36 / 66
10-3
しおりを挟む帰りのホームルーム前に設けられた清掃タイム、岬はゴミ捨ての帰りにプチ災難に遭った。
「うわぁッ、センパイ、すみません!!」
校庭の片隅でホース片手にふざけていた一年生の手元が狂い、無駄遣いされていた水が上半身にかかってしまった。
他学年にも名が知れているヤンキー生徒に下級生はペコペコ謝り、びしょ濡れとまではいかなかった岬は「気をつけろよ」とだけ言い捨て、校内に戻った。
そろそろ梅雨明けも近く、今日は昼から晴れ模様となり、セミの鳴き声がしていた。
首に引っ掛けていたタオルで大雑把に頭を拭きつつ、暑さ対策に丁度いいかと、大股になって一階廊下を進んでいたら。
「中村、掃除中に水浴びなんかしてくるな」
口うるさい教師に捕まった。
夏空と入道雲の写り込む窓際まで引っ張られ、向かい合わせにさせられて説教開始、慣れっこの岬が今夜の晩ごはんはどうしようかと献立を考えていたところへ。
「中村岬がどうかしましたか」
志摩がやってきた。
無地の長袖ワイシャツを腕捲りし、プリントが数枚入ったクリアファイルを手にしていた社会科教師の登場に、神経過敏な野良猫並みに岬はビクリと反応した。
「ああ、志摩先生。貴方、今期は中村の担任じゃありませんでしたよね」
「はい。前年度は受け持ちでしたが」
「この制服の着方。いくらなんでもひどすぎる。しかも水浴びまでしてきて、いぬっころじゃあるまいし」
地方一自由な校風の学校では珍しく厳しい教師の物言いに志摩は肩を竦めてみせる。
担任が変わって現在は貴重になっている志摩との校内コミュニケーションに岬はてんぱりそうになる。
「まぁ、確かに、ボタンの開け過ぎ感は否めませんかね」
岬はびっくりした。
近づいてくるなり、クリアファイルを小脇に挟んで背中を丸め、半袖シャツの第一ボタンではなく下のボタンをかけ始めた志摩にかたまった。
「彼が濡れているのはですね。校庭の掃除中にふざけていた一年の巻き添えを食らっただけで、先生いわく、いぬっころみたいに水浴びを楽しんできたわけじゃありません。ああ、上のボタンもかけた方がいいでしょうかね」
岬は教師二人の会話など耳に入らず、伏し目がちにシャツのボタンをかけてくれる志摩にただ釘づけになっていた。
梅雨晴れの午後、窓を開けて風通しはよくしたものの、ジメジメした熱気が鬱陶しい廊下。
指先の些細な感触や息遣いが肌身に伝わってきて思わずゴクリと喉を鳴らしかけた。
……それ以上のこと、もっといっぱいされてるのにな。
……急に接近されると心臓がバイブモードみたいになる。
「なにがいぬっころだ」
「……へ? いぬ? 犬のコロ?」
気がつけば厳しい教師は立ち去った後、ボソリと何やら呟いた志摩に岬は首を傾げた。
指定された掃除場所から教室へ戻る生徒が多数いる廊下の片隅、志摩は、毛先が濡れていた白アッシュ頭を撫でた。
「な、撫でんじゃねぇ」
「そうだな、本当、シャツの下のボタンまで外して腹チラさせたりなんかして、風紀を乱す悪い生徒だ」
「……なぁ、センセェ、俺が一年に水引っ掛けられたとこ見てたのかよ?」
志摩は答えなかった。
二年生の教室があるフロアまで岬を隣にして歩き出した。
「追試は満点だった」
岬は……犬のコロならば尻尾をブンブン振る勢いのテンションで志摩を見上げた。
「追試は追試だけど、な。よくできました」
……志摩センセェに褒められた。
……こんなことなら下手な計画なんか立てねぇで本番で全力出せばよかった。
「わざと赤点取って悪ぃ、志摩センセェ」
志摩と並んで階段を上っていた岬は胸の奥から込み上げてきた謝罪を口にした。
こめかみに噴き出した汗を拭っている生徒を見、教師はフンと小さく笑う。
「本番で満点取ってたらご褒美あげたのにな」
「は?」
窓から西日の差す踊り場、初耳である台詞に岬が立ち止まれば、志摩は薄情にも一人階段を上っていった。
「待て、待てよ、満点取ったらご褒美なんて聞いてねぇ」
慌てて隣に追い着いて腕を掴めば「お前が故意に赤点なんて取ったから今の話は無効になりました」と、しれっと告げられた。
「だから! そんなん一切聞いてねぇ!」
やや後方にいた下級生はギクリとした、教師の腕を掴んで声を荒げているヤンキー生徒に怖気づき、関わらないよう駆け足になって二人を追い抜いていった。
「……ちゃんと聞いてたら、あんな馬鹿みたいな真似しなかったのに」
実際は拗ねていただけなのだが。
志摩はプリントの入ったクリアファイルで白アッシュ頭を軽く叩(はた)き、岬は伸び気味の前髪越しにしょんぼりした目つきで彼を睨んだ。
「最低点をわざと取ったことは許されないが。可愛い理由に免じて大目に見ておくか」
……可愛い理由ってなんだよ、俺なりに必死こいてエロエロウハウハ展開狙ったっていうのによ、生半可な気持ちで赤点取ったわけじゃねぇんだぞ……。
「夏休み、お前の行きたいところに行ってやる」
岬の吊り目がパチクリ見開かれた。
唐突に顔の前に翳されたクリアファイル。
すぐ近くで生徒の笑い声がしている、ざわめきが絶えない校内で。
何とも心許ない死角をつくった志摩は無防備だった岬の唇にキスをした。
「夏休みまでの宿題、どこに行きたいか考えておくように」
すぐに顔を離した淫魔教師は、クリアファイル片手に先に階段を上り終えて自分が受け持つクラスへ去って行った。
階段の途中に取り残された岬は志摩の姿が視界から消えても、他の生徒に次から次に追い越されても、なかなか上りきれずに硬直していた。
一瞬の微熱の感触が痕をつけて火照る唇。
鼓膜に刻みつけられた囁き。
『ご褒美っていうより誕生日プレゼントか』
「……ズリィよ、志摩センセェ……」
岬はタオルで顔を覆った。
真っ赤になった耳は隠しきれず、肌身に浴びせられる西日と相まって焦げつくようだった。
13
あなたにおすすめの小説
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる