると、ジーノがいつもの軽い口調で声をかけてくる。

「とりあえず喉乾いたんで、一回帰っていいっすか?」
「ふざけたことを言うなよ?」
「いや、だってめっちゃ走ったんすよ? 酒と言わずとも、水くらい飲ませてよ」
「ジーノ、お前……仕事ナメてんのか?」
「ナメてないって! だけど、オレとボスとは次元が違うんだって! 頭脳も肉体も魔法の才能も、ボスとは違う世界にいるんだから!」
「だったら、なんなんだ?」
「行くなら一人で行って」

 そう言ってジーノが笑顔を見せた瞬間、危うく俺は奴に向けて魔法を発動させるところだった。

 その時、広場の入り口の方から人の気配を感じた。

 まさかと思い振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
 彼女は黄色のワンピースを着て、金色の髪をなびかせ――そして、とびっきりの笑顔を浮かべていた。

「やっと見つけた……ハァハァ」

 息を切らせながら、嬉しそうに言うメリーナ。
 一方、俺の思考はだいぶ混乱していた。

「おっ、メリーナ様じゃん。来てくれたの? 歓迎するぜ」

 ジーノはほとんど驚くこともなく、気軽に声をかけていた。
 そんな愚かな男の顔を、俺は無言で睨みつける。

「おっと……スミマセン。勝手に話しかけちゃいけないの、忘れてました」

 そこじゃない。が、もういちいち相手にするのも疲れた。

 俺はジーノを無視して、メリーナに声をかける。

「なんで来たんだ?」
「わたしがあの場にいても、できることはなくて……。それに、十三継王家の護衛隊とか、王宮魔法士がやってきて、わたしの顔がバレそうになって……」
「なるほど……。すまない、それは俺の想定が甘かった」
「ううん、そんなことないわ。でもロゼットさんが、マトリの人が来るかもしれないから、さすがに帰ったほうがいいって言って……」
「ん? 帰れって、家に帰れってことじゃないのか?」
「じゃあ、せっかくだからライに会いに行っちゃおうって思ったの」

 ……会話が噛み合ってない気がするんだが。

 メリーナの思考回路が、俺には全く理解できなかった。
 すると、横からジーノが耳打ちしてくる。

「いいねー、情熱的で。オレはボスと彼女、両方とも応援してますよ」

 グッと親指を立てるジーノを、俺は想像の中でぶっ飛ばしておいた。

「危険だから帰るんだ」

 俺は極めて冷静に、一言だけメリーナに告げた。
 しかし彼女は首を大きく横に振る。

「いや! 帰らないわ!」
「なぜだ?」
「わたし、あなたに恋してるんだもの!」

 ……やっぱり話が噛み合ってない。

 そして懲りないジーノが、肘で俺を小突いてくる。

「ヒューヒュー、この色男。出会う女、みんな惚れさせて。憎いねー」

 こいつは本気で消すしかないな。

 しかし今はそれどころじゃなかった。
 ジーノに制裁を加える暇もないし、メリーナを説得する時間も惜しいのだ。

「ついてくるなら絶対に俺のそばから離れるなよ」

 俺は諦めてメリーナにそう告げる。
 と、メリーナは満面の笑みでうなずくのだった。

「うん、二度と離れないわ!」

 そしてメリーナが思い切り飛びついてくる。

 ……うん、もういいや。

 彼女の言動については、考えてもしかたないのだ。
 それよりも対策するべきは、目撃者のほうだ。
 
 俺はジーノを睨みつけ、言っておく。

「いいか? ここで見たこと、聞いたことは、誰にも言うなよ。俺が本部に戻って、誰かの機嫌が悪かった時は、お前の人生は終わりだ」
「ハハハ……ボス、目がマジですやん」
「それと、お前は今から本部に戻って、アイマナに魔法都市の情報を集めさせろ。俺から2時間以内に連絡がない場合は、プリを送り込んでこい」
「了解っす!」

 ジーノに指示を出してから、俺は改めて石板を見つめる。
 すると、メリーナが不思議そうな顔で尋ねてくる。

「なんでプリちゃんなの?」
「……なんの話だ?」
「わたしたちになにかあったら、プリちゃんに助けてもらうってことなんでしょ?」
「こういう時、ウチのチームで俺の次に頼りになるのはプリだからな」
「えぇっ!? そうなの?」

 メリーナは目をまんまるくして驚いていた。
 まあ正直なところ、俺も自信を持って言えるわけじゃないが……。

 多少の不安を残しつつも、俺は呪文が書かれた石板に魔力をこめる。
 次の瞬間、俺とメリーナを銀色の光が包み――。

 視界が暗転した。
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