淫魔アディクション

石月煤子

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明日に卒業式本番を控え、今日の予行練習を省みた職員会議は予定していた終了時刻よりも長引いた。

大失敗を犯した生徒の担任である志摩は、一部の教師に嫌味を言われ、その場ではうんうんと神妙に頷いてみせ、帰り道ではやれやれと凝った首を回したり夕空を仰いだりなんかした。


「志摩センセェ」


階段を上って雑居ビルの最上階に到着し、部屋の鍵を取り出そうとして、目を見張らせた。

自宅の扉前、御礼参りにきた構成員張りに眼光鋭い岬が物々しげにしゃがみ込んでいた。


「急に来て悪ぃ」


制服姿でスクールバッグを持ったままの生徒の元へ、リュックを背負った担任は大股になって歩み寄った。


「いつものことだし全然構わないけど、どうした」
「……」
「高校生活の最終日直前、気に喰わなかった担任にヤキでも入れにきたとか」


岬は志摩をジロリと睨んだ。


リュックの内ポケットからキーホルダーを取り出し、ロックを外しながら「卒業式が明日に迫って意外と緊張してるとか、ナーバスになってるとか」と志摩は自宅訪問の理由を適当に予想する。


「まぁ、コーヒーでも飲んでいったら」


志摩はドアを大きく開いて傍らに立っていた岬を招いた。


「やっぱ帰るわ」


玄関へ進みかけて足を止めた生徒を担任はまじまじと見下ろす。


「本当にどうした、岬」


二階の古着屋でかかっている重低音の音楽が乾いた静寂を不規則に刻んでいた。

三月初め、まだまだ冷たい空気が首筋に纏わりついてくる。


「高校卒業したからって俺とセンセェの関係が終わるわけじゃねぇ」


岬は通路と玄関の境目に立ったまま口を開いた。

眉にかかる前髪越しに志摩を真っ直ぐに見上げた。


「でも明日が終わったら先生と生徒じゃなくなる」
「うん」
「だから、もうちょっと志摩センセェの生徒でいたくて……この関係、ギリギリまで満喫したいと思って……来た」


言い終わった後、みるみると紅潮していった褐色の頬。


耐えきれずに岬は斜め下へ視線を逸らし、口元に片手を翳して、照れ隠しに大きなため息をわざとらしくついた。


「留年して先延ばしにする選択もあったけど、さすがにそれは百合ちゃんに申し訳ねぇからさ」
「すればよかったのに、留年」
「は? 担任が言う台詞かよ?」


白アッシュ頭を自ら掻き乱して罰が悪そうにしている岬に志摩は自然と笑みを零す。


「好きだよ、岬」


告白されたヤンキー淫魔は、ぐっと、唇を噛み締めた。

吊り目をじわりと濡らし、拳を握り締め、凹凸の際立つ喉骨を震わせた。


「やっと言いやがった、クソ教師」
「告白した相手にひどい言い草だな」
「遅ぇんだよ」
「こういうこと、慣れてなくて。タイミングがおかしかったらごめん」
「おかしくねぇ」


