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12-淫魔ヤンキー、夏休みの思い出をつくる・後半
しおりを挟む「でも、よかったのかよ、あの女の人から離れて」
ダンスフロアの中央から壁際へ連れて行かれ、改めて志摩と向かい合った岬は苦虫を噛み潰したみたいな顔で問いかけた。
「カクテル譲ってやった隣の女の人と今からデートじゃなかったのかよ」
死んだ魚の目と揶揄される双眸を志摩は見張らせる。
エコバッグの取っ手を握り締めて伏し目がちでいる岬に何か言いかけて、やめ、バーカウンターの方へ顔を向けた。
「彼女は恋人との待ち合わせにこの店をよく使うんだ、ほら、丁度相手がやってきた」
ソファが並ぶスペースの向こう、二杯目のカクテルに口をつけていた彼女に一人の青年が声をかけ、隣に腰掛けるのが見えた。
「あ……そっか、彼氏がいたんだな」
「彼氏じゃない。男に見えるけど彼女の恋人はインキュバス筋の女性で劣性(レセシブ)だ」
志摩に言われて岬はもう一度バーカウンターに目をやった。
背が高く、体型も骨格も男性にしか見えない淫魔筋の彼女が隣の彼女と楽しげに話をしている様子に吊り目を瞬かせた。
「淫魔の性」と生まれ持った性別が相違してるレセシブ。
サキュバス筋で男の濡宇朗もそのカテゴリーに属している。
レセシブの彼らは第二次性徴期を経て「淫魔の性」の生殖器を有する定めにあり、生まれ持った本来の性別の生殖機能は極端に低いと言われていた。
「上のVIPルームにいるのかもしれない」
劣性淫魔とヒトの恋人同士に傾きかけていた岬の意識は志摩の言葉によって現実に引き戻された。
「高級スーツに高級車、羽振りがいいのならランクの高いプレミアム席で寛いでる可能性もある」
「あー……」
「行こう」
志摩が歩き出し、岬は後を追う、後ろ髪を引かれて振り返ってみたが躍動感ある人波に遮られて彼女らを望むことは叶わなかった。
中二階のVIPフロアへ行くには専用のエレベーターに乗る必要があった。
「どうもこんばんは、先生」
入り口近くのエレベーターホール、インカムをつけてスタンバイしていたスタッフは近づいてきた志摩にそう声をかけた。
「VIPフロアに知り合いがいるから挨拶に行きたい」と言えば、訝しそうにするでもなくガラス仕上げのシースルーエレベーターに乗せてくれた。
オーナーである阿久刀川の知り合いはそれ相応の肩書に値するらしい。
上のフロアにいた正装のスタッフに咎められることもなく、L字型になっている中二階の通路を平然と進む志摩に岬の胸はチクチクした。
「センセェ、来たことあるんじゃねぇの」
「阿久刀川に誘われて何回かある」
「女の人もいたんじゃねぇの」
「岬、俺の顔ばかり睨んでいないで周りをちゃんと見ろ」
隣を歩く志摩に棒読みで注意され、女性の有無をはぐらかされて内心悄気つつ、岬は紫煙で霞むVIPフロアへ視線を巡らせた。
エレベーターホールのすぐ近くにトイレ、こぢんまりしたバーカウンターが設置され、そこで煙草やお酒片手に会話を楽しんでいる客もいる。
一列に配された半個室の各ルームにはレザーソファにテーブル、天井にはシャンデリアがぶら下がり、仕切りのガラス越しに眼下のダンスフロアを見渡せる構造になっていた。
下と然程変わらないボリュームで鼓膜を刺激するエレクトロニックなサウンド。
すでに半分以上の部屋が埋まっており、過剰に密着して意味深に蠢いているカップルもいれば、SNSに上げるための撮影会に勤しんでいるグループもいる、それぞれのテンションで非日常空間を満喫しているようだった。
「どこにもいねぇ」
酔っ払いに奪われかけた長ネギを死守した後、額に噴き出した汗を乱暴に拭い、岬は吐き捨てるように口にした。
「他にどっか別の部屋ーー」
途中で台詞を切り、サルエルパンツのポケットで振動するスマホを慌てて取り出す。
百合也からの電話だった。
長すぎる買い物にやっと疑問を抱いたらしい。
「あるよ。この奥」
志摩が突き当たりの壁を指差し、一瞬迷って、岬はまだ振動しているスマホをポケットに戻した。
「なんだよ、隠し部屋でもあんのかよ」
「まぁ、そういう趣向なんだろうな。このクラブ一番のVIPルームがある」
薄闇に蛍光色のネオン管が点る通路を突き当たりまで進めば。
左手に扉が現れた。
ダメージ加工の効いたアンティーク調の塗装で、古めかしい屋敷に通じていそうな趣きがあった。
「ッ、おい、志摩センセェ」
一切の躊躇なく扉をノックして「お飲み物をお持ちしました」と声をかけた志摩に岬は吊り目をヒン剥かせた。
そのまま志摩は真鍮のドアノブを回して扉を開いた。
完全個室のそこはラグジュアリーというか、ドレッシーというか、ゴージャスというか。
この部屋でパーティーを開いても全く問題ない広さであった。
壁は煉瓦造り風、奥には小さなバーカウンターもあり、天井には二つのシャンデリア、猫脚の丸テーブル上では高価なシャンパンがワインクーラーの中で程よく冷えていた。
最も目を引くのは、中央に配置された、十人以上が悠々と着席できそうな半月の弧を描くデザイン性に富んだ大型のソファだった。
濡宇朗はいた。
詰襟の上を脱ぎ、長袖シャツははだけて、ブラッドムーンを思い起こさせる赤銅色の明かりに蝋色の肩を片方曝していた。
「岬」
大して驚いてもいないような表情で「びっくりした」と口にする。
ダンスフロアの音楽に掻き消されて岬には聞こえなかった。
ソファに仰向けになったスーツ男の胸に従順な飼い猫みたいにしなだれかかる濡宇朗をただ眺めていた。
実のところ岬もそこまで驚いてはいなかった。
予感はあった。
もしかしたらと、こんな光景が頭の片隅にちらついていた。
ただ認めてしまうのが億劫で、濡宇朗に対する疑問を今まで見過ごしてきたように、思考の底に沈めて見ないフリをした。
しかし、その目ではっきりと見てしまった、今。
持て余していたモヤモヤは、リアルタイムの現場に直面してさらに膨張したというよりも、逆に岬の中でいくらか軽くなった。
もう「見て見ぬふり」なんかしなくていい。
自分を偽る必要がなくなって、ほんの少し、ほっとしたのかもしれない。
「濡宇朗」
さて、今からどうしようかとぼんやり考えていた岬はどきっとした。
隠しようのない怒りに漲る呼号を発した志摩にようやくまともに驚いた。
「何考えてるんだ、お前」
岬の斜め前に立った志摩は、スーツ男の胸の上で気怠げに微笑む濡宇朗を険しい眼差しで見据えていた。
……めちゃくちゃ怒ってるじゃねぇか、志摩センセェ。
……こんなブチギレてるセンセェ、初めて見る。
「岬の前で、別の男の腹の上で。よくそんなのうのうとしていられるな」
岬は……小さく息を呑んだ。
自分の心情を思って志摩が怒りに囚われているとわかり、胸が張り裂けそうになった。
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