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15-5【最終話】
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もうじき夜が明ける。
「次の性徴期がきたら」
ふかふかの枕に頭を預けてぼんやりしていた岬は、はたと暗闇を見据え、その次に自分の懐へ目をやった。
「こどもができる体になるんだな」
眼鏡を外し、平らな胸に顔を埋めていた志摩に腹をなぞられて、眠たげだった吊り目はみるみる見開かれていった。
……俺に赤ちゃんができる?
……第三次性徴期もまだだし、いつ来るかもわかんねぇし、ちっとも実感が湧かねぇ。
……そもそも未知の世界すぎて怖ぇ。
「濡宇朗が俺を産んだみたいに俺が赤ちゃん産むのかよ?」
「嫌?」
広いベッドに二人きり。
夜明け前の静けさに掠れた声がひっそりと行き交う。
「まだよくわかんねぇ」
「そう」
感情の読み取れない相槌に些か不満を感じたものの、しんなりした黒髪を興味深げに梳いて、岬は言った。
「でもさ、今日、思ったんだ」
飽きのこない褐色肌に顎を乗っけて上目遣いにこちらを見、台詞の続きを待つ志摩に告げる。
「俺、淫魔筋として産まれてきてよかった」
疎ましい呪いでしかないと嘆いたこともあった。
十七歳の誕生日では自分の定めをひどく嫌悪したはずだった。
「センセェと同じ淫魔でよかった」
岬はそう言い切った。
聞き終えた志摩は身を起こすと、枕元に置いていた眼鏡をかけ、今度はヤンキー淫魔を自分の懐に仕舞い込んだ。
「一時期は呪いにも思えたけど。お前と同じ淫魔。そう考えれば確かに悪くない」
すぐそばで聞こえる鼓動に耳を傾けて岬は目を閉じた。
「卒業生一同、起立」
「……」
「貴方は起立する必要ないの、濡宇朗」
「あ、間違えちゃった」
三月最初の日曜日。
その日はとある男子校の卒業式だった。
お世辞にも品行方正・頭脳明晰とは呼べない、自由奔放極まりない生徒らが通う、地方一自由な校風で知られている学校の……。
「岬、かっこいい、見て見て、一番目立ってるよ、すごく立派、後ろ姿も横顔も立派、ぜーんぶ立派」
式典が執り行われている最中、体育館後方のびっしり埋まった保護者席で呑気にはしゃぐ濡宇朗を百合也は叱り飛ばすかと思いきや。
「手塩にかけて育てた私の息子だもの。当たり前じゃない」
元伴侶の親ばかぶりに乗っかった。
「百合也、岬に塩なんかかけて育てたの? あ、だから岬ってあんなにおいしそうなんだ」
「私が塩を撒きたい相手は今隣に座ってる淫魔だけ」
教師らが危惧していた大きなミスも起こらずに卒業式は無事終了した。
退場する卒業生を盛大な拍手で見送った後、各教室で行われる卒業証書の受け渡しや高校最後のホームルームまで見届けて、二人は校庭へ。
卒業生だけじゃなく在校生や多くの保護者で賑わう中、阿久刀川に見立ててもらったスーツ姿の濡宇朗は、黒いレースのついた礼装帽子が様になっている百合也の袖を引っ張った。
「いないよ、岬」
「そうね」
晴天の元、泣き声やら笑い声やら、門出を祝う人々らの声で溢れ返る校庭。
百合也はふと正面の校舎へ視線を向けた。
濡宇朗も続いて同じ方向に視線を注いだ。
「……やだやだやだやだ、まさかまだアイツと教室に……ッ……岬!! みーさーきー!!」
周囲への配慮など露知らず、口元に両手を添えた濡宇朗が大声で我が子を呼ぶ、百合也は特に止めようともせず、岬の友達は当人がどこにいるのかわからずに辺りをきょろきょろ見回した。
「……今の、まさか濡宇朗の声かよ?」
当の岬はというと。
まだ教室に残っていた。
色とりどりのチョークで書かれたメッセージやイラストに埋め尽くされた黒板。
教卓にはクラス代表として学級委員長の岬が担任の志摩に送った花束が置かれていた。
「岬ってばー!!!!」
「やっぱり濡宇朗だ」
「そろそろ下りるか。謝恩会もあるし、百合也さんや友達も待ってるだろ」
開かれたままの窓。
風に大きくはためくカーテン。
教室まで運ばれてくる校庭の喧騒。
「まだ……もうちょっと」
教室の隅っこ、翻るカーテンの陰、志摩に腰を抱かれた岬は彼の生徒でいられる時間の延長を希(こいねが)った。
スーツをきちんと着用した志摩は、最終日にして初めてやっとお行儀よく制服を着ていた岬のネクタイを緩め、同意した。
「ギリギリまで満喫しよう」
「ガチのギリギリだな、ほんと」
淫魔の二人は飽き足りずに中毒と化したキスを幾度となく繰り返すのだった。
本編・end
「次の性徴期がきたら」
ふかふかの枕に頭を預けてぼんやりしていた岬は、はたと暗闇を見据え、その次に自分の懐へ目をやった。
「こどもができる体になるんだな」
眼鏡を外し、平らな胸に顔を埋めていた志摩に腹をなぞられて、眠たげだった吊り目はみるみる見開かれていった。
……俺に赤ちゃんができる?
……第三次性徴期もまだだし、いつ来るかもわかんねぇし、ちっとも実感が湧かねぇ。
……そもそも未知の世界すぎて怖ぇ。
「濡宇朗が俺を産んだみたいに俺が赤ちゃん産むのかよ?」
「嫌?」
広いベッドに二人きり。
夜明け前の静けさに掠れた声がひっそりと行き交う。
「まだよくわかんねぇ」
「そう」
感情の読み取れない相槌に些か不満を感じたものの、しんなりした黒髪を興味深げに梳いて、岬は言った。
「でもさ、今日、思ったんだ」
飽きのこない褐色肌に顎を乗っけて上目遣いにこちらを見、台詞の続きを待つ志摩に告げる。
「俺、淫魔筋として産まれてきてよかった」
疎ましい呪いでしかないと嘆いたこともあった。
十七歳の誕生日では自分の定めをひどく嫌悪したはずだった。
「センセェと同じ淫魔でよかった」
岬はそう言い切った。
聞き終えた志摩は身を起こすと、枕元に置いていた眼鏡をかけ、今度はヤンキー淫魔を自分の懐に仕舞い込んだ。
「一時期は呪いにも思えたけど。お前と同じ淫魔。そう考えれば確かに悪くない」
すぐそばで聞こえる鼓動に耳を傾けて岬は目を閉じた。
「卒業生一同、起立」
「……」
「貴方は起立する必要ないの、濡宇朗」
「あ、間違えちゃった」
三月最初の日曜日。
その日はとある男子校の卒業式だった。
お世辞にも品行方正・頭脳明晰とは呼べない、自由奔放極まりない生徒らが通う、地方一自由な校風で知られている学校の……。
「岬、かっこいい、見て見て、一番目立ってるよ、すごく立派、後ろ姿も横顔も立派、ぜーんぶ立派」
式典が執り行われている最中、体育館後方のびっしり埋まった保護者席で呑気にはしゃぐ濡宇朗を百合也は叱り飛ばすかと思いきや。
「手塩にかけて育てた私の息子だもの。当たり前じゃない」
元伴侶の親ばかぶりに乗っかった。
「百合也、岬に塩なんかかけて育てたの? あ、だから岬ってあんなにおいしそうなんだ」
「私が塩を撒きたい相手は今隣に座ってる淫魔だけ」
教師らが危惧していた大きなミスも起こらずに卒業式は無事終了した。
退場する卒業生を盛大な拍手で見送った後、各教室で行われる卒業証書の受け渡しや高校最後のホームルームまで見届けて、二人は校庭へ。
卒業生だけじゃなく在校生や多くの保護者で賑わう中、阿久刀川に見立ててもらったスーツ姿の濡宇朗は、黒いレースのついた礼装帽子が様になっている百合也の袖を引っ張った。
「いないよ、岬」
「そうね」
晴天の元、泣き声やら笑い声やら、門出を祝う人々らの声で溢れ返る校庭。
百合也はふと正面の校舎へ視線を向けた。
濡宇朗も続いて同じ方向に視線を注いだ。
「……やだやだやだやだ、まさかまだアイツと教室に……ッ……岬!! みーさーきー!!」
周囲への配慮など露知らず、口元に両手を添えた濡宇朗が大声で我が子を呼ぶ、百合也は特に止めようともせず、岬の友達は当人がどこにいるのかわからずに辺りをきょろきょろ見回した。
「……今の、まさか濡宇朗の声かよ?」
当の岬はというと。
まだ教室に残っていた。
色とりどりのチョークで書かれたメッセージやイラストに埋め尽くされた黒板。
教卓にはクラス代表として学級委員長の岬が担任の志摩に送った花束が置かれていた。
「岬ってばー!!!!」
「やっぱり濡宇朗だ」
「そろそろ下りるか。謝恩会もあるし、百合也さんや友達も待ってるだろ」
開かれたままの窓。
風に大きくはためくカーテン。
教室まで運ばれてくる校庭の喧騒。
「まだ……もうちょっと」
教室の隅っこ、翻るカーテンの陰、志摩に腰を抱かれた岬は彼の生徒でいられる時間の延長を希(こいねが)った。
スーツをきちんと着用した志摩は、最終日にして初めてやっとお行儀よく制服を着ていた岬のネクタイを緩め、同意した。
「ギリギリまで満喫しよう」
「ガチのギリギリだな、ほんと」
淫魔の二人は飽き足りずに中毒と化したキスを幾度となく繰り返すのだった。
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