岬は志摩を抱きしめた。

肩からずれ落ちたスクールバッグもそのままに大好きな温もりを全身で貪った。


志摩もまた岬を抱きしめ、食指をそそる赤くなった耳たぶのすぐそばで問いかけた。


「今、キスしてもおかしくないよな?」
「おかしくねぇ、して、キスしろ、志摩センセェ」







「今までいろんな生徒を見てきた」


岬はまだ通路と玄関の境目に立っていた。


「前にも言ったように淫魔筋の生徒もいた。そのときは伏せてたけど、体で縋りついてくるレセシブもいた。でも全部断った」


背負っていたリュックを部屋の中へ投げ捨て、黒スニーカーを履いたままの志摩は、隅々まで火照る褐色頬に両手を添えていた。


どちらの唇も露骨に濡れている。
岬の方は下顎にまで透明な跡が連なっていた。


「お前は、お前だけは縋りつかれる前に手を差し伸べてやりたくなった。慰めたくて堪らなくなった」


たった今まで、甲斐甲斐しい舌先に口内を愛撫され、舌を吸われ、下唇を甘噛みされていた。

腰の辺りから背筋を駆け抜けて首筋まで這い上がってきた甘苦しい感覚。


岬はずっと動悸を止められずにいた。


「……いや、違うな」


腰が抜けそうになっている生徒に志摩は言い直す。


「お前のこと欲しくて堪らなくなった」
「ッ、ん……っ」


息継ぎに勤しんでいた唇を再び塞がれて岬は苦しげに眉根を寄せた。


唇奥を改めて掻き回される。


ブレザーを捲り上げた手が敏感化した腰や背筋に官能的に触れ、甘やかな戦慄が増殖する。


……なんかすげぇ。
……今までのキスで一番クル。


……センセェに告白されて、求められてるってわかって、きもちいい……。


「ッ……ッ……センセェ……」


絡み合うのに夢中になっていた舌が解け、執拗だった唇が離れていき、岬はまた息を荒くして志摩を仰いだ。


手を引かれて玄関に招き入れられる。

開きっぱなしになっていた玄関ドアはやっと閉じられ、住人によってロックされた。


「……あ……」


そのままの勢いで志摩は岬を室内まで誘(いざな)い、脱ぎ捨てられた二人の靴が玄関に不恰好に転がった。


キッチンから洋室へ。

定番の場所となっている革張りの三人掛けソファをスルーした志摩に岬の吊り目は見開かれる。


岬はそこを脳内で<あかずの間>と勝手に呼んでいた。

志摩の寝室だ。

足繁くお邪魔している、キッチンと隣接する洋室の隣部屋になるわけだが、これまで一度も足を踏み入れたことがなかった。


秘められていた淫魔教師のテリトリー。
志摩は岬を初めてそこへ招いた。


阿久刀川にこの部屋を譲り受け、それから誰一人として許したことがない、欲望を昏々と眠らせてきた巣穴へ……。


「お前のこと壊してもいいか、岬」


ブラインドがきっちり下ろされた寝室にはベッドしか置かれていなかった。


無駄のないシンプルなフォルムのフレームは深みあるブラウンでキングサイズ、マットレスは一枚物、ホテル仕様の枕が二つ、単身用にしては贅沢な寝床であった。


「壊すって……どーいう意味だよ」


広々としたベッドのほぼ真ん中に押し倒された岬は、真上に迫る志摩に心臓を元気いっぱい飛び跳ねさせつつ、照れ隠しに辺りをきょろきょろ見回した。


「いちいち物騒な言い方すんなよ、それにこの部屋、ガチすぎねぇか、ベッドルームにほんとにベッドしかねぇ」
「寝室ってそんなものだろ」
「さすがに……ちょっと極端過ぎるんじゃねぇの」


真白なシーツの上で初めての寝室訪問にそわそわしている岬に志摩は教えてやる。


「このベッドは新調したばかりだよ」


ゆるゆるだったネクタイに手をかけ、造作なく蔑ろにした。


「ベッド本体は組立だったから何とかなった、でもマットレスの搬入には苦労した。クレーン車で吊り上げて窓から運び入れてもらった」


制服シャツが第一ボタンのみならず、全て、器用な指先によって速やかに外されていく。


「俺と岬のためにこのベッドを選んだ」


志摩に濡らされた唇をもどかしげに疼かせて、岬は、微かに息を呑んだ。


「こ……こんな豪華なベッド、奮発しすぎンだろ」


ふわふわしていた二人暮らしのビジョンが急に明確になって、現実味を帯びてきて、胸を詰まらせた。


いつの間に準備を進めてくれていた志摩に止め処ない恋心が込み上げてきた。


「生徒のお前にはまだ早いと思ってた」


はだけたシャツの狭間に覗く、我が身を魅了する瑞々しい褐色に志摩は触れた。


「生徒と教師の関係、限界まで味わいたいって。お前があんまりにもいじらしいこと言うから」


肌身をゆっくり辿る掌に胸を反らし、焦れったそうに身を捩じらせた岬に覆い被さる。


「本当は卒業してからって考えてたのに」
「センセェ、もういいから」
「うん」
「早く」
「うん」


もう我慢できずに岬は志摩の頭を掻き抱いた。


「俺のこと壊していいから志摩センセェのモンにして……」


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