淫魔アディクション

石月煤子

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5-淫魔ヤンキー、夏休みに入る

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その日は岬にとって特別な日だった。



「夏休み中、はしゃぎ過ぎて熱中症にならないように。アイスを食べ過ぎて腹を壊さないように。宿題を忘れないように」


まるで小学生向けの注意事項が志摩の口から淡々と述べられた後、一学期最後の起立・礼をした。


明日からは皆お待ちかねの夏休み。


「中村も昼飯からのカラオケコース行くよな?」
「カラオケには行かねぇ。飯には行く」
「どこのファミレスにする!?」
「またファミレスかよ……」


ハイテンションの友達に囲まれる中、岬はチラリと教卓の方に目をやった。

白ワイシャツを腕捲りした志摩は数人の生徒に話しかけられている最中で。

目が合うまで自分ばかり見つめているのも面白くなく、大掃除を済ませたばかりの教室を友達と共に後にした。


一学期の終業式が執り行われた七月下旬。
天気は曇天。
今にも雨が降り出しそうな空模様だった。


「中村ぁ、月末の花火大会は来いよな?」
「返事くれるまでメールしちゃうからな!」


ファミレスで昼食を済ませてカラオケへ行く友人一同と別れた後、バス停へ直行するつもりだった。


だがしかし。
岬は通りかかったスーパーへ入店した。


褐色肌に白アッシュ髪、緩んだネクタイ、恐ろしく生意気そうな目つきで初めて訪れる店内を行ったり来たり。

大体の配置を把握すると買い物カゴを手に取ってお買い得商品をメインに食材を選んでいった。


月のお小遣いで会計を済ませて外へ出てみれば雨が降り出していた。


傘立てに置いていた某ブランドの傘を差して歩き出そうとし、スーパーの軒先で幼いこどもを連れて赤ちゃんを抱っこした母親が立ち往生しているのに気付くと「お母さんに差してやれ」と幼いこどもに傘を渡し、生温い小雨の中へさっさと飛び出した。


岬は直行するつもりだったバス停にまたしても向かわなかった。


スクールバッグを肩に引っ掛け、商品の詰まったレジ袋が濡れないよう抱え込んだ彼が向かった先は、繁華街の雑然とした裏通りに建つ雑居ビルだった。


夜に来るときよりも人気のない各フロア。

エレベーターがないので階段を一段飛ばしで一気に上った。

息を切らすことなく志摩の住む最上階まで。


相変わらずテナント募集中の空室を通り過ぎ、突き当たり、暖か味など皆無の鉄扉の前で立ち止まり、古めかしい押しボタンのチャイムを押そうとしたところで。

岬はピタリと一時停止に陥った。


俺、何やってんだ?


志摩センセェとは何の約束もしてねぇ。

してねぇのに、スーパーの前通ったら、なんか急にセンセェに飯作りたくなって、レシピ考えながら買いモンして、ここまで来た……。


「……こんなんヒかれんじゃねぇの……?」


今の今まで衝動に従って志摩の自宅までやってきたはいいものの。

冷静になってみれば急に自分の行動が訝しく思えてきて岬は迷う。


そもそも、志摩センセェ、もう帰ってきてんのか?
まだ学校にいるんじゃねぇの?


買ったモンだけ置いてこのまま帰ろっかな……。
つぅか自分で自分の行動が理解できねぇ……。
思考回路がバグッたみてぇな……。


「岬」


岬は不審者よろしくギクリとした。


足音もなしにいつの間に生徒の背後まで接近していた志摩。

畳んだ傘の先から雨滴を滴らせた担任は、岬がドアノブに引っ掛けようとしていたレジ袋に目を留めて「それ、時限爆弾か何かか?」と真顔で尋ねた。


「ッ……そーだよ、爆弾だよ! センセェんち木端微塵にしてやんだよ!」
「物騒だな」


シンプルな黒レザーのリュックを背負った志摩は狼狽している岬の手からレジ袋をひょいっと取り上げた。


「ミニトマトにオクラに大葉、生ハム、細めのスパゲティ、これが爆弾?」
「ば……ばくだ……」
「冷製パスタの材料っぽい爆弾なんだな」
「……」


何も言えねぇと押し黙った岬に「ふ」と笑って、鍵を取り出し、志摩はドアのロックを外した。


「おいで」


先に主の志摩が帰宅し、重たい扉が自然と閉じられる前に、ばつが悪そうな顔をした岬も玄関に入り込んだ。


「傘、持ってなかったのか」
「邪魔くせぇから幼児にくれてやった」
「はい?」
「タオルくれよ」
「はいはい」




「どうして今日来たんだ」


初めて立つ簡素なキッチン。


冷製パスタを作るため、たっぷりのお湯を鍋で沸かし、てきぱきと準備を進めていた岬の手が中途半端なところで止まった。


「ッ……センセェ、危ねぇな、包丁で刺すとこだったぞ……」


また気配もなしに死角となる背後を易々と志摩にとられた。


すぐ真後ろから寄越された質問に、まな板の上で材料を丁寧に刻んでいた岬の両手は強張る。

気配を殺して急接近してくる志摩が腹立たしく、毎回動揺してしまう自分自身にもイラついた。


「来たいときに来て悪ぃかよ」
「そんなに俺の家に来たかったのか」
「ッ……通りかかったんだよ、偶々」
「スーパーでわざわざ買い物して?」
「自分ちで作る予定だったけど!? 荷物重てぇから! センセェんちでテキトーに処理してやれって思ったんだよ!!」


包丁を掴んだまま声を荒げて回答した岬に志摩は「ふっ」とやおら吹き出した。


「もしも今日が俺の誕生日でご馳走してくれるのならまだしも」


膨れっ面のまま岬は閉口する。

耳たぶを掠めていった志摩の短い笑い声に下半身と胸底が猛烈に疼いた……。



「今日はお前の誕生日だろ」



視線の拠り所に迷っていた吊り目が大きく見開かれた。


……センセェ、今日が俺の誕生日だって知ってたのかよ。

……まぁ、担任だから知っててもおかしくねぇか。


いや、でも。
クラスの生徒全員の誕生日なんて覚えてるもんか?


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