催眠アプリで恋人を寝取られて「労働奴隷」にされたけど、仕事の才能が開花したことで成り上がり、人生逆転しました

フーラー

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第2章 パワハラ上司が、部下に優しい実業家になるまで

2-4 元パワハラ男は『クリエイターいじめ』をする得意先にガツンと言ってやりました

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「ここが、クーゲルの受注先『ロングロング・アゴー』か……」

思ったよりも目的の場所は近かった。
ケンタウロスに乗ってほんの1時間ほどの場所にクーゲルの受注先があった。


『昔々』を意味する会社名の通り、見たところ、そこそこ大きなゲーム会社だった。
今体調を崩しているクーゲルは、ここでゲームのキャラクターのデザインを受けていた。

イグニスはぽつり、と口にした。

「ここ、正直あんまり評判が良くないんですよ……」
「そうなのか? 結構会社の雰囲気はよさそうだが……」
「けど、木造に魔力障壁を使った、いかにも『エルフ好み』のする建物ですよね?」
「確かにそうだな。正直私のように湿地を好むタイプのリザードマンは、日当たりが良すぎて好きになれない」

「ですよね? あの会社、正直エルフに対しては優しいけど、俺達みたいな種族を露骨に嫌ってるやつばっかりなんですよね」


「ハハハ、相手によって態度を変えるなんて! まさか、そんな子どもじみた会社員が、この世にいるわけないじゃないか。……とにかく入ろう」


この世界では、クリエイターの地位は極めて低い。さらに、そのクリエイターが『少数派』に属する種族であればなおさらだ。

……その時の私は、まだクーゲルたちの苦労をまるで理解していないことをすぐに分かった。



それからしばらくして、我々は応接室に通された。

「初めまして。私はニルセンと申します」
「私はイグニスです」
「……ああ。俺、リグレ」
「……はあ。えっと、俺はヨアンっす」

向こうも上司と部下と言う形でこちらに来たようだ。
『リグレ』と名乗ったエルフは恐らく上司だろう。あからさまにこちらを見下した様子で挨拶をしてきた。

一方の『ヨアン』はインキュバスだった。こちらが可愛い女の子じゃないと知って、あからさまに態度が悪い。……まあ、これはインキュバスの特性上仕方ないだろうが。


「それで、今回のクーゲルの契約についてなんですけど……」


一応ここに来る前に、アポイントと同時に簡単な連絡は取っているが、私は改めて話を始めた。

いくらなんでも、あの契約には無理があること。
そして現状こちら側もクーゲルの体調が思わしくないため、納期の延長をお願いしたいことを冷静に解説した。

……ある意味では、ここで『私が他者に怒れない』ようにかけられた、催眠アプリの暗示が生きた。全く皮肉なものだ。



……だが、リグレは話を全部聞いた後、はあ、とあからさまに不愉快な溜息を洩らした。

「それってあんたらの都合だろ? なんで我々が譲歩しないといけないの?」
「は?」

いくら受注先だからって、敬語も使わずに失礼な態度を取る奴だ。
そう考えたが、敢えて私はそこで態度に出さなかった。


「あの契約を了承したのは、あんたのとこのバカ女。あの納期も了承したのもそっち。これで、あんたらが仕事を出来ない責任を問われてもねえ……」


それはある意味では一理ある。
……ただしそれは、契約の内容が客観的に見て正当なものの場合だ。
無知や弱みに付け込んで不利な契約を押し付けた上で、そのような発言をすることは許されない。


「しかし、あの契約ははっきり言って『クリエイターいじめ』じゃないですか? あの内容と報酬で納期通りに挙げるのは、不可能ですよ……」

「あん? じゃあさ、良いよ。あんたのとこのクーゲルだっけ? そいつにはもう仕事振んねえから。あと違約金もしっかり請求させてもらうぞ」

「……違約金?」
「ほら、ここ読んでみろよ?」


そう言ってリグレは契約書を見せつけた。
……なるほど、読みづらい字……というかこれは、私のような高等教育を受けたものにしか読めない字だ……で、法外な違約金についての但し書きがある。

リグレたちは、クーゲルにこの文字が『読めないことを知ったうえで』違約金の項目を入れたのだろう。明らかにここだけ書き足されたような筆跡だ。

更に、彼の隣にいたヨアンは、小声で私の方につぶやいた。


「……あの……。……リグレさんは、エルフ以外にはまともに交渉しないっすよ?」

その発言で、イグニスが言っていたことが理解できた。

正直、クーゲルはこの大陸ではかなり珍しい種族だ。
その為、受注できる仕事もその収入も、他種族(特にこの大陸で多数派であるエルフ)に比べると、はるかに少ない。

加えて『ロングロング・アゴー』はゲームの開発会社としてはそれなりの大きさだ。

そのような大手企業に悪い噂を立てられたら、いよいよ彼女のようなクリエイターは仕事は出来なくなる。
なるほど、クーゲルが弱みに付け込まれ、さらに仕事を断れなかったわけだ。

「いやあ、ですがね。うちのクーゲルの途中結果は送ってますよね? 枚数もクオリティも、どれも問題ないと思いますが……」

私はそれでも、なるべく下手にでるように努めた。
だが、リグレの表情は不快そうなまま変わることはない。

「あれくらい、いくらでも書ける奴はいるんだよ。つーかさ、オタクらは自分で仕事作れないくせに、偉そうじゃね?」


「は?」

私は、この男の次の発言に耳を疑った。



「俺達はね。自分でゲーム作って、自分で広告出して、自分で小売りに頭下げて売ってんの。あんたらみたいに口開けて待ってて、楽して仕事貰ってんじゃないんだよね」



その発言には、私だけでなくイグニスもカチンと来たようだ。
その気持ちは分かる。

彼らはただ『依頼されるのを待つ』だけの存在じゃない。

……そのことは、少なくとも私は今まで指導……いや、パワハラだが……をしてきた身としてよくわかる。
リグレはさらにニヤニヤと笑って見下す口調で話し続ける。

「それにさ、オタクらみたいな弱小はさ、うちに仕事恵んでもらわないと困るだろ? しかもあの女、少数種族じゃん? こっちの力なら簡単に仕事できなくさせられるぜ?」
「それは……」
「んじゃ、オタクらとこっちの関係が分かったら、さっさと納期通りにイラスト用意しろよな? さもなきゃ、とっとと違約金を払えよ?」
「……そうですか……」

やはり最後の手段はこれしかない。
……だが、下手にこれをやるとクーゲルが干される可能性がある。

だからこそ、私が悪者になる言い方をしないといけない。
……全く皮肉なものだ。今までさんざん『悪者』になっていたことが、こんなところで役に立つとは。


「おい、イグニス? 今の言葉録音したか?」
「え? はい」
「は?」


そこでリグレはあっけにとられた表情を見せた。
私は録音する能力がある宝珠を、事前にイグニスに渡していたためだ。
それをリグレの前に見せる。

「今の発言、完全にクリエイターいじめですよね? この内容を知ったら世間はなんていうと思いますか?」
「あん? オタクらが困るだけじゃね? うちの仕事をやりたがる奴はいくらでもいるからな」
「確かに『組織としては』そうでしょう。ですが、ここであなたは明確に自分の名前を言っています」
「だから何だよ?」

そこで私はイグニスの方を見ると、イグニスは黙って頷いた。


「知っての通り、このイグニスは今イラストレーターとしては、かなり有名な立場です。影響力もそれなりに大きい。……そして、あなたの言動をそのまま文字に起こして、あなたと同じイラストを描くことも出来ます」
「は?」

そこで私はイグニスに先ほどまで描かせていた、リグレの絵を見せた。
……流石イグニスだ、見事に本人に酷似している。

「な……こりゃ、俺だ……これだけの時間で描いたのかよ?」

相手を驚愕させるには、強烈なインパクトが必要だ。
イグニスを連れてきてよかった。




「……リグレさん……あなた、クリエイターを舐めすぎなんですよ」




怒りを込めたイグニスの発言に、リグレが唾をのむ音が聞こえたのを聞き、私は続けた。

「私は事務所がどう言おうと、独断であなたの顔と名前、そして今の言動を大陸中の酒場に貼りつける用意があります。……それを見た組織はあなたを会社においておくと思いますか?」
「ざけんなよな? んなことしたら、てめえ、どうなるか分かってんのか?」
「分からないですが、少なくともあなたはクビになりますね。私はそれだけで十分です」

私はひるまず答える。
……どうせ私に失うものなど、もうないのだから!



「立場の弱さに付けこんで、クリエイターを搾取する害虫は……私を含めて、この業界にいる価値はないんですよ!」



「く……」

ようやくリグレは押し黙った。
だが、ここで話を終えてはクーゲルに迷惑が及ぶ。
そこで私は付け加える。


「ああ、そうそう。文句があるなら、私『ニルセン』に言ってください」
「……あん?」
「それともエルフって言うのは女性、しかも少数種族が相手じゃないとビビッて声も出ない、臆病な種族でしたか?」
「な……んだとてめえ!」

そうリグレは恫喝した。
だが、私は『いつも部下にしてきたように』思いっきり強く睨みつけると、それもすぐに委縮してきた。

「……う……」

怒りの感情さえ込めなければ、この程度の『脅し』は催眠アプリの影響を受けないようだ。
私はあえて見下したような笑みを浮かべて答える。

「やはりそうでしたか……みじめな種族ですね。いや、リグレさん。あなたがみじめなだけですかね」

「んだと、てめえ!」
「会社の力をかさにクリエイターを苛め、挙句強い種族が出たらビビり散らかす。あなたが『小さいころなりたかったもの』って、少なくとも今の姿ではないのでは?」

「ち……」

リグレはあからさまにこちらに憎しみを込めた表情を見せている。
……これでいい。
これで恨みは私一人に向かうはずだ。

「それじゃあ納期の件ですが、もう少し詳しくお話をしましょう」
「ああ……。わーったよ。ったくよ……覚えてろよ……」

こうして私たちは何とか納期を少し待ってもらうこと、そしてクーゲルへの依頼は今後も変わらず行うこと、更にその契約内容も極端に不利なものにしないことを了承してもらった。
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