淫魔アディクション

石月煤子

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「愉しいランチの時間をありがとう、それじゃあ、僕はこれで」


ファミレスを出るなり速やかにタクシーを拾って去っていった究極マイペースな阿久刀川。


「喋られっぱなしで食った気がしねぇ」


ぐったりした様子の岬が呟けば、隣に立ってタクシーを見送った志摩も浅く頷いた。


「いつも一人勝手に喋り続けて、勝手に会計を済ませて、勝手に帰る」


……そんな勝手な奴とえらく仲よさげだったよな?

……笑ったり相槌打ったりするどころか、ほとんど無視してスルー、よっぽど気心が知れてないとそんなことできねーもんな?


「雨だ」


志摩を見上げていた岬は吊り目をパチパチ瞬かせた。

ふと雨の雫を受け止めた褐色頬。

次の瞬間、地上を一気に濡らす勢いで土砂降りの雨が降り注いだ。


「ッ……おいおい、いきなり過ぎじゃね?」
「岬、こっちに」


ファミレスに入る前は晴れていたはずが、俄かに暗雲が垂れ込めて辺りが暗くなったかと思えば激しく降り出した雨。


傘を持ってきていなかった二人。

多くの通行人が慌てる中、岬は志摩に腕をとられてコンビニの軒先へと避難した。


「阿久刀川が雨雲呼び寄せたんじゃねぇの」
「そうだな、アイツなら呼びかねない」


白アッシュ髪がすっかり濡れてしまった岬は志摩をチラリと横目で窺う。


……いきなり腕掴まれてビビった。

……いや、別に友達に不意討ちで体当たりされたり肩組まれたりするけど、こんなにビビったりしねぇ。


いや、ビビってるっていうか……やたら心臓が跳ねたっつぅか……。


「もう帰ろうか」
「え」


明らかにがっかりした声を出してしまい、岬は慌てて口を噤んだ。


「雨、ひどいし。食事も済んで特に用事もない」


次に、またしょげた。

これ以上自分といる必要なんかない、そう言われているみたいで心の奥底がスゥ……と冷え込んだ。


なー、志摩クン?

俺な? 今日な? 実は誕生日なんだ?
教えてねぇし、知らないのも当然なんだけどさ?

でも、だからって言っていいことと悪いことの区別、つきませんかね?


……ほんっと嫌な奴……。


「……志摩、用事ないんなら俺んち来いよ」


それなのになんでもっと一緒にいたいなんて思うんだろな。


「こっから近いんだよ」


濡れた眼鏡レンズをタオルハンカチで拭き、かけ直した志摩は、隣で何故だかきつく拳を握っている岬を見下ろした。


「拳なんか握ってどうしたの、俺のことまた殴るつもり」
「だ、誰が殴るか!」
「突然お邪魔して、家の人に迷惑じゃないのか」
「ッ……百合ちゃんは昨日から事務所に泊まり込んでっから、今は誰もいねぇし、ほら、アイスもあっから」


……なんだよ、アイスって、小学生のガキかよ。


ざあざあ降る雨に視線をやり、志摩は、まだ不要な力をこめて拳を握っている岬に問いかけた。


「アイスって、なんのアイス?」


……アイス目的で来んのかよ、ほんっと、感情が読めねぇ死んだ魚の目した嫌な奴……。





雨が降って少しは涼しくなるかと思いきや不快な湿気が増しただけだった。


「うわ、むっとしてる……」


帰宅した岬はすぐにリビングのクーラーを点けた。


「近いって言ってた割に十五分くらいは歩いたな」


後に続いて入ってきた志摩に「十分近いだろッ」と言い捨て、玄関側の脱衣所へバスタオルをとりにいく。


「はーーー……」


整理整頓された収納棚、自分が洗って干して畳んで重ねているふかふかのバスタオルに岬は顔を突っ込んだ。


……志摩がウチに来た。
……志摩がウチにいる。


たったそれだけのことが岬にはこれまでにない最高の誕生日プレゼントに思えた。


「あーあ」


見ないフリも逃げ道も通用しなくなった。
こんなのもう、いい加減、自覚するしかねぇ。


志摩のことが好きだ。


「あーあ……」


岬はコンビニでビニール傘を一本購入した。

自分より4センチ上背のある、170センチ後半の志摩に差してもらって、この自宅マンションまで相合傘で帰ってきた。


いつにない至近距離で隣り合った。


すっかりこの身に馴染んだはずの帰り道なのに、知らない世界に迷い込んだような不思議な感覚に陥った。

でも戸惑う暇もなくて。

すぐそこにある彼の熱をただただ噛み締めるのに精一杯で。


「はぁ」


二人きりになるのは初めてで。
緊張しているのも確かで。


それを遥かに上回る昂揚感に促されて熱もつ吐息が唇の外へと解放されていった。


……いつまでも放置してたら怪しまれる、そろそろ戻んねぇと。

……そーだ、昼飯食ったばっかだけど、晩飯にハンバーグ作ってやろうかな、確か挽肉とタマネギがあったはずだ。


深呼吸した岬はバスタオルを頭に引っ掛け、志摩のためにもう一つ抱え込んでリビングへ戻った。


「岬」


先程と同じ位置であるリビングの出入り口に志摩はまだ立っていた。

スクールバッグを肩にかけたままスマホを手にしていた。


「来たばかりで悪い、もう行くから」


岬の視界に入ったメール画面。

やたらめったら使用されているハートの絵文字が見えた。


「家に招いてくれてありがとう」


自分と入れ代わりにリビングを出て行こうとした志摩の片腕を、岬は、咄嗟に掴んだ。


「俺がセフレの代わりになってやるから、どこにも行くんじゃねぇよ、志摩」


別の誰かの元へ行ってほしくなくて、引き留めたくて、衝動的に口走った……。





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